AV-8BハリアーIIとは|2026年6月3日に米海兵隊で引退行事を迎えた「垂直に降りる攻撃機」──仕組み・初代との違い・実戦・F-35Bとの違い・日本がいずもに載せなかった理由

AV-8BハリアーII 記事表紙
要点

垂直離着陸ができるジェット戦闘機は、実用化されたものが世界に3種類しかない。ハリアー、ソ連のYak-38、そしてF-35B。ハリアーは長年にわたって実戦投入され、その第二世代がハリアーIIだ。この記事では、なぜ垂直に飛べるのか、初代ハリアーから何が変わったのか、湾岸からフーシ派のドローン撃墜まで何をしてきたのか、後継のF-35Bと何が違うのか、そしてなぜ日本がこの機体を一度も買わなかったのかを、順に追っていく。

目次

ハリアーIIを一言で言うと

ハリアーIIを一言で言うと
項目AV-8B ハリアーII(プラス)
全長14.12m
翼幅9.25m
エンジンロールス・ロイス ペガサス F402-RR-408 ×1(推力約10.5t)
最大速度約1,080km/h(音速以下)
離陸方式垂直、または短距離滑走
レーダーAN/APG-65(プラス型)
兵装25mm機関砲ポッド、爆弾・ロケット約6t、AIM-9、AGM-65
生産数337機(AV-8B)
初飛行/配備1981年11月/1985年1月
退役米海兵隊は2026年6月3日に最終飛行隊の引退行事。スペインは2026年の運用を確認

音速は出ない。空戦は苦手。それでも海兵隊が41年間手放さなかったのは、滑走路がなくても飛べるからだ。強襲揚陸艦の短い甲板から、前線の道路から、砂漠の仮設パッドから、海兵隊の歩兵のすぐ近くで飛べる攻撃機は、これしかなかった。

なぜ垂直に飛べるのか──ペガサスの4つのノズル

低速で飛行するAV-8B。1987年のチーム・スピリット演習。
低速で飛行するAV-8B。1987年のチーム・スピリット演習。写真:PHCS Ron Bayles, USN/Wikimedia Commons/Public domain

ハリアーの仕組みは、実は単純だ。エンジンが1つあり、そのエンジンの側面に4つの排気ノズルが付いている。前の2つは圧縮機からの冷たい空気、後ろの2つは燃焼後の熱い排気を出す。この4つのノズルが同時に、後ろ向きから真下まで回転する。

ノズルを後ろに向ければ普通のジェット機として飛ぶ。真下に向ければ、推力が機体を持ち上げてホバリングする。その中間に向ければ、短い滑走で離陸できる。エンジンはロールス・ロイスのペガサスで、ハリアーのために作られ、ハリアー以外に使われたことがない。

ホバリング中は翼が揚力を出さないので、機体の姿勢は翼端と機首と尾部にある小さな噴射口から圧縮空気を吹いて制御する。操縦士は左手でスロットルとノズルの角度を、右手で操縦桿を扱い、両方を同時に動かす。ここが難しく、初代ハリアーは事故率の高さで知られた。海兵隊が受け取ったAV-8Aの3分の1近くが事故で失われている。ハリアーは「操縦士を殺す飛行機」と言われた時期があり、ハリアーIIはこの評判を覆すことから始まった。

もう一つ、ハリアーだけができる芸当がある。飛行中にノズルを前に回すと、急減速して敵の後ろに回り込める。これは「VIFF」と呼ばれ、フォークランド紛争でイギリス海軍のシーハリアーがアルゼンチン空軍相手に使ったと言われるが、実際には使われなかったという証言も多い。芸当としては有名だが、実戦での価値は疑わしい。

初代ハリアーから何が変わったか──翼を作り直した

初代ハリアーから何が変わったか──翼を作り直した

1973年からイギリスとアメリカが共同で改良に着手し、その後アメリカ主導で作り直したのがハリアーIIだ。変えたのは翼で、面積を大きくし、翼断面を超臨界翼という新しい形にして、材料を炭素繊維の複合材にした。当時、戦闘機の主翼を複合材で作った例はほとんどない。翼の付け根にはストレーキを付けて旋回性能を上げた。コクピットは高くして視界を広げ、エンジンの吸気口も大きくして推力を増やした。

