静かなる防人――NECが担う”見えない国防”
2024年、ある海上自衛隊の護衛艦が東シナ海を航行していた。艦橋には最新のレーダーシステムが搭載され、周辺海域の航空機や艦艇の動きをリアルタイムで捕捉している。そのデータは瞬時にネットワークを通じて他の護衛艦や航空自衛隊の基地と共有され、統合的な防衛態勢が構築される。
このシステムの中核を担っているのが、NEC(日本電気株式会社)だ。
戦車や戦闘機のように目に見える”鉄の塊”ではない。だが、現代の防衛においてNECが提供するレーダー、ネットワーク、ソフトウェア、サイバーセキュリティといった技術は、まさに“見えない盾”として日本の安全保障を支えている。
三菱重工業や川崎重工業といった重工業メーカーが「ハードウェアの巨人」なら、NECは「情報戦の巨人」だ。そして今、世界の防衛が「物理的な戦闘」から「情報・電磁波・サイバー空間での戦い」へとシフトする中で、NECの存在感は急速に高まっている。
本記事では、ミリタリーファンと防衛産業に関心のある投資家に向けて、NECの防衛事業を徹底解説する。技術の詳細、歴史的背景、最新の投資動向、そして収益性と将来性まで――NECが描く”未来の国防”の全貌を、お届けしよう。
2. NECの防衛事業とは何か?――全体像と事業領域
2-1. NECの防衛事業の位置づけ
NECは、日本を代表する総合ICT企業だ。通信インフラ、ITサービス、半導体、AI、宇宙開発など幅広い事業を展開しているが、その中でも航空宇宙・防衛(ANS:Aerospace and Defense)事業は、特に戦略的な位置づけを持つ。
NECの防衛事業は、主に以下の領域で展開されている:
| 事業領域 | 主な製品・システム | 対象 |
|---|---|---|
| 航空防衛システム | 防空レーダー、航空管制システム、警戒管制システム | 航空自衛隊 |
| 海上防衛システム | ソーナー(水中音響探知機)、艦載レーダー、戦術情報処理システム | 海上自衛隊 |
| 指揮統制・通信システム | C4ISR(指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察)システム、ネットワーク基盤 | 統合幕僚監部、各自衛隊 |
| 電子戦システム | 電子戦装置、電磁波対策技術 | 陸海空自衛隊 |
| サイバーセキュリティ | サイバー防衛システム、情報セキュリティソリューション | 防衛省全体 |
| 宇宙関連システム | 衛星通信システム、地上管制設備 | 防衛省・宇宙作戦隊 |
これらの事業は、NEC本体と、子会社であるNEC航空宇宙システム株式会社(NAS)が中心となって推進している。
2-2. 防衛事業の特徴:「見えない技術」の重要性
NECの防衛事業の最大の特徴は、「見えない技術」に強みを持つことだ。
戦車や戦闘機のように「目に見える兵器」は、三菱重工業や川崎重工業が得意とする領域だ。一方、NECが提供するのは、レーダー波、電波、データ通信、ソフトウェアといった「目に見えない技術」である。
現代の戦争は、もはや「鉄と火薬の戦い」ではない。情報をいかに早く正確に収集し、共有し、判断するかが勝敗を分ける。その意味で、NECの技術は現代戦の”神経系統”とも言える存在だ。
例えば、航空自衛隊の警戒管制システム(JADGE:Japan Aerospace Defense Ground Environment)は、日本全土の防空態勢を統合管理するシステムだが、その中核技術はNECが開発している。このシステムがなければ、日本の空は事実上「丸裸」になってしまう。

2-3. 防衛事業の売上規模と成長性
NECの防衛事業の売上高は公表されていないが、航空宇宙・防衛事業全体では年間数千億円規模と推定される。特に近年、日本政府が防衛費を大幅に増額する方針を打ち出したことで、NECの防衛事業は急成長フェーズに入っている。
2023年、NECは2025年度までに約200億円を投じて航空宇宙・防衛事業を強化すると発表した。新棟建設による生産能力の増強、研究開発の加速、人材採用の拡大など、攻めの姿勢が鮮明だ。
これは、NECが防衛事業を「単なる社会貢献」ではなく、成長事業として本気で育てる意志の表れである。
3. なぜNECが防衛事業で重要なのか――ICT×防衛の時代
3-1.「領域横断作戦」の時代
