最初に断っておくと、私は自衛官ではない。元自衛官でもない。自衛隊が好きで、災害派遣の記録や、防衛省・自衛隊が公開している防災の知恵を読みあさってきた、ただのミリタリーブログの書き手だ。
そんな私が防災リュックの記事を書こうと思ったのは、ネットにあふれる「防災リュックの中身リスト」を見ていて、ずっと引っかかっていたことがあるからだ。
どのリストも、とにかく物が多い。水、食料、ラジオ、ライト、寝袋、カセットコンロ、簡易トイレ……全部詰めたら、たぶん20キロを超える。そんなリュックを背負って、夜中に余震の中を避難所まで歩けるだろうか。
自衛隊の装備の考え方を知ると、この違和感の正体がわかる。自衛隊は「全部を一つのカバンに入れる」なんてことはしない。装備を3段に分けて、それぞれに役割を持たせている。この記事は、その考え方を家庭の防災に持ち込んで、本当に役立つ防災リュックの中身を組み立て直す。
自衛隊が災害現場で強い理由は「自己完結」にある
大きな災害が起きると、自衛隊は真っ先に現場に入っていく。能登半島地震でも、道路が寸断された地域に、自衛隊はヘリや徒歩で物資と人を運び込んだ。
自衛隊が災害現場で強い理由は、体力や訓練だけではない。一番大きいのは「自己完結性」だと私は思っている。
自衛隊は、被災地に入るとき、自分たちの食料、水、燃料、寝る場所、トイレ、通信手段まで、すべて自前で持ち込む。被災地の水道や食料には頼らない。むしろ逆に、自分たちが持ち込んだ設備で、炊き出しをしたり、お風呂を開いたりする。被災地の資源を食わずに、被災地に資源を足しに行く。これが自己完結だ。
これを家庭に置き換えると、こうなる。災害が起きたあと、少なくとも数日間は、行政の支援や店の品物に頼らずに自分と家族で生き延びる。それが家庭の「自己完結」だ。
首相官邸や自治体の防災ページでも、水は1人1日3リットルを目安に3日分、食料も3日分、大規模な災害なら1週間分の備蓄が望ましいとされている。災害直後は物流が止まって、店の棚から物が消えるからだ。
ここで大事なのは、「3日分の備え」と「防災リュック」は、同じものではないということだ。
自衛隊式「3段構え」で考える:防災装備は3つに分ける
軍隊の世界には、装備を「第1線」「第2線」「第3線」に分けて考える発想がある。
第1線は、常に体に身につけているもの。何があっても手放さない、命を守る最低限の装備だ。第2線は、ベストやベルトに付けて持ち歩くもの、あるいは短期間の行動に必要な装備。第3線は、背嚢や車両、拠点に置いておく、長く活動するための装備になる。
体から遠くなるほど、持てる量は増えるが、いざというときに手元にない可能性も高くなる。だから一番大事なものほど、体の近くに置く。
これを家庭の防災に当てはめると、きれいに整理できる。
| 段 | 家庭の防災では | 想定する時間 | 置き場所 |
|---|---|---|---|
| 第1線 | 普段から持ち歩くもの | 被災した瞬間〜数時間 | ポケット、カバン |
| 第2線 | 防災リュック(非常持ち出し袋) | 避難〜24時間程度 | 玄関、寝室 |
| 第3線 | 家の備蓄 | 3日〜1週間 | 家の中 |
ネットの防災リュックリストが重くなりすぎるのは、第2線のリュックに、第3線の備蓄まで詰め込もうとするからだ。1週間分の水と食料を背負って逃げるのは無理がある。リュックは「逃げるための装備」、備蓄は「家で生き延びるための装備」と、役割を分けて考えるのが自衛隊式だ。
では、それぞれの中身を見ていく。
第1線:被災した瞬間に体にあるもの

災害は、家にいるときに起きるとは限らない。会社や通勤電車の中かもしれないし、買い物の途中かもしれない。そのとき手元にあるのは、ポケットとカバンの中身だけだ。
だから第1線は、毎日持ち歩いても苦にならない、小さくて軽いものに絞る。私が入れているのは、スマホ、少しの現金と小銭、モバイルバッテリー、小型のライト、救助笛、常備薬、そして手ぬぐいだ。
救助笛:声は枯れるが、笛は枯れない
建物の下敷きになったり、閉じ込められたりしたとき、助けを呼ぶ声は思ったより長く続かない。体力も奪われる。笛なら、小さな力で遠くまで音を届けられる。キーホルダーにつけておけば邪魔にもならない。
モバイルバッテリー:スマホは「命綱」になる
災害時のスマホは、家族との連絡、避難情報の確認、ライト、そしてラジオの代わりにもなる。でも、停電した中で一番先に死ぬのもスマホだ。電波が不安定な状況では、スマホは電波を探して普段より早く電池を食う。小型のモバイルバッテリーは、第1線に必ず入れておきたい。
手ぬぐい:自衛官がカバンに入れている布
自衛隊と防衛省が協力した『自衛隊防災BOOK』の編集者が、取材で一番新鮮だったこととして挙げていたのが、自衛官が「バッグに手ぬぐいを入れている」という話だった。ハンカチとしてはもちろん、マスクや三角巾の代わりになり、止血にも使えて、裂けば紐にもなる。
手ぬぐいは安くて軽くて、何にでも化ける。高い防災グッズを買う前に、まず1枚カバンに入れておくといい。こういう「当たり前の工夫」こそ、自衛隊の強さだと思う。
第2線:防災リュックは「24時間逃げ切るため」の装備

