流星改(B7A2)とは|性能・雷撃・急降下爆撃を一機で担った艦上攻撃機

夕暮れの飛行場を離陸する愛知B7A2流星改
夕暮れの飛行場を離陸する愛知B7A2流星改
雷撃と急降下爆撃の二役を一機へ統合した愛知B7A2流星改

流星改(B7A2)は、雷撃と急降下爆撃を一機に統合した高性能な艦上攻撃機だが、実戦化が遅く空母から戦う機会を失った機体である。

この記事では、「最後の高性能機」だから傑作だったのではなく、二つの攻撃任務を統合する難題が戦争末期にようやく一機へ結晶した、という筋で流星改を読む。

流星改の要点
目次

流星改B7A2とは何か|先に要点

流星改B7A2とは何か|先に要点

流星は、愛知航空機が日本海軍向けに開発した複座の艦上攻撃機である。機種略号はB7A、量産型として知られるB7A2は中島「誉」一二型発動機を搭載し、連合国側ではGrace(グレース)と呼ばれた。雷撃用の魚雷と急降下爆撃用の爆弾を選んで搭載でき、従来は別々の機種が担った二つの攻撃方法を一機種へまとめようとした点が最大の特徴である。

スミソニアン国立航空宇宙博物館は、B7A2を第二次世界大戦中に飛行した日本の艦上攻撃機で最大・最重量の機体と説明している。同館所蔵機の外翼は折り畳み式で、胴体中央付近に逆ガル形状の主翼を持ち、単発機ながら大きな3.5メートル級プロペラと魚雷の地上高を両立させた。airandspace.si.edu

しかし、優れた要求性能と大きな搭載力が、そのまま戦場での成果になったわけではない。試作から量産までに時間を要し、配備時には日本の空母航空戦力が大きく損耗していた。生産数も限られ、実戦では陸上基地から使われた。したがって流星改の歴史は、「完成度の高い機体が遅れて登場した」物語というより、兵器・搭乗員・空母・燃料・整備を同じ時期にそろえる難しさを示す物語である。

私は流星改を、単純な“日本海軍最強艦攻”ではなく、艦攻と艦爆を統合すれば運用が軽くなるという期待と、統合した分だけ機体が重く複雑になる現実が衝突した機体と評価する。この矛盾を押さえると、性能表と実戦の落差が理解しやすい。

この論点を広く比較するなら、「第二次世界大戦・日本の戦闘機一覧|旧日本軍の全機体を海軍・陸軍・試作機まで完全網羅【保存版】」もあわせて確認したい。

「流星」と「流星改」の違い|名称は慎重に扱う

「流星」と「流星改」の違い|名称は慎重に扱う

検索ではB7A2を「流星改」と呼ぶ例が多い。一方、スミソニアンの所蔵品名は“Aichi B7A2 Ryusei”であり、B7A2そのものをRyuseiとして扱う。防衛研究所の史料目録にも、1941〜1943年の一次資料として「流星(B7A1)製作に関する資料」が登録されている。防衛研究所・戦史史料目録

本稿では読者が探している語に合わせて「流星改(B7A2)」と表記するが、「改」が紫電改のように必ず独立した制式名称だった、とまでは断定しない。B7A1は試作段階、B7A2は発動機などを改めた量産型という区別を示す実用上の呼称として理解するのが安全である。

この注意は細かな言葉遊びではない。兵器名は、試製名称、制式名称、型式、機種略号、連合国コードネーム、戦後の通称が混ざりやすい。「流星改」と検索した読者へB7A2を説明しつつ、当時資料で「流星」と記される可能性を残すことで、史料を探す入口が広がる。

なぜ雷撃機と急降下爆撃機を一つにしたのか

なぜ雷撃機と急降下爆撃機を一つにしたのか

海軍航空隊の対艦攻撃には、低空から魚雷を投下する雷撃と、高度を取って急降下し爆弾を投下する急降下爆撃があった。必要な飛行特性と装備は大きく異なる。雷撃機は重い魚雷を胴体下へ抱え、海面近くで安定して進入する。急降下爆撃機は降下時の高い速度と荷重に耐え、照準後に安全に引き起こす構造が要る。

