F-4ファントムIIとは|性能・派生型・実戦史を完全解説

雲海上空を飛行するF-4ファントムII級の双発戦闘機
雲海上空を飛行するF-4ファントムII級の双発戦闘機
速度と搭載力を生かして多用途任務を担ったF-4の飛行形態

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この記事の要点
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  • F-4 性能
  • F-4 派生型
  • F-4 実戦史

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  • F-4EJ改とは
  • F-4になぜ機関砲がなかったのか
  • F-4の現役国 2026

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  • F-14トムキャットの性能詳細
  • F-15J近代化改修の詳細
  • F-35自衛隊配備数
  • イスラエル戦争史全体
  • イラン空軍の現有戦力全体

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fact_checked: 2026-07-22 —

F-4ファントムIIは、冷戦期を代表する超音速戦闘機である。1958年の初飛行から半世紀以上にわたり、艦隊防空、制空戦闘、対地攻撃、偵察、防空網制圧まで、国と時代に応じて役割を変えながら飛び続けた。

外見は大きく、重く、排気煙も目立つ。初期型には固定機関砲すらなかった。それでも総生産数は5,195機に達し、アメリカ海軍、海兵隊、空軍だけでなく、日本、ドイツ、英国、イスラエル、イラン、ギリシャ、トルコ、韓国などで採用された。アメリカ製超音速軍用機として、これほど広く、長く、激しい実戦を経験した機体は少ない。[SRC-01][SRC-02]

私はF-4の本質を、単なる「昔の名戦闘機」ではなく、任務の追加と電子装備の更新を受け止め続けた巨大な余白に見る。F-4は格闘戦の美学に最適化された戦闘機ではない。戦争という巨大なソフトウェア更新に耐え続けたハードウェアだった。

本記事では、F-4ファントムIIの開発経緯、性能、兵装、主要派生型、ベトナム戦争や中東戦争、湾岸戦争での実戦、日本のF-4EJ改、そして2026年時点の現役状況まで整理する。

目次

F-4ファントムIIの基本情報と性能

F-4ファントムIIは、マクドネル社がアメリカ海軍向けに開発した複座・双発の全天候艦上戦闘機である。試作機XF4H-1は1958年5月27日に初飛行し、1961年にアメリカ海軍で実用化された。1962年の米軍機名称統一以前は海軍でF4H、空軍ではF-110という呼称が使われていた。[SRC-01][SRC-03]

主要諸元は型式によって異なる。以下は固定機関砲を備える代表的なF-4Eを中心とした概数である。

項目F-4Eの概数
乗員2名
全長約19.2m
全幅約11.7m
全高約5.0m
最大離陸重量約28t
エンジンGE J79ターボジェット2基
最大速度高高度で約マッハ2.2
実用上昇限度約18,000m
航続距離任務・増槽構成により約2,600〜2,800km級
固定武装20mm M61A1バルカン砲1門(F-4Eなど)
兵装搭載量約8t級

アメリカ空軍博物館が示すF-4Cの最大速度は時速約1,400マイル、上昇限度は約59,600フィートであり、F-4EやF-4Gも同等のマッハ2級性能を備えた。[SRC-04][SRC-05]

数値だけなら現代の第4世代機にも迫るが、航続距離は高度、爆装、増槽、待機時間で大きく変わる。F-4は単純な「飛行距離」より、重い兵装を抱えて遠距離へ進出できる大型プラットフォームとして評価すべき機体である。

F-4はなぜ生まれたのか

出発点は空母を守る艦隊防空戦闘機

1950年代、アメリカ海軍が重視したのは、ソ連爆撃機が対艦ミサイルを発射する前に遠距離で迎撃する能力だった。F-4は敵戦闘機と低空で旋回戦を行う軽量機ではなく、強力なレーダーで目標を捉え、長射程の空対空ミサイルで撃破する艦隊防空戦闘機として出発した。

