2019年、NECは子会社の日本アビオニクスを1株1100円で投資ファンドに売った。しかも市場価格より1割安い値段でだ。当時の日本アビオニクスは2期連続の営業赤字で、防衛省の調達は海外メーカーへ流れ、国内の電子装備メーカーは先細りと言われていた。NECからすれば「方向違いの赤字子会社」を処分した、というだけの話だった。
それから6年。2024年10月に1株を5株に分割しているので、あの1100円は今の株価に直すと220円に相当する。2026年8月の株価はおよそ5840円。26倍だ。売上高は2年で倍近くに膨らみ、営業利益率は19%に達し、受注残高は年商を超えた。
私はこの会社を「防衛費倍増の国策で、いちばん劇的に人生が変わった上場企業」だと思っている。何を作っているのか、なぜここまで化けたのか、そして投資家としてこの先どう見るべきかを、順に整理していく。
日本アビオニクスとは何者か
社名のアビオニクス(Avionics)はAviationとElectronicsの合成語で、航空電子機器のことを指す。1960年、日本電気(NEC)と米国のヒューズ・エアクラフト社の合弁会社「日本アビオトロニクス」として設立され、1980年に現社名になった。ヒューズといえば戦後アメリカの軍用電子機器の巨人で、レーダーやミサイル、通信衛星で名を馳せた会社だ。その日本側の受け皿として生まれたのが日本アビオニクスである。
この会社の背骨を作ったのは、1964年に受注した「自動警戒管制組織」だ。いわゆるバッジシステム(BADGE)で、日本全土のレーダーサイトから集めた航空情報をコンピュータで処理し、要撃機を指揮する航空自衛隊の防空システムである。米ヒューズの技術を基に、日本アビオニクスが第一次バッジシステムを主導し、その後の第二次バッジ、さらに現在のジャッジ(JADGE)システムの開発にも参画してきた。
ジャッジというのは、全国28か所のレーダーサイトと早期警戒機からの情報を統合し、スクランブル発進した戦闘機を管制官が誘導するための中枢システムで、現在は三菱電機やNECなど複数社が関わる巨大プロジェクトになっている。その原型を作ったのがヒューズと日本アビオニクスだった、という歴史は覚えておいていい。
つまりこの会社は、日本の空を守る「頭脳」の一部を60年前から作り続けている。太平洋戦争で日本の防空が惨憺たる結果に終わった理由の一つは、レーダー情報を戦闘機に伝える指揮管制の仕組みが貧弱だったことにある。B-29が来ているのは分かっても、どこに何機、どの高度で、どの戦闘機を上げるべきかを統合する仕組みがなかった。戦後の自衛隊がその教訓を最初に形にしたのがバッジであり、その現場にいたのが日本アビオニクスだった。
バッジ以外の沿革も一応押さえておく。1988年に東証二部に上場。2012年にNECグループの赤外線カメラ部門だったNEC Avio赤外線テクノロジーを吸収合併し、これが今の赤外線事業の母体になった。コロナ禍の空港や駅で発熱者を見つけていたサーモグラフィカメラの多くはこの会社の製品で、あの時期だけは一般の人にも社名が知られた。
事業所は横浜と新横浜。子会社は福島アビオニクス1社のみで、連結でも従業員数は数百人規模の会社だ。三菱重工や三菱電機と比べれば、企業規模としては桁が2つ小さい。だからこそ、防衛予算が2倍になったときの業績への効き方も桁違いに大きい。
事業構成|売上の8割が「情報システム」

日本アビオニクスのセグメントは2つしかない。
一つは情報システム事業で、防衛用システム製品、宇宙用電子部品、産業用電子機器を扱う。2026年3月期の売上高は238億5800万円で、全社の81.7%を占める。セグメント利益は50億9600万円。これが実質的な防衛事業だ。
もう一つが電子機器事業で、接合機器(抵抗溶接、パルスヒート、超音波、レーザーの4工法)と赤外線サーモグラフィカメラを扱う。売上高は53億3500万円、セグメント利益4億1900万円。前年は赤字だったが黒字転換した。データセンターの設備需要や、リチウムイオン電池の廃棄場での発火監視といった民需で伸びている。
つまり「防衛で稼いで、民需の赤外線と接合機器を育てている」会社だと理解しておけばいい。この記事は防衛側を掘る。
防衛製品の中身|自衛隊の「目」と「画面」を作る