別々の機体をそろえれば、それぞれの任務へ最適化できる。ただし空母側には、機種ごとの予備部品、整備教育、搭乗員教育、甲板運用を抱える負担が生じる。一機種が両方を担えれば、任務に応じて搭載兵器を変え、航空隊編成を柔軟にできる可能性がある。

スミソニアンの解説によれば、海軍が1941年に示した要求は、最終的に中島B6N天山と空技廠D4Y彗星という二つの系統を置き換える新攻撃機を目指すものだった。要求には、爆弾倉内の250kg爆弾2発または60kg爆弾6発、胴体下の800kg魚雷1本、翼内20mm機銃2門、後席の13mm機銃、最高速度570km/h、最大航続距離3,220km、零戦に匹敵する運動性が含まれた。スミソニアン所蔵機解説

これは欲張りな要求である。大搭載量、長距離、高速、強い固定武装、複座、艦上運用、急降下強度を一つの機体へ詰め込むと、重量は増える。重量を支えるには強力な発動機と大きな翼が必要になり、その結果、空母の格納庫や昇降機、着艦速度、甲板取扱いへの要求も厳しくなる。

私見では、流星改の魅力は「一機で何でもできた」点ではなく、何でもできる一機を作ると、機体だけでは解決できない条件が外側へ押し出される点にある。空母、発動機工場、整備員、燃料品質までが、新型機の一部になるのである。

この論点を広く比較するなら、「大日本帝国海軍の主要海戦一覧|真珠湾から坊ノ岬まで、戦果と損害で読む3年8ヶ月」もあわせて確認したい。

雷撃と急降下爆撃を流星改一機へ統合する任務構成図
魚雷攻撃と急降下爆撃は同じ機体で選択できても、兵装と訓練は別に必要だった

開発の経緯|1941年の要求が量産へ届くまで

開発の経緯|1941年の要求が量産へ届くまで

愛知の設計陣は、尾崎紀男技師を中心に新型機をまとめた。スミソニアンによれば、最初の試作機は1942年5月に完成した。しかし、発動機の問題を含む困難により量産開始は1944年4月まで遅れ、その時点で改良型の誉一二型を使うB7A2へ移った。

開発の遅れを機体設計者の失敗だけで説明するのは公平ではない。誉は小さな前面面積から大出力を得る高性能発動機として期待されたが、新しい発動機と新しい機体を同時に成熟させる必要があった。さらに、戦時下では試験機、熟練工、工作機械、材料、燃料を安定して確保しにくくなる。要求が高いほど、どこか一つの遅れが全体へ波及する。

防衛研究所の目録には、愛知側が作成した「流星(B7A1)製作に関する資料」が二群残る。目録だけでは中身の全数値を確認できないが、少なくとも1941〜1943年に製作資料が蓄積されたことは分かる。博物館の完成機だけでなく、こうした図面・製造文書の存在が、試作から量産へ進む過程を裏付ける。

流星改の逆ガル翼は、見た目の個性として語られやすい。しかし私には、あの翼の折れ目が、雷撃と急降下爆撃を一機へ押し込んだ要求の折れ目に見える。美しい線の内側に、地上高、脚の長さ、強度、重量という妥協が折り畳まれているからだ。

1941年の要求から1944年のB7A2量産までを示す開発工程図
高い統合要求と新発動機の成熟により、試作から量産まで長い時間を要した

逆ガル翼の理由|魚雷・大径プロペラ・脚を両立する

逆ガル翼の理由|魚雷・大径プロペラ・脚を両立する

流星改の主翼は、胴体からいったん下がり、途中から上反角をつけて上がる逆ガル形状を持つ。スミソニアンは、胴体中央付近の翼配置とこの折れ曲がりが、胴体下へ搭載する魚雷と直径約3.5メートルのプロペラに必要な地上高を確保するためだったと説明する。

通常の直線的な低翼で同じ地上高を得ようとすると、主脚を長くする必要がある。長い脚は重くなり、着艦時の衝撃や横荷重に耐える構造が難しく、格納にも場所を取る。翼の付け根を下げて脚を短くし、外翼を持ち上げる設計は、単なる意匠ではなく艦上機の収納と強度を含む回答だった。

