『橘花(J9Y)』徹底解説:日本初の国産ジェットは“Me 262の影”をどう越えたか
――1945年8月7日、木更津の空に日本初のターボジェット機が浮いた。名は橘花(きっか)。終戦までわずか一週間。わずか20分の短い飛翔の裏側には、Ne-20エンジンと“現実解”の設計思想があった——編集部の目線で、神話ではなく実像に迫ります。
第1章 橘花とは?──3行で要点
- 日本海軍主導の双発ターボジェット。1945年8月7日に木更津海軍航空隊で初飛行(約20分)、8月11日の二度目はRATOが尾部を押し下げる挙動で離陸失敗・損傷。ウィキペディア+1
- 動力は国産Ne-20(軸流式ターボジェット)×2。**日本初の“自力離陸可能なジェット機”**を実現した中核技術。airandspace.si.edu+1
- 実機は**スミソニアン(Udvar-Hazy)**に収蔵・公開。エンジンNe-20も同館で見られる。airandspace.si.edu+2airandspace.si.edu+2
編集部コメント:ネットでは“J9Y”や“J9N”の記号が出回りますが、NASM研究者によれば公式な制式番号は記録に見当たらないとの指摘も。末期の海軍機らしく名称のみで運用設計が進んだ――この“ラフさ”も橘花のリアルです。ウィキペディア
橘花の基礎情報(“日本の戦闘機”史の中での位置づけ)
- 設計・製造:中島(海軍の技術陣と協働)。レイアウトは双発・翼下ナセル・前三点脚。Me 262の影響は受けつつ、小型・簡素化で短期開発に寄せた**“日本の現実解”**。airandspace.si.edu
- 初飛行と試験経緯:8/7初飛行(操縦:高岡寿巳海軍少佐)は良好。ただし離陸滑走が長いのが課題で、8/11はRATO装着で解決を試みるも角度設定が不適切で尾下がり→滑走路逸脱・損傷。ウィキペディア+1
- 現存と展示:胴体・主翼などを含む実機コンポーネントがUdvar-Hazyセンターで展示。Ne-20も同館の収蔵物として**仕様(推力・段数)**まで確認できる。airandspace.si.edu+2airandspace.si.edu+2
編集部コメント:“最強のジェット戦闘機”という期待を背負わされがちですが、橘花は攻撃任務寄りの小型機。だからこそ一週間でも飛ばせたとも言えます。火龍(迎撃寄り)との住み分けで理解すると、グッと立体的に見えてきます。
第2章 開発の背景──B-29下の“急ごしらえ”が合理だった理由
2-1 本土空襲という“締め切り”が設計を決めた
1945年の日本本土はB-29の連続空襲に晒され、短距離で離陸→高速で侵入→一撃離脱できる“即戦力”が求められました。橘花(きっか)は、この時間的制約に最適化した「まず飛ばす」プロジェクトとして生まれます。初飛行は1945年8月7日・木更津海軍航空隊。20分の試験で課題は離陸滑走の長さ——翌試験でのRATO(補助ロケット)導入へとつながります。
編集部コメント:よくある“究極の最強ジェット”像とは真逆。橘花は“飛ばせるライン”へ割り切った現実解でした。
2-2 ドイツからの刺激:BMW 003 → Ne-20という「写真ベース」の再構成
海軍と中島のチームは、同盟国ドイツのBMW 003に学びつつ、写真資料を頼りに国産ターボジェットNe-20をまとめ上げました。スミソニアンは**「BMW 003の強い影響/写真に基づく再設計」と明記。日本側は“完コピ”ではなく条件に合わせた現地最適化で、短期間に自力離陸可能なジェット**を実現しました。
編集部コメント:コピーか独自かの二択では語れません。**“影響+再構成”**という工程そのものが、この機体の価値です。
2-3 エンジン選定の迷走からの収束:Tsu-11/Ne-12 → Ne-20
当初は簡易ジェットのTsu-11や、未成熟のNe-12案も俎上に載りましたが、推力不足・信頼性の問題からNe-20に収束。Ne-20はBMW 003の思想を咀嚼しつつ国産化された軸流式で、橘花の初飛行(8月7日)を支えた中核です。現存するNe-20実機はスミソニアンに複数基収蔵。
2-4 機体側の“現実解”:小型・簡素・双発
