
彗星(D4Y)は、日本海軍が速度を優先して開発した複座の艦上爆撃機です。液冷発動機で得た細身の機体を、空冷化、偵察、夜間戦闘、特別攻撃へ展開しました。彗星ほど「速ければ生き残れる」という設計思想と、戦局が要求した多用途化の矛盾を一機で背負った日本海軍機は少ない――これが本記事を貫く見方です。
彗星(D4Y)はどんな艦上爆撃機だったのか
- 正体:複座の高速艦上爆撃機。偵察型、夜間戦闘機型、空冷型、特別攻撃向け型も存在
- 強み:従来機を大きく上回る速度、比較的長い航続力、抵抗を抑えた外形
- 弱み:液冷発動機の生産・整備難、防弾不足、開発遅延、戦争後半の搭乗員不足
- 結論:優れた機体性能を持ちながら、運用システム全体の劣化に制約された航空機
彗星は、海軍航空技術廠が設計し、主として愛知航空機が生産した高速の艦上爆撃機です。海軍での名称は「艦上爆撃機 彗星」、連合軍の報告名は「Judy」。D4Yという記号は、海軍機の識別体系で機種と設計順、設計主体を表す略号です。
- 彗星D4Yは、液冷発動機と細身の機体で高速を追求し、空冷化、偵察、夜間戦闘、特別攻撃へ用途を広げた日本海軍の複座艦上爆撃機です
- 彗星D4Yの性能、液冷型と空冷型の違い、偵察・夜間戦闘・実戦・特別攻撃への用途拡大を一記事で理解したい
- 正体:複座の高速艦上爆撃機。偵察型、夜間戦闘機型、空冷型、特別攻撃向け型も存在
- 1930年代後半、艦上爆撃機には相反する要求がありました
見た目でまず分かるのは、液冷型の細い機首、主翼内側の急降下制動板、縦列複座、胴体内の爆弾倉です。九九式艦上爆撃機の固定脚とは対照的に、彗星は引込脚を採用しました。狙ったのは、爆弾を積んだまま敵戦闘機に追いつかれにくく、遠距離を飛び、必要なら偵察にも使える高速機です。
米海軍歴史遺産司令部(NHHC)は1944年時点の彗星を、300ノット弱で飛ぶ高速・高高度の艦上攻撃機と説明しています。単純換算ならおよそ時速550キロ台であり、少なくとも従来の九九艦爆とは速度の世界が違いました。一方で、速い機体を手に入れただけでは部隊の強さになりません。発動機を安定して供給し、空母で発着艦させ、訓練済み搭乗員と整備員を揃えて初めて戦力になります。私は、彗星の評価では最高速度よりも、この「機体の速さを部隊の速さへ変換できたか」を見るべきだと考えます。
- 正体:複座の高速艦上爆撃機。偵察型、<span class="swl-marker mark_green">夜間戦闘機型</span>、<span class="swl-marker mark_orange">空冷型</span>、特別攻撃向け型も存在
- 強み:従来機を大きく上回る速度、比較的長い航続力、抵抗を抑えた外形
- 弱み:<span class="swl-marker mark_green">液冷発動機</span>の生産・整備難、防弾不足、開発遅延、戦争後半の搭乗員不足
- 結論:優れた機体性能を持ちながら、運用システム全体の劣化に制約された航空機
日本軍航空機を一覧の中で位置づけたい場合は、次の記事も参照してください。
この論点を広く比較するなら、「第二次世界大戦・日本の戦闘機一覧|旧日本軍の全機体を海軍・陸軍・試作機まで完全網羅【保存版】」もあわせて確認したい。

開発思想|なぜ日本海軍は液冷の高速機を求めたのか
- 1930年代後半、艦上爆撃機には相反する要求がありました
- 急降下中の荷重に耐える頑丈さ、空母の狭い甲板で扱える低速性能、爆弾搭載量、航続力、そして敵戦闘機から逃げ切る速度です
- 頑丈さと低速安定性を優先すれば機体は重くなり、速度は落ちます
- そこで海軍航空技術廠は、空気抵抗の小さい機体と高出力の液冷発動機を組み合わせ、速度で防御を補う方向へ踏み込みました
1930年代後半、艦上爆撃機には相反する要求がありました。急降下中の荷重に耐える頑丈さ、空母の狭い甲板で扱える低速性能、爆弾搭載量、航続力、そして敵戦闘機から逃げ切る速度です。頑丈さと低速安定性を優先すれば機体は重くなり、速度は落ちます。そこで海軍航空技術廠は、空気抵抗の小さい機体と高出力の液冷発動機を組み合わせ、速度で防御を補う方向へ踏み込みました。
