高市早苗新総裁で「日本の原子力潜水艦」論は進むのか?—法制度・産業基盤・同盟から検証【2025年最新】
10月4日、自民党総裁に高市早苗氏が就任しました。防衛力強化が再び最前面に出たいま、原子力潜水艦に関する議論も進む事が予想されます。そのために必要な議題は“艦そのもの”ではなく「人と規律と港」を先に整える現実路線です。日本は原子力潜水艦を持てるのか——法制度、AUKUS、費用、運用価値を三点測量で読み解きます。
第1章 「日本の原潜」論の現在地:論点の棚卸し
いま、なぜ“日本の原子力潜水艦(SSN)”が再び話題に?——結論からいえば、**政治(高市新総裁の誕生)×政府内議論(次期防衛戦略の検討)×同盟協力(AUKUS Pillar IIの深化)**という三つの潮流が同時に動いているからです。
1-1 政局のスイッチ:高市新総裁の就任で“議論の窓”が開いた
2025年10月4日、自民党は高市早苗氏を新総裁に選出。日本初の女性首相誕生が現実味を帯び、安保・防衛分野での政策論議が一段と注目を集める局面に入りました。主要各紙・通信も「対中強硬・安保重視」の色合いを強調しています。
加えて、高市氏は過去の討論番組(2021年)で「日本の原子力潜水艦保有の検討」に前向き姿勢を示した一人。当時はAUKUS発表直後で、与野党をまたいだ“日本も原潜を検討すべきか”という議論に火がついた文脈です。直近では拡大抑止や非核三原則の解釈をめぐる発言でも注目を集めてきました。
1-2 政府内の地殻変動:有識者会議報告と防衛相会見
防衛省の**「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議」最終報告(2025年9月19日)を受け、中谷防衛相は9月26日の会見で、「VLS搭載の潜水艦」や「次世代の動力」言及を含む提言の扱いについて問われ、「現時点で決まっていることはなく、具体的な検討も行っていない」と回答。ただし報告自体は「極めて貴重で、政策立案に資する」とし、今後の検討に活用する姿勢を示しました。——つまり、“ボールは動き出したが、まだ走り出してはいない”**段階です。
この会見の前後で、**「原子力推進型を念頭に、航続距離の長い潜水艦の保有検討を」**と報じる記事も登場。提言の射程や温度感に幅がある点は押さえておきたいところです。
1-3 同盟・多国間の追い風:AUKUS Pillar IIに日本が“足場”
日本はAUKUSのPillar II(先進能力)での協力を段階的に拡大。2024年には「日本と協力を検討」→「海洋無人システムで初期協力」が公式文書に明記され、2025年夏の日豪2+2共同声明では、TALISMAN SABRE 2025の枠内でAUKUS Pillar II Maritime Big Play活動に日本が初参加し、水中無人システムの実証が実施されたと発表されています。**“原潜そのもの(Pillar I)ではないが、海中戦の中核技術でAUKUSの輪に入っている”**のが現在地です。

1-4 用語を解説:SSNとSSKの違い(超要点)
- SSN(原子力潜水艦):原子炉の熱でタービンを回すため、潜航持続と“持続高速”に圧倒的優位。遠方海域での先回り・追尾・広域監視・長期プレゼンス任務に強い。
- SSK(通常動力潜水艦):静粛・コスト効率に優れ、沿岸〜海峡など限定海域の待ち伏せ・防衛任務で強い。日本の最新「たいげい」型はリチウムイオン蓄電池で水中持続が伸び、依然“世界最強クラスのSSK”と評価される。
補足(やさしい用語解説)
「持続高速」=“速度を出し続けられる力”。SSKは速く走ると電池を早く消耗するため、再充電のためのスノーケル(海面浮上)運用が増える。一方SSNは速度を出したまま長時間動け、広い海域での“捕捉→追尾→先回り”が得意です。

1-5 法律・世論という“日本特有の壁”
原子力基本法は「原子力の研究・開発・利用は平和の目的に限る」と規定。非核三原則は「持たず・作らず・持ち込ませず」という政治原則として政府が堅持してきました。推進=核兵器保有ではないものの、“軍事装備としての原子力利用は平和利用に当たるのか”という解釈論、さらに規制・燃料・解役・賠償といった実務の壁が横たわります。
ここまでの小まとめ
- 政治:高市新総裁の誕生で、原潜を含む“踏み込んだ防衛装備論”の政治的受け皿ができた。
- 政策:有識者会議報告により、「長射程ミサイル×潜水艦」「次世代動力」がテーブルに上がった。ただし政府はまだ白紙段階。
- 同盟:AUKUS Pillar IIで海中無人などの**“周辺技術”を実戦的に共創**。これがSSN論の土台作りになり得る。
- 技術・運用:SSNは持続高速・外洋展開に圧倒、SSKは静粛・近海の待ち伏せに強い。日本の現行主力は「たいげい」型SSK(LiB搭載)。
- 制度:平和目的条項と非核三原則をどう解釈・運用設計するかが、最初の関門。
第2章 法制度のハードル:何が「ボトルネック」なのか
ポイントは3つ。(1)“平和目的”条項との整合、(2)規制官庁と適用法令の設計、(3)燃料・保障措置・賠償の制度化。これをクリアできるかが、議論を“政策”に進める鍵です。
2-1 日本の核関連法の土台:まず「平和目的」
日本の原子力は原子力基本法で「平和の目的に限り」と明記されています。軍事装備に原子力を使う場合、その解釈と運用設計(誰が、何を、どの目的で使うのか)が最大の入口の論点です。