結果として、搭載量は初代の2倍、航続距離も伸び、事故率も下がった。海兵隊は1985年から配備を始め、1990年代には暗視装置を積んだナイトアタック型、さらにF/A-18のレーダーを積んだAV-8Bプラスへと発展した。プラス型はレーダーを持ったことで、初めて空対空ミサイルを本気で使える機体になった。

なお、ハリアーIIの生産にはイギリスも参加していて、イギリス空軍向けのGR5〜GR9は同じ機体の英国仕様だ。2010年にイギリスは財政削減でハリアーを一斉退役させ、残った機体は海兵隊が部品取り用に買い取った。生まれた国で先に消え、アメリカで16年長く飛んだ。

型式の変遷

型式時期中身
AV-8B(昼間攻撃型)1985年〜初期型。レーダーなし、昼間の目視攻撃が前提
AV-8B ナイトアタック1989年〜前方赤外線暗視装置と暗視ゴーグル対応コクピットを追加。夜間の近接航空支援が可能に
AV-8B プラス1993年〜F/A-18のAPG-65レーダーを搭載。空対空ミサイルの本格運用と悪天候攻撃が可能に。海兵隊・スペイン・イタリアが採用
TAV-8B1986年〜複座の練習機型
ハリアーGR5/GR7/GR91988年〜2010年イギリス空軍仕様。GR9で精密誘導兵器に対応
EAV-8B/EAV-8B プラス1987年〜スペイン海軍仕様。「マタドール」の愛称

大事なのはプラス型で、レーダーを持ったことでハリアーは「爆弾を落とすだけの機体」から「一応空戦もできる機体」になった。2024年に紅海でドローンを落としたのも、レーダーで捉えて撃ったからで、初期型では無理だった。

実戦──湾岸、イラク、アフガン、そしてフーシ派のドローン

サウジアラビアで出撃準備中のAV-8B。2020年6月。
サウジアラビアで出撃準備中のAV-8B。2020年6月。写真:Senior Airman Giovanni Sims/Wikimedia Commons/Public domain

ハリアーIIの初陣は1991年の湾岸戦争で、海兵隊のAV-8Bは3,380回出撃し、5機を失った。前線近くの仮設基地から飛べるため、出撃から目標到達までの時間が短く、海兵隊の地上部隊からは頼りにされた。一方で、赤外線誘導の携帯ミサイルに弱く、損失率は他の機体より高かった。エンジンの熱い排気が機体の中央から出るため、ミサイルが翼ではなく胴体に当たる。この弱点は最後まで残った。

2003年のイラク侵攻では強襲揚陸艦から出撃し、以後アフガニスタンでは陸上基地から10年以上、海兵隊の歩兵の近接航空支援を担った。2011年のリビア空爆にも参加している。

意外な最後の実戦がある。2023年末から2024年にかけて、紅海でフーシ派のドローン攻撃が始まり、強襲揚陸艦バターンに乗っていたVMA-231のAV-8Bが、ドローンを空対空ミサイルで撃墜した。ハリアーは40年間、地上を攻撃する機体として使われてきて、退役の2年前に初めて空中の目標を落とした。しかも相手はドローンで、機関砲とサイドワインダーで対処できる、遅くて小さな目標だった。音速の出ない攻撃機が、ドローン時代の最初の局面でちょうど役に立った。

実戦──湾岸、イラク、アフガン、そしてフーシ派の

ある朝の出撃──アフガニスタン、前線の仮設パッド

ある朝の出撃──アフガニスタン、前線の仮設パッド

ヘルマンド州の海兵隊基地に、金属板を敷いただけの短い滑走路がある。長さは数百m、普通の戦闘機なら絶対に降りられない。夜明け前、2機のAV-8Bがここから短距離離陸で上がる。爆弾を満載しているので垂直には上がれず、100mほど滑走してノズルを斜め下に向けて浮く。ここが航空基地から100km以上離れた最前線であることが、この機体の価値の全部だ。

30分後、パトロール中の海兵隊の小隊が待ち伏せを受け、無線で航空支援を要求する。同じ基地から飛べば5分で着く。上空に着いたハリアーは、暗視装置で目標を確認し、レーザー誘導爆弾を1発落とす。あるいは、爆弾を落とさずに低空で通過するだけのこともある。敵に「上に飛行機がいる」と分からせるだけで攻撃が止まることは多く、これを「ショー・オブ・フォース」と呼ぶ。

