エアコンの会社が戦車の砲弾を作っている。この一文だけで、たいていの人は「え?」となる。
しかも作っているのはただの砲弾ではない。10式戦車や90式戦車が撃つ120mm戦車砲用の徹甲弾を、日本で唯一製造しているのがダイキン工業だ。海上自衛隊の護衛艦が撃つ127mm砲弾も、陸自の迫撃砲弾も、誘導弾の弾頭や信管も、大阪府摂津市の淀川製作所から出てくる。
ところが2025年2月、このダイキンが白リン発煙弾の製造から撤退すると報じられた。理由は防衛予算の削減でも技術的な問題でもなく、欧州の投資家がESGの観点から同社株を売ったからだ。売上高5兆円の企業の、売上比率にして1%にも満たない事業のために。
この記事では、ダイキンの防衛事業が何を作っていて、なぜ100年前の陸軍砲兵工廠から始まった会社が今も砲弾を作り続けているのか、そして白リン弾撤退が投資家に何を突きつけたのかを、私なりに整理する。
ダイキンの創業は陸軍砲兵工廠から始まった
ダイキン工業の起点は1924年、大正13年にある。初代社長の山田晁は陸軍大阪砲兵工廠の技師で、39歳で退官して大阪金属工業所を設立した。社名を縮めた「大金」が後のダイキンである。
創業当時の製品は航空機用ラジエーターチューブ、信管、薬莢。要するに軍需の金属加工から始まった会社で、呉海軍工廠にも納入実績があった。そして1930年代、海軍からの委託で始めたのが冷房機の研究だった。潜水艦の艦内は機関の熱と人いきれで地獄のように暑く、長期航海では乗員の健康と電池の性能に直結する問題だった。海軍はこれを何とかしたかった。
この研究の過程で、1941年に潜水艦冷房機用のフロンガスを国産化する。これが今のダイキンの化学事業、そして空調事業の直接の祖先だ。つまりダイキンのエアコンもフッ素化学も、元をたどれば帝国海軍の潜水艦を涼しくするために生まれた技術ということになる。伊号潜水艦の艦内に冷房が入っていたという話を聞くと驚く人が多いが、その背後にいたのがこの会社だった。日本の潜水艦の歴史は別記事にまとめているので、興味があればそちらも読んでほしい。

戦時中は川崎航空機から陸軍機の製造の一部も引き受けていた。そして1945年、敗戦で軍需は消滅する。進駐軍向けのフロン特需と大規模な人員整理で経営破綻の危機をしのぎ、民需への転換を進めた。
ここで話が終われば「戦前は軍需、戦後は平和産業」というよくある転換物語だが、ダイキンの場合は砲弾がもう一度戻ってくる。
朝鮮戦争で砲弾に復帰、1957年から防衛庁納入
1950年に朝鮮戦争が始まると、米軍は日本の工場に弾薬を大量発注した。ダイキンは1952年に米国から81mm迫撃砲弾を受注し、3年間で200万発の各種砲弾を製造した。砲兵工廠の技師が興した会社に、砲弾の仕事が20年ぶりに舞い戻った形だ。
そして1957年、当時の防衛庁向けに砲弾の納入を開始する。以来70年近く、自衛隊の火砲弾薬を切れ目なく供給し続けているのが特機事業部だ。2021年には近畿中部防衛局長から感謝状を受けている。
この「1957年から一度も途切れていない」という点が、実は日本の防衛産業においては相当に貴重だ。砲弾の製造は金属の精密加工、火薬の充填、品質管理のすべてに独特の技能が要り、一度ラインを止めると再開に何年もかかる。コマツが装甲車や榴弾から手を引き、住友重機械が機関銃から撤退し、防衛産業からの離脱が相次ぐ中で、ダイキンは黙って作り続けてきた。防衛産業のサプライチェーンを考えるとき、この種の「地味に続けている会社」の価値は決して小さくない。
何を作っているのか|40mmから127mmまで

ダイキンの特機事業部が手がける砲弾は、小さいもので口径40mm、大きいもので127mmまで幅広い。
陸上自衛隊向けの主力は戦車砲用の徹甲弾と訓練弾だ。120mm滑腔砲から撃ち出されるAPFSDS、装弾筒付翼安定徹甲弾は、タングステン合金の細長い弾芯を秒速1600m以上で敵戦車に叩きつける。この弾を国内で作れる会社は他にない。10式戦車の主砲がどれだけ優秀でも、撃つ弾がなければただの鉄の箱であり、その弾の国産基盤を一社で支えているのがダイキンだ。16式機動戦闘車の105mm砲弾についてはダイキンが手がけているかどうか公表資料では確認できないが、戦車砲用弾薬の国産基盤が一社に集中している構造は変わらない。陸自の直接照準火力は、この会社なしには成り立たない。
他にも81mm迫撃砲弾、40mm自動てき弾銃用弾薬、84mm無反動砲用弾薬といった歩兵火力の弾を作っている。海上自衛隊向けには護衛艦の127mm速射砲弾を製造しており、これが同社の扱う最大口径になる。なお155mm榴弾は手がけていないので、「ウクライナ向けに日本が155mm砲弾を出すならダイキンが増産か」という2023年頃の観測は事実誤認だ。
砲弾以外では、誘導弾の弾頭と信管が重要な柱だ。2024年7月に高見防衛大臣補佐官が淀川製作所を視察した際、防衛省の公式発表には「砲弾や誘導弾の弾頭等の製造現場を視察」と書かれている。どのミサイルの弾頭かは公表されていないが、スタンド・オフ防衛能力の整備で誘導弾の調達が急増している今、砲弾より誘導弾部品の方が伸びしろは大きいはずだ。
航空機向けには、エンジン火災時に消火剤を噴射する航空機搭載消火器を作っている。そして防衛で培った精密加工技術を転用したのが医療用の酸素濃縮装置と呼吸同調器で、在宅酸素療法の機器としてこちらも特機事業の中で育っている。砲弾を削る技術と、慢性呼吸不全の患者の酸素を作る技術が同じ事業部にある、というのは考えてみれば面白い話だ。
淀川製作所という「混在」の場所