その背景には、ドイツのダイムラー・ベンツDB 601系技術の導入があります。愛知が国産化した「アツタ」は倒立V型12気筒の液冷発動機で、前面投影面積を小さくできるため、細い機首を作るのに向いていました。スミソニアン国立航空宇宙博物館が所蔵するアツタ三二型の解説によると、同型は彗星一二型系列などに使われ、出力は1,400馬力、排気量33.9リットル、乾燥重量は715キロとされています。また同館は、アツタ二〇・三〇系列を日本海軍航空隊が実戦使用した唯一の液冷発動機系列と説明しています(Smithsonian National Air and Space Museum)。
液冷は「日本には不向きだった」の一言で片づけられがちですが、それでは設計者が得ようとした利益を見落とします。細い機首は最高速度だけでなく、前方視界、加速、燃費、航続力にも影響します。問題は原理ではなく、精密な部品、公差管理、冷却系統、現場整備まで含む生産基盤でした。空冷発動機より配管や冷却器が複雑で、一発の被弾や小さな漏れが飛行継続を難しくすることもあります。
試作機は高い速度を示した一方、構造強度や急降下時の振動・フラッター対策に時間を要しました。そのため、彗星は当初から完成された「爆撃機」として一斉配備されたのではありません。高速と航続力を先に生かせる偵察用途が先行し、爆撃型の本格運用は遅れました。ここに彗星の一生を予告する構図があります。設計が先に到達し、量産と部隊運用が後から追いかけ続けたのです。
急降下爆撃の仕組み|速度だけでは命中しない
- 急降下爆撃は、目標へ向けて機首を下げ、比較的急な角度で接近し、低い高度で爆弾を投下して引き起こす攻撃法です
- 水平爆撃より目標の見かけの動きを抑えやすく、艦艇のような小さく動く目標に照準を合わせやすい反面、機体と搭乗員に大きな荷重がかかります
- 彗星の主翼には、急降下中の加速を抑える制動板がありました
- 制動板を開くと抗力が増え、投下までの照準時間を確保しやすくなります
急降下爆撃は、目標へ向けて機首を下げ、比較的急な角度で接近し、低い高度で爆弾を投下して引き起こす攻撃法です。水平爆撃より目標の見かけの動きを抑えやすく、艦艇のような小さく動く目標に照準を合わせやすい反面、機体と搭乗員に大きな荷重がかかります。
彗星の主翼には、急降下中の加速を抑える制動板がありました。制動板を開くと抗力が増え、投下までの照準時間を確保しやすくなります。操縦員は侵入高度、風、目標の速力と進路を読み、降下角を保ち、投下してから機体を引き起こします。偵察員は後方警戒、航法、通信などを担います。爆弾が大きければ自動的に当たるわけではなく、機体、照準、搭乗員、編隊、天候、敵防空の全てが命中を左右します。
彗星の標準的な爆装は胴体内の250キロ級または500キロ級爆弾を中心に説明されます。爆弾倉に収める方式は、外部懸吊より空気抵抗を抑える利点があります。ただし、爆装、増槽、飛行高度、発動機状態が変われば速度と航続距離も変わります。カタログ上の最高速度を、爆装した実戦状態で常に出せたと読むのは誤りです。
急降下爆撃の流れは、概ね次のように整理できます。
1. 索敵・誘導情報をもとに目標海域へ接近する 2. 編隊を攻撃隊形へ移し、敵直掩戦闘機と対空砲火を警戒する 3. 制動板を展開して降下し、目標の進路を見越して照準する 4. 規定の高度・条件で投弾し、引き起こして低空または雲へ離脱する 5. 再集合し、損傷・燃料・母艦または基地の状況を確認して帰投する
この手順のどこか一つが崩れても戦果は落ちます。速度は侵入と離脱を助けますが、索敵の遅れも、未熟な照準も、帰る空母を失う危険も消してくれません。

液冷型と空冷型の違い|一一型・一二型・三三型を整理
- 彗星は改良と用途変更が多く、資料によって型式記号の書き方も揺れます
- 大づかみに言えば、D4Y1・D4Y2がアツタ液冷、D4Y3以降の主要型が金星空冷です
- 代表型を比較すると次のようになります
- 偵察型が先行し、爆撃型へ展開 D4Y2 彗星一二型 アツタ三二型・液冷 約570〜580km/h 出力向上型