第2線が、いわゆる防災リュック、非常持ち出し袋だ。自衛隊式に考えるなら、この袋の目的は「避難所にたどり着いて、最初の夜を越えること」に絞る。
ポイントは重さだ。リュックは、背負って走れる重さでなければ意味がない。夜中、停電した真っ暗な中、余震が続く道を、子どもの手を引いて歩くことを想像してほしい。両手が空くリュックで、自分が無理なく歩ける重さに収める。中身を詰めたら、一度背負って家の周りを歩いてみるのが一番確実だ。
まずは「セット品」で土台をつくる
防災リュックを一から自分でそろえるのは、正直かなり大変だ。何が必要か調べて、一つずつ買って、袋に詰める。その途中で面倒になって、結局何もそろわないまま、という話は本当によく聞く。私自身も一度そうなりかけた。
だから私は、最初はセット品で土台をつくって、そこに自分に必要なものを足していくやり方をすすめている。防災士や消防士が監修したセットなら、基本的なものは一通りそろう。
アイリスオーヤマのセットは、避難所で眠るためのエアーベッドや枕、簡易トイレまで入っていて、「最初の夜を越える」という目的にかなり忠実だと思う。
セット品に足したい3つのもの
セット品は便利だが、どうしても「平均的な人」向けにできている。自分と家族に合わせて、次の3つは見直しておきたい。
一つ目は、明かりだ。セットに入っているのは手で持つ懐中電灯が多いが、避難のときは両手が空くヘッドライトのほうが圧倒的に使いやすい。荷物を持ちながら、子どもの手を引きながらでも足元を照らせる。自衛隊の夜間行動でも、両手を自由にしておくことは基本中の基本だ。
二つ目は、手袋だ。地震のあとの道には、割れたガラスや瓦、倒れたブロック塀が散らばっている。素手でがれきに触れるのは危ない。軍手より丈夫な作業用の手袋を一組入れておくと、自分の手を守れるだけでなく、近所の人を助けるときにも役に立つ。
三つ目は、救急用品だ。セットに入っているのは絆創膏程度のことも多い。けがの手当てができる最低限の救急セットに、自分や家族の常備薬を足しておく。持病の薬は、災害のあと数日は手に入らないと考えておいたほうがいい。
食料と水は「最初の1日分」だけでいい
第2線のリュックに入れる水と食料は、最初の1日をしのげる量で十分だと私は考えている。避難所には、時間がたてば支援物資が届く。リュックで1週間分を運ぶ必要はない。
食料は、お湯や水を注ぐだけで食べられるアルファ化米が軽くて長持ちする。災害のときに温かいご飯が食べられるだけで、気持ちはずいぶん落ち着く。
第3線:家で1週間を生き延びる備蓄

