【2025年最新版】IHIの防衛事業を徹底解説|潜水艦から航空機エンジンまで—海自を支える”見えない巨人”の全貌

兵站・産業・技術

目次(クリックで開きます)

1. 【導入】”造船と重工業の老舗”は、なぜ日本の防衛を支えているのか

静かな深海を、音もなく滑るように進む一隻の潜水艦。
その艦内には、世界最高水準の静粛性を誇るディーゼルエンジン、リチウムイオン電池、最新のソナーシステムが搭載されている。

これが、海上自衛隊の「たいげい型」潜水艦だ。

そしてこの潜水艦を建造しているのが、株式会社IHI(旧・石川島播磨重工業)——多くの人には「ジェットエンジンの会社」「橋を作る会社」として知られる総合重工業メーカーである。

三菱重工業、川崎重工業と並び、日本の防衛産業を支える”ビッグスリー”の一角を担うIHI。
だが、その防衛事業の全貌は意外にも知られていない。

「IHIって、何を作っているの?」
「三菱や川崎とどう違うの?」
「なぜ潜水艦建造に強いの?」

本記事では、そんな疑問に答えるべく、IHIの防衛事業を徹底解説する。
潜水艦建造から航空機エンジン、ロケット開発、陸上装備まで——日本の安全保障を”見えないところ”で支える巨人の姿を、一緒に見ていこう。


2. IHIとは何者か?—石川島播磨重工業から続く150年の系譜

2-1. 会社概要

項目内容
正式社名株式会社IHI(IHI Corporation)
旧社名石川島播磨重工業株式会社(〜2007年)
設立1853年(石川島造船所として)
本社所在地東京都江東区豊洲三丁目1番1号
代表者代表取締役社長 井手 博
従業員数連結約30,000人(2024年3月期)
売上高連結1兆7,264億円(2024年3月期)
事業内容航空・宇宙・防衛、社会基盤・海洋、資源・エネルギー・環境、産業機械・物流

2-2. 歴史—幕末から令和まで、日本の近代化と共に歩んだ170年

IHIの起源は、1853年(嘉永6年)、江戸・石川島に開設された「石川島造船所」にさかのぼる。

ペリー来航と同じ年。
徳川幕府が海防強化のために設立したこの造船所は、日本初の洋式造船所として、日本の近代工業の黎明を象徴する存在だった。

明治維新後、官営から民営へと移行し、1876年に平野富二が石川島造船所を買収
以降、軍艦、商船、橋梁、鉄道車両、航空機エンジンなど、あらゆる重工業分野で技術を蓄積していく。

1945年、敗戦。
GHQの指導により、一時は航空機・兵器製造を禁じられたが、朝鮮戦争を契機に再軍備が始まると、再び防衛産業へ参入
海上自衛隊の潜水艦・護衛艦、航空自衛隊のジェットエンジン整備・製造へと事業を拡大していった。

2007年、社名を「IHI」へ変更。
グローバル展開を加速し、現在では航空エンジン、宇宙ロケット、LNGタンク、橋梁、プラントなど、幅広い分野で世界トップクラスの技術を誇る総合重工業メーカーとして君臨している。

そしてその技術力の根幹には、170年にわたる”ものづくりへの執念”がある。


3. IHIの防衛事業:全体像と売上構成

3-1. 防衛事業の位置づけ

IHIの2024年3月期の売上高は約1兆7,264億円
このうち、防衛事業の売上高は約1,200億円規模とされ、全体の約7%を占める。

一見すると「少ない」ように見えるかもしれない。
だが、この数字には大きな意味がある。

防衛事業は、IHIの技術開発力の”核”である。

潜水艦建造で培った溶接技術、航空機エンジンで磨いた精密加工、ロケット開発で得た燃焼制御——これらの技術は、民生品にもフィードバックされ、IHI全体の競争力の源泉となっている。