彗星は改良と用途変更が多く、資料によって型式記号の書き方も揺れます。大づかみに言えば、D4Y1・D4Y2がアツタ液冷、D4Y3以降の主要型が金星空冷です。代表型を比較すると次のようになります。
| 代表型 | 日本海軍での呼称例 | 主な発動機 | 最高速度の目安 | 主な特徴 |
|---|---|---|---|---|
| D4Y1 | 彗星一一型/偵察一一型系 | アツタ一二型・液冷 | 約550km/h | 初期量産。偵察型が先行し、爆撃型へ展開 |
| D4Y2 | 彗星一二型 | アツタ三二型・液冷 | 約570〜580km/h | 出力向上型。細い機首と高速性能が際立つ |
| D4Y2-S | 彗星一二戊型 | アツタ三二型・液冷 | 装備で変動 | 斜銃を備えた夜間戦闘機型。爆撃装備を変更 |
| D4Y3 | 彗星三三型 | 金星六二型・空冷 | 約570km/h前後 | 発動機供給・整備性を重視。主に基地運用 |
| D4Y4 | 彗星四三型 | 金星六二型・空冷 | 約550km/h前後 | 特別攻撃向けに装備を簡略化し、800kg爆弾搭載などを実施 |
数値は装備、測定高度、試験機の状態、資料の換算で差が出るため、比較用の概数です。生産数も集計範囲によって差がありますが、全系列で2,038機という集計が広く用いられます。Aichi製の型別内訳と第十一海軍航空廠製を分けて示す航空史資料でも合計2,038機とされています(History of War, Yokosuka D4Y Suisei)。厳密な型別内訳を論じる際は、製造番号や月別受領記録まで戻る必要があります。
液冷型の利点と負担
液冷型は、正面から見た機首を細くでき、高速性能を引き出しやすいのが利点でした。とりわけD4Y2系は、彗星という名前にふさわしい俊足を示します。その代わり、発動機と冷却系の製造・保守に高い精度が必要でした。スミソニアンの資料は、1943〜45年に製造されたアツタ二〇系列が873基だったとしています。機体需要との単純比較はできませんが、発動機が無尽蔵でなかったことは明白です。
空冷型へ変更した理由
三三型は、三菱「金星」空冷星型発動機へ換装しました。機首は太くなり、液冷型の端正な外形は変わります。しかし、空冷は冷却液やラジエーターを必要とせず、当時の日本で生産・整備の経験が豊富でした。空気抵抗の増加だけを見れば後退ですが、飛べない高性能機より、整備して出撃できる機体の方が戦力になります。
ここは彗星を理解する核心です。空冷化は「高速思想を捨てた改悪」ではなく、兵器を工場と基地の現実へ戻す設計変更でした。私は三三型を、彗星の完成形というより、戦時生産が設計思想へ下した現実的な回答だと評価します。
この論点を広く比較するなら、「一式陸攻とは|長大な航続距離・防御力不足・雷撃戦での活躍を解説」もあわせて確認したい。

本当に「艦上」爆撃機だったのか|空母運用の限界
- 名称は艦上爆撃機ですが、彗星の実戦歴は基地航空隊と切り離せません
- 開発遅延の間に日本海軍の空母戦力は大きく損耗し、1944年には母艦、熟練搭乗員、燃料、整備力の全てが不足していました
- 空母で使える構造を持つ型があっても、艦上機として継続的に運用できる環境が縮小したのです
- この表現は機体への賛辞であると同時に、1944年の日本海軍航空隊が抱えた人的問題を示します
名称は艦上爆撃機ですが、彗星の実戦歴は基地航空隊と切り離せません。開発遅延の間に日本海軍の空母戦力は大きく損耗し、1944年には母艦、熟練搭乗員、燃料、整備力の全てが不足していました。空母で使える構造を持つ型があっても、艦上機として継続的に運用できる環境が縮小したのです。
1944年6月のマリアナ沖海戦について、NHHCは彗星が九九艦爆をほぼ置き換え、非常に高速・高高度の艦上攻撃機だったと説明する一方、より優れた搭乗員がいればさらに手強かったはずだと評価しています(history.navy.mil)。この表現は機体への賛辞であると同時に、1944年の日本海軍航空隊が抱えた人的問題を示します。
