F-5タイガーIIとは|世界中の空軍に売れた小さな戦闘機、そして50年続く「敵役」──F-5E/Fの設計、輸出、アグレッサー、F-5A/BやT-38との見分け方

F-5 タイガーII 小さな双発機が歩んだ半世紀

映画『トップガン』(1986年)で、主人公マーヴェリックたちと戦う謎の敵機「ミグ28」を覚えているだろうか。黒っぽい塗装に赤い星。実はあの機体、ソ連機でも何でもない。アメリカのノースロップ社が作った小さな戦闘機、F-5タイガーIIに色を塗っただけのものだ。

F-5タイガーIIは不思議な戦闘機だ。アメリカ空軍や海軍の主力戦闘機になったことは一度もない。それなのに、初代のF-5A/Bを含めたシリーズ全体では世界の30を超える国の空軍で使われ、さらにアメリカ軍の中では、半世紀にわたって「敵の役」を演じ続けてきた。

小さく、安く、扱いやすい。この記事では、F-5の中でも主役となったF-5E/Fに絞って、その設計、世界への輸出、そしてアグレッサー(仮想敵機)としての長い仕事を見ていく。名前がよく似た初代のF-5A/Bや、兄弟機の練習機T-38との見分け方も、最初に整理しておこう。

この記事のポイント
目次

まず整理|F-5A/B、F-5E/F、T-38はどう違う?

F-5の話がややこしくなる最大の理由は、よく似た機体が三つあることだ。

項目 T-38タロン F-5A/B フリーダム・ファイター F-5E/F タイガーII
用途 練習機 輸出用の軽戦闘機(初代) 輸出用の軽戦闘機(改良型)
初飛行 1959年4月 1959年7月(試作機) F-5Eは1972年8月、F-5Fは1974年9月
エンジン J85系×2 J85-13×2 推力を増したJ85-21×2
レーダー なし なし あり
武装 原則なし 機首に20mm機関砲2門 機首に20mm機関砲2門(F-5Fは1門)
見分けどころ 白い塗装が多く、細身。翼の付け根の張り出しがない 翼端に燃料タンクを付けた姿が多い 胴体が太く、翼の付け根の張り出しが大きい。翼端にミサイル

三機とも、1950年代にノースロップ社が考えた「N-156」という軽量の超音速機の構想から生まれた兄弟だ。まず練習機のT-38が、アメリカ空軍の超音速練習機として採用された。同じ構想から戦闘機に仕立てたのがF-5A/Bで、「フリーダム・ファイター」の名で同盟国に配られた。そのF-5Aを大きく改良したのが、この記事の主役のF-5E/FタイガーIIだ。

いちばん簡単な見分け方を一つ挙げるなら、翼の付け根を見てほしい。主翼の前縁から胴体に向かって、平べったい張り出しが大きく伸びていればF-5E/Fだ。T-38にはこの張り出しがなく、F-5Aのものは小さい。

なお、F-5E/Fをさらに発展させた機体に、エンジンを1基にしたF-20タイガーシャークがあるが、こちらは試作機だけで終わっている。

F-5タイガーIIとは|基本情報(F-5E)

博物館に展示されたF-5EタイガーII。
博物館に展示されたF-5EタイガーII。
写真・素材:Rjcastillo/Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
項目 内容
開発 ノースロップ(現ノースロップ・グラマン)
初飛行 F-5Eは1972年8月11日、複座のF-5Fは1974年9月25日
全長/全幅 約14.5m/約8.1m
最大離陸重量 約11トン
エンジン ゼネラル・エレクトリックJ85-21ターボジェット×2(1基あたりアフターバーナー時約2.3トン)
最大速度 マッハ1.6前後
武装 20mm機関砲2門、翼端のサイドワインダー2発、爆弾やロケット弾
生産 単座・複座を合わせて約1,400機。台湾、韓国などでライセンス生産

開発の経緯|「同盟国のための戦闘機」をもう一度

F-5タイガーIIの出発点は、1970年にアメリカが行った「国際戦闘機(IFA)」の選定だ。

要点

ところが、ソ連が北ベトナムなどに供与したミグ21を相手にするには、F-5Aでは力不足が目立ってきた。そこでアメリカは、同盟国向けの新しい戦闘機を選ぶコンペを開き、ノースロップのF-5A改良案が勝った。これがF-5Eだ。

狙いは明快だった。最新鋭の大型機ではなく、ミグ21と互角に戦える、安くて手ごろな戦闘機を、同盟国に大量に届けること。F-5Eは、アメリカ自身のための戦闘機ではなく、「友だちのための戦闘機」として生まれたのだ。

