幼女戦記を見ていて、まず目を奪われたのが軍服だったという人は多いと思う。フィールドグレーの上着に、つばのある軍帽、肩の階級章。ターニャの小さな体に合わせた軍服は、それだけで作品の顔になっている。
では、あの軍服には元ネタがあるのか。結論から書くと、帝国軍の軍服は、第一次世界大戦が始まったころのドイツ、それもプロイセン軍の野戦服にかなり近い。しかも人物ごとに、どの兵科のどの軍服に近いかまで見分けられる。
この記事では、帝国軍を中心に、軍服、軍帽、ヘルメット、徽章と勲章を、史実の軍装と一つずつ照らし合わせる。ついでに、共和国や協商連合の軍服にも寄り道する。
先に断っておくと、アニメの制作側が軍服のモデルを公式に説明した資料は、私が調べた範囲では見つからなかった。この記事で人物ごとのモデルを挙げるときは、軍装に詳しいファンの比較を土台にしている。公式の設定ではなく「有力な見方」として読んでほしい。国の政治体制とモデルの話は『幼女戦記の帝国はドイツがモデル』に分けて書いた。ネタバレは1期の内容までで、物語の展開にはほとんど触れない。
- 帝国軍の軍服は、1910年にドイツ軍全体で採用されたフィールドグレーの野戦服(1910年型)に近い。戦争の途中で簡素になる前の、まだ飾りが残っていたころの形だ
- ターニャの上着はプロイセンの槍騎兵(ウーラン)の野戦服、ゼートゥーアは将官、レルゲンは参謀の野戦服に近いと指摘されている
- 軍帽は、つばの有無で将校と兵を見分けるのが史実のドイツ軍の基本。ヘルメットは、とがった革の兜か鋼鉄のヘルメットかで年代が分かる
- 共和国はフランス軍の青、協商連合はスウェーデン軍の灰色に近く、色で陣営が分かるように作られている
結論|帝国軍の軍服は「1910年ごろのプロイセン軍」
まず、人物ごとの比較を表にまとめる。2021年にX(旧Twitter)で、軍装に詳しいファンが作中と史実の軍服を並べた比較を投稿していて、まとめページにもなっている。表はそれをもとに、史実の資料と照らし合わせて整理したものだ。
面白いのは、どの国も「1910年前後」の軍服がモデルになっていることだ。帝国はドイツの1910年型、協商連合はスウェーデンの1910年型、共和国は少し遅れてフランスの1915年型。作中の時代は統一暦1923年から1926年ごろだが、見た目は第一次大戦の前半でそろえてある。
ただし、どれも史実の軍服をそのまま写したものではない。後で見るように、袖や襟の細かいところは史実と違っていて、アニメ独自に整えられている。モデルにした上で、作品の帝国らしく作り直した軍服だと考えるのがいい。
そもそも「1910年型の野戦服」とは
ドイツ軍がそれまでの色とりどりの軍服をやめ、くすんだ灰緑色のフィールドグレーにすると決めたのは1907年だ。1910年2月23日の命令で、このフィールドグレーの野戦服がドイツ軍全体の制服として定められた。1914年、ドイツ軍の兵士たちはこの軍服を着て第一次世界大戦に出ていった。
1910年型の野戦服は、色こそ地味になったものの、形は平時の礼装に近かった。プロイセン軍の上着は前に8つのボタンが並び、縁には兵科ごとの色の線が入り、袖口にも飾りがついていた。
ところが戦争が長引くと、こうした飾りは手間とお金ばかりかかるものになる。1915年の終わりからは、ボタンを布の下に隠し、袖口をただ折り返しただけの簡素な上着(1915年型)が配られ始め、1917年の半ばには前線の多くがこちらに替わった。
つまり帝国軍の軍服は、戦争が始まったころの、まだ飾りが残っていた野戦服の姿に近い。私はここに作り手の狙いを感じる。簡素な1915年型より、ボタンや袖の飾りが残った1910年型のほうが、人物の立場の違いを描き分けやすいし、何より見栄えがするからだ。
ターニャの上着はなぜ「槍騎兵」なのか
いちばん面白いのがターニャだ。ターニャの上着は、プロイセン陸軍の槍騎兵の野戦服に近いと指摘されている。