ダイキンの防衛製品はすべて、大阪府摂津市の淀川製作所で作られている。ここは空調、化学、油機、特機の4つの事業部門と、テクノロジー・イノベーションセンターが同じ敷地に同居する拠点で、エアコンの生産ラインと砲弾の生産ラインが同じ工場の中にある。防衛専業メーカーの工場とはまるで雰囲気が違うはずで、これがダイキンの防衛事業の性格をよく表している。
この淀川製作所に、防衛省は2年続けて幹部を送り込んだ。2023年3月には井野防衛副大臣が特機事業部を視察して戦車砲用弾薬の製造現場を確認し、2024年7月には高見防衛大臣補佐官が砲弾と誘導弾弾頭の製造現場を見て社員と意見交換している。副大臣クラスが2年連続で一企業の砲弾工場に足を運ぶというのは、それだけ防衛省がこの拠点の維持を気にしている証拠だ。
背景には弾薬の備蓄問題がある。2022年末の防衛力整備計画では、自衛隊の継戦能力を確保するために弾薬の取得費を大幅に積み増し、火薬の国内生産基盤を国が主導して整備する方針まで打ち出された。ウクライナで砲弾の消耗量が予想をはるかに超え、欧米が備蓄を吐き出して増産に苦しむ姿を見て、日本も「弾がなければ戦えない」という当たり前の事実に向き合わざるを得なくなった。その日本で戦車砲弾を作れる唯一の民間工場が、摂津市の一角にある。
売上に占める割合はどれくらいか
ここで投資家向けに規模感を押さえておく。
2026年3月期のダイキンの連結売上高は5兆150億円で、初めて5兆円を超えた。営業利益は4149億円。このうち空調・冷凍機事業が4兆6211億円、化学事業が2814億円で、残りの「その他事業」が1124億円。この「その他」に油機事業、特機事業、電子システム事業の3つが含まれている。
特機事業の売上高は単独では開示されていない。だが「その他」全体で1124億円、そのうち油圧機器の油機事業が相当な部分を占めることを考えると、特機事業は数百億円規模、しかもその中には医療機器も含まれる。純粋な防衛向けは、連結売上の1%に届かないと見ておくのが妥当だ。
つまりダイキン株を「防衛関連銘柄」として買うのは、率直に言って筋が悪い。防衛予算が倍になっても、ダイキンの業績はほぼ動かない。ダイキンの株価を決めるのは米国の住宅市場と中国の不動産不況と欧州のヒートポンプ需要であって、10式戦車の砲弾ではない。
ただし逆の見方もできる。防衛が1%しかないからこそ、ダイキンは防衛省に対して価格交渉で強気に出る必要がないし、儲からなくても撤退しない余裕がある。防衛が主力の中堅企業は予算が減れば即座に経営が傾くが、ダイキンにとって特機事業は「本業の利益で支えられる社会的責任」に近い位置づけだ。この構造は、防衛省から見れば安定供給の観点で頼もしく、投資家から見れば「なぜやっているのか分からない事業」に見える。そしてその矛盾が、2025年に噴き出した。
白リン発煙弾からの撤退|ESGが防衛産業を削った日
2025年2月、日経が「砲弾で株売られたダイキン、ESGの圧力で事業撤退へ」と報じた。内容はこうだ。ダイキンが陸上自衛隊の演習向けに製造していた白リン発煙弾の製造から撤退する。売上に占める割合は低いが、人道面を問題視した欧州の投資家が同社株を相次いで売却したことが要因になった。コマツも関連事業の受注終了を決めた。
白リン発煙弾は、白リンが空気と反応して燃える性質を使い、煙幕を張ったり目標を指示したりするための弾薬だ。国際的に禁止されている兵器ではない。だが白リンは人体に触れると深いやけどを負わせるため、市街地で使われた事例が人道問題として繰り返し批判されてきた。欧州の年金基金や運用会社の中には、白リン弾を製造する企業を投資対象から除外する方針を持つところがあり、ダイキンもその網にかかった。
ここで重要なのは、自衛隊が白リン弾を市街地で人に向けて使ったわけではないという点だ。演習場で煙幕を張るための弾であり、しかも作っているのは売上の1%未満の事業のさらに一部。それでも投資家は売った。ESG投資は「その企業が何をしているか」だけでなく「その企業がリストのどこに載っているか」で機械的に動くからだ。
中谷防衛大臣は2025年2月28日の記者会見でこの件を問われ、日本の防衛産業は平和と独立、自由と民主主義を守るために重要な役割を負っている、投資家を含めた幅広い層に防衛産業の意義を理解してもらえるよう広報したい、と述べた。防衛大臣が投資家に向かって「理解してほしい」と頭を下げた格好で、防衛省としては珍しい発言だった。
私はこの件を、日本の防衛産業が抱える構造問題の縮図だと思っている。三菱重工のように防衛が事業の柱の一つになっている企業なら、投資家の一部が離れても踏みとどまる。だがダイキンのように防衛が1%の企業にとっては、グローバルな時価総額5兆円を守る方が、演習用発煙弾のラインを守るより圧倒的に合理的だ。そして日本の防衛産業には、そういう「1%の企業」が無数にある。コマツの防衛事業撤退も島津製作所の撤退報道も、根っこは同じところにある。
6367株を投資家目線で見る
先に断っておく。私はダイキン株の売買を推奨する立場にないし、以下は公開情報に基づく私見であって、投資判断は自己責任でお願いしたい。
ダイキンは時価総額が5兆円台の日本を代表するグローバル企業で、2026年3月期の1株当たり純利益は940円、年間配当は340円、2027年3月期は360円への増配を予想している。2026年5月には総額3500億円の自社株買いも決めた。空調で世界首位を争う優良株であり、新NISAの成長投資枠で長期保有する銘柄として人気が高い。
その上で、防衛という切り口でダイキン株を見るときに私が押さえているのは3点だ。
二つ目は、逆にESGリスクとして防衛が株価に効く可能性があること。白リン弾で実際に欧州勢が売ったのだから、この先も「ダイキンは兵器を作っている」というレッテルが特定の投資家の除外リストで発動する可能性はある。売上1%の事業が、時価総額の数%を動かしうる。ダイキン経営陣がこれをどう見ているかは分からないが、白リン弾を切った判断は「1%の事業のためにグローバル投資家を失うわけにはいかない」というメッセージとしては明確だった。
三つ目は、防衛装備品の工場を国が持ち民間が運営する「国有民営」の制度設計だ。2026年7月に法改正に向けた調整が報じられている。もしこれが実現すれば、ダイキンのような「本業が別にある企業」が砲弾ラインを維持するコストと風評リスクを国が肩代わりする形になり、撤退圧力を和らげる仕組みになりうる。ダイキンの株価には直接効かないが、日本の砲弾供給が続くかどうかには効く。
要するに、ダイキン株の投資判断に防衛は入ってこない。だが日本の防衛にとってダイキンは欠かせない。この非対称性を理解しておくことが、この銘柄を防衛の文脈で語るときの前提になる。
防衛関連株全体の見方は防衛関連銘柄の完全投資ガイドにまとめている。
日本製鋼所・コマツ・日油との棲み分け

