幼女戦記のリリーヤは政治将校、ミケルは収容所帰り|連邦軍はなぜ指揮官の隣に「党の目」を置き、空の専門家を牢に入れたのか──史実の赤軍で解説

幼女戦記のリリーヤは政治将校、ミケルは収容所帰り|連邦軍はなぜ指揮官の隣に「党の目」を置き、空の専門家を牢に入れたのか──史実の赤軍で解説

『幼女戦記Ⅱ』で新しく登場した連邦の二人、リリーヤとミケル。

リリーヤは、柔らかな物腰で多国籍義勇軍の兵士の相談に乗る、党から派遣された「政治将校」だ。ミケルは、迫害されて収容所に入れられていたのに、戦争が始まって前線へ呼び戻された魔導師だ。

キャラクターとしても魅力的な二人だが、ミリタリーの目で見ると、この二人はもっと大きなものを背負っている。連邦という国の仕組みそのものだ。指揮官の隣に党の人間を置いて見張らせる。軍の専門家を疑って牢に入れ、戦争になると牢から出して戦わせる。どちらも、史実のソ連軍、赤軍が実際にやったことだ。

この記事では、リリーヤとミケルの公式設定を入口に、政治将校とは何か、指揮官とどう違うのか、そしてミケルの経歴によく似た史実の将軍たちを紹介する。ネタバレは2期の公式の人物紹介とあらすじの範囲までにとどめる。

この記事のポイント
目次

リリーヤとミケルの公式設定

まず、公式サイトの人物紹介を確認しておく。

地図と測定具が置かれた作戦机。
地図と測定具が置かれた作戦机。

リリーヤは、「連邦軍中尉を兼ねる下級政治委員」とされる。「多国籍義勇軍付政治将校として党より派遣された模範的理想主義者」で、愛想よく柔らかな物腰だが、党の指示は断固として遂行する。軍生活の相談を受けたことで、メアリー・スーと友人になる。

ミケルは、連邦軍の魔導師だ。公式の紹介によれば、連邦では魔導師は迫害の対象だったが、帝国との戦争でその必要性が認識されたことで、「ラーゲリ」つまり収容所から現役に復帰した。多国籍義勇軍に派兵され、前線では実力派の指揮官として存在感を示す。紹介文は「祖国の為に、そして、生き延びるために、彼は、戦う。」と結ばれている。

二人とも、連邦が帝国と戦うために集めた多国籍義勇軍にいる。一人は党の目として、もう一人は党に疑われてきた者として。この組み合わせそのものが、連邦という国をよく表している。

政治将校とは何か

軍隊の中にいる「党の代理人」

政治将校とは、軍隊の中に置かれた、政治指導者や党の代理人だ。共産党が国を率いたソ連の軍隊では、指揮官とは別に、党から送り込まれた政治将校が部隊につき、兵士と将校が党と国家に忠実かどうかを見張った。

政治委員の権限の変化。赤軍の制度は、戦前から戦中に何度も変わった
「政治将校がいる」ことと「軍事命令への拒否権を持つ」ことは同じではない。

赤軍の政治将校は、ロシア革命のあとの内戦の時代に生まれた。当時の赤軍は、戦い方を知る将校が足りず、帝政ロシア軍の元将校たちを数多く使っていた。しかし、彼らが本当に革命政権に忠実かは分からない。そこで、元将校たちの隣に政治将校、正式には政治委員(コミッサール)を置き、その命令と行動を見張らせたのだ。

政治将校の仕事

政治将校の仕事は、大きく四つあった。

一つめは、忠誠の監視だ。部隊の中に裏切りや反抗の芽がないかを見張り、党に報告する。二つめは、教育と宣伝だ。兵士に党の考えや戦う理由を教え、士気を高める。三つめは、兵士の生活の面倒を見ることだ。不満や悩みを聞き、手紙や待遇の問題に対応する。四つめが、時期によっては、指揮官の命令に口を出す権限だった。

政治将校は、後ろで見張っているだけの存在でもなかった。兵士に戦う理由を説く以上、いざ戦闘になれば、自分が先頭に立って模範を示すことも求められた。独ソ戦では、突撃の先頭で倒れた政治将校も少なくない。日本語では「政治将校」と呼ばれることが多いが、赤軍での正式な呼び名は政治委員(コミッサール)だ。