レイアウトは双発・翼下ナセル・前三点脚。Me 262の影響を受けつつも、小型・簡素化して試作~飛行までの距離を縮める判断が貫かれています。装備・重量・滑走路要件を日本の工業・基地事情に合わせた“できる範囲の最適”に寄せたのが橘花の性格でした。
編集部コメント:紙の上の最強ではなく、滑走路に乗る最適。ここが**火龍(迎撃主眼)**との最大の違いです。
2-5 テスト現場のリアル:木更津、8月7日と8月11日
- 8月7日(初飛行):操縦は高岡寿巳 少佐。20分の飛行は良好でしたが、離陸滑走の長さが課題として浮上。
- 8月11日(二度目):RATOを装着して離陸距離の短縮を狙うも、取付角の問題から尾下がり→滑走路逸脱で機体損傷。戦局は終戦直前で、追加の試験には至りませんでした。
編集部コメント:性能の数値よりも、**現場の一手(RATOの角度)が飛べる・飛べないを分ける。“運用の現実”**が強く刻まれたエピソードです。
2-6 「J9Y?」という呼称のゆらぎ
資料によってはJ9Y/J9Nなどの海軍記号が見られますが、**スミソニアンのコレクション表記は“Nakajima Kikka(Orange Blossom)”**と名称で統一。制式番号の扱いは資料間で揺れがあり、名称ベースで把握するのが無難です。airandspace.si.edu
2-7 要約:“最強”ではなく“最短距離”
- BMW 003の知見→Ne-20という写真ベースの再構成。
- 小型・簡素化で初飛行まで最短距離を選ぶ。
- RATO導入も含め、基地・整備・滑走路という“地上の現実”に即した意思決定。
結果、日本初の国産ジェットとして8月7日に空へ。展示はUdvar-Hazyで現物を確認できます。
第3章 設計と主要スペック──“実測”と“計画値”を分けて読む
3-1 レイアウトと設計思想
- 双発/翼下ナセル/前三点脚という、当時の標準的ジェット配置。短期間で「まず飛ばす」ため、主脚は零戦系から流用、前脚はP1Y彗星の部材という“現場最適化”が採られました。海軍の要求には「翼を折り畳めること」(洞窟や掩体で隠すため)も含まれており、小型・簡素の方針が一貫しています。ウィキペディア
編集部コメント:ここは“最強の理想形”ではなく、工場と基地の現実に降ろした設計。この割り切りが、8月7日の初飛行を間に合わせた最大要因でした。ウィキペディア
3-2 寸法・重量(数値が揺れる理由)
資料によって機体長が「8.13m」か「9.25m」で割れます。翼幅は10.0mで比較的安定。末期の試作機・未完成機ゆえ、測定基準(ピトー含む/含まない)や試作段階の差でブレが生じています。主要レンジをまとめると——
項目 | 典拠A | 典拠B | 備考 |
---|---|---|---|
全長 | 8.13 m(Military Wiki) | 9.25 m(Wikipedia) | 測定基準差の可能性。ミリタリーウィキ+1 |
翼幅 | 10.0 m | 10.0 m | 概ね一致。ミリタリーウィキ+1 |
翼面積 | 13.2 m² | 13.2 m² | 概ね一致。ミリタリーウィキ+1 |
空虚重量/全備 | 2,300 / 3,5t級 | 2.3 / 3.55t級 | 資料間で±数%。ミリタリーウィキ+1 |
編集部コメント:「数値が一つに定まらない=怪しい」ではありません。試作・移送・復元が絡む末期機ではレンジで把握が安全です。
3-3 エンジン:Ne-20(軸流式ターボジェット)
- 形式:軸流式ターボジェット(BMW 003の強い影響を受けつつ国産化)。
- 推力:約4.66 kN(1,047 lbf)×2。回転数11,000rpm時の数値がNASMに明記。airandspace.si.edu+1
用語ミニ解説:軸流式…空気をエンジン軸に沿って多段圧縮→燃焼→タービンで回す方式。高温材料・精密加工が鍵。
編集部コメント:**“コピー論争”**よりも、写真と断片情報から動くエンジンまでまとめた現場力に注目したいところ。ウィキペディア
3-4 “実測寄り”に語れること
- 初飛行:1945年8月7日・木更津、約20分の試験飛行。懸念は離陸滑走の長さ。ウィキペディア