これを具体の規制に落とすのが**「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(原子炉等規制法)**。こちらも平和利用の確保を前提に、原子炉の設置・運転の許認可や安全基準を定めています。
2-2 「非核三原則」と“推進”の線引き
政府は非核三原則(持たず・作らず・持ち込ませず)を一貫して掲げています。これは核兵器を対象にした原則であり、原子力“推進”そのもの=核兵器ではない点は整理可能ですが、社会的・政治的受容は別問題。国会や政府方針で、原子力“兵器”ではなく“推進”の扱いをどう明確化するかが必要です。
なお、米海軍の原子力推進艦船は日本の主要港に寄港しており、政府は安全性と防災体制について説明資料やQ&Aを公表、寄港地での環境モニタリングも継続しています。**“他国の原子力推進艦の寄港を受け入れている”**事実は、国内での“自営運用”とは別物ですが、社会的議論の参考にはなります。
2-3 誰が監督する? 規制官庁と“船舶用原子炉”の枠
規制の所管は原子力規制委員会(NRA)。NRAは船舶に設置する原子炉の規則・ガイドも所掌し、歴史的には民間の原子力船「むつ」が原子炉等規制法+船舶安全法の適用で設計・検査を受けてきました。つまり、“船舶用原子炉”という法の窓はゼロではないのが現状です。
ただし、現行の詳細規定は研究開発用や民間原子力船を念頭にしたものが中心。自衛隊が運用する軍用原子炉にそのまま当てはめられるかは未整理で、許認可主体・検査権限・機密情報の扱いなど、個別条項の作り込みが必要になります。これは、既存規則の適用対象の書きぶりからの合理的な推論です。
2-4 燃料とIAEA保障措置:NPTの“艦用燃料”の難所
原子力潜水艦の中核は炉心燃料。米英方式は高濃縮燃料の歴史が長く、IAEA保障措置では艦用燃料の取り扱い(軍事機密)が難所です。IAEAは海軍推進への対応に関する文書を公表しており、豪州AUKUSやブラジル計画の審議経緯からも、国際的な透明性確保が大前提になることが読み取れます。日本が導入を目指す場合、燃料供給国との枠組み+IAEAとの合意設計が初期フェーズの関門です。
2-5 事故賠償・責任:現行制度は“民間事業者”設計
事故時の被害者保護を定めるのが**「原子力損害の賠償に関する法律」**と関連法。原子力“事業者”を前提に賠償措置や補償契約・国の支援等を規定しています。自衛隊が運用主体となる場合、誰を“事業者”と定義するか、求償や保険・補償の設計をどうするか——制度上の整理が不可欠です(現行法の目的・定義規定からの制度適合性の検討課題)。
2-6 港湾・自治体・防災:ベース整備に必要な合意形成
母港・寄港の選定では、港湾管理者・自治体の防災計画・住民説明が肝。現行でも米原子力艦の寄港港ではモニタリングや情報公開が続けられていますが、「常駐・整備・廃炉」まで含む自営運用となれば、原子力専用岸壁・放射線管理区域・緊急時対応など、物理インフラと手続の新設が要ります。
2-7 同盟の文脈:AUKUS Pillar IIの“制度演習”効果
2025年9月の日豪2+2共同声明は、日本のAUKUS Pillar II「Maritime Big Play」初参加(TALISMAN SABRE 2025枠)を歓迎。海中無人・通信など先進能力の協力は、情報保全・輸出管理・機微技術のハンドリングという“制度面の訓練”にもなります。原潜そのもの(Pillar I)とは別ですが、制度整備の地ならしとしては有効です。
小括:第2章の結論
- 法の芯は「平和目的」。ここに自衛のための推進利用をどう位置付けるかが最初の関門。
- 規制の器(NRA+船舶用原子炉規則)はゼロではないが、軍用運用に最適化するには条文設計が必要。内閣府国家公安委員会
- 燃料・保障措置・賠償は国際・国内の二重の制度設計が必須。供給枠組みとIAEA合意、そして“運用主体”に合わせた賠償制度の明確化が要る。
- 港湾・自治体は“最後の一里塚”。現行の寄港実務は参考になるが、常時運用は別次元。
第3章 お金と造る力:コスト・人材・インフラの現実
要約:**原潜(SSN)は「艦そのものの価格」より、「周辺に作る“見えない工場群”」が高い。**造る力=QA(品質保証)+原子力人材+港湾・ドックの三点セットが要ります。
3-1 ライフサイクルで見る“原潜コスト”
- 取得費(艦本体):米海軍の最新仕様(VPM付き)バージニア級は**1隻あたり約45億ドル(調達時)と議会調査局が整理。ブロックや物価で上下はあるものの、“1隻=数千億円台後半〜1兆円級”**が基準になります。
- 運用・整備:クルー(約130名規模)運用、原子炉関係の定期整備、消耗品、訓練航海、燃料管理などが乗ります。米艦の数字は国情依存が大きいので単純移植はできませんが、**“取得費≒氷山の一角”**という認識が妥当です(米艦の運用費は古い価格基準で年数千万ドル規模との公開ソースもあり)。
- 周辺投資(初期整備):原潜対応ドックの新設・更新だけで数千億円級。米海軍が真珠湾の乾ドック代替で28億ドルのタスクオーダーを発注した事例は、港湾改修の“ケタ感”を掴むのに有用です。
編集部コメント
日本が「最小構成(3~4隻)」を目指すとしても、艦の価格×隻数だけでは到底収まりません。設計非反復費(設計・試験設備)+ドック・母港+教育・検査体制の“定盤づくり”が別立てで立ち上がる点を、予算議論の出発点に据えるべきです。