リリーヤがメアリーから軍生活の相談を受けて友人になるのは、三つめの仕事そのものだ。愛想がよく、兵士に寄り添う。それでいて、党の指示は断固として実行する。親しみやすさと監視の目が同じ一人の中にある。これが政治将校という存在のいちばんの怖さであり、リリーヤという人物のいちばんの見どころだと思う。

「下級政治委員」は史実の何にあたるか

赤軍の政治将校には、いくつもの段階があった。連隊や師団など大きな部隊につく政治委員に対して、中隊のような小さな部隊には「政治指導員」が置かれた。リリーヤの「下級政治委員」で中尉を兼ねるという立場は、この現場に近い政治将校のイメージに近い。帝国軍の階級との比べ方は、この特集の『幼女戦記の階級一覧』も参考にしてほしい。

政治将校と指揮官は何が違うのか

指揮官は、部隊をどう動かして敵に勝つかを決める。政治将校は、部隊が党と国家に忠実であり続けるように見張る。仕事の目的がまったく違う。

問題は、この二人の力関係だ。赤軍では、時期によって、政治将校が指揮官の命令に同意しなければ命令が成り立たない「二重の指揮」が敷かれた。指揮官が退却を命じようとしても、政治将校が反対すれば動けない。戦場の判断が、政治の判断に縛られることになる。

赤軍の歴史を見ると、政治将校の力は、指導者が軍をどれだけ信用しているかに合わせて大きく揺れた。

指揮官と政治将校。軍の指揮と、党の統制という二つの流れ
権限は国や時期によって異なる。作中のリリーヤは下級政治委員。

軍を疑うときは政治将校を強め、戦争に勝つ必要が切実になると指揮官に任せる。このシーソーは、2期の連邦軍を見るときの大事な手がかりになる。独ソ戦の開戦直後の大敗北についてはバルバロッサ作戦とはに書いた。

多国籍義勇軍に政治将校がつく理由

リリーヤが配属されているのが「多国籍義勇軍」だという点も面白い。外国から来た義勇兵の部隊に、党が政治将校を送り込むのは、史実にも前例がある。1930年代のスペイン内戦で、世界中から集まった義勇兵の部隊「国際旅団」には、各部隊に政治委員が置かれていた。外国人の兵士は、士気も考え方もばらばらだ。だからこそ、党は彼らを見張り、教え、まとめる役を必要としたのだ。

合州国や連合王国から来た義勇兵が混じる多国籍義勇軍に、連邦の党が政治将校を付けるのは、まさにこの発想だ。

敵から見た政治将校

政治将校は、敵からも特別な目で見られた。独ソ戦の開戦直前の1941年6月、ナチス・ドイツの軍は、捕らえたソ連軍の政治将校を捕虜として扱わず、その場で殺害するよう命じる指令を出している。いわゆる「コミッサール指令」で、明白な戦争犯罪だった。政治将校は、敵にとっても、ソ連という体制そのものの象徴だったのだ。

ミケルはなぜ収容所にいたのか

「ラーゲリ」という言葉

ミケルの公式紹介に出てくる「ラーゲリ」は、ロシア語で収容所を意味する言葉だ。日本では、シベリア抑留の記憶とともに知られている言葉でもある。抑留された日本人たちの体験は、シベリア抑留はなぜ起きたのかにまとめている。

ソ連では、体制にとって危険だと見なされた人々が、裁判とも言えない手続きで強制労働の収容所に送られた。軍人も例外ではなかった。

赤軍の大粛清

1937年から38年にかけて、スターリンは赤軍の指導部に大きな粛清を行った。軍だけでなく、社会全体で数多くの人々が犠牲になったこの時代のことは、独裁者の犠牲者ランキングでも触れている。赤軍の近代化を進めたトゥハチェフスキー元帥が反逆の罪を着せられて処刑され、当時5人いた元帥のうち3人が粛清で命を落とした。軍司令官や師団長クラスの将校も数多く逮捕され、処刑されたり、収容所に送られたりした。