- 二度目の試験(8月11日):RATO(補助ロケット)を装着。取付角が悪く尾下がり→滑走路逸脱で損傷。ウィキペディア
- 現存:スミソニアン(Udvar-Hazy)に橘花実機とNe-20が収蔵・公開。airandspace.si.edu+1
用語ミニ解説:RATO…離陸距離を縮めるための使い捨てロケット補助。角度・推力管理を誤るとピッチ姿勢が崩れやすい。
3-5 “計画値”として伝わる性能と兵装
実戦データは無く、ここからは計画値・推定値です(資料間でブレあり)。
- 最高速度:~700 km/h、上昇限度:~12,000 m、航続:~930–940 km。aviastar.org+1
- 兵装(攻撃機案):800kg爆弾×1が基本想定。aviastar.org
- 派生案(戦闘機化):30mm×2+**Ne-20改(推力増)**を想定した記述も残るが、試作・実測なし。ウィキペディア
編集部コメント:橘花は**“迎撃主眼”ではない**点が重要。火龍(キ201)=迎撃+襲撃、橘花=小型ストライカー寄りという住み分けで理解すると、数値の狙い所が腑に落ちます。ウィキペディア
3-6 離着陸と基地要件(運用の現実)
- 長い離陸滑走が課題 → RATOの導入で補おうとしたが、角度設定を外して失敗。
- 滑走路品質(舗装・平滑性)と整備回転がジェット運用の生命線。橘花の設計は、**“日本の基地事情で何とか飛ばす”**方向に最適化されていました。ウィキペディア
編集部コメント:性能表の数値より、滑走路とRATOという“地上の解”がこの機体の本質。ここに**“現実解”の価値**があります。
第4章 二度目の試験で何が起きたか──RATOの“角度”とピッチモーメント
編集部コメント:この章は“数字”より“現象”を追います。なぜ補助ロケット(RATO)で、橘花は離陸が安定するどころか姿勢を崩したのか。ポイントは**推力線(スラストライン)と重心(CG)**です。
4-1 まず整理:RATOとは何者?
- RATO(Rocket-Assisted Take-Off)=離陸滑走を短縮するため、機体後半部に小型ロケットを装着して数十秒だけ推力を足す仕組み。
- メリット:推力重量比の不足や滑走路長の不足を一時的に補える。
- リスク:装着位置・角度・作動タイミングを誤ると、推力線が生むモーメントで機首が過大に上下し、離陸姿勢を壊す。
4-2 橘花が抱えていた“離陸のハードル”
- 双発ジェット初期ゆえの推力立ち上がりの緩さ(スプールアップ遅延)。
- 小型・簡素化設計の代償として、翼面積に対する全備重量の余裕が薄い=離陸速度が高めになりやすい。
- 結果:初飛行では滑走が長いことが課題に。現場はRATOでの補助を決断。
編集部コメント:ここまでは合理的な判断。**問題は“どう取り付け、どんな姿勢で焚くか”**でした。
4-3 メカニズム図解(テキスト版)
側面図(簡略)
↑機首
┌──────────┐
│ ●CG │ ← 重心(機体の回転中心の近似)
│ │
│ [RATO]→⇢ ← ロケット推力ベクトル(装着角)
│ │
└──────────┘
↑機尾
・RATO推力線がCGより下方を通り、かつ水平より下向きに力がかかる
→ 機体に「機首下げ(ノーズダウン)」の**回転モーメント**が発生
→ 尾部が沈み、接地角が増えて**尾下がり/逸脱**の危険
ポイントは**「推力のかけ方次第で、加速しながら姿勢が悪化する」こと。RATOは加速装置であると同時に姿勢制御に干渉する“回転力”の発生源**でもあります。
4-4 8月11日の失敗を“因果の鎖”で分解
- 要件:離陸距離短縮のためRATOを採用。
- 構成:機体後部にRATOを装着(※末期の現場改修で、角度・取付高の最適化余地が小さかった公算)。
- 作動:滑走中に点火――推力線がCGに対してつくるモーメントがノーズダウン方向に働く。
- 現象:尾部が沈みやすい姿勢になり、主翼迎角が取りにくい → 浮き上がりの遅延。
- 結果:滑走路の端や路肩処理に余裕が少ない中で逸脱・損傷へ。