爆弾倉と魚雷搭載

爆弾は胴体内へ収められるため、爆撃任務では空気抵抗を減らせる。一方、800kg魚雷は胴体下へ吊るす。兵装を選ぶことで雷撃と急降下爆撃を切り替えられるが、同時に両方を最大装備する機体ではない。「万能」は、任務ごとに構成を変えられるという意味である。

二人乗りの役割

操縦員の後ろに偵察・通信・防御射撃を担う乗員が乗る。高速で敵艦へ進入しながら、航法、見張り、無線、後方警戒を分担するためである。二人乗りは重量を増すが、洋上で目標を探し、艦隊へ戻る任務では情報処理の余裕を生む。

艦上機としての折り畳み

外翼を折り畳める構造は、格納庫内の占有幅を縮める。一方、ヒンジ、ロック、配管、操縦索には追加の重量と整備点検が生じる。大きな機体を空母へ収める工夫は、格納できることと、短時間で安全に展開できることの両方を求めた。

流星改の逆ガル翼が魚雷と大径プロペラの地上高を確保する断面図
逆ガル翼は短い主脚で魚雷と約3.5メートル級プロペラの地上高を確保した

流星改の性能|実測寸法と海軍要求を分けて読む

流星改の性能|実測寸法と海軍要求を分けて読む

流星改の数値は、試作要求、計画値、量産機の公称値、保存機の実測値が混ざりやすい。ここではスミソニアンの所蔵品情報と同館が示す海軍要求を分けて整理する。

項目数値・内容資料上の位置づけ
全長約11.5mスミソニアン所蔵機の寸法
翼幅約14.4m同上。外翼折り畳み式
全高約4.1m同上
所蔵機重量約3,810kg保存状態の物理記録で、戦闘時全備重量ではない
発動機中島「誉」一二型B7A2の搭載発動機
最高速度570km/h1941年の海軍要求値
最大航続距離3,220km同要求値。戦闘行動半径とは異なる
爆装250kg×2または60kg×6爆弾倉に対する要求
雷装800kg魚雷×1胴体下搭載の要求
固定武装翼内20mm機銃×2海軍要求
後方武装13mm旋回機銃×1海軍要求

保存機の3,810kgを「自重」や「全備重量」と決めつけないことが重要である。博物館の寸法欄は所蔵物の現状記録であり、欠品や保存状態を含む可能性がある。また、570km/hと3,220kmは海軍が設計側へ求めた数値で、量産機があらゆる搭載・高度・気象条件で実現した保証値ではない。

誉一二型について、スミソニアンの発動機所蔵資料は、同型がB7A2を駆動した18気筒複列星型発動機であることを確認している。Smithsonian「Nakajima Homare Model 12」 大径プロペラと組み合わせることで重い機体へ推力を与えたが、高出力発動機は製造精度、冷却、潤滑、燃料、整備の影響を強く受ける。

性能表からは、流星改が高速・長距離・重武装・大搭載を同時に狙ったことが分かる。しかし、性能表には発動機交換にかかる時間も、着艦訓練に必要な燃料も、空母の昇降機へ載せる手順も書かれていない。私は、流星改の性能を高く評価しつつ、数値の外側にある運用コストまで含めて読むべきだと考える。

流星改の爆弾倉・魚雷・翼内機銃の配置図
爆弾は胴体内、800kg魚雷は胴体下へ搭載する要求だった

雷撃と急降下爆撃|同じ機体でも別の戦い方

雷撃と急降下爆撃|同じ機体でも別の戦い方

雷撃

雷撃では魚雷を胴体下へ搭載し、海面近くへ降り、敵艦の進路と速度を読んで投下する。投下後に魚雷が安定して走る高度・速度へ合わせる必要があり、攻撃機は対空砲火が集中する低空へ長く留まりやすい。高速性能は進入と離脱を助けるが、魚雷の投下条件を無視できるわけではない。

急降下爆撃

急降下爆撃では高度から目標へ機首を向け、照準後に爆弾を投下し、高い荷重をかけて引き起こす。機体構造、操縦性、降下速度の管理が重要になる。爆弾を胴体内へ収められる流星は巡航時の抵抗を抑えられる一方、爆弾倉扉や投下機構が確実に動かなければならない。