原作の設定では、連邦では旧勢力の粛清が進められ、その中で魔導師も迫害されてきたとされる。軍の中で独自の力を持つ者、体制にとって扱いにくい専門家を疑い、遠ざける。この点で、連邦の魔導師の迫害は、赤軍の大粛清とよく重なる。

牢から呼び戻された将軍たち

そして、ミケルの経歴にいちばんよく似ているのが、粛清で投獄されたのちに、戦争のために呼び戻された将軍たちだ。

人物 投獄 復帰 その後
ロコソフスキー 1937年8月に逮捕、2年半ほど獄中に 1940年3月に釈放 独ソ戦で活躍し、ソ連邦元帥に
ゴルバトフ 1938年10月に逮捕、極東コルイマの収容所へ 1941年3月に釈放 第3軍司令官としてベルリンまで進撃
メレツコフ 独ソ戦の開戦翌日の1941年6月23日に逮捕 1941年9月に釈放 ソ連邦元帥。1945年には満洲で関東軍と戦う

ロコソフスキーは、獄中で暴力を伴う厳しい取り調べを受けたが、釈放されたのちに独ソ戦で最も優れた指揮官の一人と言われるまでになった。1944年に東部戦線のドイツ軍を崩壊させた大反攻でも、主力の一つを率いている。その戦いはバグラチオン作戦とはで詳しく書いた。ゴルバトフは、金鉱の強制労働に送られ、壊血病に苦しんだ末に軍へ戻った。いずれも、体制に疑われて牢に入れられ、戦争が始まると、その力を必要とされて呼び戻された人々だ。

ミケルの紹介文にある「祖国の為に、そして、生き延びるために、彼は、戦う。」という一文は、こうした将軍たちの姿と重なって読める。祖国のために戦うことと、疑われずに生き延びることが、同じ一つの行動になってしまう。それが、粛清を経験した軍人の現実だった。メレツコフが最後に戦った相手が日本の関東軍だったことも、日本人としては覚えておきたい。その戦いについてはソ連の対日侵攻と日本人被害でまとめている。

空の専門家を牢に入れた国

幼女戦記の魔導師は、空を飛ぶ兵士だ。その魔導師を迫害してきた連邦の姿は、史実のソ連の航空の歴史とも不思議なほど重なる。

雪の積もった鉄道輸送拠点と物資の集積。
雪の積もった鉄道輸送拠点と物資の集積。

ソ連は、すぐれた航空機の設計者を何人も牢に入れた。爆撃機の設計で知られるツポレフは1937年に逮捕され、刑務所の中に作られた設計局で働かされた。囚人のまま設計した爆撃機が戦争に使われ、ツポレフが釈放されたのは、独ソ戦が始まったあとの1941年7月だった。

一方で、空軍の指導者たちは、開戦の前後に逆の運命をたどった。空軍の総司令官を務めたルイチャゴフは、独ソ戦が始まった2日後の1941年6月24日に逮捕され、同じ年の10月、前任者のスムシケヴィチらとともに処刑されている。

空の専門家を疑って牢に入れ、戦争になると必要な者は出して働かせ、責任を問いたい者は処刑する。連邦が魔導師を迫害しながら、戦争のためにラーゲリから呼び戻すという設定は、このソ連の姿を魔導の世界に置き換えたものとして読むと、ぐっと現実味を帯びる。

迫害しながら、頼らざるを得ない

ここまで見てくると、リリーヤとミケルは、一つのコインの裏表だと分かる。

独裁的な体制は、軍の中で独自の力を持つ者を恐れる。だから、党の目である政治将校を置いて見張り、疑わしい者は牢に入れる。リリーヤは、その見張る側の人間だ。しかし戦争になると、体制は軍の専門家の力に頼らざるを得ない。だから、牢に入れた者を呼び戻す。ミケルは、その呼び戻された側の人間だ。

この特集の『幼女戦記の帝国はドイツがモデル?』で、秘密警察や収容所、政治将校といった全体主義の要素は、帝国ではなく連邦の側に描かれていると書いた。リリーヤとミケルは、その連邦の仕組みを、二人の人間の姿で見せてくれる存在なのだ。2期で二人がどんな関係になるのか、見張る者と見張られる者として見ていくと、場面の緊張感がまるで違って見える。