そのため、初期のF-4Bは機首に機関砲を持たず、胴体下面に半埋め込み式でAIM-7スパローを4発、主翼下にAIM-9サイドワインダーを最大4発搭載した。レーダーとミサイルが空戦の主役となり、目視距離内の機関砲戦は過去になるという当時の思想が、そのまま機体に刻み込まれていた。

この設計思想は合理的だった。機関砲、弾薬、照準器を省けば重量と容積をレーダーや燃料へ回せる。しかも海軍が想定した相手は、機敏な戦闘機だけでなく、艦隊へ接近する大型爆撃機だった。問題は、実戦が設計者の想定どおりに進まなかったことである。

海軍機が空軍・海兵隊にも採用された異例の成功

F-4は艦上機として開発されたが、速度、上昇力、搭載量、全天候能力が高く、アメリカ空軍も採用した。空軍型F-4Cは1963年に初飛行し、1964年から部隊配備が進んだ。海軍機を空軍が大量採用するのは当時として異例であり、F-4の基本設計に大きな余裕があった証拠でもある。[SRC-04]

三軍での共用、同盟国への輸出、日本でのライセンス生産により、1958年から1981年までに5,195機が完成した。生産最終号機は三菱重工業製の航空自衛隊向けF-4EJである。[SRC-02]

F-4ファントムIIの設計と強さ

J79双発が生んだ速度と上昇力

F-4の心臓は、ゼネラル・エレクトリック製J79ターボジェットエンジン2基である。アフターバーナー使用時には強烈な推力を発揮し、重量級の機体をマッハ2以上まで加速させた。高速域の加速、上昇、急降下からの離脱はF-4の大きな武器だった。

一方、J79は燃料消費が大きく、特定の出力域で黒い排気煙が目立つ。遠方から位置を察知されやすいという欠点は、F-4の象徴的な弱点として知られる。後年の改良や運用技術で軽減されたが、ステルス性を重視する現代戦闘機とは正反対の存在である。

複座化は弱点ではなくセンサー運用の答えだった

前席には操縦士、後席にはレーダー迎撃士官または兵装システム士官が座る。後席要員はレーダー操作、航法、通信、兵装管理を担当し、操縦士は飛行と戦術判断に集中できた。

1960年代の電子機器は人間の操作を強く必要とした。私はF-4の複座配置を「一人で扱えない古さ」ではなく、「一機に詰め込んだ機能の多さ」と見る。後席要員は夜間攻撃、長距離航法、防空網制圧でも力を発揮し、多用途化の土台となった。

大きな機体と多数の搭載点

F-4は胴体と主翼下に多数の兵装搭載点を持ち、空対空ミサイル、通常爆弾、誘導爆弾、ロケット弾、対レーダーミサイル、偵察ポッド、増槽などを組み合わせられた。空戦任務を終えた機体が、改修によって対地攻撃や偵察、防空網制圧へ移行できた理由は、この搭載余力にある。

大型機は格闘戦で不利になりやすい反面、発電・冷却・機内空間・重量に余裕がある。この余白が、新型レーダーや電子戦装置、誘導兵器を追加する長期改修を可能にした。

F-4の兵装|ミサイル万能論から機関砲復活へ

機関砲復活のポイント

AIM-7スパローとAIM-9サイドワインダー

F-4の標準的な空対空兵装は、中距離用AIM-7スパローと短距離用AIM-9サイドワインダーである。スパローはレーダー誘導によって正面からの迎撃を可能にし、サイドワインダーは赤外線を利用して近距離の敵機を追尾した。

ただし初期のミサイルは、整備状態、湿度、発射条件、信管、目標角度などに性能を左右された。さらにベトナム戦争では、誤射防止のため目視確認を求められる場面が多く、遠距離から先制するというF-4本来の戦い方を実行しにくかった。

初期型に機関砲がなかった理由

F-4B、F-4C、F-4Dには固定機関砲がなかった。必要に応じてSUU-16やSUU-23ガンポッドを搭載できたが、機体中心線下のポッドは固定砲より照準精度や空力面で不利だった。