つまり、IHIにとって防衛事業は、「単なる売上」ではなく、「技術の最前線」なのだ。

3-2. IHI防衛事業の4本柱

IHIの防衛事業は、大きく以下の4つに分類できる。

分野主要製品・サービス特徴
①艦艇建造潜水艦(そうりゅう型、たいげい型)、護衛艦(あさひ型、もがみ型等)世界最高水準の潜水艦技術
②航空機エンジンF-15、F-35用エンジン部品製造・整備、民間機エンジン(GE、P&W、RR提携)国際共同開発への深い関与
③ロケット・宇宙H-IIA/H-IIIロケット、イプシロンロケット、小型衛星日本の宇宙開発の中核企業
④陸上装備等ターボチャージャー、特殊車両、弾薬関連産業機械技術の応用

これらすべてに共通するのは、“高精度・高品質・高信頼性”という、日本のものづくりの真骨頂だ。

では、それぞれの事業を詳しく見ていこう。


4. 【主要事業①】艦艇建造—潜水艦と護衛艦で海自を支える

4-1. 世界最高峰の通常動力型潜水艦を作る技術

「日本の潜水艦は世界最強」——そう言われることがある。

正確には、「通常動力型潜水艦(ディーゼル・エレクトリック方式)としては世界最高水準」というのが正しい。

原子力潜水艦は持たない日本だが、通常動力型潜水艦の技術では、アメリカすら一目置くレベルに到達している。

その技術を支えるのが、三菱重工業神戸造船所と、IHIの横浜事業所(旧・石川島播磨重工横浜第1工場)だ。

特にIHIは、以下のような潜水艦建造における”職人技”を保有している。

① 高張力鋼の溶接技術

潜水艦の船体には、深海の水圧に耐えるため、高張力鋼(NS鋼)が使われる。
これを歪みなく、気密性を保ちながら溶接する技術は、極めて高度だ。

IHIはこの溶接技術で、世界トップクラスの品質を誇る。

② 静粛性の追求

潜水艦にとって、「静かであること」は生存そのものを意味する。
敵に探知されないため、あらゆる騒音源を徹底的に排除する。

IHIが手がける潜水艦には、防振ゴム、二重船殻構造、静粛性ディーゼルエンジンなどが組み込まれ、「海の忍者」と呼ばれるにふさわしい静けさを実現している。

③ AIP(非大気依存推進)システムとリチウムイオン電池

これについては次項で詳しく解説しよう。


4-2. そうりゅう型潜水艦—AIP(非大気依存推進)の先駆者

そうりゅう型潜水艦は、海上自衛隊が2009年から就役させている世界初の本格的AIP搭載潜水艦だ。

項目内容
就役期間2009年〜2020年(全12隻建造)
全長約84m
排水量水上2,950トン、水中4,200トン
乗員約65名
兵装533mm魚雷発射管×6、ハープーン対艦ミサイル
建造三菱重工業神戸造船所、IHI横浜事業所

AIP(Air-Independent Propulsion)とは何か?

通常のディーゼル潜水艦は、水中では電池で動く
だが電池が切れると、浮上してディーゼルエンジンを動かし、充電しなければならない

この「浮上」が、敵に探知される最大のリスクとなる。

AIPシステムは、大気(酸素)を使わずに発電できる装置だ。
そうりゅう型では、スターリングエンジン(外燃機関)を採用し、液体酸素とディーゼル燃料を使って発電する。

これにより、最大2週間、浮上せずに潜航し続けることが可能になった。

この技術の導入において、IHIは三菱重工と共に、スウェーデンのコックムス社からの技術導入と国産化を推進。
世界でも類を見ない長時間潜航能力を実現した。


4-3. たいげい型潜水艦—リチウムイオン電池で”革命”を起こす

そして、そうりゅう型の後継として2022年から就役しているのが、たいげい型潜水艦だ。

項目内容
就役開始2022年〜(計画12隻)
全長約84m
排水量水上3,000トン、水中4,300トン
乗員約70名
最大の特徴世界初のリチウムイオン電池搭載潜水艦
建造三菱重工業神戸造船所、川崎重工業神戸工場、IHI横浜事業所