編集部コメント:“押す”方向さえ合っていればOKではありません。どこを、どの角度で、いつ押すか――ここが飛行試験の肝です。
4-5 “こうすれば違った”現場対策(当時可能だった範囲)
A. 角度最適化の手順
- 地上固定燃焼試験で推力線×CGのモーメントを実測(後胴に仮センサー/テンションゲージを設置)。
- 角度シムで装着角を数度刻みに変更し、ノーズアップ方向のわずかなピッチモーメントを与える設定に収束。
B. ステップ試験
- **高速滑走(ノンリフト)**でRATO点火→ブレーキリリースの順に段階化。
- Partial thrust(片側のみ/推力下げ)で非対称挙動も事前確認。
C. 作動タイミング
- Vrot(ローテーション速度直前)ではなく、加速初期に短く焚いて離陸までに姿勢が整うように配分。
D. 冗長設計
- 安全ワイヤ/クイックリリースで即時投棄可能に(推力偏向時の脱出)。
- 尾部ストライクガードを仮設(簡易スキッド)して接地角マージンを確保。
編集部コメント:どれも“正論”ですが、戦局末期の時間・資材・計測機器不足では難しい要求でもありました。だからこそ、橘花の「一度は飛ばせた」事実は重いのです。
4-6 教訓:RATOは“推力増”ではなく“姿勢制御込み”で設計する
- 推力線の幾何(装着高さ・角度)=ピッチモーメントの設計である。
- CG・主輪位置・尾部クリアランスを含めた離陸幾何を先に決める。
- 試験は段階的に——地上燃焼 → 低速滑走 → 高速滑走 → ローテーション → 離陸。
- 人の手順も装置の一部:点火タイミング/推力監視/異常時投棄をチェックリスト化する。
4-7 編集部の見立て(短評)
“RATOで押せば短く飛べる”は半分正しい。
“どこを、どの角度で、いつ押すか”を外すと、短く飛ぶ前にコケる。
橘花は**「最強の数値」より「現場で飛ばす工学」**がテーマの機体。二度目の試験は、その本質を逆照射してくれます。
第5章 橘花は“最強のジェット戦闘機”だったのか?

5-1 任務の芯:橘花は攻撃寄り、迎撃主眼ではない
海軍が中島に出した要求は、高速で侵入する“攻撃機”寄りの運用(対艦・対地ストライク)。加えて、翼の折り畳み(掩体・洞窟格納を想定)や簡素構造で短期量産といった“本土決戦”仕様が並びます。設計思想のスタート地点が迎撃戦闘機=最強ドッグファイターではない点をまず押さえたいところ。ウィキペディア
編集部コメント:検索だと“日本軍 最強 ジェット戦闘機”に括られがち。でも橘花=攻撃寄りの小型ストライカー。**火龍(キ201)**が目指した迎撃主眼とは、そもそも設計使命が違います。ウィキペディア
5-2 実績の事実:成功飛行は1回、2回目はRATO要因で中断
橘花は1945年8月7日に初飛行(木更津、テストパイロット高岡寿巳)。試験は約20分で、課題は離陸滑走の長さ。4日後の8月11日、RATO(補助ロケット)を装着した2度目の試験で取り付け角の問題→尾下がり→滑走路逸脱となり損傷。終戦直前で追加試験に移れず、“実戦データ”は存在しないのが実像です。国立航空宇宙博物館+2pacificwrecks.com+2
編集部コメント:“最強”を検証するには繰り返しの実測が必要。でも橘花は飛行1回+2回目中断。ここで神話化と史実の境界線が引けます。
5-3 速度・推力・航続の“現実感”:Ne-20×2の器量を読む
橘花の心臓は国産ターボジェットNe-20×2。BMW 003の強い影響を受けつつ日本の条件で再構成された軸流式で、“自力離陸可能な国産ジェット”を初めて実現しました。推力レンジは約4.6~4.7kN級/基とされます。一方の比較軸Me 262はJumo 004×2で約870~900km/h級の実戦速度に到達。推力余力・運用実績の差は小さくありません。国立航空宇宙博物館+2国立航空宇宙博物館+2
編集部コメント:数字だけ見ると“劣る”に見えますが、Ne-20をまとめ上げて空に出したこと自体が日本の工業史では大事件。**「速さ」よりも「飛ばせた事実」**が価値の中心です。
5-4 “コピー機”ではない:影響+現地最適化という真相