槍騎兵は、ドイツ語でウーラン(ウラン)と呼ばれる、槍を持った軽騎兵だ。もとはリトアニアの不正規騎兵にいたタタール人の部隊に始まり、名前もトルコ系の言葉で「若者」を意味する語から、ポーランド語を通じて広まったとされる。仕事は偵察、小競り合い、そして突撃だった。1914年のドイツ軍には26の槍騎兵連隊があった。
槍騎兵の上着は、ほかの兵科とひと目で違う。前にプラストロンと呼ばれる胸当てのような布があり、ボタンが2列に並ぶ。プロイセン軍では1853年から第一次大戦の終わりまで、この形の上着が槍騎兵の制服だった。先ほどの比較では、ターニャの上着の前の作りが、この槍騎兵の上着に通じるとされている。作品を見返すときは、ターニャの胸元のボタンの並びに注目してみてほしい。
では、なぜ航空魔導師のターニャに、騎兵の軍服を着せたのか。ここからは私の見立てになる。
史実の第一次大戦では、騎兵は戦場の主役の座を失った。西部戦線の槍騎兵は、開戦から数週間で馬を降りて塹壕に入るか、まだ馬が使える東部戦線に回された。機関銃と塹壕の前では、馬で偵察し突撃することができなくなったからだ。その騎兵の仕事のうち、偵察を引き継いだのが飛行機だった。
幼女戦記の世界では、その役目を航空魔導師が担っている。1期2話で、9歳のターニャが最初にやっていた仕事は、空から砲兵の弾着を見る観測だった。素早く駆けつけて敵の後ろを叩き、空から敵を見張る。航空魔導師は、まさに「空の騎兵」だ。槍騎兵の上着は、その性格によく合っている。魔導師が戦場でどんな役割を持つのかは『幼女戦記は航空魔導師がいるのに、なぜ戦車や歩兵が必要なのか?』で詳しく比べた。
ゼートゥーアとレルゲン|袖と襟で分かる「偉い人」の軍服
ゼートゥーアは将官の野戦服、レルゲンは参謀の野戦服に近いとされる。ここで見てほしいのが袖口だ。
ドイツ軍の上着の袖口には、いくつかの形がある。代表的なのが、袖口に縦長の布がついてボタンが縦に並ぶ「ブランデンブルク袖」と、袖口の折り返しの上にボタンが横に並ぶ「スウェーデン袖」だ。どの形を使うかは、兵科や部隊によって決まっていた。
先ほどのファンの比較によると、作中の帝国の将官と参謀は、どちらもブランデンブルク袖になっている。しかし史実のプロイセン軍では、ブランデンブルク袖はおもに歩兵の形で、将官は簡略な袖、参謀はスウェーデン袖を使うのが普通だった(将官には例外もいた)。レルゲンの襟の飾り(リッツェンと呼ばれる帯状の飾り)の形も、史実のプロイセンの参謀とは少し違うという。
つまり、帝国の将官と参謀の軍服は、プロイセン軍をもとにしながら、袖や襟をあえて作品の中で統一している。史実を写すのではなく、帝国という架空の国の軍服として作り直した跡が見える部分だ。将軍たちの人物そのもののモデルについては『幼女戦記の将軍のモデルを検証』にまとめている。
軍帽|つばの有無で将校と兵を見分ける
次は帽子だ。第一次大戦までのドイツ軍では、つばのある軍帽はおもに将校のものだった。兵や下士官は、つばのない丸い帽子をかぶっていた。兵がつば付きの軍帽を支給されるようになったのは、帝国が倒れたあとの1919年からだ。

帽子の正面には、丸い記章(帽章)が上下に二つついていた。上がドイツ帝国全体を表す黒・白・赤の帽章、下がプロイセンやバイエルンなど、それぞれの王国や邦の色の帽章だ。ドイツ帝国が、いくつもの王国や邦が集まってできた国だったことが、帽子の正面にそのまま表れている。
作品を見るときは、つばの有無と、正面の記章に注目してほしい。帝国は架空の国なので、記章も作品独自のものになっている。帝国の記章をあしらったワッペンは、公式グッズとしても出ている。
ちなみに、帝国軍の軍装には、ナチス・ドイツの鉤十字のような党の記号は見当たらない。見た目を第一次大戦のドイツに寄せたのは、第二次大戦のドイツ軍を連想させすぎないための工夫でもあると私は思う。
ヘルメット|とがった兜か、鋼鉄のヘルメットか