リチウムイオン電池が潜水艦に革命を起こした

たいげい型最大の特徴は、AIPを廃止し、リチウムイオン電池を採用したことだ。

「え、AIPやめちゃったの?」と思うかもしれない。
だが、これは技術的な大きな前進なのだ。

リチウムイオン電池のメリット
  • エネルギー密度が高い:従来の鉛蓄電池の約2倍
  • 急速充電が可能:短時間のシュノーケリング(半潜航状態)で充電完了
  • 高出力・高速航行:水中でも高速移動が可能
  • メンテナンスが容易:AIPのような複雑な整備が不要

つまり、「浮上せずに長時間潜る」から、「短時間で充電し、高速で動く」へ——戦術思想そのものが進化したのだ。

このリチウムイオン電池システムの開発と搭載には、IHIの電池技術とシステムインテグレーション能力が大きく貢献している。


4-4. 護衛艦建造—あさひ型、もがみ型への参画

IHIは、潜水艦だけでなく、護衛艦の建造にも参画している。

あさひ型護衛艦(DD)

項目内容
就役2018年〜(全2隻)
基準排水量約5,100トン
全長約151m
兵装Mk 41 VLS、62口径5インチ砲、CIWS、対艦ミサイルなど
建造三菱重工業長崎造船所(あさひ)、IHI横浜事業所(しらぬい)

IHIは2番艦「しらぬい」を建造。
最新のイージスシステムこそ搭載していないものの、汎用護衛艦として高いバランスを持つ艦だ。

もがみ型護衛艦(FFM)

項目内容
就役開始2022年〜(計画22隻)
基準排水量約3,900トン
全長約133m
特徴コンパクト・多機能・省人化
建造三菱重工業、三井E&S造船、IHI(一部参画)

もがみ型は、少人数(約90名)で運用できるコンパクトな多目的護衛艦として注目されている。

IHIは、艦内システムや推進装置の一部を担当し、間接的に建造に貢献している。


4-5. IHI造船所の現在と未来

IHIの艦艇建造の中心は、横浜事業所(横浜市磯子区)だ。

ここでは、潜水艦の最終組立、艤装(ぎそう:内部設備の取り付け)、試験が行われる。

だが、近年、IHIの造船事業は大きな転換期を迎えている。

民間造船からの撤退と防衛特化

IHIは2021年、商船建造事業をジャパン マリンユナイテッド(JMU)へ統合し、民間造船から事実上撤退。
今後は、防衛艦艇と特殊船舶(LNG船など)に特化する方針だ。

これは、「選択と集中」——限られたリソースを、最も技術力が求められる分野に注ぐ戦略である。

今後の展開

  • たいげい型の量産体制確立
  • 次世代潜水艦(29SS)の開発参画
  • 無人潜水艇(UUV)などの新技術開発

IHIの艦艇建造は、日本の海上防衛力の”静かな柱”として、これからも進化を続けるだろう。

5. 【主要事業②】航空機エンジン—空を支える”心臓部”

5-1. 日本の航空機エンジン産業におけるIHIの位置

「日本の航空機産業」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは三菱重工業だろう。
だが、航空機エンジンに限れば、IHIこそが日本のトップランナーだ。

IHIの航空・宇宙・防衛事業における売上高は約5,000億円超(2024年3月期)。
このうち、航空エンジン関連が約6割を占める——つまり、IHIにとって航空エンジンは最大の稼ぎ頭なのだ。

しかも、その技術力は世界レベル。
GE(ゼネラル・エレクトリック)、プラット・アンド・ホイットニー(P&W)、ロールス・ロイス(RR)といった欧米の巨人たちと肩を並べ、国際共同開発プロジェクトに深く関与している。

では、IHIの航空機エンジン事業がどのように防衛と結びついているのか、詳しく見ていこう。


5-2. 民間機エンジンと防衛エンジンの”二刀流”