橘花はMe 262に触発されましたが、要件は攻撃寄り、翼折り畳みや簡素化など本土事情に合わせた現地最適化で固められました。設計の“似ている部分”に目が行きがちでも、目的と制約が違う以上、そのままの比較=優劣判定はフェアではありません。ウィキペディア
5-5 “最強”神話の採点表(編集部)
- 設計使命:迎撃“最強”ではなく、攻撃の現実解。減点対象。ウィキペディア
- 実戦実績:1回の成功飛行+試験中断で、戦果も空戦データも無し。評価不能。国立航空宇宙博物館+1
- 性能余力:Ne-20×2は草創期として立派だが、Me 262級の成熟運用には届かず。国立航空宇宙博物館+1
- 歴史的価値:日本初の国産ジェットを“飛ばせた”工学と現場力。ここは満点。国立航空宇宙博物館
結論(編集部):橘花=“最強のジェット戦闘機”ではない。
“最短距離で飛ばす”という現実解を、日本の制約下でつかみ取った到達点です。
第6章 橘花×火龍×Me 262──“目的・規模・運用”のズレを一望
まずは任務目的の違いを前提に並べます。橘花=攻撃寄りの“飛ばせる現実解”、火龍=迎撃主眼の“理想設計(未完)”、Me 262=実用配備できた参照軸、という三者三様です。
6-1 比較早見表(実測と計画値を明示)
項目 | 橘花(Kikka) | 火龍(Ki-201) | Me 262A-1a |
---|---|---|---|
立場・任務 | 海軍系:攻撃寄り(小型ストライカー) | 陸軍系:迎撃+襲撃(戦闘襲撃機) | ルフトバッフェ:戦闘機(実用配備) |
初飛行/ステータス | 1945/8/7 初飛行(木更津)。2回目は8/11 RATOで失敗。現存:Udvar-Hazyで展示。 | 製造0・未完成。1945/12 試作→1946/3 先行量産18機の工程表のみ。 | 実戦配備。第二次世界大戦中に各地で運用。 |
動力 | Ne-20×2(軸流式)。BMW 003の強い影響を受け国産化。 | Ne-130/Ne-230×2(計画)。約0.9tf級×2想定。 | Jumo 004×2(推力各1,980 lbf)。 |
速度レンジ | 実測データなし(試験20分)。計画は~700 km/h級。 | 計画値 ~800–850 km/h級(資料差あり)。 | 実績 最大540 mph(約869 km/h)。 |
航続・上限 | 計画:~930–940 km/~12,000 m | 計画:~980 km/~12,000 m | Range 650 miles/Ceiling 38,000 ft |
兵装 | 800 kg爆弾×1(攻撃機案)/戦闘機化案に30mm×2(未実施) | 30mm×2+20mm×2+500–800 kg爆弾(想定) | 30mm MK108×4+対地爆装可 |
サイズ感 | 翼下双発・前三点脚の小型設計 | Me 262より約8%大の計画 | 双発・翼下ナセル・前三点脚の標準形 |
6-2 “似て非なる”ポイントを3行で
- 目的のズレ:橘花は攻撃寄りの“まず飛ばす”解、火龍は迎撃主眼の“紙上最適”、Me 262は実戦で回った“現物最適”。
- 推力と成熟度:Ne-20は国産の到達点だが推力余力は小さめ。火龍のNe-130/230は計画段階。Me 262のJumo 004は短寿命でも量産・運用に達していた。
- 運用の壁:橘花は離陸滑走の長さ→RATO導入で失敗。火龍は滑走路・整備・材料の壁で未完。Me 262も離着陸脆弱を抱えつつ、基地運用でカバーした実績がある。
編集部コメント:優劣を速度の数字だけで裁くと誤解します。何を、どの環境で、どこまで回せたか——この“運用目線”が三者の腑分けに効きます。
6-3 “日本版Me 262”という表現の正しい扱い方
- 火龍は設計思想・外形が最も近く、「日本版Me 262」の呼称は“設計目標”としては適切。ただしあくまで未完で、実測不在を忘れない。ウィキペディア
- 橘花にそのラベルを貼るのはミスリード。小型・攻撃寄り・Ne-20での現実解という文脈で語るのがフェア。国立航空宇宙博物館+1
6-4 図面の勝負 vs. 滑走路の勝負(編集部の短評)
火龍は図面が雄弁、でも滑走路に降ろす前に戦争が終わった。