3-2 “誰が造るのか”:既存の造船基盤と強み
- 現行のSSK(通常動力潜水艦)を造ってきたのは神戸の二社:三菱重工(MHI)と川崎重工(KHI)。そうりゅう級・たいげい級を分担し、神戸での潜水艦建造の蓄積があります。
- 一方、“原子力級”の品質保証(QA)は別物。ASMEのNQA-1など原子力向けQA体系は、調達から溶接・検査・運用・廃止までを一貫管理する仕組みで、通常艦艇とは基準が段違い。
- 重大型鍛造の国内供給力:民生原発向けでは日本製鋼所(JSW)室蘭が圧力容器用の大鍛造で世界的サプライヤー。“物を作る物”の国産力は強みですが、軍用炉の機密要件・規格適合は別途クリアが必要です。
編集部コメント
「場所(神戸)と会社(MHI/KHI)はある」——ここが日本の出発点。ただし、原子力QAの“別レイヤー”を被せたサプライチェーン再編が必要です。JSME(機械学会)コードや既存の民生ノウハウは呼び水になる一方、最終的には軍用要件に適合させる制度設計と審査機関が鍵。
3-3 “人を育てる”:原子力クルーとエンジニアの育成
- 米海軍の育成フロー(参考):**A校(13~26週)→原子力学校(26週)→原子力原型炉訓練(26週)**が基本線。18か月前後をかけて初任オペレーターを育てます(職種で差)。
- 示唆:日本で始めるなら、陸上原型炉(Shore Test Facility)や実機に触れる訓練設備が要る。英国の**Vulcan NRTE(ドーンレイ)のような“原子力の学校+実証炉”**は、最短経路の定番です。
- 産業人材の規模感:オーストラリアはAUKUSで産業ワーカー最大8,500人の直接雇用を見込み、教育・技能アカデミーを公費で整備中。**“人に先に投資”**が合言葉です。
編集部コメント
日本版の“第一歩”は、(1) 海自の原子力職種(オペレーター)認定制度の新設、(2) 陸上原型炉の場所選定、(3) 大学・高専との“N-トラック”創設。艦を造る前に人を造るのが、各国共通の隘路です。
3-4 “どこで整備する?”:港湾・ドックと放射線管理
- 専用ドック/岸壁:放射線管理区域や遮へい、排水処理、緊急時動線などを含む原潜対応インフラが必要。米海軍の**真珠湾ドック更新(28億ドル)**は、乾ドック単体でも国家級プロジェクトになる現実を示します。
- 母港の要件:常時モニタリング、自治体の防災計画、専用の物資・燃料搬入手順、機微情報ハンドリング。「寄港受入れの延長線」ではなく、“常駐・整備・燃料”まで踏み込む別設計が求められます。(寄港実務に関する一次資料は第2章参照)
編集部コメント
ドックの地政学も重要です。太平洋側(外洋アクセス・津波設計)/瀬戸内(気象安定・遮蔽)/日本海側(作戦回廊)——“どこに置くか”が艦の稼働率を左右します。
3-5 “どのくらいのスケール感?”:AUKUSの数字で測る
- 雇用の目安:英政府資料はSSN-AUKUSで最大2.1万人の雇用維持と示唆(英国側の通年スケール)。豪州は8,500人の直接雇用を掲げ、教育・施設に60億豪ドル規模を投じる計画を公表。**「原潜=巨大な雇用・教育プログラム」**でもあります。
- 時間軸:豪州は2030年代に米製SSN導入→2040年代に自国建造という長距離走。**日本の初号艦を“10~20年スパン”**と見る根拠の一つです(詳細は第6章)。
編集部コメント
“やるなら国家計画”。文科(教育)・経産(産業)・国交(港湾)・環境(規制)・防衛(運用)が一枚岩にならないと、**艦だけ先に来て“置き場がない・人がいない”という事態になりがち。AUKUSが示したのは省庁横断の“仕立て”**です。
3-6 編集部のざっくり試算フレーム(議論のたたき台)
実際の数字は制度設計・仕様で大きく変わります。下は**“海外ベンチマークからの日本向け概算フレーム”**です。見積りの思想としてご覧ください。
- 設計・試験設備:陸上原型炉+材料試験・静粛化試験等の立上げで数千億円~(英国の原型炉史、米の訓練原型炉体系を参照した規模感)。
- 造艦ライン再編:原子力QA適合、非破壊検査・溶接手順・クリーンルーム級設備の新設で数千億円級(NQA-1準拠の体系への転換コストを含む)。
- 母港・乾ドック:基幹ドック1基の更新=数千億円(米真珠湾の例)。複数母港運用ならさらに上積み。
- 艦本体(3~4隻):概ね1兆円超~(米バージニア級の価格帯を物価調整・仕様差で目安化)。
- 人材育成:年間数百人規模のオペレーター・整備員を1.5年サイクルで回す教育投資(米海軍の育成長さを参考)。
編集部コメント
逆に言えば、“原潜を口実に”日本の重工・材料・計測・教育の“国家キャパ”を底上げする戦略とも言えます。Pillar II(AUKUS先進能力)の共同実証と同じ土俵で動くのが、現実的な階段でしょう。
3-7 SSN導入のリスクと“逃げ道”
- ボトルネックの二重化:原子力規制+軍機管理が重なり、審査リードタイムが膨らむリスク。
- サプライチェーンの海外依存:燃料要素・炉心構成品・機密系センサーの一部は同盟国供給を前提にせざるを得ない可能性。
- 回避策:(a) 陸上原型炉での運用実績作り、(b) Pillar II領域でQA・情報保全を“先行整備”、(c) SSK(たいげい級)との“艦隊ミックス”で漸進導入。
編集部コメント