最後が第3線、家の備蓄だ。大きな災害のあと、家が無事なら、避難所に行かずに自宅で過ごす「在宅避難」が基本になる。避難所は人であふれ、プライバシーもなく、体調を崩す人も多い。家で過ごせるなら、それに越したことはない。
ただし、そのためには、電気・水道・ガスが止まっても1週間暮らせるだけの備えが要る。
水:飲み水だけで1人21リットル
1人1日3リットルを1週間分なら、1人21リットル。4人家族なら84リットルになる。500ミリリットルのペットボトルで168本だ。数字にすると、意外と多いことに驚くと思う。しかもこれは飲み水だけで、トイレを流したり体を拭いたりする生活用水は別にいる。
全部を一度にそろえる必要はない。普段飲む水を箱で買って、古いものから使い、使った分を買い足す。これだけで、常に一定量の備蓄が回る。いわゆる「ローリングストック」だ。
食料:特別な非常食より「いつものご飯」
備蓄の食料は、特別な非常食ばかりである必要はない。むしろ普段から食べ慣れているものを多めに買っておいて、日常の中で消費しながら入れ替えていくほうが続く。
私が一番すすめたいのは、パックご飯だ。電子レンジがなくても湯せんで温められて、ご飯があればレトルトでも缶詰でもおかずになる。主食を確保しておくと、備蓄全体がぐっと組み立てやすくなる。
トイレ:一番困るのに、一番忘れられている
在宅避難で多くの人が真っ先に困るのが、実はトイレだ。断水すると水洗トイレは流せない。無理に流そうとして配管が詰まったり、マンションでは下の階に逆流したりすることもある。
簡易トイレ(凝固剤と袋のセット)は、1人1日5回前後を目安に、家族の人数×日数分を用意しておきたい。食料や水よりずっと場所を取らないのに、なくなったときのダメージは大きい。トイレを我慢しようとして水を飲まなくなり、体調を崩す人も多いと言われる。防災リュックのセット品に入っている数回分では、まず足りない。
電気:停電は思ったより長く続く
最近の災害で、私が一番重く見ているのが停電だ。スマホが充電できない、夜が真っ暗、夏ならエアコンも扇風機も使えない、冬なら電気毛布も使えない。停電は、長いと数日から1週間以上続くことがある。
ポータブル電源が一つあると、スマホの充電はもちろん、照明や小型の家電もしばらく動かせる。値段は張るが、キャンプや車中泊でも普段使いできるので、私は「防災のためだけに買う」より「普段から使って、いざというときに頼る」ものだと思っている。
家族構成で必ず足すもの
セット品も、この記事の中身も、基本は「健康な大人1人」を想定している。家族がいるなら、それぞれに合わせて足すものがある。
乳幼児がいるなら、ミルク、哺乳瓶、紙おむつ、おしりふき。粉ミルクなら水も余分に要るので、液体ミルクを入れておくと楽になる。抱っこ紐もあると両手が空く。
高齢の家族がいるなら、常備薬と、お薬手帳のコピー。入れ歯や眼鏡、補聴器の予備や電池も忘れがちだ。避難所の床は硬くて冷たいので、マットや毛布の優先度も上がる。
女性なら生理用品。災害のあと、支援物資として届くのが遅れやすいものの一つだ。ペットがいるなら、フードと水、リード、ケージ、そしてトイレ用品。避難所によってはペットと一緒に入れないこともあるので、受け入れの方針は事前に自治体のページで確認しておきたい。
そして、リュックは家族の人数分用意する。大人1人の背中に家族全員分を背負わせるのは、自衛隊でもやらない無茶だ。子どもにも、自分の水と食べ物とお気に入りのおもちゃくらいは入った小さなリュックを持たせておくといい。
防災リュックでよくある5つの失敗
最後に、ありがちな失敗をまとめておく。全部、私自身がやらかしかけたことでもある。
一つ目は、重すぎること。あれもこれもと詰め込んで、背負ったら一歩も走れない。第3線の備蓄と混ぜないことが一番の対策だ。
二つ目は、しまい込むこと。押し入れの一番奥、物置の中。災害のとき、そこまでたどり着けるとは限らない。玄関か寝室の、すぐ手に取れる場所に置く。
三つ目は、期限切れ。買ったときのまま何年も放置して、いざ開けたら水も食料も電池も全部期限切れ、というのは本当によくある。点検の日を決めておけば防げる。
四つ目は、季節に合っていないこと。夏に用意したリュックには、冬の寒さに耐える物が入っていない。冬にはカイロや防寒着、夏には冷却シートや塩分補給の飴を足すといった入れ替えが要る。
五つ目は、使い方を知らないこと。簡易トイレの使い方、ポータブル電源の充電の仕方、ラジオの周波数。袋から出したこともない道具を、真っ暗な中で初めて使うのは難しい。一度は家で試しておこう。
自衛隊に学ぶ「装備より大事なこと」

ここまで物の話をしてきたが、最後に一番大事なことを書いておきたい。
自衛隊の強さは、装備の良さだけで決まっているわけではない。どこに何があるかを全員が知っていて、何度も訓練して、いざというときに体が勝手に動く。装備は、それを使いこなせて初めて意味を持つ。
家庭の防災も同じだと思う。防災リュックを買って押し入れの奥にしまい込んだら、それは装備ではなく、ただの荷物だ。
私がやっているのは、年に2回、たとえば防災の日の9月1日と、年末の大掃除のときに、リュックの中身を全部出して点検することだ。食料や水の期限を見て、電池やバッテリーの残量を確かめ、家族構成や季節に合わせて中身を入れ替える。子どもが大きくなれば必要なものは変わるし、夏と冬でも違う。
そしてもう一つ、家族で「災害が起きたらどこに集まるか」「連絡が取れなかったらどうするか」を決めておく。これは一円もかからないが、どんな防災グッズより役に立つ。
自衛隊は、物があるから強いのではなく、備えることを日常にしているから強い。私たちが真似できるのは、まさにそこだと思う。
自衛隊の食事や補給の仕組みが気になった人は、自衛隊の食事の解説もどうぞ。災害派遣を空から支える部隊については航空自衛隊の救難隊の解説、災害派遣のときの隊員の手当については自衛官の手当一覧で書いている。







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