現代の防衛戦略において、最も重要なキーワードの一つが「領域横断作戦(Cross-Domain Operations)」だ。
従来の戦争は、陸・海・空という「物理的な領域」で戦われてきた。しかし現代では、これに加えて宇宙・サイバー・電磁波という「新たな領域」が戦場となっている。
例えば:
- 宇宙領域:衛星を使った偵察・通信・測位
- サイバー領域:敵のネットワークへの侵入・妨害
- 電磁波領域:敵のレーダーや通信を無力化する電子戦
これらの領域を統合的に運用し、陸海空の戦力と連携させることで、圧倒的な戦力を発揮する――これが「領域横断作戦」の本質だ。
そして、この作戦を実現するために不可欠なのが、高度なICT技術である。レーダーデータ、衛星画像、通信情報、サイバー情報などを瞬時に統合し、指揮官に提示する。そのためのネットワーク基盤、データ処理システム、セキュリティ技術――これらすべてが、NECの得意分野なのだ。
3-2. ICT企業としての強み
NECは、防衛事業においても「ICT企業」としての強みをフルに活かしている。
具体例:C4ISRシステム
C4ISRとは、Command(指揮)、Control(統制)、Communication(通信)、Computer(コンピュータ)、Intelligence(情報)、Surveillance(監視)、Reconnaissance(偵察)の頭文字を取った用語で、現代戦の中核を成すシステムだ。
NECは、このC4ISRシステムの構築において、日本国内でトップクラスの実績を持つ。航空自衛隊の警戒管制システム、海上自衛隊の戦術情報処理システムなど、自衛隊の「頭脳」とも言えるシステムの多くにNECの技術が使われている。
具体例:サイバー防衛
サイバー攻撃は、もはや「もしも」ではなく「日常」だ。防衛省や自衛隊のネットワークも、日々、世界中から攻撃を受けている。NECは、長年培ってきたサイバーセキュリティ技術を防衛分野にも応用し、サイバー防衛システムの開発・運用を支援している。
3-3. 重工業メーカーとの違い
三菱重工業や川崎重工業といった重工業メーカーは、戦車、護衛艦、戦闘機といった「ハードウェア」に強みを持つ。一方、NECは「ソフトウェア」「ネットワーク」「情報処理」に強みを持つ。
この違いは、今後ますます重要になる。なぜなら、現代の兵器は「鉄の塊」ではなく、「コンピュータの塊」だからだ。
例えば、最新の護衛艦「もがみ型」には、高度なレーダーシステム、戦術情報処理システム、ネットワーク通信システムが搭載されている。これらのシステムがなければ、護衛艦はただの「鉄の箱」に過ぎない。
つまり、ハードウェアとソフトウェアの両方が揃って初めて、現代の兵器は機能するのだ。その意味で、NECと重工業メーカーは「補完関係」にある。
4. NECの防衛事業の歴史――創業期から現在まで
4-1. 創業期:通信技術からスタート
NECの歴史は、1899年(明治32年)に遡る。当時、日本は近代化を急速に進めており、通信インフラの整備が急務だった。NECの前身である「日本電気株式会社」は、アメリカのウェスタン・エレクトリック社との合弁企業として設立され、電話交換機や通信機器の製造を開始した。
この「通信技術」こそが、NECの防衛事業の原点である。
4-2. 戦前・戦中:軍用通信機器の供給
第二次世界大戦中、NECは大日本帝国陸海軍に対して、無線通信機、レーダー、暗号機などを供給していた。当時のレーダー技術は黎明期であり、技術的には連合国に大きく劣っていたが、NECはその中で可能な限りの技術開発を行っていた。
戦後、NECは一時的に軍需生産から撤退したが、1950年代の朝鮮戦争を契機に、再び防衛関連事業に参入することになる。
4-3. 戦後復興期:自衛隊の発足とレーダー技術
1954年、自衛隊が発足した。当時の日本は、アメリカからの技術供与を受けながら、独自の防衛装備品を開発する必要があった。
NECは、この時期からレーダー技術の開発に本格的に取り組み始めた。航空自衛隊の防空レーダー、海上自衛隊の艦載レーダーなど、自衛隊の「目」となる技術を次々と開発していった。
4-4. 冷戦期:高度化する脅威への対応
冷戦期、ソ連の軍事的脅威が高まる中、日本の防衛体制も高度化していった。NECは、警戒管制システム(BADGE)の開発に参画し、日本全土をカバーする防空ネットワークの構築に貢献した。
この時期、NECは単なる「機器メーカー」から、「システムインテグレーター」へと進化していった。