“全部いきなり”は失敗フラグ。SSKの更新線を維持しつつ、Pillar IIで“原潜対応の所作”を身につける。その上で初号艦=技術実証艦の位置付けくらいが、政治・世論・産業を巻き込む現実解です。
第4章 同盟とAUKUS:最短ルートか遠回りか
結論から言うと、「日本の原潜」への“最短ルート”はPillar Iに飛び乗ることではなく、AUKUS Pillar IIで“海中無人・通信・AI・サプライチェーン規律”を先に身体化することです。Pillar I(豪のSSN取得)は現時点でメンバー拡張の予定なし**、日本はPillar IIの実証現場に入った段階。
4-1 Pillar IとPillar IIの違い(公式整理)
- Pillar I:豪州の原子力潜水艦(SSN)取得・運用を米英と協働で実現(設計・建造・人材・原子炉燃料を含む総合計画)。
- Pillar II:AI・自律化・サイバー・量子・無人システム・水中通信など先進能力の共同開発・実装。三国の装備・産業・輸出管理を“統合的に設計”する取り組み。
編集部コメント
Pillar Iは“艦そのもの”の話、Pillar IIは**“艦を取り巻くエコシステム”の話。日本が今すぐ入れるのは後者で、その中に原潜運用にも直結する基盤技術(海中無人・通信・情報保全)**が詰まっています。
4-2 日本の「Pillar II」参加はどこまで進んだか
- 2024年10月:日本はAUKUS Pillar IIのMaritime Big Play系演習「Autonomous Warrior」にオブザーバー参加。
- 2025年7月:多国間演習Talisman Sabre 2025において、海中無人システム×水中音響通信の実証に日本が初参加(Pillar IIの一環)。豪国防省・日本防衛省が相次いで公式発表。
図解キャプション案
図D:日本のPillar II参加タイムライン
2024.10 オブザーブ → 2025.7 実参加(海中無人×音響通信実証) → 以降:対象プロジェクトの拡張を協議。
4-3 なぜPillar I(原潜直接協力)ではないのか
AUKUSの“コア”拡大予定はなし。豪政府・米英は繰り返し、**日本の関与はPillar IIの“案件単位”**で進める立場を示してきました。つまり、原潜(Pillar I)の共同化に日本が入る想定は現時点でない、ということです。
編集部コメント
「AUKUSに日本が“入る/入らない”」という枠組み論より、“何を一緒に作るか”というプロジェクト論に寄せた方が、実が取りやすい。まず水中無人・通信・対潜センサーで“共通言語”を作るのが正攻法です。
4-4 輸出管理と情報保全:AUKUSの“入場券”
Pillar IIは技術移転とデータ共有が肝。米国は2024–25年にかけて、UK・豪向けの輸出管理を大幅緩和(BISのEAR改定やITAR §126.7のAUKUS例外)を発出しました。一方で**“除外技術リスト(ETL)”などセンシティブ領域は依然厳格**で、制度適合が前提です。¥
- BIS(商務省):2024年4月にUK/豪向け輸出許可の大幅簡素化をIFRで公示。
- DDTC(国務省):ITARの新免除(§126.7)が2024年9月1日発効。ただしETL等の限定条件付き。
編集部コメント
ここは**“地味だけど決定的”**。**日本がPillar IIで厚みを増すには、機微情報の守り方(機密区分・人事身辺・サイバー)と、輸出管理の“すり合わせ力”**が鍵。制度の相互承認に近い深度まで積み上げられるかが、原潜以前の勝負です。
4-5 Pillar IIの「海中戦」メニュー:原潜論と直結する領域
- 水中自律システム(UUV/USV)と群制御:外洋哨戒・機雷対処・対潜監視。TS25で日本が実証に入ったのはここ。
- 水中通信(音響・光)とC2:原潜運用の“見えない背骨”。音響通信の耐妨害性・低確率探知化が焦点。TS25で音響通信の先端実装がトライされました。
- AI/データ融合:広域のSOSUS的データやマルチセンサーを機械学習で融合、トラック管理・優先度付け。Pillar IIの中核ワークストリーム。
4-6 “最短ルート”の現実解:Pillar II → 産業・人材 →(将来)原潜選択肢
- 実証×量産の二段構え:TS25のような実証現場と、国内の量産・QA体制(防衛産業+大学/高専)を並行稼働させる。
- 情報保全の「共通仕様」:AUKUS準拠の情報区分・アクセス管理・監査をPillar II案件で先に適用し、同盟側と相互信頼を積む。
- 人材の回転ドア:豪・英のSSN拠点に日本のエンジニア・オペレーターを派遣・常駐(産業人材も含む)。UKはSSN-AUKUSでピーク2.1万人雇用、豪は8,500人直接雇用の器を作る計画——**“人を刺し込む受け皿”**は既に動いている。
編集部コメント
「原潜そのもの」→「技術・人・制度」の順番ではなく、逆からが日本の現実的オプション。人と制度を先に育て、艦は最後に決める。これがコストと政治リスクを最小化する処方箋です。
4-7 “遠回り”に見えるが、結局は近道:エクスポート改革の波に乗る
AUKUS関連の輸出規制改革は2024年に米商務省(EAR)→国務省(ITAR)と相次ぎ進展。ライセンスレスの幅が拡大したとはいえ、除外リストや承認ユーザー制などのガードレールは残る——**「制度を読める産業」**が勝つ局面です。
小括:第4章の結論
- Pillar Iは拡大予定なし、日本の主戦場はPillar II。TS25で海中無人×音響通信まで進んだのは重要な一歩。