弾と燃料を使い切ったら基地に戻り、着陸はノズルを真下に向けて垂直に降りる。金属板の上に降りて、10分で給油と再武装を済ませ、また上がる。この回転の速さが、ハリアーを10年以上アフガニスタンに置き続けた理由だった。F-35Bが引き継いだのはこの仕事で、ステルスや速度はその上に足された分だ。

F-35Bとの違い──「垂直に飛べる」の中身が違う

プリンス・スルタン空軍基地から離陸するAV-8B。
プリンス・スルタン空軍基地から離陸するAV-8B。写真:Senior Airman Giovanni Sims/Wikimedia Commons/Public domain

海兵隊がハリアーIIを捨てた理由は、F-35Bが全部の面で上だからだ。ただし「垂直に飛べる」の仕組みは根本から違う。

項目AV-8B ハリアーIIF-35B
垂直飛行の方式エンジンの4ノズルを回転機体中央のリフトファン+後部ノズルを下に回転
最大速度亜音速マッハ1.6
ステルスなしあり
レーダーAPG-65(機械走査)APG-81 AESA
空対空AIM-9。プラス型はAIM-120にも対応AIM-120、AIM-9
操縦手動でノズル制御コンピュータが自動制御
単価数十億円約150億円

F-35Bはエンジンの前に大きなリフトファンがあり、垂直飛行中はエンジンの動力を軸で取り出してファンを回す。ハリアーのように熱い排気だけで浮くのではなく、前をファン、後ろをノズルで持ち上げる。この方式は熱い排気が地面に当たる範囲が小さく、しかもコンピュータが姿勢を全部制御するので、操縦士は「垂直に降りる」ボタンを押すような感覚で着陸できる。ハリアーで最も難しかった部分が、F-35Bでは最も簡単な部分になった。

そして速度とステルスとレーダーが全部違う。ハリアーIIは敵の防空網がある場所には近づけなかった。F-35Bは近づける。海兵隊がF-35Bの高い値段と開発の遅れを我慢したのは、ハリアーではできなかった仕事をやらせるためだ。F-35Bそのものの話は航空自衛隊のF-35A/Bの記事で書いた。

もう一つの垂直離着陸機──ソ連のYak-38

ハリアーの話をするなら、冷戦の向こう側にいたYak-38にも触れておく。ソ連海軍はキエフ級空母用に垂直離着陸攻撃機Yak-38を作ったが、方式はハリアーと違い、垂直飛行専用のリフトエンジンを2基、機体前部に積んでいた。飛んでいる間はただの重りになるエンジンを抱えて飛ぶわけで、搭載量も航続距離もハリアー以下だった。しかもアフガニスタンの高温高地では垂直離陸すらまともにできず、実戦で使い物にならなかった。

ハリアーが同じ1つのエンジンで垂直飛行も巡航もこなしたのに対し、Yak-38は2種類のエンジンを積むという力ずくの答えを出して失敗した。そして皮肉なことに、F-35Bはハリアー方式ではなく、Yak-38に近い「垂直用の装置を別に積む」方式に戻っている。ただしリフトファンはエンジンから軸で動力を取るので、Yak-38のような死重にはならない。ハリアーの単純さとYak-38の発想を組み合わせたのがF-35Bだと言えば、垂直離着陸機の60年はだいたい説明がつく。

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岩国と日本──いた飛行機と、買わなかった飛行機

ノースカロライナ州沿岸を飛ぶVMA-223のハリアー。2026年5月。
ノースカロライナ州沿岸を飛ぶVMA-223のハリアー。2026年5月。写真:Sgt. David Ornelas Baeza/Wikimedia Commons/Public domain

ハリアーIIは日本にいた。山口県の岩国基地には海兵隊の攻撃飛行隊が半年交代で展開していて、2010年代までAV-8Bが岩国の駐機場に並んでいた。日本のミリタリー写真好きにとって、岩国のハリアーは「垂直に降りる飛行機を実際に見られる」貴重な被写体だった。今、岩国にいる海兵隊の固定翼機はF-35Bに変わっている。

一方で、日本自身はハリアーを一度も買わなかった。海上自衛隊は1990年代以降、全通甲板の艦を作り続けていて、ひゅうが型、いずも型と大きくなっていった。「いずもにハリアーを載せる」という話は、いずも型の計画当初から一部で言われていたが、実現していない。理由は単純で、いずも型が完成した2015年にはF-35Bがもう飛んでいて、ハリアーを買う意味がなかった。日本は垂直離着陸機の第一世代と第二世代を飛ばし、第三世代のF-35Bをいきなり買った国になる。いずも型の記事で書いたように、いずもの改修はF-35Bの熱い排気に耐える甲板を作ることが中心で、ハリアーなら不要だった改修でもある。