4-5. 冷戦後~現在:情報戦の時代へ
冷戦終結後、世界の安全保障環境は大きく変化した。大規模な国家間戦争のリスクは低下したが、代わりにテロ、サイバー攻撃、電子戦といった新たな脅威が台頭した。
NECは、この変化にいち早く対応し、サイバーセキュリティ、電子戦、宇宙システムといった新領域に積極的に投資してきた。
そして2020年代、日本政府が「領域横断作戦」を防衛戦略の柱に据えたことで、NECの技術はますます重要性を増している。
5. NEC防衛事業の主要製品・システム解説
ここからより具体的に「NECが何を作っているのか」を掘り下げていこう。航空防衛、海上防衛、指揮統制、電子戦、サイバー防衛――それぞれの領域で、NECの技術がどのように日本の安全を守っているのか。その全貌を明らかにする。
5-1. 航空防衛システム:日本の空を守る”目”
警戒管制システム(JADGE)
日本の防空態勢の中核を成すのが、JADGE(Japan Aerospace Defense Ground Environment)だ。これは、日本全土をカバーする警戒管制システムで、レーダーサイトから得られた情報を統合し、航空自衛隊の各基地や指揮所にリアルタイムで配信する。
JADGEの役割は、以下の通りだ:
- 早期警戒:領空に接近する航空機を早期に探知
- 識別:味方機か敵機かを瞬時に判別
- 要撃指示:戦闘機に対して迎撃指示を出す
- 情報共有:陸海空自衛隊、米軍との情報共有
このシステムがなければ、日本の空は事実上「丸裸」になる。NECは、JADGEの開発・運用・保守において中心的な役割を担っている。
防空レーダー
NECは、航空自衛隊が運用する各種防空レーダーの開発・製造も手がけている。特に、固定式警戒管制レーダー(FPS-3改)や移動式警戒管制レーダー(FPS-5)は、日本の防空網の要となる装備だ。
これらのレーダーは、数百キロメートル先の航空機を探知できる高性能機で、低空飛行する巡航ミサイルやステルス機の探知にも対応している。
5-2. 海上防衛システム:海の下から守る”耳”

ソーナーシステム
海上自衛隊の対潜水艦戦(ASW:Anti-Submarine Warfare)において、最も重要な装備がソーナー(水中音響探知機)だ。潜水艦は海中に潜んでいるため、レーダーでは探知できない。そこで、音波を使って潜水艦の位置を特定するのがソーナーの役割である。
NECは、護衛艦や潜水艦に搭載される艦載ソーナー、海底に設置される海底固定ソーナーなど、多様なソーナーシステムを開発している。
特に注目すべきは、NECのソーナー技術が世界トップクラスの性能を誇ることだ。海上自衛隊の対潜能力が高く評価される背景には、NECの技術力がある。
戦術情報処理システム
護衛艦には、レーダー、ソーナー、電子戦装置など、多数のセンサーが搭載されている。これらのセンサーから得られた膨大な情報を統合し、艦長や指揮官に「今、何が起きているのか」を分かりやすく提示するのが、戦術情報処理システムだ。
NECは、この戦術情報処理システムの開発において、長年の実績を持つ。最新の護衛艦「もがみ型」にも、NECのシステムが搭載されている。
5-3. 指揮統制・通信システム:自衛隊の”神経系統”
専用通信システム
防衛省内には、専用通信システムと呼ばれる、極めて秘匿性の高い通信ネットワークが存在する。このシステムは、防衛大臣や統合幕僚長、陸海空の幕僚長といった最高指揮官が、迅速かつ的確に指揮を執るために不可欠なものだ。
NECは、この専用通信システムの設計・構築・運用・保守を長年にわたって担当してきた。特に重要なのは、24時間365日、絶対に中断させないという要求だ。
2020年代には、老朽化したシステムの換装(リプレース)が行われたが、NECはこのプロジェクトをシステムを止めることなく完遂した。この技術力とノウハウは、NECの大きな強みである。
C4ISRシステム
C4ISR(指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察)システムは、現代戦の中核を成すシステムだ。陸海空の各部隊、さらには宇宙・サイバー領域の情報を統合し、指揮官に提示する。
NECは、このC4ISRシステムの構築において、日本国内でトップクラスの実績を持つ。特に、ネットワーク技術とデータ処理技術に強みを持つ。
5-4. 電子戦システム:見えない戦場での攻防
電子戦とは何か?