ドイツ軍の頭の守りといえば、頭のてっぺんにスパイクのついた革の兜、ピッケルハウベを思い浮かべる人も多い。1914年の開戦時、ドイツ軍の兵士はこのピッケルハウベに灰色のカバーをかぶせて戦場に出た。
しかし革の兜は、砲弾の破片から頭を守れない。塹壕戦で頭のけがが多発すると、ドイツ軍は鋼鉄のヘルメットを作った。1916年型のシュタールヘルムだ。1916年の年明けに配備が決まり、2月にはヴェルダンの部隊に届いた。中世の兜にならって首の後ろまで覆う形で、これが行き渡ると、頭の重いけがは大きく減ったとされる。
この二つは、そのまま年代の目印になる。とがった革の兜なら戦争の初め、鍋のような鋼鉄のヘルメットなら1916年以降の塹壕戦の雰囲気だ。作中の兵士が何をかぶっているかを見ると、作り手がどの時代の空気を描こうとしているかが分かる。塹壕戦そのものについては『塹壕戦はなぜ終わらなかった?』で書いた。
徽章と勲章|銀翼突撃章と「ブルー・マックス」
徽章でいちばん有名なのは、ターニャの「銀翼突撃章」だろう。1期2話で、北方のノルデンでの戦いの功績により、9歳のターニャはこの勲章を受ける。めったに与えられない勲章で、ターニャの「白銀」という二つ名もここから来ている。
史実で似た立ち位置にあるのが、プロイセンの最高の戦功勲章プール・ル・メリットだ。第一次大戦では空の英雄に与えられたことで有名で、「ブルー・マックス」というあだ名がついた。1916年1月12日に、撃墜王のインメルマンとベルケが、飛行士として初めてこの勲章を受けている。最初は敵機を8機落とせば対象になったが、1917年の初めには16機から20機、戦争の終わりには30機ほどが目安になった。
銀翼突撃章がブルー・マックスをモデルにしたとまでは言えない。ただ、空で戦う者に特別な勲章が与えられ、その勲章がそのまま英雄の名前になるという点は、第一次大戦の空の文化によく似ている。第一次大戦の空の英雄たちは『第一次世界大戦エースパイロットランキング』で紹介している。
階級を示すのは、肩の階級章だ。ターニャたちの階級が上がるたびに、肩の階級章も変わっていく。帝国軍の階級の仕組みは『幼女戦記の階級一覧』で整理した。
ほかの国の軍服|色で陣営が分かる
帝国の敵国の軍服も、モデルを知ると面白い。

共和国のビアントの軍服は、フランス軍の「オリゾンブルー」と呼ばれる青灰色の軍服に近いとされる。フランス軍は1914年の開戦時、青い上着に赤いズボンという目立つ軍服で戦場に出た。この組み合わせは1828年から続く伝統だった。目立たない色への変更は、戦争の前から議論されていたが、世論の反対もあってなかなか進まなかった。開戦直後の1914年8月17日にようやく新しい青灰色の生地が正式に決まり、9月の終わりから前線に届き始めた。「オリゾンブルー」、つまり地平線の青という呼び名が新聞などで広まったのは1915年だ。この色は、1921年にカーキ色への切り替えが決まるまで使われた。
協商連合のアンソン・スーの軍服は、スウェーデン陸軍の1910年型に近いとされる。スウェーデン軍はこの年、灰色の軍服を全軍の制服に定めた。折り返した立ち襟、前に6つのボタン、胸と腰に二つずつのポケット、袖の下のほうに上向きの青い山形の飾りがつく形で、古い年代の兵には第二次大戦のころまで使われ続けた。
こうして並べると、帝国はフィールドグレー、共和国は青、協商連合は灰色と、色で陣営が分かるようになっている。アニメでは、敵味方が入り乱れる空中戦でも、見た目でどの国の兵か分かる必要がある。史実の各国の色の違いが、そのまま作品の見やすさにもつながっているわけだ。
日本の軍服との意外なつながり
大日本帝国の軍服が好きな人にも、一つ面白い話がある。明治の日本陸軍は、最初は軍制も軍服もフランス軍にならっていた。それが明治19年(1886年)の改正のころから、ドイツ陸軍にならうようになる。ちょうどドイツからメッケル少佐が招かれ、陸軍大学校で教えていた時期だ。
