SBSとは、英国の特殊舟艇部隊(Special Boat Service)のことで、海軍と海兵隊の側から生まれた英国の特殊部隊だ。本部はイングランド南岸ドーセット州のRMプール。SAS、特殊偵察連隊、特殊部隊支援群と共に英国特殊部隊(UKSF)を構成し、特殊部隊局長の指揮下にある。隊員はおよそ200〜300人で、その大半はロイヤルマリーン・コマンド出身。潜水、カヌー、高速艇、落下傘のすべてを使い、海からの偵察と襲撃、そして船舶や石油プラットフォームに対する海上対テロ作戦を本業にする。
SBSはSASと同じ選抜を通り、同じ戦争に出て、同じくらい危険な仕事をしている。にもかかわらず、SASの十分の一も名前が知られていない。理由は簡単で、SASは1980年のイラン大使館事件でテレビカメラの前に登場したが、SBSは一度もそういう場面を作らなかったからだ。私はこの部隊を「英国特殊部隊で最も地味で、最も海に近い部隊」として書きたい。日本にとっては、海上自衛隊の特別警備隊を最初に教えた部隊でもある。
SASとの比較はこの記事の主題の一つなので、先にSASとはを読んでもらうと違いがはっきりする。
SBSとは:3行で
- 英国海軍・海兵隊系の特殊部隊。UKSFの一員でSASと同格、選抜も共通
- 潜水、舟艇、落下傘を全員が習得し、海上対テロと沿岸偵察を担当
- 1940年のカヌー襲撃隊が起源。標語は「By Strength and Guile(力と策略によって)」
任務:海から入り、船を取り返し、陸で戦う

写真:Zatoichi1564/出典・利用条件(CC0)
海上対テロ:M中隊の「黒い任務」
SBSの最も知られた役割は海上対テロだ。ハイジャックされた船舶、占拠された石油プラットフォーム、港湾施設へのテロ。これに対処する専門中隊が置かれ、ヘリからのファストロープ、高速艇からの乗り込み、潜水による接近のすべてを組み合わせて突入する。SASが陸上の対テロ、SBSが海上の対テロ、という分担は1970年代から続いている。
北海の油田プラットフォームは英国の生命線で、ここを守る能力は英国以外にはほとんど需要がない。SBSの技術体系が独特なのは、この「北海」という前提があるからだ。
沿岸偵察と上陸準備
もう一つの本業が、上陸作戦に先立つ海岸偵察だ。潜水艦やカヌーで敵の海岸に近づき、砂の硬さ、障害物、防御を調べて上陸部隊に伝える。1982年のフォークランド紛争では、SASと共に南ジョージア島の奪回作戦に投入され、本島上陸に先立つ偵察を担った。2003年のイラク戦争では、アル・ファウ半島の石油施設を確保する作戦の先鋒に立っている。
この「泳いで海岸を調べる」仕事は、陸自の水陸機動団の偵察中隊や、米海軍SEALsの原点と同じだ。海から上がる部隊には必ず、先に海岸を見に行く人間が要る。
陸上での対テロ戦争
2001年以降のアフガニスタンとイラクでは、SBSはSASと並んで陸上作戦に投入された。2001年11月のマザーリシャリーフ近郊、カライジャンギ要塞での捕虜蜂起ではSBSの小部隊が米側と共に鎮圧にあたり、2000年のシエラレオネでは人質救出作戦バラスに参加した。SBSは「海の部隊」だが、対テロ戦争の20年で「陸でも戦える海の部隊」に変わった。
シーン再構成:北海の石油プラットフォームはこう取り返す(想定)
公開情報と英軍の訓練報道から、M中隊が動く夜を私なりに組み立てる。実際の手順とは別物だ。
夕方、北海のプラットフォームが武装集団に占拠されたとの通報が入る。プールから隊員がヘリで発進し、海軍の艦に移る。夜、艦は水平線の外に止まり、まず潜水班が発進する。リブリーザーで気泡を出さずに脚柱の根元まで泳ぎ、脚をよじ登って下層デッキに取り付く。
同時にヘリが2機、上層のヘリデッキに向かい、ファストロープで第二波が降りる。上と下から同時に入るのがこの部隊のやり方で、狭い通路と階段を一区画ずつ制圧していく。制圧が終われば、プラットフォームは操業者に返され、隊員は再びヘリで艦に戻る。
この一連の動きで、SBSが自前で持つのは隊員と潜水器材とボートだけだ。艦もヘリも海軍から借りる。海自の特別警備隊とまったく同じ構造で、だから2000年に日本が先生として選んだのがこの部隊だったのだと思う。
編成:4個中隊と、200〜300人
| 部隊 | 役割(公開情報ベース) |
|---|---|
| 本部(RMプール) | 指揮官は中佐。副官は少佐 |