橘花は図面は控えめ、でも滑走路に乗せる現場力があった。
Me 262は図面と滑走路の“両方の勝負”を、短寿命エンジンと基地対策で無理やり通した。
第7章 展示ガイド──どこで“本物”に会えるか
7-1 結論:観に行くならUdvar-Hazy(スミソニアン別館)
橘花(Kikka)の実機コンポーネントは、スミソニアン国立航空宇宙博物館のUdvar-Hazyセンター(ワシントンD.C.郊外ダレス空港そば)で所蔵・公開されています。館の公式記事でも2016年にボーイング・アビエーション・ハンガーへ展示された旨が紹介されています。展示配置は時期により変わるため、NASMのコレクションページ/ビジター案内で直前確認が確実です。国立航空宇宙博物館+2国立航空宇宙博物館+2
編集部コメント:「本当に見られる?」はよくある質問。所蔵=常時展示ではありません。直前に“On display”表示と来館案内をチェックしましょう。国立航空宇宙博物館+1
7-2 何が見られる?——機体&エンジンNe-20
- 橘花本体(胴体・主翼ほか):収蔵オブジェクトとして登録。2016年時点ではEnola Gay(B-29)の翼下奥に“鎮座”していたことが写真と記事で確認できます。国立航空宇宙博物館+1
- Ne-20ターボジェット(2基):BMW 003の強い影響を受けつつ国産化されたNe-20を、展示写真と収蔵ページで細部まで確認可能。吸気・圧縮機段・外装ユニットのレイアウトがよく分かります。国立航空宇宙博物館+1
編集部コメント:展示では機体とエンジンを“同じ日に”見比べるのが正解。「飛ばす」ための素材感が一気に腑に落ちます。
7-3 展示の“変動”に注意(行く前チェックのコツ)
- 展示場所は入れ替えあり:大物機の移動に伴い、橘花の位置も過去に変わっています。公式の来館案内+コレクション個別ページを確認。Udvar-Hazyは入館予約不要(本館とは運用が異なる場合あり)。国立航空宇宙博物館+2国立航空宇宙博物館+2
- 外翼などの“部品単位”収蔵:コレクションには外翼といったパーツ単位の登録もあります。掲示が保管庫(Storage)扱いに変わることもあるので注意。国立航空宇宙博物館
7-4 現地“見どころ”メモ(写真ポイント)
- テール周り:橘花の尾翼は一部が布張り構造。修復途中写真でその質感が確認でき、木金混合構造の末期日本機らしさが出ています。
- 床置き展示の文脈:過去写真ではB-29「Enola Gay」近傍に配置。**爆撃機と草創期ジェットの“距離”**をフレームに入れると、歴史の対比が映えます。国立航空宇宙博物館
- Ne-20の配管類:燃料・潤滑・計装の取り回しは模型表現の宝庫。コンプレッサ段の外観も押さえておくと“実機味”が増します。国立航空宇宙博物館
7-5 国内で“文脈”を補強するなら(関連スポット)
- 岐阜かかみがはら航空宇宙博物館(そらはく):橘花の実機は未所蔵ですが、日本の戦闘機と戦後試験機の通史展示が充実。訪問前に公式サイトの常設・企画情報をチェック。〖空宙博〗岐阜かかみがはら航空宇宙博物館公式ウェブサイト
編集部コメント:橘花そのものは米国で、**“日本の航空工業の地力”**は国内で——二段構え見学が理解の近道です。
7-6 実務メモ(行動前にここだけ確認)
- 開館・アクセス:Udvar-Hazyのビジター案内(駐車・開館時間・セキュリティ)。予約の要否もここで最新を。国立航空宇宙博物館
- 展示ステータス:橘花のコレクションページ(“On display / In storage”)。Ne-20の個別ページも併せて。国立航空宇宙博物館+1
- 写真の狙い:上からも見下ろせる吹き抜けが強み。ハイギャラリーからの俯瞰で“翼下双発の配置”が綺麗に撮れます。
第8章 プラモデルで楽しむ橘花──定番キットの選び方&“現実解”の作り方
編集部コメント:橘花=短距離で“まず飛ばす”ための現実解。模型でも“盛りすぎない説得力”が映えます。数値や武装のロマンより、基地・整備・離陸という文脈をどう入れるかで仕上がりが化けます。
8-1 まずはキット選び(失敗しにくい基準)