電子戦(Electronic Warfare, EW)とは、電磁波を使った戦闘のことだ。具体的には、以下の3つに分類される:
- 電子攻撃(EA):敵のレーダーや通信を妨害・無力化する
- 電子防護(EP):自軍のレーダーや通信を敵の妨害から守る
- 電子戦支援(ES):敵の電磁波を傍受・分析する
現代の戦闘において、電子戦は極めて重要だ。レーダーが機能しなければ、敵機を探知できない。通信が妨害されれば、部隊間の連携ができない。つまり、電子戦を制する者が戦場を制するのだ。
NECの電子戦技術
NECは、長年にわたってレーダーや通信システムを開発してきた経験を活かし、電子戦装置の開発にも力を入れている。
特に、航空自衛隊の戦闘機に搭載される電子戦ポッドや、護衛艦に搭載される電子戦システムなど、幅広い製品を提供している。
5-5. サイバーセキュリティ:デジタル空間の守り
サイバー攻撃の脅威
サイバー攻撃は、もはや「もしも」ではなく「日常」だ。防衛省や自衛隊のネットワークも、日々、世界中から攻撃を受けている。
サイバー攻撃の手法は多様だ。ネットワークへの侵入、データの窃取、システムの破壊、マルウェアの拡散――これらの攻撃を防ぐためには、高度なサイバーセキュリティ技術が不可欠である。
NECのサイバー防衛技術
NECは、民間企業向けに培ってきたサイバーセキュリティ技術を、防衛分野にも応用している。
具体的には、以下のような技術・サービスを提供している:
- 侵入検知システム(IDS):ネットワークへの不正アクセスを検知
- 侵入防止システム(IPS):不正アクセスを自動的にブロック
- セキュリティ監視サービス:24時間365日、ネットワークを監視
- インシデント対応支援:サイバー攻撃を受けた際の緊急対応
さらに、NECはKDDIと提携し、サイバー防衛事業を強化している。両社の技術を組み合わせることで、より強固なサイバー防衛体制を構築する狙いだ。
5-6. 宇宙関連システム:宇宙からの監視と通信
宇宙領域の重要性
現代の防衛において、宇宙領域は極めて重要だ。偵察衛星は、地上の軍事施設や部隊の動きを監視する。通信衛星は、世界中の部隊をつなぐ。測位衛星(GPS)は、ミサイルや航空機の誘導に使われる。
つまり、宇宙を制する者が戦場を制するのだ。
NECの宇宙技術
NECは、長年にわたって人工衛星の開発・製造を手がけてきた。特に、準天頂衛星システム「みちびき」の開発において中心的な役割を果たしている。
「みちびき」は、日本版GPSとも呼ばれるシステムで、高精度な測位サービスを提供する。これは、民間利用だけでなく、防衛分野でも極めて重要な役割を果たす。
また、NECは衛星通信システムや地上管制設備の開発も手がけており、自衛隊の宇宙作戦を支えている。
6. 領域横断作戦とNECの役割
6-1. 領域横断作戦とは何か?