設計|小さな機体に詰め込んだ工夫

脚を下ろして飛ぶスイス空軍のF-5E。
脚を下ろして飛ぶスイス空軍のF-5E。
写真・素材:Myself ( Adrian Pingstone )./Wikimedia Commons(Public domain)

小型エンジン2基という選択

F-5Eの心臓は、ゼネラル・エレクトリックのJ85という小型のターボジェットだ。もともと小型の無人機や練習機向けに作られたエンジンで、1基あたりの推力はアフターバーナーを使っても約2.3トンしかない。これを2基、胴体の後ろに並べている。

小さなエンジンを2基積む形は、機体全体を小さくまとめつつ、片方が止まっても飛べる余裕を持たせる。値段の安いエンジンで、超音速を出せる戦闘機を作る、という発想だった。

F-5Aからの主な改良

F-5Eは、F-5Aを次のように作り変えた。

  • エンジンを推力の大きいJ85-21に換えた
  • 胴体を長く太くして、燃料を多く積めるようにした
  • 主翼の付け根の張り出し(LERX)を大きくし、主翼の面積を増やして、旋回の性能を高めた
  • 初代にはなかったレーダーを機首に積んだ

特に付け根の張り出しは、F-5Eの身軽さの秘密だ。機首を大きく上げて旋回するとき、この張り出しが渦を作って、主翼の上の空気の流れを助ける。小さな機体でも鋭く曲がれる、F-5Eならではの格闘戦の強さを生んだ。

「シャークノーズ」とF-5F

後期に作られた一部のF-5Eや複座のF-5Fには、機首を平たく広げた「シャークノーズ」と呼ばれる形が採り入れられた。機首を大きく上げたときの安定性を良くするための工夫だ。

複座のF-5Fは、F-5Eより機首が長く、訓練に使いながら戦闘もこなせる。偵察型として、機首にカメラを収めたRF-5Eタイガーアイも作られた。

「軽戦闘機」という思想

小さく軽く、旋回の鋭さで勝負する。この思想を聞くと、私は旧陸軍の一式戦闘機「隼」や九七式戦闘機を思い出す。日本の軽戦闘機も、重い武装や頑丈な防弾より、身軽さと格闘戦の強さを重んじた。

ただしF-5Eは、身軽さだけを追った機体ではない。超音速で飛べ、レーダーとミサイルを持ち、何より「安くて、どの国でも整備できる」ことを第一に考えて作られた。軽戦闘機の思想を、輸出という商売と組み合わせたところに、F-5Eの新しさがあった。

輸出|アジア、ヨーロッパ、中東、中南米へ

スイス空軍のF-5Eによる編隊飛行。
スイス空軍のF-5Eによる編隊飛行。
写真・素材:Julian Herzog ( Website )/Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

F-5E/Fは、狙いどおり世界中に広がった。アジア、中東、アフリカ、中南米、ヨーロッパ。初代のF-5A/Bと合わせると、F-5シリーズは30を超える国の空軍で使われてきた。

アジア|台湾と韓国のライセンス生産

台湾と韓国は、F-5E/Fを自国で作った。台湾は300機あまりをライセンス生産し、長く防空の主力に据えた。その台湾も、2023年11月に単座のF-5Eを、2025年7月には残っていた複座のF-5Fと偵察型を退役させている。台湾の戦闘機の今の顔ぶれは台湾の戦闘機一覧で整理している。

韓国も、大韓航空がライセンス生産したF-5E/Fを長く使ってきた。韓国はこの機体を、国産戦闘機のKF-21ボラメなどに置き換え、2027年末までに退役させる計画だ。

ヨーロッパ|スイスのタイガー

スイス空軍もF-5E/Fの大口の使い手だった。最盛期には100機を超える機体をそろえ、曲技飛行チーム「パトルイユ・スイス」の機体としても親しまれてきた。後継の選定では、2014年の国民投票でグリペンの導入が否決されるという曲折もあり、最終的にF-35Aが選ばれた。スイスの国防省は、残るF-5を2027年末に退役させる計画を示している。

中東・中南米・アフリカ

ブラジルは、イスラエルの企業と組んでF-5E/Fを近代化した「F-5EM/FM」を今も使っている。イランは1979年の革命前にアメリカから大量のF-5を受け取り、その後は国産の派生型まで作った。アフリカでは、1977年のオガデン戦争で、エチオピアのF-5Eがソマリアのミグ21と空戦を交えている。