ベトナム戦争で近距離戦が多発すると、ミサイルの最短射程内へ入り込んだ敵機に決定打を与えられない問題が表面化した。この戦訓を受け、F-4Eは延長した機首下面に20mm M61A1バルカン砲を内蔵した。アメリカ空軍博物館も、東南アジアでの空対空戦闘経験を受けてF-4Eへ機関砲が追加されたと説明している。[SRC-06]

ただし失敗の原因は機関砲だけではない。ミサイルの信頼性、交戦規則、訓練、編隊戦術、敵味方識別を含むシステム全体に問題があり、教育と戦術の改善後は空戦成績も向上した。

対地攻撃兵器と精密誘導

F-4は通常爆弾を大量搭載でき、ベトナムでは戦闘爆撃機としても多用された。後期にはレーザー誘導爆弾、テレビ誘導兵器、対レーダーミサイルなどを運用し、単なる「爆弾トラック」から精密攻撃機へ発展した。

レーダー、照準装置、配線、兵装インターフェースを更新すれば、同じ機体を次の戦争へ適応させられた。この拡張性が長寿の理由である。

夕暮れの基地で整備を受けるF-4級戦闘機
長期運用を支えた地上整備と部品供給の積み重ね

F-4ファントムIIの主要派生型

F-4には多数の派生型が存在する。すべてを細分化すると煩雑になるため、役割と進化が分かる主要型を整理する。

派生型主な運用者・特徴
F-4A試作・初期生産型。海軍で評価や訓練に使用
F-4Bアメリカ海軍・海兵隊の初期量産型。固定機関砲なし
F-4Cアメリカ空軍最初の本格量産型。空軍装備へ適合
F-4D電子装備と対地攻撃能力を改善した空軍型
F-4E20mmバルカン砲を内蔵。後期型は前縁スラットで運動性を改善
F-4J海軍向け改良型。レーダー、エンジン、着艦能力を強化
F-4NF-4Bを近代化した海軍・海兵隊型
F-4SF-4Jの近代化型。前縁スラットなどを追加
RF-4C/RF-4E機首にカメラや偵察センサーを搭載した非武装・偵察型
F-4G敵防空網制圧用ワイルド・ウィーゼル。対レーダーミサイルを運用
F-4F西ドイツ向け。軽量化された防空戦闘機型
F-4EJ日本向け防空型。三菱重工業がライセンス生産
F-4EJ改レーダー、電子装備、対艦・対地能力を近代化した日本型
F-4E 2020イスラエルの技術協力で改修されたトルコのターミネーター
F-4E AUPギリシャの近代化型。レーダーや兵装運用能力を更新

F-4Eは完成形だったのか

F-4Eは固定機関砲を備え、後期型では前縁スラットにより低速運動性も改善した。ただし空戦なら後期F-4EやF-4S、艦隊防空ならF-4J、偵察ならRF-4、防空網制圧ならF-4Gが適する。「最強の一型」ではなく、任務ごとに完成形を作れたことがF-4の価値である。

F-4Gワイルド・ウィーゼル

F-4GはF-4Eから20mm機関砲を撤去し、その部分へ敵レーダー波を探知・分析する電子戦装置を搭載した。後席には電子戦士官が座り、敵地対空ミサイル部隊のレーダーを捜索する。目標を特定するとAGM-45シュライクやAGM-88 HARMなどの対レーダーミサイルで攻撃した。

116機のF-4EがF-4Gへ改造された。1991年の湾岸戦争では、F-4Gがイラクの防空レーダーを抑圧し、後続の攻撃機が進入する道を開いた。展示機の一機は湾岸戦争中に40発を超えるミサイルを発射している。[SRC-05]

ベトナム戦争で明らかになったF-4の強みと弱点

F-4の実戦評価を決定づけたのがベトナム戦争である。海軍、海兵隊、空軍のF-4は、北ベトナムのMiG-17、MiG-19、MiG-21、地対空ミサイル、高射砲と向き合った。