領域横断作戦(Cross-Domain Operations)とは、陸・海・空・宇宙・サイバー・電磁波という複数の領域を統合的に運用する作戦概念だ。
従来の戦争は、陸・海・空という「物理的な領域」で戦われてきた。しかし現代では、これに加えて宇宙・サイバー・電磁波という「新たな領域」が戦場となっている。
例えば、以下のようなシナリオを考えてみよう:
- 宇宙領域:偵察衛星が敵の艦隊を発見
- サイバー領域:敵の通信ネットワークに侵入し、情報を窃取
- 電磁波領域:電子戦装置で敵のレーダーを無力化
- 空領域:戦闘機が敵艦隊を攻撃
- 海領域:潜水艦が敵艦隊を追尾
これらの領域を統合的に運用することで、圧倒的な戦力を発揮する――これが「領域横断作戦」の本質だ。
6-2. NECが担う役割
領域横断作戦を実現するためには、高度なICT技術が不可欠だ。各領域から得られた膨大な情報を統合し、指揮官に分かりやすく提示する。そのためのネットワーク基盤、データ処理システム、セキュリティ技術――これらすべてが、NECの得意分野である。
具体的には、以下のような役割を担っている:
| 領域 | NECの役割 |
|---|---|
| 航空 | 警戒管制システム(JADGE)、防空レーダー |
| 海上 | ソーナーシステム、戦術情報処理システム |
| 陸上 | 指揮統制システム、通信ネットワーク |
| 宇宙 | 衛星通信システム、地上管制設備 |
| サイバー | サイバーセキュリティシステム |
| 電磁波 | 電子戦装置 |
| 統合 | C4ISRシステム、データ統合基盤 |
つまり、NECは領域横断作戦の「神経系統」を担っているのだ。
7. NEC航空宇宙システム(NAS)の存在
7-1. NASとは何か?
NEC航空宇宙システム株式会社(NAS)は、NECの100%子会社で、航空宇宙・防衛事業を専門に手がける企業だ。
NASは、以下のような事業を展開している:
- 航空関連事業:航空管制システム、航空機搭載機器
- 宇宙関連事業:人工衛星、地上管制設備
- 防衛関連事業:レーダー、ソーナー、電子戦装置
- プログラム製品:防衛システム向けソフトウェア
NASは、府中事業場(東京都府中市)を拠点としており、ここで防衛装備品の設計・製造・試験が行われている。
7-2. 品質保証体制
防衛装備品は、絶対に失敗が許されない。戦場で故障すれば、兵士の命が失われる。そのため、極めて高い品質が求められる。
NASは、以下の国際規格の認証を取得しており、世界トップクラスの品質保証体制を構築している:
- ISO 9001(品質マネジメントシステム)
- ISO/IEC 27001(情報セキュリティマネジメントシステム)
また、NASはISTQB(International Software Testing Qualifications Board)やJSTQB(Japan Software Testing Qualifications Board)の認定も取得しており、ソフトウェアテストの専門性も高い。
8. 品質保証と技術力――ISO認証と人材育成
8-1.品質保証の重要性
防衛装備品の品質保証は、単なる「製品の検査」ではない。設計段階から製造、試験、納入、運用、保守に至るまで、すべてのプロセスで品質を担保する必要がある。
NECは、長年にわたって防衛装備品の品質保証に取り組んできた。特に、防衛専用の暗号方式を用いる通信システムなど、極めて高度な技術が求められる分野で、確かな実績を積み重ねてきた。
8-2. 人材育成
防衛事業には、高度な専門知識と経験が必要だ。NECは、人材育成にも力を入れている。
具体的には、以下のような取り組みを行っている:
- 社内研修プログラム:防衛技術、品質保証、プロジェクトマネジメントなどの研修
- 資格取得支援:ISTQB、JSTQB、情報処理技術者試験などの資格取得を支援
- OJT(On-the-Job Training):ベテラン技術者が若手を指導
また、NECは2023〜2025年度の3年間で1200人の人員増強を計画しており、防衛事業の拡大に向けて積極的に人材を採用している。
9. 200億円投資の意味――成長戦略と新棟建設
9-1. 投資の全体像
2023年11月、NECは投資家向け説明会で、2025年度までに約200億円を投資して防衛装備品の生産能力を増やす方針を明らかにした。
この投資の中核となるのが、東京都府中市の府中事業場における新棟建設だ。新棟は2024年度に完成し、2025年1月から順次稼働を開始している。増床面積は5万平方メートルに及び、これは東京ドーム約1個分に相当する規模だ。
9-2. 何を生産するのか?