砲弾という製品は、実は一社では完結しない。
砲そのものを作るのは日本製鋼所で、戦艦大和の主砲から10式戦車の120mm砲まで、日本の火砲は室蘭で生まれている。砲弾の火薬や炸薬を作るのは日油。信管の一部や火工品は細谷火工。そして砲弾の弾体を精密加工し、火薬を充填して完成品にするのがダイキンだ。かつては155mm榴弾でコマツがこの列に並んでいたが、撤退した。
この分業の中でダイキンが握っているのは「弾体の精密加工」という工程で、砲兵工廠の技師が創業した会社の100年来の本業でもある。徹甲弾の弾芯は数十ミクロンの精度で削らなければ命中しないし、弾道が安定しない。エアコンのコンプレッサーを作る精密加工と、砲弾を削る精密加工は、技術の根っこでつながっている。
防衛産業全体の地図は日本の防衛産業・軍需企業一覧で整理しているので、ダイキンの位置を俯瞰したい人はそちらから入ってほしい。
まとめ
ダイキンの防衛事業は、陸軍砲兵工廠の技師が興した会社が、海軍潜水艦の冷房でフロンを覚え、戦後は朝鮮戦争の砲弾で復帰し、1957年から70年近く自衛隊の砲弾を作り続けてきた、という物語だ。日本で唯一の戦車砲用徹甲弾メーカーであり、誘導弾の弾頭と信管も担う。日本の陸上火力の根っこを支えている。
投資家として言えば、ダイキン株に防衛は関係ない。だがミリタリーファンとして言えば、10式戦車が撃つ弾は摂津の工場から来ている。次に総火演の映像で戦車の主砲が火を噴くのを見たら、あの徹甲弾を削った会社が「うるさらX」を作っている会社でもあることを思い出してほしい。
投資に関する免責事項:本記事は公開情報に基づく個人的な分析であり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。株式投資には元本割れのリスクがある。投資判断は必ず自身の責任で行ってほしい。







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