アグレッサー|50年続く「敵役」の仕事

フレアを放ちながら飛ぶスイス空軍のF-5E。
フレアを放ちながら飛ぶスイス空軍のF-5E。
写真・素材:Julian Herzog ( Website )/Wikimedia Commons(CC BY 4.0)
要点

なぜF-5が敵役に選ばれたのか

ベトナム戦争の空中戦で、アメリカ軍は小さなミグ戦闘機に思わぬ苦戦を強いられた。その反省から、本物の敵に近い機体を相手に訓練する仕組みが作られる。そのとき白羽の矢が立ったのがF-5Eだった。

理由はシンプルだ。大きさと性能がミグ21によく似ていた。小さくて目で見つけにくく、身軽に曲がる。しかも運用費が安く、たくさん飛ばせる。敵の戦い方をまねて飛ぶには、うってつけの機体だった。

アメリカ空軍|ネリスのアグレッサー

アメリカ空軍は1975年から1990年まで、ネバダ州ネリス基地の第64・第65アグレッサー飛行隊などでF-5Eを使った。機体はソ連機を思わせる迷彩に塗られ、パイロットはソ連の戦術を研究して、味方の戦闘機パイロットたちを鍛えた。

アメリカ海軍|トップガンからVFC-111まで

海軍では、戦闘機兵器学校、いわゆるトップガンがF-5E/Fを敵役に使った。映画『トップガン』のミグ28も、この縁で生まれた。F-14トムキャットを追い回す小さな黒い機体は、まさに当時のトップガンの訓練風景そのものだった。

海軍は2006年、スイスから飛行時間の少ないF-5E/Fを36機買い取り、近代化して「F-5N/F」として使い始めた。今もフロリダ州キーウェストのVFC-111などの部隊が、F-5Nで仮想敵の役を務めている。複座機が足りなくなったため、別々の機体の前後をつなぎ合わせた「フランケンタイガー」まで作られたというから、海軍のF-5への愛着は相当なものだ。

アメリカ海兵隊|今も増えるタイガー

海兵隊も、アリゾナ州ユマのVMFT-401でF-5を敵役に使っている。2024年3月からは、スイスで退役した22機のF-5E/Fのアメリカへの引き渡しが始まった。初飛行から50年以上たった機体が、いまだに「買い足される」のは、F-5の敵役としての価値がそれだけ高いということだ。

航空自衛隊の「敵役」はどうだったか

ちなみに航空自衛隊はF-5を使ったことがない。それでも、敵役の発想は同じだ。空自は1981年に飛行教導隊を作り、最初は国産の練習機T-2を敵役に使った。のちにF-15DJに切り替え、今は飛行教導群として、派手な迷彩の機体で各部隊を鍛えている。

面白いのは、T-2という練習機から支援戦闘機F-1が生まれた日本の流れが、T-38から戦闘機F-5が生まれたアメリカの流れとよく似ていることだ。練習機と戦闘機を同じ設計から作り分ける発想は、日米で同じ時代に花開いていた。空自の機体の全体像は航空自衛隊の機体一覧にまとめている。

なぜF-5は売れたのか|三つの理由

ここまでを振り返ると、F-5E/Fが世界中で売れた理由は三つにまとめられる。

1. 安い

小型エンジン2基の小さな機体は、買うのも維持するのも安かった。限られた予算で戦闘機をそろえたい国にとって、決定的な魅力だった。

2. 扱いやすい

仕組みが単純で、整備しやすく、短い滑走路でも使える。高度な整備の設備や、大勢の技術者を持たない国でも運用できた。

3. ちょうどいい強さ

最新鋭の大型機には及ばないが、周辺国のミグ21と互角に戦える。その「ちょうどいい強さ」が、多くの国の現実の脅威に合っていた。

この三つは、今も中小国の戦闘機選びの基本になっている。F-16がいまだに売れ続け、グリペンが根強く支持されるのも、同じ理屈だ。F-16は、ある意味でF-5の後を継いだ「世界の標準戦闘機」と言える。

投資家目線|ノースロップの成功と、二つの挫折

F-5とT-38は、ノースロップに大きな成功をもたらした。カリフォルニア州ホーソーンの工場では、F-5とT-38を合わせて3,800機を超える機体が作られた。

ところが、その後の挑戦はうまくいかなかった。F-5Eを発展させた単発のF-20タイガーシャークは、ノースロップが巨額の自己資金を投じて開発したが、アメリカ政府がF-16の輸出を広く認めたことで買い手が現れず、試作だけで終わった。さらに、T-38の後継となる練習機の選定では、ノースロップ・グラマンは2017年に入札を見送り、後継はボーイングとサーブのT-7Aに決まった。