IHIの航空エンジン事業は、大きく民間機用防衛用に分かれる。

民間機エンジン

IHIは、世界の主要民間機エンジンの国際共同開発パートナーとして参画している。

エンジン名搭載機IHIの役割パートナー
GE90ボーイング777ファンケース、低圧タービン部品GE
GEnxボーイング787、747-8低圧タービンブレード、ファンケースGE
LEAPエアバスA320neo、ボーイング737MAX低圧タービン、ファンケースCFMインターナショナル(GE+Safran)
Trent1000/XWBボーイング787、エアバスA350中圧圧縮機部品ロールス・ロイス
PW1100GエアバスA320neoギヤードターボファン部品プラット・アンド・ホイットニー

世界中を飛ぶ旅客機の多くに、IHI製の部品が組み込まれている——これは、日本の技術力の証明だ。

防衛用エンジン

一方、防衛分野では、自衛隊の戦闘機・ヘリコプター用エンジンの製造・整備を担っている。

エンジン名搭載機特徴IHIの役割
F110-GE-129F-15J(航空自衛隊)推力約13トンライセンス生産・整備
F110-GE-132F-2(航空自衛隊)F-15用を改良ライセンス生産・整備
F135-PW-100F-35A/B(航空自衛隊)推力約19トン、世界最強クラス部品製造・整備参画
T700-IHI-401CUH-60J、SH-60K(海自・空自ヘリ)ターボシャフトエンジンライセンス生産
XF9-1次世代戦闘機(開発中)純国産ジェットエンジン主契約企業

特に注目すべきは、XF9-1エンジンだ。


5-3. XF9-1エンジン—純国産ジェットエンジンの挑戦

XF9-1は、IHIが防衛装備庁の支援のもと開発した、日本初の本格的な高性能ターボファンエンジンである。

XF9-1の基本スペック

項目内容
種類アフターバーナー付き低バイパス比ターボファンエンジン
推力ドライ推力:約11トン、アフターバーナー使用時:約15トン
推力重量比約7.8〜8.0(世界トップクラス)
特徴高温動作、ステルス性配慮、高効率燃焼
開発期間2010年代〜2020年代

なぜXF9-1が重要なのか?

戦闘機の心臓部であるエンジンは、国家の安全保障そのものだ。

もしエンジンを他国に依存していれば、輸出規制や政治的圧力によって、戦闘機が飛べなくなるリスクがある。

実際、過去には以下のような事例があった:

  • イランへのF-14輸出停止(1979年、米国がエンジン供給を停止)
  • インドへのカヴェリエンジン開発失敗(国産化に失敗し、外国製に依存)

日本も、F-2戦闘機のエンジン(F110)をアメリカから調達している。
つまり、「本当の意味での独立した防衛力」を持つには、国産エンジンが不可欠なのだ。

XF9-1の技術的特徴

① 高温耐熱材料

ジェットエンジンは、燃焼室で約1,600℃以上の高温が発生する。
この高温に耐えるため、IHIは単結晶超合金タービンブレードを開発。

この技術は、世界でもトップクラスだ。

② 推力重量比8.0超え

推力重量比とは、「エンジン自体の重さ」に対して「どれだけの推力を出せるか」を示す指標だ。

XF9-1の推力重量比は約8.0——これは、F-35のF135エンジン(約7.5)を上回る数値である。

つまり、「軽くて強力」——戦闘機にとって理想のエンジンなのだ。

③ ステルス性への配慮

現代の戦闘機において、ステルス性(敵のレーダーに映りにくい)は必須の性能だ。

XF9-1では、排気ノズルの形状を工夫し、赤外線放射(熱)を抑える設計が施されている。

XF9-1は次世代戦闘機「F-X」に搭載されるのか?

現在、防衛省は次世代戦闘機(F-X、後に「GCAP」として国際共同開発へ)の開発を進めている。

当初、XF9-1がそのまま搭載される予定だったが、2024年、日本・イギリス・イタリアの3カ国共同開発へと方針転換。
イギリスのロールス・ロイスが開発する次世代エンジンとの統合が検討されている。