空母運用は、機体を甲板から飛ばすだけではありません。着艦フック、低速安定性、甲板上での取り回し、昇降機寸法、格納、塩害対策、整備部品、着艦訓練が必要です。発艦後に母艦が損傷したり、位置を変えたりすれば、帰投も難しくなります。高速性能は空戦の一局面で有効でも、「帰る場所」を作る艦隊システムの代用にはなりません。
太平洋戦争の主要海戦と航空戦力の推移を時系列で確認すると、彗星が本格化した時期の厳しさが分かります。
この論点を広く比較するなら、「太平洋戦争の激戦地15選|死者数・餓死率・戦闘密度でたどる主要15戦」もあわせて確認したい。
偵察機・夜間戦闘機へ広がった用途
- 彗星の高速と航続力は、爆撃以外にも価値がありました
- 初期のD4Y1-C系は偵察機として先行し、1942年のミッドウェー作戦では空母蒼龍に搭載された先行型が偵察任務に使われたとされています
- 爆撃機としての構造問題を解決する前でも、「敵を見つけて帰る」任務なら長所を生かせたからです
- 偵察は補助的な任務に見えますが、空母戦では攻撃の入口そのものです
彗星の高速と航続力は、爆撃以外にも価値がありました。初期のD4Y1-C系は偵察機として先行し、1942年のミッドウェー作戦では空母蒼龍に搭載された先行型が偵察任務に使われたとされています。爆撃機としての構造問題を解決する前でも、「敵を見つけて帰る」任務なら長所を生かせたからです。
偵察は補助的な任務に見えますが、空母戦では攻撃の入口そのものです。敵艦隊の位置、針路、速力、編成を適時に報告できなければ、攻撃隊は発艦できず、発艦しても空振りします。高速偵察機としての彗星は、爆弾を落とさなくても作戦価値を生みました。
一二戊型などの夜間戦闘機型では、爆撃装備や後席装備を変更し、胴体に上向きの20ミリ機銃を備えました。敵大型機の下方へ入り、死角から斜め上へ射撃する発想です。ただし、機上レーダーを持たないか装備が限定的な夜間迎撃では、地上からの誘導、月明かり、雲量、搭乗員の視力と経験に大きく依存します。斜銃を付ければ直ちに有力夜戦になるわけではありません。
爆撃機を夜戦へ転用したことは「万能性」の証明でも、単なる窮余の策でもあります。より正確には、彗星の速度と上昇性能に使い道があり、専用夜戦を十分に揃えられない事情が用途拡大を促しました。技術的な可能性と戦局上の不足が同じ改造に重なっています。
この論点を広く比較するなら、「ミッドウェー海戦とは|1942年6月の経過・損害・「運命の5分間」を検証」もあわせて確認したい。

実戦で示した威力と限界|マリアナ、レイテ、硫黄島
- 彗星は、戦争後半の厳しい制空環境で戦いました
- 高速であっても、F6Fヘルキャットのような新型艦上戦闘機、レーダー管制された戦闘空中哨戒、濃密な艦隊防空を突破するのは容易ではありません
- 編隊が発見され、護衛が崩れれば、無装甲・防弾不足の機体は損害を受けます
- それでも一機の命中が大きな結果を生むことはありました
彗星は、戦争後半の厳しい制空環境で戦いました。高速であっても、F6Fヘルキャットのような新型艦上戦闘機、レーダー管制された戦闘空中哨戒、濃密な艦隊防空を突破するのは容易ではありません。編隊が発見され、護衛が崩れれば、無装甲・防弾不足の機体は損害を受けます。
それでも一機の命中が大きな結果を生むことはありました。1944年10月24日のレイテ沖海戦で、D4Y3とされる一機が米軽空母プリンストンへ250キロ級(米側表現では550ポンド)徹甲爆弾を命中させました。NHHCの記録では、爆弾は飛行甲板を貫通して格納庫火災を起こし、後の大爆発へ発展しました。プリンストンは最終的に処分され、救援中の巡洋艦バーミングハムにも多数の死傷者が出ています(NHHC, Leyte Gulf in Detail)。
この事例を「彗星一機で空母を撃沈した」とだけ語ると、本質を外します。命中弾の威力だけでなく、格納庫内の燃料・弾薬、消火、換気、救援配置、二次爆発が損害を拡大しました。攻撃側の性能と被害側の脆弱性が連鎖した結果です。
1945年2月21日の硫黄島沖では、NHHCによれば12機のD4Y、8機のB6N、12機の零戦からなる部隊が八丈島を経由して攻撃へ向かいました。悪天候や機械故障、迎撃を受けつつ、長距離の特別攻撃が実施されています(NHHC, Iwo Jima “Nightmare in Hell”)。これは彗星の航続力を示すと同時に、通常の反復攻撃より一回限りの任務へ資源を振り向けた戦局を示します。