統合しても搭乗員教育は一つにならない

機体を共通化できても、雷撃と急降下爆撃の技能まで自動的に共通化できるわけではない。接敵高度、隊形、照準、回避、投下判断が異なる。搭乗員が両方を高水準で身につけるには、訓練時間と燃料が要る。戦争末期の日本で最も不足したものの一つが、この反復訓練の余裕だった。

ここが「一機二役」の落とし穴である。整備側には機種統合の利点があり得るが、運用側では任務別の兵装、教範、訓練、指揮が残る。流星改は二役を選べる機体であって、一度の出撃で二役を同時に完遂する万能機ではない。

天山・彗星との違い|役割統合が流星改の個性

天山・彗星との違い|役割統合が流星改の個性

天山は雷撃を主眼に置く艦上攻撃機、彗星は急降下爆撃を主眼に置く艦上爆撃機である。流星改は、その二系列を一機種で置き換える方向を目指した。ここでは各型の細かな速度や武装比較へ踏み込まず、設計思想の違いに絞る。

機体主な設計上の中心流星改との関係
天山魚雷を運び低空から雷撃する流星改が継承しようとした雷撃任務
彗星高速で進出し急降下爆撃する流星改が統合しようとした爆撃任務
流星改雷撃・急降下爆撃を兵装選択で担う機種統合と高性能を同時に狙う

流星改の利点は、航空隊が同じ基本機体から雷撃隊と爆撃隊を編成できる可能性にある。欠点は、一方の任務だけに最適化した機体より大きく重くなり、強力な発動機と大型空母を求めることだ。統合は機数表を簡単にしても、要求性能を簡単にはしない。

また、天山と彗星がすでに部隊で使われている時期に新型機へ切り替えるには、補用品、整備教育、搭乗員の転換訓練が必要になる。新型機が少数届いただけでは、航空隊全体の能力はすぐ上がらない。旧型と新型を併用する移行期は、むしろ補給を複雑にする。

このため「流星改がもっと早ければ天山と彗星は不要だった」という仮定は慎重に扱うべきだ。要求を満たす発動機と機体が早期に成熟したか、空母側が運用できたか、搭乗員を養成できたかという複数の条件を同時に仮定しなければならないからである。

量産の遅れと空母の喪失|機体の外で起きた問題

スミソニアンの整理では、試作機完成は1942年5月、量産開始は1944年4月である。愛知の工場と大村の海軍航空廠に生産線が設けられたが、生産は大規模にならず、試作9機を含む愛知側と海軍航空廠分を合わせ、引き渡しは計105機にとどまったとされる。主要工場も地震被害と戦時の混乱を受け、1945年には生産継続が困難になった。

その間に、空母航空戦の条件は大きく変わった。マリアナ沖海戦とレイテ沖海戦を経て、日本側の空母、艦載機、熟練搭乗員は深刻な損耗を受けた。流星改を海上で運ぶ器だけでなく、護衛する戦闘機、索敵情報、着艦を支える甲板員、反復訓練の燃料まで不足した。

大型艦上機を運用できる空母の候補については資料ごとに説明が異なり、未実施の搭載計画を確定事項として語るべきではない。確実に言えるのは、量産されたB7A2が実戦で空母から継続運用されず、陸上基地へ回ったことである。装甲空母大鳳の設計と最期を知ると、流星改が必要とした「空母側の条件」が見えやすい。

この論点を広く比較するなら、「装甲空母大鳳とは|装甲甲板・沈没原因・最後を解説」もあわせて確認したい。

空母航空戦力が失われた経緯は、個々の艦の性能だけでは説明できない。マリアナ沖海戦では搭乗員・航空機の大量損耗が、レイテ沖海戦では残存空母の囮運用を含む作戦の変質が進んだ。流星改が完成した時期を理解する背景として、これらの戦いを時系列で確認する必要がある。

この論点を広く比較するなら、「マリアナ沖海戦(フィリピン海海戦)|1944年6月19〜20日の戦力・損害・敗因」もあわせて確認したい。

この論点を広く比較するなら、「レイテ沖海戦とは|1944年10月23〜26日の4海戦・戦力・損害・敗因」もあわせて確認したい。

ここで重要なのは、「あと一年早ければ」という物語へ逃げないことだ。一年前には機体と発動機が未成熟であり、早期量産を急げば故障や事故が増えた可能性もある。遅れは結果として致命的だったが、カレンダーだけを前へ動かせば解決する問題ではなかった。