だが、XF9-1で培った技術は、共同開発エンジンにも反映される見込みだ。

つまり、IHIの技術が、世界最先端の戦闘機エンジンの一部になる——これは、日本の航空技術にとって歴史的な一歩である。


5-4. F-35エンジン整備への参画

日本は、F-35A/B戦闘機を147機導入する計画だ。

このF-35に搭載されるF135エンジンの整備・修理を、IHIは担当している。

アジア太平洋地域の整備拠点

IHIは、瑞穂工場(東京都瑞穂町)F-35エンジンの整備施設を設置。
アジア太平洋地域における整備拠点として、日本だけでなく、同盟国のF-35エンジン整備も受け入れる体制を構築している。

これにより、以下のメリットがある:

  • 整備期間の短縮(米国まで送る必要がない)
  • コスト削減
  • 技術ノウハウの蓄積

つまり、IHIは「日本の防衛力」だけでなく、「地域の安全保障」にも貢献しているのだ。


5-5. ヘリコプターエンジンと将来展望

IHIは、ヘリコプター用エンジンでも実績を持つ。

T700エンジン

T700-IHI-401Cは、海上自衛隊・航空自衛隊の主力ヘリコプターに搭載されている。

搭載機用途
UH-60J救難ヘリコプター(空自)
SH-60K/J哨戒ヘリコプター(海自)

このエンジンは、高い信頼性と整備性で知られ、日本の海空を支えている。

今後の展開

  • 無人航空機(UAV)用エンジンの開発
  • 電動推進システム(ハイブリッド航空機)への参入
  • 次世代ティルトローター機への対応

航空技術は、今後も進化を続ける。
そしてIHIは、その最前線に立ち続けるだろう。


6. 【主要事業③】ロケット・宇宙開発—日本の宇宙開発を支える

6-1. IHIと日本の宇宙開発

「IHIってロケット作ってるの?」——そう驚く人もいるかもしれない。

だが、日本の宇宙開発の歴史において、IHIは不可欠な存在だ。

IHIは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と共に、以下のロケット開発に参画してきた。

ロケット初打ち上げIHIの役割
H-IIAロケット2001年第1段エンジン(LE-7A)製造、固体ロケットブースター(SRB-A)
H-IIBロケット2009年H-IIAの大型版、第1段・SRB製造
H3ロケット2023年(試験機2号機成功)第1段エンジン(LE-9)主契約、SRB-3製造
イプシロンロケット2013年固体燃料ロケット、第2段・第3段製造

特に、H3ロケットは、IHIの技術力が結集された最新鋭ロケットだ。


6-2. H3ロケット—次世代基幹ロケットの心臓部を作る

H3ロケットは、H-IIA/Bの後継として開発された、日本の次世代基幹ロケットである。

H3ロケットの基本スペック

項目内容
全長約63m(標準型)
打ち上げ能力静止トランスファ軌道(GTO):約6.5トン
第1段エンジンLE-9(液体水素・液体酸素エンジン)×2または3基
固体ロケットブースターSRB-3×0〜4本
開発目標打ち上げコストを半減、高い柔軟性

LE-9エンジン—IHIが作る日本最強のロケットエンジン

LE-9は、IHIが主契約企業として開発した、日本最大級の液体ロケットエンジンだ。

項目内容
推力真空中約150トン
エンジンサイクルエキスパンダーブリードサイクル
燃料液体水素・液体酸素
特徴高信頼性、低コスト、環境に優しい
エキスパンダーブリードサイクルとは?

従来の大型ロケットエンジン(例:H-IIAのLE-7A)は、2段燃焼サイクルを採用していた。
これは高性能だが、構造が複雑で、コストが高いという欠点があった。

一方、エキスパンダーブリードサイクルは、液体水素の冷却能力を利用してタービンを駆動する仕組みだ。

メリット:

  • 構造がシンプル
  • 製造コストが低い
  • 信頼性が高い

つまり、LE-9は「安く、確実に、大きな推力を出す」——まさに次世代ロケットにふさわしいエンジンなのだ。

H3の試験と成功

H3ロケットは、開発過程で困難に直面した。

  • 2023年3月、試験機1号機打ち上げ失敗(第2段エンジン点火せず)
  • 2024年2月、試験機2号機打ち上げ成功

この成功により、H3は実用段階へと進んだ。

IHIの技術が、日本の宇宙開発を支えている。


6-3. 固体ロケットブースター(SRB)—打ち上げ初期の”爆発的推進力”