大ヒット商品を持つ会社でも、次の一手を外せば、その市場を他社に明け渡すことになる。一方でノースロップ・グラマンは、ステルス爆撃機B-21のような大型案件で存在感を保っている。防衛企業を見るときは、過去のヒット作より「次の主力をどこで取るか」を見るべきだと、F-5の歴史は教えてくれる。

※この記事は特定の銘柄の売買を勧めるものではない。株価や業績は変動し、元本割れの可能性もある。投資判断は自己責任で。

模型で「敵役」の世界を楽しむ

残念ながら、F-5のキットはまだこのブログで紹介できる商品がない。代わりに、F-5の敵役の仕事を受け継いだ機体のキットを紹介したい。アメリカ空軍のアグレッサー部隊は、F-5のあと、F-16を敵役に使うようになった。ソ連機風の迷彩に塗られたアグレッサー仕様のF-16は、F-5の系譜を感じられる一機だ。

そして、F-5がミグ28として追い回した相手といえば、F-14トムキャットだ。2機を並べて飾れば、映画の空戦シーンがよみがえる。

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よくある質問

F-5タイガーIIとF-5フリーダム・ファイターの違いは?

フリーダム・ファイターは初代のF-5A/B、タイガーIIは改良型のF-5E/Fを指す。タイガーIIは、エンジンが強化され、胴体が大きくなり、翼の付け根の張り出しが拡大され、レーダーを積んでいる。

F-5とT-38の違いは?

どちらも同じ「N-156」構想から生まれた兄弟機だが、T-38は練習機で、原則として武装を持たない。F-5は戦闘機で、機首に20mm機関砲を備えている。T-38には、F-5E/Fのような翼の付け根の大きな張り出しもない。

トップガンのミグ28はF-5なの?

そうだ。映画『トップガン』(1986年)に登場する架空の敵機ミグ28は、F-5を塗り替えて撮影された。当時のトップガンが、実際にF-5を仮想敵機として使っていたことが背景にある。

F-5は今も使われている?

使われている。アメリカ海軍と海兵隊が仮想敵機として飛ばしているほか、ブラジルやイランなどでも現役だ。一方で、台湾は2025年までに退役させ、韓国とスイスも2027年末までの退役を計画している。

自衛隊はF-5を使ったことがある?

ない。航空自衛隊は、F-5の時代には国産のT-2やF-1、輸入したF-104やF-4を使っていた。敵役の訓練では、T-2のちにF-15DJを使っている。

F-5はなぜ双発なの?

小型で安いJ85エンジンを2基組み合わせることで、機体を小さく安くまとめながら、超音速で飛べる推力を確保したからだ。片方のエンジンが止まっても飛べる余裕も生まれる。

まとめ|主役になれなかった名機が、50年飛び続ける理由

F-5タイガーIIは、アメリカ軍の主力戦闘機になったことはない。しかし、安く、扱いやすく、ちょうどいい強さを持つ「友だちのための戦闘機」として、シリーズ全体では世界30か国以上の空軍で使われた。そして、ミグ21に似た小ささと身軽さを買われて、アメリカ軍の中では半世紀にわたって敵の役を演じ続けている。

F-5A/Bやフリーダム・ファイター、練習機のT-38と混同されやすいが、タイガーIIはF-5E/Fのことだ。翼の付け根の大きな張り出しを見つけたら、それがタイガーIIである。主役になれなかったからこそ、多くの国と多くのパイロットに寄り添い続けた。F-5は、そんな不思議な名機なのだ。今の主力戦闘機の顔ぶれは世界最強戦闘機ランキングを、戦闘機の役割の違いは戦闘機の種類一覧を見てほしい。

最後まで読んでくれてありがとう。長い記事を書くときのお供は、だいたいこれだ。

出典・参考資料

表紙の写真素材:
写真・素材:Myself ( Adrian Pingstone )./Wikimedia Commons(Public domain)。背景・レイアウト・文字を編集。

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この記事を書いた人

軍研ノート編集部のアバター 軍研ノート編集部 自衛隊・兵器 / 戦史 / サバゲー

自衛隊で6年間勤務した編集長を中心に、自衛隊時代の仲間やサバゲーを通じた知人と記事を制作。経験と公開資料をもとに、装備の仕組みや歴史、その背景にある人々の工夫を掘り下げています。「かっこいい」から、その先の理解へ。編集長のプロフィール → 運営・編集方針

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