ミサイルだけでは終わらなかった空戦

F-4はレーダーとミサイルによる遠距離迎撃を前提としていた。しかし実際には、交戦規則や識別上の制約から目視距離まで接近することが多かった。軽量なMiGは低速旋回で優位に立ち、F-4は速度と上昇力を生かした一撃離脱、僚機との連携を求められた。

戦果を左右したのは機体性能だけではない。ミサイル整備、異機種訓練、目視識別、編隊指揮が重要であり、海軍と空軍は戦訓を教育と戦術へ反映した。

アメリカ海軍のF-4はベトナム戦争で40機の敵機撃墜を記録し、敵戦闘機との空戦で失ったF-4は7機だった。一方、地対空ミサイルや対空砲を含む戦闘損失は73機に達した。F-4が敵戦闘機だけでなく、濃密な地上防空網の中で戦っていたことが分かる。[SRC-07]

戦闘爆撃機としての酷使

空軍F-4は護衛、制空、爆撃、近接航空支援、阻止攻撃など多様な任務へ投入された。大型の搭載量は強みだったが、低空では小火器や高射砲、地対空ミサイルの脅威にさらされた。

F-4はMiGを追う制空機と、爆弾を抱えて低空へ入る攻撃機を同時に担った。私は撃墜数だけでなく、日々異なる任務を割り当てられた運用負荷も見るべきだと思う。

中東戦争とイラン・イラク戦争でのF-4

イスラエル空軍の「クルナス」

イスラエル空軍は1969年にF-4Eを導入し、「クルナス」と呼んだ。F-4は消耗戦争、1973年の第四次中東戦争、その後の作戦で、制空、長距離攻撃、対レーダー攻撃に使用された。イスラエル空軍の公式史は、F-4が約40年間にわたって勤務し、100機を超える撃墜を記録したとしている。[SRC-08]

同時に、第四次中東戦争はF-4の脆弱性も示した。エジプトとシリアが構築した地対空ミサイル網は強力で、低空攻撃や防空網正面への突入は大きな損害を伴った。高速で重武装のF-4であっても、レーダー、ミサイル、高射砲が連携する統合防空システムを単機の性能だけで突破することはできない。

この経験は、電子戦、無人機、対レーダーミサイル、攻撃編隊の役割分担を重視する後の航空戦へつながった。F-4は統合防空網に苦しめられ、その対処法を発展させた機体でもある。

イラン空軍のF-4

イランは革命前にF-4D、F-4E、RF-4Eを導入した。1979年の革命後、アメリカからの支援が途絶えた状態でも、イラン空軍はF-4をイラン・イラク戦争へ投入した。長距離対地攻撃、迎撃、偵察、対艦攻撃などに使用され、F-4の航続力と搭載量が生かされた。

ただし、現在のイラン機については稼働数や整備状態の公開情報が限られる。制裁下で部品を確保し、国産化や共食い整備で維持してきたとみられるが、外部から確認できる「保有数」と実際に戦闘出動できる「可動数」は同じではない。現役国を語る際には、この不確実性を分けて考える必要がある。

湾岸戦争|F-4最後の大規模実戦

1991年の湾岸戦争では、F-15、F-16、F/A-18、F-117など新世代機が主力となった。それでもF-4は消えていなかった。F-4Gワイルド・ウィーゼルは敵防空網制圧、RF-4Cは戦術偵察で重要な役割を果たした。

F-4Gは敵レーダーを探知し、HARMで攻撃する「ハンター」として行動した。敵がレーダーを停止すれば誘導能力が低下し、作動を続ければ対レーダーミサイルの標的になる。F-4Gの存在自体が敵防空部隊の行動を制約した。

RF-4Cも湾岸地域で偵察任務を実施した。アメリカ空軍博物館の展示機は、デザート・シールドとデザート・ストームで172回の任務を飛び、同作戦に参加したF-4の中で最多だったとされる。[SRC-09]