- **“原潜の前段”**は、情報保全×輸出管理×人材の“三位一体”。米のEAR/ITAR改革の流れを読み、制度適合の実績を積む。
- 編集部の見立て:「Pillar IIで勝つ」→「産業・人材の格上げ」→「選択肢としての原潜」。この順路が**最短の“遠回り”**です。
第5章 運用価値の再評価:日本の地理と任務でSSNは要るのか
先に結論:外洋の“持続高速”で主導権を取る任務(外縁ASW・長期追尾・広域監視・シーレーンの前方防護)にはSSNが強い。一方で、海峡・沿岸・限定海域の待ち伏せや抑止的プレゼンスはSSK(たいげい級など)が依然コスパ最強。したがって**「SSN少数 × SSK多数」のミックス**が、地理と予算に合う現実解です。
5-1 日本の作戦地理:三つの“リング”で考える
- 第1リング:海峡・接近阻止
対馬海峡/津軽・宗谷/宮古海峡/巴士海峡は第一列島線の“蛇口”。ここを静粛に押さえる任務はSSKが得意。特に宮古・巴士は外洋に抜ける中共海空の主要動線で、哨戒・対潜の要衝です。 - 第2リング:外洋クッション(フィリピン海~日本海沖)
第一列島線の外側で広域ASW・通峡監視・敵潜の前方阻止を行う帯。ここからは長時間の“持続高速”で間合いを支配できるSSNが優位。 - 第3リング:シーレーン(インド洋~中東)
日本の原油は約90%が中東依存。航路の要衝警戒や基幹輸送の前方護衛は、長航続・高稼働のSSNが適任です(もちろん水上打撃・航空戦力とチームで)。外務省
図解キャプション案
図5:日本の三重リング運用
リング1=海峡阻止(SSK軸)/リング2=外洋ASW(SSN軸)/リング3=SLOC前方防護(SSN+連接部隊)
5-2 任務別にみる:SSNが“刺さる”場面
- 外洋ASW(広域・長期の対潜戦)
SSNは高い巡航速力を“長時間”維持でき、先回り→接触→追尾のサイクルで主導権を握れます。SSKは静粛で強いものの、高速を続けると電力消耗が大きいため、持久追尾は不得手。 - 長距離のシーレーン前方防護
航路の外縁で疑わしい潜水艦を多層で捌くコンセプトには、航続と稼働率がモノを言う。SSNの作戦半径の自由さが戦力密度を底上げします。 - ISR(情報・監視・偵察)/抑止パトロール
長期間の不可視プレゼンスは、対潜・対水上・打撃資産の**“影の敵”として圧力を与えます。「そこにいるかもしれない」**効果はSSNの十八番。
編集部コメント
外洋で“間合い”を制するには速度×時間。この掛け算に強いのがSSNです。海図に**“行動可能なオフセット”**を描くと、差は歴然。
5-3 SSK(たいげい級など)が“光る”場面
- 海峡封鎖・待ち伏せ
宮古・巴士・対馬のような狭水道の“音の迷路”では、静粛・コンパクト・コスト効率のSSKが理に適う。日本のたいげい級(LiB)は、AIPに頼らずとも大容量リチウムイオン電池で水中持続と加減速が向上した“世界最強クラスのSSK”。 - 沿岸・列島防衛の縦深
固定・移動センサー網(SOSUS的なデータ)や航空ASWと組むと、低コストで厚い持続監視が可能。**多数の“良いSSK”**があるほど“隙間”は小さくなります。防衛省
編集部コメント
“静かに待つ強さ”はSSKの矜持。たいげい級のLiB化は“スプリント・アンド・ドリフト”のキレを上げ、海峡の守りをより分厚くします。
5-4 実戦的な“タスク・オーガナイズ”:SSN×SSKの組合せ例
- ケースA:宮古〜巴士“外側”での前方ASW
SSNが外洋の広域で接触・追尾・切り離しを回し、SSKが海峡の“出口”で待ち受け。航空ASW・海中無人(Pillar II)でキューイングを掛ける。 - ケースB:SLOC前方護衛
SSNが航路の外縁を広角で哨戒し、水上打撃/P-8等とキルチェーンを共有。SSKは基地方向で港湾接近ルートの衛門を固める。 - ケースC:有事の“遅滞・消耗”運用
列島線の縦深にSSKを面で配置し、外洋ではSSNが敵高価値ユニットの先回り抑止を担当。第一列島線の“壁”を弾力化。
5-5 “SSN不要論”のポイントと反論
- 不要論①:LiB-SSKで十分に長持ち
→ 事実、たいげい級などLiB-SSKは従来比で水中持続・加減速が向上。ただし**“持続高速”の領域はなおSSNの独壇場**。高速を長く続けるとSSKは消耗が速いという“物理”は変わりません。 - 不要論②:海峡戦が主、外洋は空海統合で足りる
→ 外洋の“前方拒否”を無人×センサー×SSNでやっておくと、列島の負荷が下がる。海峡に“押し寄せさせない”ための外側の刈り取りが、長期戦のカギです。防衛省
編集部コメント
LiB-SSKの進化は“SSN代替”ではなく“棲み分け精密化”。SSNは“間合い支配”の兵器、SSKは“静粛支配”の兵器と捉えると腑に落ちます。
5-6 小括:日本の“答え”はミックス
- 地理適合:海峡=SSK/外洋=SSNの役割分担が明確。第一列島線の蛇口(宮古・巴士・対馬)と外洋クッション(フィリピン海)で二段防御を敷く。
- 予算現実:SSNは少数主力、SSKは多数整備。**“厚い数のSSK+必要十分のSSN”**が日本の財政・人材に整合。
- 同盟連接:Pillar II(海中無人・通信)で検出→追尾→撃破のキルチェーンを同盟で共通化。SSN/SSK+無人+航空を一枚の網に。防衛省
第6章 ロードマップ仮説:導入するなら最短何年で何が必要?