一次史料でも、1945年春に彗星が特別攻撃部隊として基地配備されていたことを確認できます。アジア歴史資料センターが公開する中支海軍航空隊関係記録には、「艦爆特攻(彗星四機、直掩零戦二機)」という編成命令が含まれます(JACAR 中支海軍航空隊戦闘詳報)。敵側の呼称だけでなく、日本側作戦記録から用途を照合できる例です。
この論点を広く比較するなら、「日本軍機の連合軍コードネーム一覧|Zero・Tony・Frankの由来」もあわせて確認したい。
彗星と特攻|通常攻撃機から一回限りの兵器へ
- 戦争末期、彗星は通常爆撃だけでなく特別攻撃にも多数投入されました
- 四三型(D4Y4)は800キロ爆弾の搭載、装備簡略化、引き起こしを前提としない装備変更など、特別攻撃へ寄せた型です
- 古い解説には「単座化」とするものもありますが、後席を残した機体写真・記録もあり、一律に単座と断定しません
- これは単に「高速だから選ばれた」のではなく、運用可能な機体をかき集める中で、航続力、爆装、部隊在庫が組み合わさった結果です
戦争末期、彗星は通常爆撃だけでなく特別攻撃にも多数投入されました。四三型(D4Y4)は800キロ爆弾の搭載、装備簡略化、引き起こしを前提としない装備変更など、特別攻撃へ寄せた型です。古い解説には「単座化」とするものもありますが、後席を残した機体写真・記録もあり、一律に単座と断定しません。これは単に「高速だから選ばれた」のではなく、運用可能な機体をかき集める中で、航続力、爆装、部隊在庫が組み合わさった結果です。
1945年8月15日夕刻には、宇垣纏海軍中将が後席に乗った彗星を含む11機が大分から沖縄方面へ発進しました。NHHCは各機が1,100ポンド爆弾と半量の燃料を搭載し、23人が出撃したと記録しています(NHHC, The Last Sacrifices)。この出来事は停戦放送後の出撃として、指揮、命令、戦争終結の境界を考える史料です。
ただし、本記事は特攻作戦全体や追悼の感情史を主題にしません。ここで確認したいのは機体史上の意味です。彗星は「帰還して再使用する高速爆撃機」として設計されたのに、最後には帰還を前提としない型と運用へ向かいました。この逆転こそ、彗星の技術史を最も鋭く映します。
特別攻撃の記述直後に商品導線を置くことは避けます。史料を読みたい読者向けの書籍案内などは、本文のまとめから距離を置き、編集段階で文脈を確認したうえで扱うべきです。

九九艦爆との違い|「命中させる機体」から「侵入できる機体」へ
彗星と九九式艦上爆撃機は、同じ急降下爆撃任務を担いましたが、重点が違います。
| 比較点 | 九九式艦上爆撃機 D3A | 彗星 D4Y |
|---|---|---|
| 脚 | 固定脚 | 引込脚 |
| 主な発動機 | 空冷星型 | 初期は液冷V型、後期は空冷星型 |
| 設計上の重点 | 低速安定性、扱いやすさ、急降下爆撃 | 高速、航続力、抵抗低減、多用途化 |
| 戦争前半の環境 | 熟練搭乗員と空母機動部隊が比較的充実 | 本格配備前 |
| 戦争後半の環境 | 旧式化し基地・練習・特別攻撃へ | 艦上・基地・偵察・夜戦・特別攻撃へ拡大 |
九九艦爆は、航空機・照準・搭乗員訓練を一体化した急降下爆撃システムとして、戦争初期に成果を出しました。彗星はそこへ速度と航続力を加え、より厳しい防空圏へ侵入できる機体を目指しました。しかし、彗星が部隊へ揃う頃には、熟練者、空母、燃料、護衛戦闘機というシステムの側が弱っていました。
「彗星は九九艦爆より高性能だったか」という問いには、機体性能なら概ねイエス、戦果なら時期と運用条件を分けなければ答えられない、が正確です。兵器の世代交代は、後継機が前任機の成功をそのまま継承する競走ではありません。彗星は九九艦爆より速かったが、九九艦爆が持っていた“勝てる時間”までは引き継げなかった――これが、この書き手として残したい一文です。
よくある質問
彗星は艦上爆撃機ですか、陸上爆撃機ですか?