1950年代の艦隊防空機が、1990年代には敵レーダーを狩り、写真偵察で新世代機を支えた。機齢より、任務へ適応する改修が戦力価値を決めた例である。

日本の沿岸上空を飛行するF-4EJ改級戦闘機
航空自衛隊で防空・対艦任務を担ったF-4EJ改の運用

日本のF-4EJとF-4EJ改

日本向け防空型F-4EJ

航空自衛隊はF-104Jの後継としてF-4を選定し、1971年からF-4EJを導入した。F-4EJはF-4Eを基礎とするが、当初は日本の防衛政策に合わせ、空中給油能力、核兵器運用関連装備、爆撃計算装置などが省かれ、防空戦闘を中心とする仕様だった。

F-4EJは140機が調達され、大半を三菱重工業がライセンス生産した。RF-4Eも14機輸入され、F-4EJ改造のRF-4EJも運用された。国内生産で蓄積した技術は、その後のF-15J生産や国産機開発を支える基盤となった。[SRC-10]

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F-4EJ改で別物へ近代化

1980年代以降、F-4EJの陳腐化に対応するため近代化改修が行われ、F-4EJ改が誕生した。主な変更はAN/APG-66Jレーダー、航法・火器管制装置、レーダー警戒装置、通信装備の更新である。対艦ミサイルASM-1や国産空対空ミサイルなどの運用能力も加わり、当初の防空専用機から対艦・対地任務も担える多用途機へ変化した。

F-4EJ改は対領空侵犯措置、対艦攻撃、訓練、試験に長く使用された。バルカン砲、黒煙、下反角のついた水平尾翼は、昭和から令和初期まで空自を象徴する姿だった。

RF-4E/RF-4EJと災害偵察

航空自衛隊の第501飛行隊はRF-4EとRF-4EJを運用し、写真偵察や災害状況の把握に従事した。2011年の東日本大震災でも偵察能力が活用された。戦闘機として生まれたF-4が、被災地の状況を記録する任務へ使われた事実は、この機体の多用途性を象徴している。

RF-4部隊は2020年3月に運用を終了した。F-4EJ改を運用する第301飛行隊も同年にF-35Aへの機種転換を進め、第一線でのF-4運用を終えた。岐阜基地の飛行開発実験団に残った最後の3機は2021年3月17日に最終飛行を行い、日本のファントム運用は約50年で幕を閉じた。[SRC-11][SRC-12]

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F-4は2026年現在も現役なのか

現役国を見る際の注意

韓国空軍は2024年6月にF-4Eを退役させた。[SRC-13] 2026年時点で、F-4を実戦部隊で運用していることが公的資料から確認できる主な国はギリシャ、トルコ、イランである。

ギリシャではアンドラヴィダ基地の第338飛行隊がF-4Eを運用する。[SRC-14][SRC-15] トルコでは第111飛行隊がF-4E 2020ターミネーターを運用し、2026年のRIAT機体紹介でも同国最後のF-4作戦部隊とされている。[SRC-16]

イランでは2026年4月にも少数のF-4の飛行が確認されたが、可動機数や即応性の評価には幅がある。[SRC-17] したがって現役国を3か国と数えても、近代化状況、整備基盤、訓練環境は同等ではない。

F-4ファントムIIの弱点

大型でレーダーに映りやすい

F-4はステルス設計以前の機体であり、機体も大きい。現代のAESAレーダーや長射程空対空ミサイルに対し、正面から制空戦闘を行うには不利である。電子戦装置や新型ミサイルを追加しても、機体形状そのものは変えられない。

運動性と操縦特性に癖がある

F-4は高速域で強いが、初期型は低速旋回で軽量戦闘機に不利だった。高迎角では操縦に注意が必要で、乱暴に旋回を続ければエネルギーを失う。後期F-4EやF-4Sの前縁スラットは改善策となったが、F-16のようなフライ・バイ・ワイヤ軽量戦闘機とは思想が違う。