| C中隊 | 舟艇・潜水を中心とする作戦中隊 |
| M中隊 | 海上対テロを専門とする中隊 |
| X中隊 | 2000年代の対テロ戦争期に増設された作戦中隊 |
| Z中隊 | 作戦中隊 |
| SBS通信中隊 | 第18(UKSF)通信連隊の一部として通信を支援 |
| 特殊部隊舟艇操作員 | SBSを支援する専門の舟艇乗員。ロイヤルマリーンから選抜 |
| SBS予備役 | 元軍人から選抜。適性選抜段階の開始時に42歳6か月以下 |
隊員数は200〜300人とされ、SASの4個中隊とほぼ同規模だ。各中隊は海兵隊少佐か海軍少佐が指揮する。
選抜:SASと同じ道を通り、そこからさらに泳ぐ

写真:Zatoichi1564/出典・利用条件(Public domain)
UKSF共通選抜
2000年代以降、SASとSBSの選抜は英国特殊部隊共通選抜として一本化された。まず6日間の事前評価で適性を見たうえで、ウェールズのブレコン・ビーコンズでの適性段階に進む。ここが有名な「丘」で、地図と背嚢だけで山を歩き続け、最後は約64キロの長距離行軍を制限時間内に完歩する。次にジャングル段階と、脱出・生存・抵抗の訓練。ここまでSASもSBSも同じだ。
SC3:泳ぐ者だけがSBSになる
その先で道が分かれる。SBS志願者は「スイマー・カヌーイスト第3級」、SC3と呼ばれる課程に進む。あらゆる条件下での潜水、長距離のカヌー漕行、水中爆破、海岸偵察と測量。これを終えて初めてSBSの隊員になれる。つまりSBS隊員はSASと同じ山を越え、さらに海に潜っている。
隊員はロイヤルマリーン出身が大半だが、陸軍や空軍からも受け入れる三軍横断の部隊で、女性の応募も制度上は開かれている。応募者の多くがロイヤルマリーン・コマンドの資格を持ってから来るので、SBSの選抜は事実上「コマンド課程の上にUKSF選抜を積む」二段構えになる。
体力面の水準は、自衛隊の体力検定の最上級を明確に上回る。日本人が目指せる部隊ではないが、「装備を背負って泳ぐ」「山を歩き続ける」という二つの基礎は、水陸機動団やレンジャーを目指す人にもそのまま当てはまる。
SASとの違い:表で整理
| 項目 | SAS | SBS |
|---|---|---|
| 所属 | 陸軍 | 海軍(隊員はロイヤルマリーン中心) |
| 本部 | ヘレフォード(スターリング・ラインズ) | プール(RMプール) |
| 標語 | Who Dares Wins | By Strength and Guile |
| 対テロの分担 | 陸上・都市 | 海上・船舶・プラットフォーム |
| 選抜 | UKSF共通選抜+部隊訓練 | UKSF共通選抜+SC3(潜水・カヌー) |
| 起源 | 1941年北アフリカ、スターリング | 1940年、コートニーのカヌー襲撃隊 |
| 知名度 | 1980年イラン大使館事件で世界的に有名 | 訓練公開ほぼなし |
| 規模 | 4個中隊 | 4個中隊。200〜300人 |
両部隊は同じ特殊部隊局長の下にあり、対テロ戦争では同じ作戦に混成で入ることも多かった。「SASは山の部隊、SBSは海の部隊」というのは半分正しく、半分は古い。いまは両方とも山にも海にも行く。ただ、潜水と舟艇の専門性、そして北海と船舶を守る任務は、SBSにしかない。
隊員の間の対抗意識はよく語られるが、私が見る限り、任務が近い部隊同士の競争は練度を上げる方向に働いている。米国のデルタとDEVGRUの関係に近い。
歴史:カヌーから始まった部隊

写真:Johnson (Sgt), No 2 Army Film & Photographic Unit/出典・利用条件(Public domain)
1940年、ロジャー・コートニーの折りたたみカヌー
SBSの起源は1940年7月、陸軍将校ロジャー・コートニーが作った特殊舟艇班だ。彼は折りたたみ式のカヌー「フォルボート」で敵の港に忍び込む構想を売り込み、上層部に相手にされなかったため、夜に停泊中の英艦にカヌーで近づいて甲板に落書きをして戻り、実演で説得したという逸話が残る。地中海で沿岸襲撃と偵察を重ね、この小さな部隊がSBSの名の源流になった。
1942年、コックルシェル・ヒーローズ