新棟では、主に以下の防衛装備品が生産される:
| 製品カテゴリー | 具体例 |
|---|---|
| レーダーシステム | 防空レーダー、艦載レーダー、地上配備型レーダー |
| 電子戦装置 | 電子戦ポッド、電磁波対策装置 |
| 通信システム | 暗号通信装置、戦術データリンクシステム |
| サイバー防衛システム | 侵入検知システム、セキュリティ監視装置 |
| 指揮統制システム | C4ISRシステムの構成機器 |
これらの装備品は、いずれも領域横断作戦において中核的な役割を果たすものばかりだ。つまりNECは、「今、最も需要が高まっている分野」に集中投資しているのである。
9-3. 生産能力の拡大と納期短縮
新棟建設の最大の目的は、生産能力の拡大だ。
従来、NECの防衛装備品は、府中事業場の既存施設で生産されていたが、防衛省からの発注が急増する中で、生産能力が追いつかなくなっていた。新棟の稼働により、生産能力は従来比で約1.5倍に拡大すると見られる。
また、生産ラインの効率化により、納期の短縮も実現する。防衛装備品は、設計から製造、試験、納入まで数年を要することが一般的だが、生産プロセスの最適化により、このリードタイムを短縮できる。
これは、防衛省にとっても大きなメリットだ。特に、急速に変化する安全保障環境において、「必要な装備を、必要なタイミングで調達できる」ことは極めて重要である。
9-4. 人員増強:1200人の採用計画
設備投資だけでは不十分だ。防衛事業には、高度な専門知識と経験を持つ人材が不可欠である。
NECは、2023〜2025年度の3年間で1200人の人員増強を計画している。これは、NECの防衛事業全体の人員を約2割増やす規模の大規模採用だ。
採用対象は、以下のような職種だ:
- システムエンジニア:C4ISRシステム、ネットワーク基盤の設計・開発
- ソフトウェアエンジニア:組込みソフトウェア、セキュリティソフトウェアの開発
- ハードウェアエンジニア:レーダー、電子戦装置の設計・製造
- 品質保証エンジニア:試験・検証、品質管理
- プロジェクトマネージャー:大規模プロジェクトの統括
NECは、新卒採用だけでなく、中途採用にも力を入れている。特に、民間企業でICT分野の経験を積んだ人材を積極的に採用し、防衛事業に活かす戦略だ。
10. 電子戦・サイバー防衛での攻勢
10-1. 電子戦市場の急成長
現代の戦場において、電子戦(Electronic Warfare, EW)の重要性は急速に高まっている。
電子戦とは、電磁波を使った戦闘のことで、以下の3つに分類される:
- 電子攻撃(EA):敵のレーダーや通信を妨害・無力化する
- 電子防護(EP):自軍のレーダーや通信を敵の妨害から守る
- 電子戦支援(ES):敵の電磁波を傍受・分析する
特に、ロシアのウクライナ侵攻では、電子戦が戦況を大きく左右していることが明らかになった。ドローンの通信妨害、GPS妨害、レーダー無力化――これらの電子戦技術が、戦場の「常識」を変えつつある。
日本政府も、この動きを重視している。防衛省は、電子戦能力の強化を最優先課題の一つに掲げ、関連予算を大幅に増額している。
10-2. NECの電子戦技術
NECは、長年にわたってレーダーや通信システムを開発してきた経験を活かし、電子戦装置の開発にも力を入れている。
具体的には、以下のような製品を提供している:
- 電子戦ポッド:戦闘機に搭載し、敵のレーダーを妨害する装置
- 艦載電子戦システム:護衛艦に搭載し、敵のミサイル誘導を妨害する装置
- 地上配備型電子戦装置:地上から敵の通信やレーダーを妨害する装置
これらの装置は、いずれも高度な信号処理技術とリアルタイムデータ解析技術が必要とされる。NECは、民間事業で培ったICT技術を応用し、世界トップクラスの電子戦装置を開発している。
10-3. サイバー防衛での攻勢
サイバー攻撃は、もはや「もしも」ではなく「日常」だ。防衛省や自衛隊のネットワークも、日々、世界中から攻撃を受けている。
NECは、KDDIと提携し、サイバー防衛事業を強化している。両社の技術を組み合わせることで、より強固なサイバー防衛体制を構築する狙いだ。
具体的には、以下のような取り組みを行っている:
- 統合セキュリティ監視センターの構築:24時間365日、ネットワークを監視