制式上・設計上は艦上爆撃機です。ただし実戦では空母戦力の減少などから、基地航空隊での運用も非常に重要になりました。空冷の三三型は主に基地運用と結びつけて理解すると分かりやすいですが、型式ごとの装備差には注意が必要です。
液冷型と空冷型では、どちらが優秀でしたか?
<span class="swl-marker mark_yellow">最高速度</span>と細い外形では液冷型に魅力があります。供給、整備、稼働率を含む実用性では<span class="swl-marker mark_orange">空冷型</span>に利点がありました。「性能表の速さ」と「部隊が出撃を繰り返せる強さ」を分けて評価する必要があります。
彗星は本当に第二次大戦最速の急降下爆撃機ですか?
非常に高速な急降下爆撃機だったことは確かで、NHHCも300ノット弱の高速機と評価しています。ただし「最速」は比較する型、試験条件、爆装、競合機の定義で変わります。無条件の世界一と断定するより、戦争後半の艦上攻撃機としてトップクラスだった、と表現するのが安全です。
彗星は夜間戦闘機として成功しましたか?
斜銃を備えた夜戦型は実戦投入されましたが、レーダーや誘導、熟練者、天候に左右されました。機体の高速性能を生かした合理的な転用ではあるものの、全天候の専用夜間戦闘機と同等に考えるべきではありません。
彗星は何機生産されましたか?
全系列で約2,000機、しばしば2,038機という数字が示されます。ただし試作機、偵察型、改造型をどう数えるか、型別記録をどう統合するかで差が出ます。本記事では「約2,000機」を確度の高い概数とし、厳密な内訳は研究課題として残します。
まとめ|彗星が背負った「速さ」と戦局の矛盾
彗星は、細身の液冷機として高速を追求し、空冷化によって生産と整備の現実へ適応し、偵察・夜間戦闘・特別攻撃へ用途を広げた艦上爆撃機です。機体単体では日本海軍航空技術の到達点の一つでした。
- アツタ<span class="swl-marker mark_green">液冷発動機</span>と抵抗の小さい機体で、従来の九九艦爆を大きく上回る速度を目指した
- 構造問題と発動機供給が本格配備を遅らせ、偵察型が先行した
- 三三型の空冷化は、最高性能より出撃可能性を重視した現実的変更だった
- 1944年以降は、強力な米艦隊防空と搭乗員不足の中で大きな損害を受けた
- プリンストンへの命中例のように、少数機でも重大な損害を与える力はあった
- 最後には特別攻撃へ投入され、再使用を前提にした高速機という出発点と逆方向へ進んだ
彗星の教訓は「速い機体を作れば勝てる」でも「液冷は失敗だった」でもありません。優れた設計を戦力へ変えるには、発動機工場、補給、整備、搭乗員教育、索敵、護衛、帰投先まで揃える必要があります。日本海軍が求めた速さと、戦局が押しつけた多用途化。その両方を一機の変遷から読めることが、彗星を今も調べる価値です。
参考資料・主な出典
Smithsonian National Air and Space Museum|資料を確認
History of War, Yokosuka D4Y Suisei|資料を確認
history.navy.mil|資料を確認
NHHC, Leyte Gulf in Detail|資料を確認
NHHC, Iwo Jima “Nightmare in Hell”|資料を確認
JACAR 中支海軍航空隊戦闘詳報|資料を確認
NHHC, The Last Sacrifices|資料を確認
日本海軍艦上爆撃機彗星 愛機とともに 2|資料を確認
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