6-1 0〜2年:制度の地ならし&人材の第一陣を海外で育てる
- 法的フレームの明示
・原子力基本法の「平和目的」条項に、自衛のための原子力“推進”利用をどう位置付けるかを整理(政府方針・国会答弁・関係法の整合)。日本法令翻訳データベース
・非核三原則(持たず・作らず・持ち込ませず)は核兵器が対象であることを再確認しつつ、推進=非兵器である説明線を明文化(Q&Aや白書での対外説明)。外務省 - AUKUS Pillar IIの“制度演習”を拡大
海中無人/通信/AIなどの案件で輸出管理・情報保全の**“AUKUS準拠”運用**を国内企業に根付かせる(米英豪の制度改定に合わせた社内規程の整備)。※“艦そのもの”(Pillar I)でなくとも、原潜運用に直結する土台が積める。 - 人材の先行育成(海外派遣)
海自・防衛産業の若手を米英の原子力教育ラインに常駐派遣。米海軍の育成は**A校→原子力学校(約24〜26週)→原型炉訓練(約26週)が基本線(職種差あり)。「18か月前後で初任運転員」**の目安を日本側の制度に写像する。
編集部コメント
最初の勝負は“艦”ではなく“規律”。情報保全・輸出管理・身辺管理まで“仕様化”した企業しか、のちの原潜サプライチェーンにも入れません。
6-2 2〜5年:陸上原型の仕様決定/母港候補の基本設計
- 陸上原型(Shore Test Facility)
英国のVulcan NRTEのように**“原子力の学校+実機試験”を兼ねる拠点を国内で計画(段階的にプロトタイプ→実規模へ)。運用や安全の“所作”は原型で学ぶのが最短**。 - 母港・ドックの基本設計
放射線管理・遮へい・排水処理・緊急時動線・機微情報設備を含む原潜対応インフラを基本設計へ。米海軍の真珠湾Dry Dock置換は契約だけで28億ドル規模、総事業は30億ドル台半ばとされ、“港”だけでも国家級投資になる。 - 国内QAの“原子力級”格上げ
調達・溶接・非破壊検査・トレーサビリティのN級QAをJIS/学会コードと接続し、“通常艦”とレイヤーを分離。
編集部コメント
**「ドックの地政学」**を忘れずに。太平洋側/瀬戸内/日本海側の候補は、津波・遮蔽・作戦回廊で役割が違う。稼働率を最大化する地理選定が鍵です。
6-3 5〜10年:実証・訓練を回しつつ、少数“外製SSN”の暫定取得も視野
- 外部での実艦経験の蓄積
AUKUSの道筋では**“早ければ2030年代前半にバージニア級SSNを3隻”という段階的取得が設計されました(条件付き)。日本があくまで将来選択肢として少数の外製SSNを一時取得**するなら、人材・制度の飽和度が判断基準になります。 - 国内の量産・教育ラインを常時運転
原型炉・母港の運用を通じ、原子力職種の訓練を毎年回す。米海軍のA校(13〜26週)+原子力学校(約24〜26週)+原型炉26週という**“1.5年サイクル”**を日本版に落とし込み、民間の運用・保守資格も整備。 - 産業・雇用のスケール感
英国はSSN-AUKUSでピーク2.1万人規模の就業を見込むと公表。豪州も直接雇用8,500人の目安を提示。人を先に作るのが国際標準です。
編集部コメント
“艦を買う”ではなく“人を回す”。常時教育→資格付与→現場配属を切らさないことで、安全文化と技能の世代継承が生まれます。
6-4 10〜15年:初号艦の建造フェーズ(共同設計 or 国内設計)
- 共同設計トラック
AUKUSのSSN-AUKUSは、英は2030年代後半、豪は2040年代初頭に初号艦を見込む計画。日本が“共同”で経験値を積むなら、船体・戦闘システム・推進要素の分担いずれかで段階的参加が現実的。 - 国内設計トラック(長距離走)
原型→設計→建造→臨界→就役の“全部盛り”を国内で回す場合、制度・人材・インフラの目盛りを満たしていても10年級は要するのが各国の経験則。 - 母港・ドックの本格運用
真珠湾の例に見られるように、原潜用ドックは単発で数千億円級。複数母港を持つ場合はさらに上積み。
6-5 15〜20年:初号艦の試験・就役/艦隊ミックスの最適化
- 試験→作戦化
初号艦の臨界・係留・海上公試を経て就役。SSNは外洋ASW・SLOC前方防護などに投入、**SSK(たいげい系列)は海峡・沿岸の“盾”**に特化。 - 艦隊ミックスの見直し
SSN少数×SSK多数の基本線を維持しつつ、無人(水中・水上)と航空ASWを重ねた**“三層網”**で運用最適化。 - 国際保障措置(IAEA)の運用安定化
非核兵器国の海軍推進はIAEAとの合意設計(CSA第14条枠組み)が鍵。AUKUSの文脈では、豪がIAEAと検証手段を協議している(“溶接済み動力ユニット”の扱い等)。日本が将来に備えるならこの運用知見の蓄積が重要。
編集部コメント
**国際ルールを“読める組織”**が最後に強い。IAEAとのすり合わせは“技術×法務×外交”の総合格闘技です。
6-6 ざっくり「見積りの物差し」(海外ベンチマークを日本向けに換算)