つまり、幼女戦記の帝国軍がモデルにしたプロイセン軍は、明治の日本陸軍が手本にした軍隊でもある。帝国軍の参謀本部や軍服の雰囲気に、どこか明治の日本陸軍の写真と通じるものを感じるのは、私だけではないと思う。
見分けポイント早見表
作品を見返すときに使えるよう、軍服の見どころを表にまとめておく。
| 見る場所 | 見分け方 | 史実での意味 |
|---|---|---|
| 上着の前 | ボタンが2列で胸当てがある | 槍騎兵の上着 |
| 上着の前 | ボタンが1列で見えている | 1910年型の野戦服 |
| 上着の前 | ボタンが布の下に隠れている | 1915年型の簡素な上着 |
| 袖口 | 縦長の布にボタンが縦に並ぶ | ブランデンブルク袖 |
| 袖口 | 折り返しの上にボタンが横に並ぶ | スウェーデン袖 |
| 帽子 | つばがある/つばがない | 将校/兵や下士官 |
| 頭 | スパイクのついた革の兜 | 開戦初期 |
| 頭 | 首の後ろまで覆う鋼鉄のヘルメット | 1916年以降 |
| 色 | 灰緑色/青灰色/灰色 | ドイツ/フランス/スウェーデン |

幼女戦記の軍服をもっと楽しむなら
2期はABEMAとdアニメストアが最速の配信先で、11月5日からはNetflixでの配信も始まる。配信の状況は時期によって変わるので、見る前に各サービスで確かめてほしい。早見表を手元に置いて見返すと、人物が画面に出てくるたびに、袖や帽子に目が行くようになるはずだ。
軍服の細部をじっくり見たいなら、東條チカの漫画版もいい。止まった絵で、ボタンの並びや袖の形を好きなだけ眺められる。
帝国の記章のワッペンや、第二〇三魔導大隊をモチーフにしたワークシャツは、コスパから公式グッズとして出ている。販売状況は時期によって変わるので、アニメ公式サイトのグッズのページで確かめてほしい。
よくある質問
幼女戦記の軍服のモデルは?
帝国軍の軍服は、1910年にドイツ軍全体で採用されたフィールドグレーの野戦服、とくにプロイセン軍のものに近い。公式の説明はないが、人物ごとに槍騎兵、将官、参謀の野戦服に近いという比較がある。
ターニャの軍服は何がモデル?
プロイセン陸軍の槍騎兵の野戦服に近いとされる。前に胸当てのような布があり、ボタンが2列に並ぶのが槍騎兵の上着の特徴だ。
帝国軍の軍服はナチス・ドイツの軍服?
違う。見た目は第二次大戦のドイツ軍より、第一次大戦が始まったころのドイツ軍に近い。鉤十字のようなナチスの党の記号も見当たらない。
共和国の青い軍服は何?
フランス軍の「オリゾンブルー」と呼ばれる青灰色の軍服に近い。フランス軍は1914年に赤いズボンで開戦し、その後、目立たない青灰色の軍服に切り替えた。
帝国軍の帽子にはどんな意味がある?
史実のドイツ軍では、つばのある軍帽はおもに将校のもので、兵はつばのない帽子をかぶっていた。帽子の正面には、国全体と各王国の二つの帽章がついていた。
まとめ|帝国軍の軍服は「戦争が始まったころのプロイセン軍」
幼女戦記の帝国軍の軍服は、1910年にドイツ軍が採用したフィールドグレーの野戦服、それもプロイセン軍のものに近い。戦争の途中で簡素になる前の、ボタンや袖の飾りが残った姿だ。
人物ごとに見ると、ターニャは槍騎兵、ゼートゥーアは将官、レルゲンは参謀の軍服に近い。とくにターニャの槍騎兵の上着は、騎兵が失った「偵察と突撃」の役目を空で引き継いだ航空魔導師に、よく似合っている。一方で、袖や襟は史実と違うところがあり、帝国という架空の国に合わせて作り直されている。
共和国の青、協商連合の灰色と並べると、作品の国々が第一次大戦の各国の軍服をもとに描き分けられているのも分かる。次に作品を見るときは、ぜひ袖口と帽子に目を向けてみてほしい。
次は、2期の最終回に向けたゼートゥーアとルーデルドルフの判断を考察する。
最後まで読んでくれてありがとう。長い記事を書くときのお供は、だいたいこれだ。







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