- スケールの決め方
- 1/72:机上サイズで並べやすく、情景(木更津の滑走路やテスト隊)も載せやすい。
- 1/48:Ne-20の配管や主脚まわりを作り込みたい人向け。表面の素材感が活きる。
- 金型タイプ
- インジェクション:合いが良く、初めての橘花でも安心。
- 短ラン/レジン:表面表現がシャープ。脚柱や主翼桁に補強を入れる前提で楽しむ。
- 選定の目安
- 主脚収納部(ベイ)のディテールがしっかり刻まれているか
- キャノピーの透明度と枠の幅が適正か(橘花は細枠すぎると“らしさ”が損なわれます)
- 別売りRATOやNe-20の簡易ディテールアップが用意しやすいか
編集部の推し基準:**「ナセル合わせ目」「キャノピーの素直さ」「脚の強度」**の3点で選ぶとハズしません。
8-2 組み立ての勘所(詰まりやすい所と先回り対策)
- ナセル(吸気口〜胴体)の段差
- 先に吸気ダクト内側を艶アリ黒で塗装→内壁だけマスキング、外板を接着。段差は瞬着+ベビーパウダーでパテ化→#600→#1000で面出し。
- 脚柱とタイヤ
- 前脚はやや華奢になりがち。真鍮線の芯(0.8〜1.0mm)を通して強度アップ。輪荷重に耐えられるだけで“着地姿勢”が安定します。
- キャノピー
- 段差が出やすい場合は透明パーツの接着に木工ボンド系を使用。硬化後に**クリア(半艶)**で一体感を出すと“後付け感”が消えます。
- 主翼の反り
- 仮組み段階で翼端の上下ズレをチェック。**治具(定規+マスキングテープ)**で角度固定→硬化まで放置。
8-3 塗装とマーキング──“説得力”を出す3つの方針
末期試作機ゆえ塗装の確定資料は限定的。模型では「筋の通った仮説」を明示して仕上げるのが親切です。
A. 試作機“最短距離”仕上げ(編集部いち推し)
- ベース:金属地(アルミ)+プライマー感の鈍い艶
- パネル差し替え:主翼付け根/ナセル/整備パネルを微妙にトーン差で塗り分け(アルミ → 3段階)
- マーキング:最低限の番号・注意書きのみ。派手な隊識は“やりすぎ”になりがち
B. 海軍機“攻撃寄り”想定
- 上面:濃緑色(IJNダークグリーン)/下面:灰色〜金属地
- 末期感の演出:前縁黄帯は細め、整備跡のパネル再塗装を点描的に
C. RATO試験情景用
- 下面の煤汚れをRATO取り付け位置の後方に限定して薄く。
- タイヤは**滑走路粉塵(明灰)**を軽く乗せ、ブレーキ熱の焼けをほんのり。
8-4 Ne-20を“それっぽく”見せる簡単ディテール
- 色配分:コンプレッサ外胴=黒鉄→ガンメタ、配管=ステンレス+焼け(薄紫〜茶)、フランジ=ダークグレー
- 配管の追加:0.3〜0.5mmの鉛線を燃料・潤滑・計装に見立てて2〜3本足すだけで“急にそれっぽい”
- 固定バンド:細切りアルミテープで輪バンド表現→リベットはピンで軽く打つ
編集部コメント:やり過ぎ厳禁。3カ所だけ情報量を増やす(吸気口奥・胴外周の配管・排気口)と、写真映えがグッと上がります。
8-5 情景(ジオラマ)アイデア:木更津・8月を20cm角に
- ベース:コンクリ滑走路の打継ぎ目を0.3mm彫り→スミ入れ薄め。
- 小物:木箱・工具・作業脚立・消火器で“試験場”の空気を。
- 人物:整備兵×2+試験要員×1(双眼鏡)でRATO導入の緊張感を演出。
- 置き方:橘花はやや斜めに置き、ナセルと前三点脚のシルエットを見せる。写真が映えます。
8-6 “最強”にしない勇気──ウェザリングの上限
- 退色は控えめ:試作・短期間運用を想定し、全体を枯らしすぎない
- 局所集中:主翼付け根/脚収納部/ナセル後端にだけウェザリングを集約
- 艶で語る:半艶の面にグロスを部分足しして“整備直後”の雰囲気を足す
8-7 チェックリスト(完成前の最終5項目)
- 主脚の直立&トーインは左右対称?(真正面から確認)
- キャノピーの歪みは出ていない?(ハイライトが素直に通るか)
- ナセル合わせ目は消えている?(斜光で段差チェック)
- マーキングの“根拠”メモを台座裏に添えた?(※展示時の親切)
- RATO情景の場合、煤汚れの向きは推力線と合っている?