ロケット打ち上げの瞬間、両脇で白煙を噴き上げる細長い筒——それが、固体ロケットブースター(SRB)だ。

SRBの役割

SRBは、打ち上げ初期に強力な推力を発生させる補助ロケットだ。

液体燃料ロケットエンジンだけでは推力が不足する場合、SRBを追加することで、重いペイロード(衛星など)を持ち上げることができる。

IHI製SRB-3

H3ロケットに搭載されるSRB-3は、IHIが開発・製造している。

項目内容
全長約15.1m
直径約2.5m
推力約280トン(海面上)
燃焼時間約100秒

SRB-3は、従来のSRB-Aよりも軽量化・高性能化されている。


6-4. イプシロンロケット—小型衛星打ち上げの担い手

イプシロンロケットは、小型衛星を低コストで打ち上げるために開発された、固体燃料ロケットだ。

項目内容
全長約26m
打ち上げ能力低軌道(LEO):約1.5トン
特徴固体燃料のみ、迅速な打ち上げ準備

IHIは、イプシロンの第2段・第3段モーターを製造している。

なぜ固体燃料ロケットが重要なのか?

固体燃料ロケットは、液体燃料に比べて準備が簡単で、短期間で打ち上げ可能だ。

これは、緊急時の偵察衛星打ち上げや、軍事利用において極めて重要な特性である。

つまり、イプシロンロケットは、日本の「独立した宇宙アクセス能力」を保証するものなのだ。


6-5. 防衛とつながる宇宙開発

「ロケットって、防衛とどう関係あるの?」——そう思う人もいるだろう。

実は、ロケット技術は、ミサイル技術と表裏一体だ。

弾道ミサイルとの技術的共通点

技術ロケット弾道ミサイル
推進システム液体・固体燃料エンジン同じ
誘導制御慣性誘導、GPS同じ
空力設計高速飛行、耐熱同じ

つまり、ロケット開発能力を持つことは、「必要に応じてミサイル技術に転用できる」ことを意味する。

これは、抑止力としても機能する。


7. 【主要事業④】陸上装備・その他防衛技術—見えない場所で支える技術力

7-1. IHIの陸上装備事業の特徴

IHIの防衛事業というと、どうしても潜水艦や航空機エンジンに目が行きがちだ。

だが実は、陸上装備や特殊技術の分野でも、IHIは重要な役割を果たしている。

ただし、三菱重工業のように戦車や装甲車を丸ごと作るわけではない。
IHIの強みは、「システムの心臓部」を作ることだ。


7-2. ターボチャージャー—戦車・装甲車のパワーを引き出す

戦車や装甲車のエンジンには、ターボチャージャー(過給機)が搭載されている。

ターボチャージャーとは、排気ガスの力でタービンを回し、エンジンに大量の空気を送り込む装置だ。
これにより、エンジンの出力を大幅に向上させることができる。

IHIは、産業用・船舶用ターボチャージャーで世界トップクラスのシェアを持つ。
そしてその技術は、陸上自衛隊の戦車・装甲車にも応用されている。

10式戦車へのターボチャージャー供給

10式戦車は、陸上自衛隊の最新主力戦車だ。

項目内容
配備開始2012年
全備重量約44トン(軽量化)
エンジン水冷4サイクルV型8気筒ディーゼル(1,200馬力)
最高速度約70km/h
主砲44口径120mm滑腔砲

この1,200馬力のエンジンを支えているのが、IHI製ターボチャージャーだ。

10式戦車は、「世界最高水準の機動性」を誇る。
その秘密の一つが、高効率ターボチャージャーによる高出力エンジンなのである。


7-3. 特殊車両・装備品への部品供給

IHIは、特殊車両や装備品の部品供給も行っている。

具体的には:

  • 油圧システム(クレーン車、架橋車両など)
  • 駆動系部品(トランスミッション関連)
  • 冷却システム(高出力エンジン用)