- AI活用型脅威検知システムの開発:AIを活用し、未知の攻撃を検知
- インシデント対応支援サービス:サイバー攻撃を受けた際の緊急対応
さらに、NECは海外市場にも目を向けている。日本の同盟国(アメリカ、オーストラリア、イギリスなど)に対して、サイバー防衛技術を提供する計画だ。
11. 防衛産業としてのNECの収益性と将来性
11-1. 防衛事業の収益性
防衛事業は、一般的に高い収益性が期待できる事業だ。その理由は以下の通り:
- 長期契約:防衛装備品は、設計から製造、運用、保守まで数十年にわたる長期契約が一般的
- 安定需要:防衛予算は政府が保証するため、景気変動の影響を受けにくい
- 高付加価値:高度な技術が求められるため、利益率が高い
特に、NECが得意とするシステムインテグレーションやソフトウェア開発は、ハードウェア製造に比べて利益率が高い傾向がある。
11-2. 政府の防衛費増額
日本政府は、2023年に「国家安全保障戦略」など3文書を策定し、2023〜2027年度に43兆5000億円(契約額ベース)を防衛力整備に充てる計画を打ち出した。これは、過去5年間の2.5倍に相当する額だ。
この予算増額は、NECにとって追い風となる。特に、以下の分野で需要が急増している:
- 領域横断作戦関連システム:C4ISR、ネットワーク基盤
- 電子戦装置:電子攻撃、電子防護
- サイバー防衛システム:侵入検知、セキュリティ監視
- 宇宙関連システム:衛星通信、地上管制
これらはいずれも、NECの得意分野だ。
11-3. 契約条件の改善
従来、防衛産業は「儲からない」と言われてきた。その理由の一つが、契約条件の厳しさだった。防衛省の発注は、予算の制約が厳しく、企業側の利益率が低く抑えられていた。
しかし近年、政府は契約条件の改善に取り組んでいる。具体的には、以下のような改善が行われた:
- 利益率の引き上げ:従来5〜8%程度だった営業利益率を、10%以上に引き上げ
- インセンティブ条項の導入:納期短縮や性能向上に対してボーナスを支払う
- 長期契約の推進:複数年度にわたる長期契約を推進し、企業の予見可能性を高める
これにより、防衛事業の収益性は大幅に改善している。
11-4. 海外展開の可能性
日本政府は、防衛装備の海外移転を促進している。
例えば、2023〜2024年に、フィリピンに警戒・監視用の管制レーダーを移転した。このレーダーは、NECが開発したものだ。
また、インド向けに軍事用通信アンテナ「ユニコーン」の輸出も調整中だ。
海外市場への展開は、NECにとって新たな成長機会となる。特に、アジア太平洋地域では、中国の軍事的脅威に対抗するため、防衛装備の需要が急増している。
12. 投資家が知るべきNEC防衛事業のポイント
12-1. 防衛事業の位置づけ
NECの全社売上高は約3兆円(2024年度)だが、防衛事業の売上高は数千億円規模と推定される。全社売上高の10〜15%程度を占めると見られる。
ただし、防衛事業は高収益事業であるため、利益への貢献度は売上高以上に大きい可能性がある。
12-2. 成長ドライバー
NECの防衛事業の成長ドライバーは、以下の通り:
- 政府の防衛費増額:2023〜2027年度に43兆5000億円
- 領域横断作戦の推進:ICT技術への需要急増
- 電子戦・サイバー防衛の重要性増大:新領域への投資拡大
- 海外展開:アジア太平洋地域への輸出拡大
- 長期契約・保守サービス:安定収益の確保
12-3. リスク要因
一方で、以下のようなリスク要因も存在する:
- 政府予算の変動:政権交代や財政状況により、防衛予算が削減される可能性
- 技術的難易度:高度な技術が求められるため、開発遅延や品質問題のリスク
- 競合他社:三菱電機、富士通、日立製作所などとの競争激化
- 輸出規制:防衛装備の輸出には厳格な規制があり、海外展開が制約される可能性
12-4. 投資判断のポイント
投資家がNECの防衛事業を評価する際のポイントは、以下の通り:
| 評価項目 | 確認ポイント |
|---|---|
| 受注残高 | 防衛省からの受注状況(公開情報は限定的) |
| 新製品開発 | 電子戦、サイバー防衛などの新領域への投資状況 |
| 人員増強 | 1200人採用計画の進捗状況 |