第9章 FAQ(検索意図を一気に解消)
Q1. 橘花とは?
A. 日本海軍主導の双発ジェット攻撃機(試作)。動力は国産Ne-20×2。1945年8月7日・木更津で日本初のターボジェット飛行を成功させた“草創期の現実解”です。国立航空宇宙博物館+1
Q2. 初飛行はいつ?飛行時間は?
A. 1945年8月7日、テストパイロット高岡寿巳により約20分飛行。離陸滑走が長い課題が確認されました。国立航空宇宙博物館
Q3. 二度目(8月11日)のRATO事故は何が原因?
A. 離陸距離短縮目的でRATO(補助ロケット)を装着。取付角・推力線が悪く尾下がり→滑走路逸脱に至ったと記録されています。ウィキペディア
Q4. どこで実機が見られる?展示は本当にある?
A. スミソニアン/Udvar-Hazyで橘花の実機コンポーネントが公開実績あり。展示位置は変動するため、来館前にNASMのコレクション&ビジター案内で「On display」を確認しましょう。国立航空宇宙博物館+1
Q5. Ne-20エンジンって何?
A. 海軍航空技術廠(空技廠)設計の国産ターボジェット。BMW 003の強い影響を受けつつ再構成され、“自力離陸可能な国産ジェット”を実現しました。NASMに複数基収蔵。国立航空宇宙博物館+1
Q6. Me 262のコピーなの?
A. “影響は大”ですがコピーではなく現地最適化。目的は小型の高速ストライカーで、迎撃主眼のMe 262とは任務も規模も異なります。ウィキペディア
Q7. J9Y/J9Nなど記号はどれが正しい?
A. 資料で揺れがあります。**NASMの公式表記は名称「Nakajima Kikka」**で、制式番号を断定しない扱いが基本です。国立航空宇宙博物館
Q8. 仕様・性能(計画値)の目安は?
A. 速度**〜700km/h級**、航続**〜930–940km**、上限**〜12,000m**、800kg爆弾×1が典型的な計画。実戦測定は存在しません。ウィキペディア
Q9. 火龍(キ201)との違いは?
A. 橘花=攻撃寄りの“小型・簡素”で“まず飛ばす”解。火龍=迎撃+襲撃の“紙上最適(未完)”。目的と推力レンジが違います。ウィキペディア
Q10. プラモデルのおすすめは?
A. 安定入手ならFine Molds 1/48やMPM/Special Hobby 1/72。ナセル合わせ目・前三点脚の強度・キャノピーの素直さで選ぶと失敗しにくいです。
第10章 まとめ──「最強」ではなく「最短距離」を選んだ日本初のジェット
橘花(きっか)は、日本海軍が太平洋戦争末期に“まず飛ばす”ための現実解として到達した、小型双発のジェット戦闘機(攻撃機寄り)でした。心臓のNe-20は、断片的資料から再構成して実用域に乗せた国産ターボジェット。初飛行は20分、二度目はRATOの角度で失敗——この短い試験史に、設計・現場・基地が一体で回らないと“性能”は戦力にならない、という教訓が凝縮されています。
10-1 橘花が教える3つの要点
- 目的設計の勝利:迎撃“最強”ではなく、小型の高速ストライカーとして最短距離で飛行に到達。
- 地上条件が命:滑走路品質・RATO手順・整備回転が、ジェット戦闘機の生死を分ける。
- 国産化の意味:Ne-20は“コピー”ではなく影響+現地最適化。日本の戦闘機史における技術的足がかり。
編集部コメント:数値で語るなら火龍(キ201)やMe 262に譲る部分も多い。だが橘花とは、**「飛行=ゼロから1」**を達成した機体。ここに史的価値があります。
10-2 次の一歩(展示・模型・読み)
- 展示:米Udvar-Hazyで橘花実機とNe-20を確認し、“素材と寸度”の現実を掴む。
- プラモデル:盛りすぎないIFが勝ち筋。金属地+最小マーキングやRATO試験情景で“現実解”を演出。
- 比較読解:橘花×火龍×Me 262の“目的・推力・運用”の違いを、B-29迎撃という背景で読み直す。
10-3 一文で締めるなら
「橘花は“最強”ではない。
“とにかく早く実践運用する”という、戦場の現実に最も正直なジェットだった。」