- 艦本体(SSN・1隻):米議会調査局は**バージニア級の単艦調達費を約48億ドル(素材前払を除く)**と整理する年次報告を公表。1隻=数千億円〜1兆円級が現在のケタ感。
- ドック更新:真珠湾DD置換・建設は契約28億ドル、報道や監査資料では総額3.4〜3.6B$級とされる。港湾だけでこの規模感。
- 雇用:英:SSN-AUKUSでピーク2.1万人、豪:直接8,500人。国内でも学部・高専〜現場技能まで“長い回路”を用意する必要。
編集部コメント
数字は“艦の値段”より“周りの工場群”が効いてくる。造る力=人×QA×港の三点セットを先に整えるほど、予算の見通しもクリアになります。
6-7 チェックリスト:日本版“最短の遠回り”
- 法制度:平和目的の範囲・所管・賠償・保障措置(IAEA)を明文化。
- 人材:“1.5年サイクル”の原子力職種を常時回す。海外派遣+国内原型の二段構え。
- インフラ:原潜対応ドックと原型炉サイトの二大投資を相前後して着工。
- 同盟連接:Pillar II(海中無人・通信・AI)で規制・情報保全を“身体化”。
- 段階導入:外製SSNの暫定取得→共同設計→国産化度UPのステップでリスク分散。
本章まとめ
- タイムスケールは10〜20年の長距離走。ただし、制度・人材・インフラを**先に“逆回し”**すればリスクは下がる。
- AUKUSの既定路線(英:2030年代後半、豪:2040年代初頭)は国際ベンチマーク。日本は**Pillar IIでの“準備運動”**が捷径です。
- 編集部の見立て:「議論の前進」は高市政権×Pillar II深化で十分起こり得る。ただし**“艦の就役”は国家事業級**。**“人と規律が先、艦は後”**を合言葉に。
第7章 政治・世論・連立:高市政権でどこまで行ける?
結論の先出し:“議論(ディベート)は前進、決定(ディシジョン)は連立の壁次第”。高市新総裁の安保色は議題設定力を高める一方、公明党や参院勢力のハードル、そして社会受容性が“最後のゲート”になります。
7-1 リーダーシップの“追い風”:議題設定が変わる
- 2025年10月4日、自民党は高市早苗氏を総裁に選出。対中強硬・安保重視のイメージが強く、就任直後から安全保障の政策ウィンドウが広がるのは確実です。選挙結果や党勢低下に伴う求心力の再建も、目玉テーマとしての防衛強化を後押しします。
- メディア各社は「女性初の首相誕生へ」「安保重視」の論調。“原潜”そのものへの明言は限定的ながら、重い防衛テーマをテーブルに載せる政治的環境は整いました。
編集部コメント
“議論の開催権”は明確に高市氏の強み。論点を動かす力が変わるだけで、官庁・与党内の検討密度は上がります。
7-2 “官邸—防衛省—有識者”ライン:提言の球は出た
- **防衛省の有識者会議(2025/9/19)**は、VLS搭載潜水艦と“長距離・長時間潜航を可能にする次世代動力”の検討を提言。文面上は固有名詞を避けつつ、原子力推進を含意する表現が並びました。
- これにより、“制度・技術の洗い出し”を政府内で進める名目は確保。高市政権が政治判断を与えれば、作業指示は一段深くなる可能性があります。
編集部コメント
言及の仕方が巧妙です。**“原子力”と書かずに“長距離・長時間潜航”**と置く——政治の伸縮性を残した言いぶりは、日本の公式文書らしいですね
7-3 連立の摩擦:公明党の“黄色信号”
- 公明党(連立パートナー)は、支持層の不安に配慮して新総裁に懸念を伝達。安保案件の加速に対し、党としての距離感をにじませる初動です。ここが最初の政治課題。
- 近年、自公での議席運用に陰りが指摘され、単独過半の余裕がない局面も。参院や地方選の逆風は、大胆な装備転換の決定スピードを鈍らせます。
編集部コメント
“自衛隊の原潜”は象徴度が高すぎる。支持基盤の受容性を欠いたまま旗だけ振ると、連立の継ぎ目が裂けます。
7-4 世論の“ふたつの温度”:原子力発電は回復、だが“艦の原子力”は別物
- 原子力発電の支持は回復基調(2025年春調査で肯定58.1%)。しかし、これは**“発電”への賛否であり、“艦の原子力推進”**とは心理的ハードルが違う。法・規制・賠償の説明責任が問われます。
- 海外報道でも、“平和利用の原則”との整合や社会受容性が争点化との見立て。被爆国ゆえの慎重さは国際的にも理解されるテーマです。
編集部コメント
“原子力=発電の是非”と“原潜=運用の是非”は別。安全文化・賠償スキーム・IAEA枠組みを先に見せることが、議論の土台になります。
7-5 国際環境:AUKUSとの距離感が“踏み込み”を規定
- AUKUS Pillar II(先端能力)での日本参加は既定路線化。海中無人・通信・AIなど**“原潜周辺の基盤技術”**での協力拡大は、国内制度を鍛える場にもなります。
- 一方、Pillar I(豪のSSN取得)はメンバー拡大の想定なし。したがって**“直接の艦”より“間接の基盤”**で前進するのが現実解です。