維持費と整備負担

双発J79、旧式アナログ電子機器、経年機体は、運用国に大きな整備負担を課す。部品供給が終了した後は、在庫、再生産、他機からの転用、独自改修が必要になる。古い機体を近代化すれば戦えるとしても、費用対効果が新造機を上回るとは限らない。

排気煙と赤外線特性

J79の黒煙は目視発見を助け、赤外線誘導ミサイルに対する不利も抱えた。冷戦期には許容できた欠点でも、センサー融合と受動探知が進んだ現代では重い。

それでもF-4が名機と呼ばれる理由

F-4は大きく、燃料を使い、煙を吐き、初期型には機関砲がなく、格闘戦では軽量機に苦戦した。それでも名機と呼ばれるのは、艦隊防空、戦闘爆撃、偵察、防空網制圧へ役割を広げ、設計時に存在しなかった兵器と電子装備を受け入れ続けたからである。

F-4の強さは、旋回半径や最高速度の一点では測れない。機体、乗員、整備員、兵装、訓練、改修を一つのシステムとして成長させられたことにある。私は、F-4を「最強戦闘機」と呼ぶより、「最も戦争に使い倒された超音速戦闘機の一つ」と呼ぶ方がふさわしいと思う。

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よくある質問

F-4ファントムIIの最高速度はどのくらいか

型式や条件により異なるが、高高度で約マッハ2.2に達する。時速では約2,200〜2,400km級である。低高度では空気抵抗が増えるため、同じ速度は出せない。

F-4にはなぜ機関砲がなかったのか

初期型はレーダー誘導ミサイルで敵機を遠距離迎撃する思想で設計され、機関砲戦の必要性が低いと考えられたためである。ベトナム戦争で近距離戦の必要性が再認識され、F-4Eには20mmバルカン砲が内蔵された。

F-4EとF-4EJの違いは何か

F-4EJは日本向けの防空型であり、導入当初は空中給油や対地攻撃に関する一部装備が省かれた。その後のF-4EJ改ではレーダー、電子装備、対艦・対地能力が強化され、多用途性を回復した。

F-4EJ改はF-15Jより強かったのか

制空戦闘ではF-15Jが加速、上昇、レーダー、運動性で優位である。一方、F-4EJ改は対艦攻撃や試験で独自の役割を担った。 (内部リンク候補: target_slug=f15j-modernization-guide)

F-4とF-14トムキャットはどちらが強いのか

F-14は可変翼、AWG-9レーダー、AIM-54フェニックスで艦隊防空を次世代化した。F-4は多用途性と運用範囲で優れ、単純な一対一比較には向かない。

F-4は2026年現在も飛んでいるのか

ギリシャ、トルコ、イランで現役運用が確認されている。ただし保有数と実際の可動数は異なり、とくにイランの即応状況は公開情報だけで正確に判断しにくい。

F-4の黒い煙は故障なのか

多くの場合、故障ではなくJ79エンジンの燃焼特性による排気煙である。特定の出力域で目立ち、視認されやすい欠点となった。

F-4の愛称「ファントムII」のIIは何を意味するのか

マクドネル社には第二次世界大戦後に開発したFH-1ファントムがあり、後のF4Hに同じ名称を与えたため「ファントムII」となった。

まとめ|F-4は任務を変え続けた冷戦の万能機だった

F-4ファントムIIは、アメリカ海軍の艦隊防空戦闘機として生まれた。マッハ2級の速度、J79双発、大型レーダー、複座配置、8t級の搭載能力を持ち、海軍、海兵隊、空軍、同盟国へ広がった。

ベトナム戦争ではミサイル万能論の限界と訓練の重要性を突きつけられた。イスラエルでは中東の濃密な防空網と戦い、イラン・イラク戦争では長距離攻撃に投入され、湾岸戦争ではF-4GとRF-4Cが防空網制圧と偵察を担った。日本ではF-4EJとF-4EJ改が約50年間にわたり領空防衛を支え、2021年に運用を終えた。