これらは、「縁の下の力持ち」として、自衛隊の装備を支えている。


7-4. 弾薬・ロケット弾関連技術

IHIは、IHIエアロスペース(子会社)を通じて、ロケット弾や誘導弾の開発・製造にも関与している。

多連装ロケットシステム(MLRS)

MLRS(Multiple Launch Rocket System)は、短時間に大量のロケット弾を発射できる火力支援システムだ。

陸上自衛隊も、アメリカから導入したM270 MLRSを運用している。

IHIエアロスペースは、このMLRSに使用されるロケット弾の国産化・整備に携わっている。

今後の展開:長射程ミサイルへの参画

防衛省は現在、スタンド・オフ・ミサイル(長射程ミサイル)の開発を進めている。

これは、敵の射程外から攻撃できるミサイルであり、島嶼防衛において極めて重要な兵器だ。

IHIは、ロケット技術と誘導技術を持つため、この分野への参画が期待されている。


7-5. 電子戦・サイバー防衛への技術提供

現代の戦争は、「見えない戦場」でも戦われている。

電子戦(EW: Electronic Warfare)サイバー防衛は、今や防衛力の中核だ。

IHIは、情報通信システムやセンサー技術を持つため、この分野でも貢献している。

具体的には:

  • レーダーシステムの部品供給
  • 通信機器の冷却・電源システム
  • 無人機(UAV)用エンジン開発

これらは、「公表されない技術」であることが多いが、確実に日本の防衛力を支えている。


8. IHIの防衛事業における「強み」と「弱み」

8-1. IHIの強み

① 世界トップクラスの「精密加工技術」

IHIの最大の強みは、「精密加工技術」だ。

  • 航空機エンジンのタービンブレード(誤差0.01mm以下)
  • 潜水艦の高張力鋼溶接(気密性と強度の両立)
  • ロケットエンジンの燃焼室(1,600℃超の高温に耐える)

これらすべてに共通するのは、「ミクロン単位の精度」だ。

この技術力は、150年以上の蓄積があってこそ成り立つ。

② 民生技術と防衛技術の「相互フィードバック」

IHIは、民間事業と防衛事業を両立している。

例えば:

  • 航空機エンジン技術戦闘機エンジンへ応用
  • ロケット技術ミサイル技術へ転用可能
  • ターボチャージャー技術戦車エンジンへ供給

この「技術の循環」が、IHIの競争力の源泉だ。

③ 国際共同開発への深い関与

IHIは、国際共同開発プロジェクトに積極的に参加している。

  • GE、P&W、RRとの航空機エンジン共同開発
  • F-35エンジン整備のアジア拠点
  • 次世代戦闘機(GCAP)への参画

これにより、世界最先端の技術に常に触れることができる——これは、国内だけで開発している企業にはない強みだ。


8-2. IHIの弱み・課題

① 防衛事業の売上比率が低い

IHIの防衛事業売上は、全体の約7%にとどまる。

これは、「防衛事業だけで経営を支えられない」ことを意味する。

もし民間事業が不調に陥れば、防衛事業への投資余力が減るリスクがある。

② 潜水艦建造ペースの減少

海上自衛隊の潜水艦保有数は、現在22隻体制だ。

だが、予算制約により、建造ペースは年1隻程度にとどまる。

IHIと三菱重工、川崎重工の3社で分担しているため、IHIが受注できるのは数年に1隻という状況だ。

これでは、熟練工の技術継承が困難になる。

③ 国際競争の激化

防衛装備品の輸出は、「防衛装備移転三原則」により、厳しく制限されている。

一方、欧米の防衛企業は、世界中に輸出することで、スケールメリットを得ている。

日本企業は、国内市場だけでは規模の経済が働かない——これが、国際競争力の低下につながっている。


9. IHI防衛事業の未来—これから何が起きるのか?

9-1. 防衛費増額とIHIへの影響

日本政府は、2027年度までに防衛費をGDP比2%(約11兆円)に引き上げる方針を示している。

これは、IHIにとって大きなチャンスだ。

予想される受注増加分野

分野予想される案件
潜水艦たいげい型の追加建造、次世代潜水艦(29SS)開発
航空機エンジンF-35整備拡大、次世代戦闘機(GCAP)エンジン開発
ロケット・ミサイルスタンド・オフ・ミサイル開発、H3ロケット量産
無人機UAV用エンジン開発、無人潜水艇(UUV)開発