政治将校は今もいる

最後に、政治将校は昔話ではないことにも触れておく。

中国の人民解放軍には、今も各級の部隊に指揮官と並んで政治委員が置かれている。部隊を動かす軍人と、党の考えを守らせる政治委員の二本立てだ。人民解放軍の組織については中国人民解放軍の軍事力とはで整理した。ロシア軍も2018年に、軍の政治教育を担う組織を国防省に作り直し、政治担当の将校の役割を強めている。

指揮官の隣に党の目を置くという発想は、ソ連が生まれた時代から100年以上たった今も、形を変えて生き続けている。

幼女戦記と独ソ戦をもっと知るなら

2期はABEMAとdアニメストアが最速の配信先で、11月5日からはNetflixでの配信も始まる。配信の状況は時期によって変わるので、見る前に各サービスで確かめてほしい。リリーヤとミケルが出てくる場面は、今回の史実を頭に入れてから見ると、台詞の一つひとつの重みが変わる。

リリーヤのように、独ソ戦にはたくさんのソ連の女性兵士がいた。彼女たちの声を聞き書きでまとめたのが、ノーベル文学賞作家アレクシエーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』だ。

独ソ戦という戦争の全体像を一冊で知りたいなら、『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』がいい。2期の連邦軍の背景がよく分かる。

よくある質問

リリーヤは何者?

公式の紹介では、連邦軍中尉を兼ねる下級政治委員で、党から多国籍義勇軍に派遣された政治将校だ。愛想がよく柔らかな物腰だが、党の指示は断固として実行する。メアリー・スーとは、軍生活の相談に乗ったことで友人になる。

政治将校とは?

軍隊の中に置かれた、党や政治指導者の代理人だ。兵士の忠誠と士気を見張り、党の考えを教え、党に報告する。ソ連の赤軍では、時期によって指揮官の命令に口を出す権限まで持っていた。

政治将校と指揮官の違いは?

指揮官は、部隊を動かして敵に勝つ方法を決める。政治将校は、部隊が党と国家に忠実であり続けるように見張る。目的が違うため、二人の力関係がしばしば問題になった。

ミケルはなぜ収容所にいたの?

公式の紹介では、連邦では魔導師が迫害の対象だったためとされる。帝国との戦争で魔導師の必要性が認識され、収容所から現役に戻された。史実の赤軍でも、大粛清で投獄され、独ソ戦の前後に呼び戻された将軍が何人もいた。

ミケルのモデルは?

公式にモデルは示されていない。ただ、経歴はロコソフスキーやゴルバトフのように、粛清で投獄され、戦争のために呼び戻された赤軍の将軍たちとよく似ている。

まとめ|見張る者と、見張られてきた者

リリーヤは党から送り込まれた政治将校で、ミケルは収容所から呼び戻された魔導師だ。一人は見張る側、もう一人は疑われてきた側。二人は、連邦という国の仕組みを、表と裏から見せてくれる。

史実の赤軍は、軍を疑うときには政治将校の力を強め、戦争に勝つ必要に迫られると指揮官に任せた。そして、大粛清で牢に入れた将軍や技術者を、戦争が始まると呼び戻した。リリーヤとミケルの設定には、そのソ連の歴史が凝縮されている。

次は、2期で連邦の資源地帯を狙った帝国の大攻勢、アンドロメダ計画を、史実の独ソ戦と比べる。

最後まで読んでくれてありがとう。長い記事を書くときのお供は、だいたいこれだ。

出典・参考資料

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この記事を書いた人

軍研ノート編集部のアバター 軍研ノート編集部 自衛隊・兵器 / 戦史 / サバゲー

自衛隊で6年間勤務した編集長を中心に、自衛隊時代の仲間やサバゲーを通じた知人と記事を制作。経験と公開資料をもとに、装備の仕組みや歴史、その背景にある人々の工夫を掘り下げています。「かっこいい」から、その先の理解へ。編集長のプロフィール → 運営・編集方針

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