空母ではなく陸上基地に並ぶ少数のB7A2流星改
量産時には空母航空戦力が損耗し、流星改は陸上基地から運用された

流星改の実戦|陸上基地から迎えた終戦

スミソニアンは、空母の海上基地を失ったB7A2が陸上基地から飛び、戦争末期には特別攻撃にも投入されたと説明する。ここでは「高性能を実戦で十分発揮した」とも「まったく役立たなかった」とも単純化できない。少数機が断片的に投入され、航空優勢を失った状況で迎撃と対空砲火を突破しなければならなかったからだ。

米海軍歴史遺産司令部のH-Gram 051は、1945年8月9日13時45分、木更津飛行場からB7A Grace 5機が米空母機動部隊TF38を攻撃するため発進したと記す。そのうち1機は14時54分にレーダーピケット群へ到達したとされる。NHHC「The Last Sacrifices」

同日、米空母ワスプ付近で撃墜される日本機を撮影した公式写真が残り、原注は機体をGrace(Aichi B7A2)と識別している。NHHC所蔵写真80-G-455702 写真の識別には原注という留保があるものの、終戦直前までB7Aが出撃した状況を示す一次資料である。

この出撃が行われた日は、長崎へ原子爆弾が投下された日でもある。戦局の帰趨はすでに機体一種で変えられる段階ではなかった。それでも搭乗員は命令を受け、帰還の見込みが乏しい任務へ向かった。機体の速度や爆装を語る際、彼らを性能試験の数字へ還元してはならない。

同時に、攻撃目標となった艦艇の乗員も、終戦間際まで航空攻撃で死傷する危険にさらされた。私は、流星改の実戦を「最後の傑作機の見せ場」と演出するより、完成時期を失った兵器が人間へ最後の負担を集中させた場面として受け止める。戦没者への敬意は、勇敢さを称えるだけでなく、なぜそこまで戦闘が続いたかを問い直すことにある。

1945年8月9日に木更津から米空母機動部隊へ向かったB7Aの航路図
終戦直前の8月9日にもB7Aは木更津から米空母機動部隊へ出撃した

流星改はなぜ傑作と呼ばれるのか|性能と戦果を分ける

流星改が高く評価される理由は明確である。大きな兵装搭載、雷撃と急降下爆撃の選択、高速要求、強い前方武装、長い航続要求、折り畳み翼を一機へまとめた。逆ガル翼を含む外形も合理性と美しさを併せ持ち、保存機という物証もある。

しかし「傑作」は少なくとも三つに分けるべきだ。

1. 設計上の傑作:矛盾する要求を飛行可能な形へまとめた。 2. 量産兵器としての傑作:安定して多数を作り、部隊で維持できたか。 3. 作戦システムとしての傑作:搭乗員、空母、護衛、情報と組み合わせ、継続して戦果を生めたか。

流星改は一つ目で非常に高く評価できる。二つ目は生産数と発動機・工場の問題から限定的で、三つ目は登場時期と空母戦力の喪失により実証されなかった。これは機体を貶める評価ではない。むしろ「設計が良ければ兵器として成功する」という思い込みを解く評価である。

私の結論は、流星改完成した機体としては傑作候補だが、完成した航空戦システムではなかった、である。最後だから高性能だったのではない。雷撃機と急降下爆撃機を統合する要求を解くまで時間がかかり、その間に解答を受け取る空母部隊が失われたのである。

唯一の現存機と模型|何を観察すればよいか

スミソニアンのB7A2は、世界で唯一残る例と考えられている。米海軍が日本本土で回収して米国へ送り、1963年にスミソニアンへ移管した。現在は展示されず保管中で、個体の実戦履歴は不明である。確認できない部隊歴を特定機の塗装や物語へ結びつけないことが重要だ。

現存機は、同じ愛知製のM6A1晴嵐を修復する際、構造の確認や部品複製の参考にも使われた。図面が不足する場合、実物のリベット間隔、板金の重なり、操作機構、部品形状が一次資料になる。保存機は単なる展示物ではなく、失われた製造知識を保持する立体史料である。