SBSと並ぶもう一つの源流が、ロイヤルマリーン・ブーム・パトロール分遣隊だ。1942年12月、ハスラー少佐率いる10人がカヌーでジロンド川を遡り、ボルドー港のドイツ船舶に吸着機雷を仕掛けた。作戦フランクトン、通称コックルシェル・ヒーローズ。10人のうち生きて帰ったのは2人で、捕らえられた6人はヒトラーの指令により処刑された。
この作戦は、カヌーという原始的な手段で戦略目標を叩けることを証明した。戦後、ロイヤルマリーンの中に小規模襲撃部隊として残った系譜が、1977年に特殊舟艇中隊、1987年に特殊舟艇部隊と改称され、いまのSBSになる。標語も長く「力ではなく策略で」だったものが、2003年に「力と策略によって」に改められた。
極東:日本軍と向き合った舟艇部隊
旧軍ファンとして書いておくと、大戦末期のビルマ沿岸には英軍の小規模作戦群が展開し、カヌーと小艇でアラカン海岸の日本軍陣地を偵察・襲撃していた。SBSの系譜に連なる部隊もここに含まれる。インパール作戦の後、英軍がビルマを南下する過程で行われた沿岸上陸の多くは、こうした舟艇部隊の偵察に支えられていた。シンガポール陥落で「海から来る敵」に敗れた英軍が、3年後には「海から入る部隊」で日本軍を押し返した、と見ることもできる。シンガポール側の話はシンガポールの戦いとはに書いた。
フォークランド:海岸を先に見た男たち
1982年のフォークランド紛争は、SBSの仕事を一番わかりやすく示した戦争だ。4月の南ジョージア島奪回作戦ではSASと共に上陸し、悪天候で氷河に阻まれながら偵察を続けた。5月21日のサン・カルロス上陸に先立っては、東フォークランド島の海岸線に潜入して上陸適地を調べ、アルゼンチン軍の監視所を排除した。英軍の主力が上陸できたのは、その海岸をSBSが先に見ていたからだ。
上陸部隊が海岸に着く何日も前に、暗い海から泳いで砂を調べに行く。私はこの仕事を、特殊部隊の任務の中で最も地味で、最も代替の利かないものだと思っている。
冷戦から対テロ戦争へ
朝鮮戦争、インドネシア紛争、フォークランド紛争、湾岸戦争、東ティモール、シエラレオネ、アフガニスタン、イラク、リビア、対イスラム国作戦。SBSは英国が関わったほぼすべての戦争に出ている。2011年のリビアでは砂漠の油田地帯から民間人を救出する作戦に投入され、海の部隊が砂漠で仕事をした。
なぜ記録が少ないのか
英国政府は特殊部隊の活動について「肯定も否定もしない」方針を長く貫いており、SASの作戦ですら公式には認められないものが多い。SBSはさらに露出が少なく、部隊の存在が広く知られるようになったのは1980年代以降、隊員の回想録が出てからだ。この記事で「とされる」と書いた箇所が多いのはそのためで、SBSについて断定的に書いているサイトは、むしろ疑ってかかった方がいい。
2021年8月のカブール退避作戦でも英国特殊部隊の関与が報じられたが、SASとSBSのどちらがどこで何をしたかは、公式にはいまも明らかにされていない。見せない部隊の記録は、見せない部隊を教わった日本の特別警備隊と同じくらい薄い。
日本との縁:海自の特殊部隊を教えた部隊

写真:Petty Officer 1st Class Alex Perlman/出典・利用条件(Public domain)
ここは日本の読者に一番伝えたい。1999年の能登半島沖不審船事件を受けて海上自衛隊が特殊部隊の創設を決めたとき、基幹要員に基礎訓練を施したのはSBSから招かれた教官だった。2000年2月から3月にかけて、江田島の第1術科学校で行われている。海自の特別警備隊はモデルこそ米海軍SEALsだが、最初の先生は英国のSBSだ。
なぜSEALsではなくSBSだったのか。私の見立ては二つある。一つは、SBSが「船に乗り込む」海上対テロを本業にしていて、不審船対処という海自の要求に最も近かったこと。もう一つは、SBSが日本と同じ「艦を海軍が持ち、乗り込む人間は別組織」という構造で動いていることだ。ロイヤルマリーンの隊員が海軍の艦とヘリを借りて動く形は、海自の特別警備隊が自衛艦隊の艦とヘリを借りる形とそっくりで、教科書として輸入しやすかった。
装備:C8カービン、MP5、そして潜水器材
SBSの火器はUKSF共通で、ダイエマコ・コルトカナダのC8系カービンが主力とされる。英軍制式のL85A2は使わない。海上対テロではMP5系の短機関銃が長く使われ、狭い船内での取り回しを優先してきた。MP5が対テロ部隊の標準になった経緯はMP5完全解説で書いた。