| 海外展開 | 輸出実績と今後の計画 |
| 利益率 | 契約条件改善による利益率向上の効果 |
NECは、四半期ごとの決算説明会で防衛事業の状況を説明しているが、詳細な数値は公表していない。ただし、「航空宇宙・防衛事業は好調」というコメントが繰り返されており、成長基調にあることは明らかだ。
13. まとめ:NECが描く”未来の国防”
13-1. NECの防衛事業の本質
NECの防衛事業。その本質を一言でまとめるなら、「見えない盾」である。
戦車や戦闘機のように目に見える兵器ではない。しかし、レーダー、ネットワーク、ソフトウェア、サイバーセキュリティといった「見えない技術」こそが、現代の防衛において最も重要なのだ。
NECは、創業期から培ってきた通信技術を基盤に、航空防衛、海上防衛、指揮統制、電子戦、サイバー防衛、宇宙――あらゆる領域で日本の安全保障を支えている。
13-2. 領域横断作戦の中核
現代の防衛戦略「領域横断作戦」において、NECの技術は中核的な役割を果たしている。
陸・海・空・宇宙・サイバー・電磁波――これらの領域を統合的に運用するためには、高度なICT技術が不可欠だ。NECは、その技術を提供する「唯一無二の存在」と言っても過言ではない。
13-3. 200億円投資の意味
2023年に発表された200億円の投資は、NECの本気度を示すものだ。
新棟建設による生産能力の拡大、1200人の人員増強、電子戦・サイバー防衛への集中投資――これらはすべて、「防衛事業を成長の柱にする」というNECの戦略を体現している。
13-4. 収益性と将来性
防衛事業は、高収益かつ安定成長が期待できる事業だ。
政府の防衛費増額、契約条件の改善、海外展開の可能性――これらの要因により、NECの防衛事業は今後も成長を続けるだろう。
特に、電子戦・サイバー防衛といった新領域では、NECの技術的優位性が際立っており、高い利益率が期待できる.。
13-5. 投資家へのメッセージ
投資家にとって、NECの防衛事業は注目すべき成長分野だ。
ただし、防衛事業の詳細な数値は公表されていないため、全社業績や決算説明会のコメントから間接的に評価する必要がある。
また、防衛事業は長期的な視点が必要だ。防衛装備品の開発・製造には数年を要するため、短期的な業績変動に一喜一憂するのではなく、中長期的な成長ストーリーを見極めることが重要だ。
13-6. ミリタリーファンへのメッセージ
ミリタリーファンにとって、NECの技術は「知られざる名機」だ。
戦車や戦闘機のように派手さはないが、その技術なくして現代の防衛は成り立たない。航空自衛隊の警戒管制システム、海上自衛隊のソーナー、陸上自衛隊の指揮統制システム――これらすべてに、NECの技術が使われている。
次に自衛隊の基地を訪れる機会があれば、「このシステムはNECが作ったのかな?」と想像してみてほしい。きっと、新たな発見があるはずだ。
13-7. NECが描く”未来の国防”
NECが描く「未来の国防」は、情報・電磁波・サイバー空間での優位性を基盤とするものだ。
物理的な戦闘力だけでなく、情報をいかに早く正確に収集・共有・活用するか――これが、21世紀の戦争の勝敗を分ける。
NECは、その技術を提供し続けることで、日本の安全保障に貢献していく。そして、その技術は、民間事業にもフィードバックされ、社会全体の発展にも寄与する。
「見えない盾」が守る日本の未来――それがNECの防衛事業の本質である。
おわりに
「NECの防衛事業完全ガイド」、いかがだっただろうか。
NECという企業は、一般にはパソコンやスマートフォンのメーカーとして知られているが、その裏側では、日本の安全保障を支える「縁の下の力持ち」として、重要な役割を果たしている。
この記事を通じて、NECの防衛事業の全貌を理解し、日本の防衛産業への理解を深めていただければ幸いだ。
そして、投資家の皆さんには、NECの防衛事業が持つ成長性と収益性に注目していただきたい。
ミリタリーファンの皆さんには、「見えない技術」の重要性を再認識していただきたい。
日本の空と海、そしてサイバー空間を守る「見えない盾」――それがNECの防衛事業なのだ。

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