編集部コメント
「艦」より「体制」づくり。輸出管理(EAR/ITAR)と情報保全で「AUKUS互換の作法」を身につけることが、後の原潜論を救います。
7-6 “ファースト1年”のシナリオ:何が起きれば“前進”と言えるか
前進シグナル(政策)
- 政府方針文書に**“長距離・長時間潜航の新型潜水艦”**を明記(=有識者提言の拾い上げ)。
- 規制対応タスクフォース(NRA+防衛省+海自+関係省庁)の設置、“船舶用原子炉”の扱いの整理着手。
- AUKUS Pillar IIで海中無人×通信の継続実証と産業側の参加拡大(情報保全・輸出管理の適合事例を積む)。
ブレーキシグナル(政治)
a) 連立協議の難航(公明の反発可視化、法案・予算で譲歩要求)。Nippon
b) 国会・世論での“平和目的”解釈論の先鋭化(争点化し手続が遅延)。
c) 景気・物価優先で予算が社会保障・物価対策へシフト、防衛の新規大型投資が圧縮。Reuters
編集部コメント
“原潜”は最初から決めない。制度・人材・港の三点を先に進められるかが「前進」の尺度。ここでつまずくと、艦の是非を論じる土俵にすら立てません。
7-7 数字でみる外部環境:防衛費の天井と優先順位
- 2025年度は過去最大の防衛予算案で**長距離打撃能力(トマホーク等)**を軸に拡充。装備の“取り合い”は今後も続く見込みで、原潜のような国家級投資には明確な機会費用が伴います。
編集部コメント
“ミサイル×無人×センサー”は即効薬、原潜は“基礎体力づくり”。どちらをいつ優先するか——これが高市政権の悩みどころです。
小括:本章の答え
- 政治の推進力:高市新総裁の下で議論は前進。有識者提言→官邸判断の**“段”**が一段上がる。
- 連立の制約:公明党の警戒と国会の力学が決定の速度を規定。
- 社会受容:“発電OK=推進OK”ではない。制度・賠償・IAEAの見える化が必須。一
- 編集部の見立て:「高市×Pillar II×有識者提言」の三点測量で“議論の前進”は堅い。ただし艦の可否は、連立交渉と制度設計の出来が天秤を決めます。
結論:高市新総裁で「議論」は進む。だが“艦”は長距離走――勝ち筋は「人と規律が先、艦は後」
- 政治のドアは開いた。高市新総裁の下で、**“長航続・長時間潜航の新型潜水艦”**という表現で、原潜を含む選択肢が政策テーブルに乗りやすい環境になった。
- 現実的な勝ち筋は、**AUKUS Pillar II(海中無人・通信・AI)で制度・輸出管理・情報保全の“作法”**を先に身体化し、**人材とQA(原子力級品質保証)**を国内に根づかせること。
- 導入のボトルネックは「平和目的条項の運用設計」「燃料とIAEA保障措置」「賠償と港湾インフラ」。ここを先に設計できるかで、10〜20年スパンの**“艦の可否”**が決まる。
- 運用の答えは、地理・コストの観点からSSN少数 × SSK多数のミックス。外洋の“間合い支配”=SSN、海峡の“静粛支配”=SSK。
- 編集部の見立て:高市政権の“議題設定力”+Pillar IIの“制度演習”が噛み合えば、「議論の前進」は確度高い。ただし**“艦の就役”は国家級プロジェクト**。**“人と規律が先、艦は後”**を合言葉に、段階導入を提案する。
編集部コメント
旗を立てるのは容易、旗の下で働く人と規律を整えるのが難しい。艦は“象徴”、**本質は“体系”**であり、いきなり大きな目標を掲げすぎると、時間的にも政治的にも失敗してしまう可能性があると考えています。
付録:FAQ(検索ニーズ対応)
Q1. 高市新総裁で日本は原潜を“すぐ”持つの?
A. いいえ、すぐには無理。必要なのは法・規制・燃料・賠償・港湾の整備と人材育成。10〜20年の長距離走が前提です。
Q2. 非核三原則と矛盾しないの?
A. 非核三原則は“核兵器”の原則。原子力“推進”は核兵器と別物。ただし平和目的条項の運用設計や社会的受容が鍵で、説明責任は非常に重い。
Q3. いくらかかる?
A. 艦そのもの+周辺の“見えない工場群”(原型炉・QA・ドック・母港・教育)で国家プロジェクト規模。艦の価格×隻数だけでは収まりません。
Q4. どうしてSSNが必要?
A. 外洋で“持続高速”を掛け算でき、前方でのASW・長期追尾・SLOC前方防護で優位。海峡・沿岸の待ち伏せは**SSK(たいげい級等)**が強い——棲み分けが前提です。
Q5. AUKUSに日本は入るの?
A. Pillar I(豪のSSN共同計画)に入る想定は現時点でなし。Pillar II(先進能力)に案件単位で参加し、制度・人材・技術を磨くのが現実的。
Q6. 事故リスクと賠償は?
A. 現行制度は民間原子力事業者を前提。自衛隊運用への当てはめには賠償・補償・監督の設計が要ります。ここを先に作るのが定石。
Q7. いつが“号砲”と見ればいい?
A. 陸上原型の計画決定、原潜対応ドックの基本設計公告、原子力職種の定期育成枠が並び始めたとき。それが本当のスタートラインです。