潜水は閉鎖式のリブリーザーで気泡を出さず、カヌーと膨張式ボート、そして潜水艦から発進する小型潜水艇まで扱う。落下傘はSASと同じく自由降下まで全員が修得する。海上対テロで船内に乗り込む姿を再現するなら、東京マルイのMP5が一番近い。
世界の海の特殊部隊との比較
英国のSBSに相当する部隊は、米国ではネイビーシールズ、その最上位がDEVGRUだ。SBSはDEVGRUと緊密な関係にあるとされ、ティア1に相当する部隊として扱われることが多い。ただし米国のような明示的なティア制度が英国にあるわけではない。
日本の特別警備隊、韓国海軍の特殊戦旅団、インドのMARCOSを並べると、SBSは「規模は小さいが任務の幅が最も広い」部隊になる。世界の中での位置づけは世界最強特殊部隊ランキングと世界の特殊部隊一覧で扱った。
投資家の目で見るSBS
数百人の部隊で銘柄は組めない。産業上のつながりで言えば、英国防衛産業のBAEシステムズは日英伊の次期戦闘機GCAPの中核企業だ。SBSそのものより、英国が特殊部隊と海兵隊を「将来コマンド部隊」構想で再編し、沿岸即応群として常時前方展開させている流れの方が、英国防衛株の見方には効く。
投資は自己責任で。本記事は特定銘柄の売買を推奨するものではなく、私は投資助言業者でもない。
私の評価:地味さは弱さではない
SBSは、SASの影で語られることが多い。だが私はこの部隊を、英国特殊部隊で最も「専門性が代替できない」部隊だと思っている。山は陸軍でも歩ける。海から入って船を取り返し、北海の油田を守る技術は、SBSにしかない。
そして日本にとっては、海自の特殊部隊の最初の教師だった部隊でもある。特別警備隊が活動の多くを公表しない秘匿の流儀も、SBSから受け継いだものかもしれない。
よくある質問
SBSはどこの所属?
英国海軍の特殊部隊で、隊員はロイヤルマリーン・コマンド出身が大半。陸軍・空軍からも受け入れる三軍横断の部隊で、UKSFの一員として特殊部隊局長の指揮下にある。
SASとSBSはどちらが強い?
同じ選抜を通り、同じ作戦に混成で出る同格の部隊。潜水と舟艇、海上対テロはSBSの専門で、陸上の対テロと都市戦はSASが担う。
SBSの本部はどこ?
イングランド南岸ドーセット州のRMプール。
SBSの人数は?
公開情報で200〜300人とされ、4個作戦中隊からなる。
日本の特別警備隊との関係は?
2000年に海自が特殊部隊の基幹要員を選抜した際、SBSから招いた教官が江田島で基礎訓練を行った。特別警備隊の最初の教師がSBSだ。
コックルシェル・ヒーローズとは?
1942年12月、ロイヤルマリーンの10人がカヌーでボルドー港に潜入しドイツ船舶を攻撃した作戦フランクトンの通称。SBSの源流の一つで、映画にもなった。
女性は入れる?
制度上は開かれている。SBS予備役の募集要項も男女双方を対象にしている。
もっと深く知りたい人へ
英国特殊部隊の「生き残る技術」を体系的に書いた本として、元SAS隊員によるサバイバル・ハンドブックは定番だ。SBSの潜水やカヌーの部分は薄いが、UKSF共通の思想は伝わる。
コックルシェル・ヒーローズやフォークランドの記録は、耳で聴くと通勤中に読み切れる。
あわせて読みたい
出典
- 英海軍公式「Special Boat Service Reserve」(募集要項・年齢条件・6日間の事前評価)
- Britannica「Special Boat Service (SBS)」(編成・任務・訓練内容)
- Grey Dynamics「SBS: The Royal Navy’s Special Boat Service」(指揮系統・人員規模・選抜第2段階)
- Wikipedia「Special Boat Service」「UK Joint Special Forces Selection」「United Kingdom Special Forces」「18th (UKSF) Signal Regiment」(年表・参加作戦・SC3課程の整理に参照)
- Wikipedia「特別警備隊 (海上自衛隊)」(2000年のSBS教官招聘)
- 作戦フランクトン関連の英国公刊資料(Royal Marines Museum ほか)
いつも読んでくれてありがとう。長文の燃料はだいたいこれだ。







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