模型を見る・作る際は、次の点に注目すると流星改の設計思想が分かる。

  • 逆ガル翼の折れ位置と主脚の長さ
  • 胴体下の魚雷とプロペラ先端の地上高
  • 爆弾倉扉と魚雷懸吊部の違い
  • 外翼折り畳み部のヒンジとロック
  • 前席・後席の視界と役割分担
  • 大型機でありながら細くまとめた胴体形状

塗装例を選ぶ場合は、部隊・時期・機番号が裏付けられた資料に従うべきだ。唯一の現存機にも運用履歴不明という限界があるため、「この塗装が唯一の正解」と断言しない。模型は完成品の格好よさだけでなく、統合要求が機体各部へどう現れたかを手元で検証する教材になる。

よくある質問

流星改は艦上攻撃機か艦上爆撃機か

日本海軍の区分では艦上攻撃機で、魚雷攻撃と爆撃の双方を担う設計だった。急降下爆撃ができるため艦爆的な能力も持つが、機種略号B7AのBは海軍の艦上攻撃機系統を示す。

流星改と天山の違いは何か

天山は雷撃を中心とする艦上攻撃機で、<span class="swl-marker mark_yellow">流星改</span>は雷撃に加えて急降下爆撃任務の統合を狙った。細かな型式比較より、この一機二役の設計要求が最大の違いである。

最高速度570km/hは実測値か

本稿で示した570km/hは、スミソニアンが紹介する1941年の海軍要求値である。保存機のあらゆる搭載条件で確認した実測保証値ではないため、「常に570km/h出た」とは扱わない。

流星改は空母から実戦出撃したのか

確認した公的・博物館資料では、量産B7A2は実戦で陸上基地から運用された。将来の搭載候補や試験計画を、実際の空母戦闘出撃と混同してはならない。

現存機は見学できるのか

スミソニアン国立航空宇宙博物館の所蔵だが、同館ページでは展示されず保管中とされる。公開状況は変わり得るため、訪問前に公式所蔵品ページを確認する必要がある。

まとめ|流星改は二役統合の解答が遅れて届いた機体

流星改B7A2は、雷撃と急降下爆撃を一機へ統合し、高速、長距離、重武装、大搭載を同時に狙った艦上攻撃機である。逆ガル翼は装飾ではなく、大径プロペラ、魚雷、短い主脚、艦上運用を両立するための設計回答だった。

一方、1941年の要求から量産開始までには長い時間がかかり、機体が届いたころには日本の空母航空戦力が大きく損耗していた。量産数は限られ、陸上基地から実戦へ出て、終戦直前の特別攻撃にも使われた。設計上の完成度と作戦上の成功を同じ言葉で測ることはできない。

流星改は「最後だから高性能」だったのではない。雷撃機と急降下爆撃機を統合する難しい要求が、戦争末期にようやく一機へ結晶したのである。その美しい翼を見るときは、設計者の解答だけでなく、その解答を十分に運用できなかった生産・訓練・空母戦力の断絶、そして最後の出撃で失われた搭乗員と攻撃を受けた側の犠牲まで見つめたい。

主な参考資料

  • <a href="https://airandspace.si.edu/collection-objects/aichi-b7a2-ryusei-shooting-star-grace/nasm_A19630360000">airandspace.si.edu</a>
  • <a href="https://www.nids.mod.go.jp/military_archives/pdf/catalog/n3.pdf">防衛研究所「戦史史料目録」</a>
  • <a href="https://www.si.edu/es/object/nakajima-homare-nk9c-ha45-12-model-12-2-row-radial-18-engine%3Anasm_A19600340004">Smithsonian「Nakajima Homare Model 12」</a>
  • <a href="https://www.history.navy.mil/content/history/nhhc/about-us/leadership/director/directors-corner/h-grams/h-gram-051/h-051-1.html">history.navy.mil</a>
  • <a href="https://www.history.navy.mil/our-collections/photography/numerical-list-of-images/nara-series/80-g/80-G-450000/80-G-455702.html">NHHC所蔵写真80-G-455702</a>

参考資料・主な出典

airandspace.si.edu|資料を確認

防衛研究所・戦史史料目録|資料を確認

Smithsonian「Nakajima Homare Model 12」|資料を確認

NHHC「The Last Sacrifices」|資料を確認

NHHC所蔵写真80-G-455702|資料を確認

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