特に、次世代潜水艦(29SS)は、2030年代の就役を目指しており、IHIが主契約企業の一つになる可能性が高い。


9-2. 次世代戦闘機(GCAP)への期待

GCAP(Global Combat Air Programme)は、日本・イギリス・イタリアの3カ国共同開発による次世代戦闘機プロジェクトだ。

IHIは、エンジン開発でロールス・ロイスと協力する見込みだ。

もしこのプロジェクトが成功すれば、IHIは世界最先端の戦闘機エンジン技術を手に入れることになる。

これは、日本の航空産業にとって歴史的な一歩だ。


9-3. 宇宙・ミサイル防衛への展開

宇宙は、次の戦場だ。

日本政府は、宇宙状況監視(SSA)衛星コンステレーション(多数の小型衛星ネットワーク)の構築を進めている。

IHIは、H3ロケット、イプシロンロケットを持つ——つまり、「宇宙へのアクセス能力」を持つ企業だ。

今後、防衛用衛星の打ち上げ需要が増えれば、IHIの役割はさらに大きくなる。


9-4. 技術継承と人材育成

防衛産業にとって、最大の課題は「技術継承」だ。

潜水艦の溶接、航空機エンジンの精密加工——これらは、「職人技」であり、簡単にマニュアル化できない

IHIは、「技能五輪」への参加「社内技術学校」を通じて、若手技術者の育成に力を入れている。

だが、防衛事業の受注が減れば、技術者を維持できない——これは、日本の防衛産業全体が抱えるジレンマだ。


10. まとめ—IHIは、日本の防衛力の「見えない柱」

ここまで、IHIの防衛事業について、以下の内容を解説してきた。

本記事のまとめ

分野IHIの役割
艦艇建造そうりゅう型・たいげい型潜水艦、護衛艦建造—世界最高水準の潜水艦技術
航空機エンジンF-15、F-35、民間機エンジン—国際共同開発の中核企業
ロケット・宇宙H3、イプシロンロケット—日本の宇宙開発を支える
陸上装備ターボチャージャー、ロケット弾、無人機—「心臓部」を作る技術力

IHIは、「目立たないが、不可欠な存在」だ。

三菱重工業のように戦車や戦闘機を丸ごと作るわけではない。
だが、潜水艦の心臓部、航空機エンジンの精密部品、ロケットの推進システム——これらすべてに、IHIの技術が息づいている。

もし、IHIが防衛事業から撤退したら?
日本の潜水艦は作れなくなり、戦闘機は飛べなくなり、ロケットは打ち上げられなくなる。

それほどまでに、IHIは日本の安全保障の「見えない柱」なのだ。


11. あなたも「防衛産業」を学ぼう—おすすめ書籍・資料

もっと深く知りたい人のために、おすすめの書籍・資料を紹介する。

おすすめ書籍

『日本の防衛産業』(東洋経済新報社)

日本の防衛産業全体を俯瞰できる一冊。IHI、三菱、川崎の役割分担がよくわかる。

『潜水艦の技術』(ブルーバックス)

潜水艦の構造、推進システム、静粛性技術を科学的に解説。

『航空機エンジンの科学』(SBクリエイティブ)

ジェットエンジンの仕組みから、最新技術まで網羅。

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12. 最後に—「見えない技術」に敬意を

僕たちは、普段、「見えるもの」にしか目が行かない。

戦車、戦闘機、潜水艦——これらは、確かにカッコいい。

だが、その「心臓部」を作っているのは誰か?

それが、IHIのような「見えない技術」を持つ企業だ。

もし、あなたが「日本の防衛力を支えたい」と思うなら——
まず、「見えない技術」に敬意を払うことから始めてほしい。

そして、もし可能なら、IHIのような企業で働くことを考えてみてほしい。

日本の未来は、「見えない技術」を守る人々にかかっている。

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