F-4は、最初から万能だったわけではない。失敗と損失のたびに武装、訓練、電子装備、任務を更新し、万能機になっていった。その歩みこそ、この記事を貫くテーマである。

美しい設計図だけが名機を作るのではない。改修を受け止める余白と、失敗から戦い方を変える組織があって初めて、機体は半世紀を生きる。F-4ファントムIIは、その事実を最も荒々しい形で証明した戦闘機である。

参考資料・主な出典

本記事の主要データは、スミソニアン国立航空宇宙博物館米海軍歴史遺産司令部米空軍博物館F-4C資料米空軍博物館F-4G資料米空軍博物館F-4E資料を参照した。

日本と現役国の確認には、航空自衛隊F-4最終飛行資料米空軍博物館RF-4C資料ギリシャ空軍F-4E資料ギリシャ空軍第338飛行隊米海軍F-4N資料を用いた。

  • [SRC-01] [National Air and Space Museum, McDonnell F-4S Phantom II](https://airandspace.si.edu/collection-objects/mcdonnell-f-4s-phantom-ii/nasm_A19890038000)
  • [SRC-02] Air & Space Forces Magazine, Phantom Pharewell
  • [SRC-03] [U.S. Naval History and Heritage Command, F4H-1 Phantom II Makes First Flight](https://www.history.navy.mil/news-and-events/news/2025/nhm-052725.html)
  • [SRC-04] [National Museum of the United States Air Force, McDonnell Douglas F-4C Phantom II](https://www.nationalmuseum.af.mil/Visit/Museum-Exhibits/Fact-Sheets/Display/Article/196044/mcdonnell-douglas-f-4c-phantom-ii/)
  • [SRC-05] [National Museum of the United States Air Force, McDonnell Douglas F-4G Wild Weasel](https://www.nationalmuseum.af.mil/Visit/Museum-Exhibits/Fact-Sheets/Display/Article/196047/mcdonnell-douglas-f-4g-wild-weasel/)
  • [SRC-06] [National Museum of the United States Air Force, McDonnell Douglas F-4E Phantom II](https://www.nationalmuseum.af.mil/Visit/Museum-Exhibits/Fact-Sheets/Display/Article/196040/mcdonnell-douglas-f-4e-phantom-ii/)
  • [SRC-07] [U.S. Naval History and Heritage Command, Navy History Matters](https://www.history.navy.mil/news-and-events/news/2025/nhm-040825.html)
  • [SRC-08] Israeli Air Force, “Kurnas” Turns 50
  • [SRC-09] [National Museum of the United States Air Force, McDonnell Douglas RF-4C Phantom II](https://www.nationalmuseum.af.mil/Visit/Museum-Exhibits/Fact-Sheets/Display/Article/195876/USAFmuseum/mcdonnell-douglas-rf-4c-phantom-ii/)
  • [SRC-10] 防衛研究所『東アジア戦略概観2008』第7章/ジョン・パーマ「日本の防衛産業は今後如何にあるべきか?」
  • [SRC-11] [航空自衛隊飛行開発実験団「F-4運用終了に伴う行事」](https://www.mod.go.jp/asdf/adtw/adm/topics/topics02/F-4_last.html)
  • [SRC-12] FlightGlobal, Tokyo to retire iconic F-4 Phantom in March 2021
  • [SRC-13] FlightGlobal, South Korea’s F-4 bows out after 55 years of service
  • [SRC-14] [Hellenic Air Force, F-4E Phantom II](https://www.haf.gr/en/equipment/f-4e-phantom-ii/)
  • [SRC-15] [Hellenic Air Force, 338 Squadron](https://www.haf.gr/en/structure/htaf/117-combat-wing/338-squadron/)
  • [SRC-16] Royal International Air Tattoo 2026, McDonnell Douglas F-4E Phantom II
  • [SRC-17] Aerospace Global News, Not destroyed: Iran’s air force still flying despite US claims

参考資料・主な出典

スミソニアン国立航空宇宙博物館|資料を確認

米海軍歴史遺産司令部|資料を確認

米空軍博物館F-4C資料|資料を確認

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