海兵隊の攻撃機が強襲揚陸艦から飛ぶという運用そのものは、日本にとって他人事ではなくなった。おおすみ型輸送艦の後継や、強襲揚陸艦とは何かという議論が日本で本格化したのは2020年代で、そこで想定される固定翼機はF-35Bだ。ハリアーが41年かけて海兵隊で確立した「揚陸艦から攻撃機を飛ばす」やり方を、日本はハリアーを飛ばさずに引き継ごうとしている。

投資家として見るハリアー──ペガサスを作った会社の今

投資の目で見ると、ハリアーは「一つのエンジンのためだけに存在した機体」だった。ペガサスエンジンはロールス・ロイスが作り、ハリアー以外に使い道がなかった。ハリアーの生産が2003年に終わった時点で、ペガサスの新規生産も終わっている。以後20年、ロールス・ロイスは整備と部品供給で稼いだ。2026年の海兵隊退役で、その収入源も細る。

一方でF-35Bのリフトファンは、同じロールス・ロイスが作っている。ハリアーで培った垂直離着陸の技術を、F-35Bのリフトファンに転用した。機体はロッキード・マーティン、エンジンはプラット&ホイットニーだが、垂直に浮くための心臓部だけはイギリスの会社が握り続けている。ハリアーが消えても、ロールス・ロイスは垂直離着陸から降りていない。この会社の防衛部門と、ユーロファイターを作るBAEシステムズがイギリスの防衛株の中心で、BAEの話はこちらの記事で書いた。日本からは欧州株は直接買いにくく、防衛株全体は予算と政治で大きく動く。この記事は特定銘柄の売買を推奨するものではなく、投資判断は自分で情報を集めたうえで行ってほしい。

ペプシとハリアー──1996年の700万ポイント

余談を一つ。1996年、ペプシがテレビCMで「ペプシポイント700万点でハリアー戦闘機がもらえる」と流した。冗談のつもりだったが、ある大学生がポイントは1点10セントで買えるという規定を見つけ、70万ドルを用意してハリアーを請求した。裁判になり、ペプシが勝った。判決の理由は「合理的な人間なら、飲料メーカーが軍用攻撃機を景品にすると本気で思わない」というものだった。この一件はアメリカの契約法の授業で今も教材になっていて、ハリアーはたぶん、法学部の学生が名前を知っている唯一の軍用機だ。

まとめ──55年間、垂直に降り続けた

2026年6月3日、VMA-223の引退行事で展示されたAV-8B。
2026年6月3日、VMA-223の引退行事で展示されたAV-8B。写真:Lance Cpl. Bryan Giraldo/Wikimedia Commons/Public domain

AV-8BハリアーIIは、1つのエンジンと4つのノズルで垂直に飛び、翼を複合材で作り直して初代の弱点を消し、海兵隊の歩兵のそばで41年間飛び続けた攻撃機だ。湾岸で3,380回出撃し、アフガニスタンで10年以上近接航空支援を担い、最後の2年で初めて空中の目標を落とした。そして2026年6月3日、後継のF-35Bに1年早く席を譲った。

初代との違いは翼、F-35Bとの違いは「垂直に飛べる」の仕組みそのもの。日本はこの機体を見ることはできたが、飛ばしたことは一度もなく、その代わりに第三世代のF-35Bをいきなり持った。

アメリカ軍の現役機を一通り見たい人はアメリカ軍の現役戦闘機一覧を、近接航空支援機のもう一つの代表であるA-10の記事を合わせて読んでもらえると、ハリアーが「歩兵のそばで飛ぶ機体」の系譜のどこにいたかが見えてくるはずだ。

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出典・参考資料

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この記事を書いた人

軍研ノート編集部のアバター 軍研ノート編集部 自衛隊・兵器 / 戦史 / サバゲー

自衛隊で6年間勤務した編集長を中心に、自衛隊時代の仲間やサバゲーを通じた知人と記事を制作。経験と公開資料をもとに、装備の仕組みや歴史、その背景にある人々の工夫を掘り下げています。「かっこいい」から、その先の理解へ。編集長のプロフィール → 運営・編集方針

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