公式サイトの事業紹介を読むと、陸海空それぞれに製品が並んでいる。
陸上自衛隊向けには対空戦闘指揮システム、指揮統制表示装置、信号処理装置。海上自衛隊向けには護衛艦、潜水艦、掃海艦艇に搭載する情報表示システム。航空自衛隊向けには警戒管制・航空管制レーダーシステム、戦闘機搭載レーダーシステム、地上射撃管制システムに対する信号処理装置、表示装置、運用ソフトウェアだ。
一言でまとめると、レーダーやソナーが拾った生の信号を処理して、指揮官や操作員が見る画面に変換する部分を作っている。派手なミサイルやレーダーアンテナそのものではなく、その一段奥にある「情報処理と表示」の会社だ。
技術ファン向けに補足しておくと、艦艇の戦闘指揮所(CIC)に並んでいる大型ディスプレイと、そこに映る戦術状況図を作るシステムは、艦の「頭脳」に最も近い装備の一つだ。護衛艦の戦闘システムは三菱電機のレーダーやNECの通信、OKIのソナーから情報を集約するが、それを操作員が判断できる形に整えて画面に出す部分を日本アビオニクスが担っている。防衛産業を分析している投資家の間では、艦艇用表示システムで国内トップシェアと評されることも多い。
もう一つ、地味に重要なのが宇宙用電子部品とハイブリッドICだ。同社はこれまで2500品種以上のハイブリッドICやモジュールを生産してきた実績を持ち、国産ロケットや人工衛星に採用されている。宇宙と防衛は「過酷な環境で絶対に壊れないこと」が求められる点で同じ商売であり、この耐環境性と信頼性が同社の売り文句になっている。
海自の艦艇にどんなシステムが載っているかは海上自衛隊の艦艇一覧で整理しているが、あの一覧に並ぶ艦の多くで、艦内の画面はこの会社の製品が映している。
NECからの「戦略的離婚」がなぜ覚醒につながったか
ここが日本アビオニクスを語る上で一番面白いところだ。
2019年7月、NECは日本アビオニクスの保有株全部(約50%)を、日本産業パートナーズ(JIP)傘下のNAJホールディングスによるTOBに応募すると発表した。買付価格は1株1100円で、公表前日の終値1223円より10%安い。買付代金は最大でも17億1200万円。今の時価総額から見れば信じられない値段だが、当時の同社は2期連続営業赤字で、宇宙・防衛の調達が海外メーカーへ流れて国内勢は劣勢、と真面目に語られていた時代だった。
NECの側から見ると、この売却には筋が通っている。NECはハードの製造から手を引いてIT・AI・セキュリティに集中する方針を打ち出していた。日本アビオニクスは工場と在庫と設備を抱える典型的な重資産の製造業で、NECが向かう方向とは真逆だった。赤字の製造子会社を再生ファンドに渡して、自分は身軽になる。合理的な判断だ。
だがその直後に、世界が変わった。2022年のウクライナ侵攻、そして防衛費GDP比2%への倍増方針。防衛省の調達が「安い海外製を買う」から「国内の生産基盤を守り、有事に備えて弾薬と装備を積み増す」へ180度転換した。艦艇の建造ペースが上がり、既存艦の近代化改修が増え、指揮統制システムの更新需要が一気に膨らんだ。日本アビオニクスはその全部に部品と装置を供給している。
ファンド傘下になったことも効いた。NEC時代は親会社の方針に縛られていたが、独立後は不採算事業の整理、人員の適正化、価格の適正化を進めて、利益率が劇的に改善した。2025年3月期の営業利益率は13.9%、2026年3月期は18.9%。NEC子会社時代には考えられない水準だ。
NECの防衛事業そのものはNECの防衛事業を解説した記事に書いたが、親会社が手放した子会社の方が防衛ブームで先に跳ねた、という構図は投資家として覚えておく価値がある。
受注と業績|受注残が年商を超えた

数字を見ていく。
2026年3月期の連結売上高は291億9400万円で、前期比45.1%増。営業利益は55億1500万円で前期のほぼ2倍、純利益は38億2000万円でこちらも倍増だ。売上高営業利益率は18.9%。防衛電子機器メーカーとしては相当に高い。
受注高は情報システム事業で332億7500万円、前期比44.5%増。期末の受注残高は296億5700万円で、前期比46.5%増えた。全社の受注残は311億2100万円で、2026年3月期の売上高291億円を上回る。つまり今この瞬間に新規受注がゼロになっても、1年分以上の仕事が積まれている。
2027年3月期の会社予想は売上高320億円、営業利益61億円、純利益42億円。伸び率としては1割程度に鈍化する予想だが、第1四半期は売上高83億円で前年同期比64.9%増、営業利益17億円で3倍と、出だしは計画を大きく上回るペースだった。この会社の予想は毎年保守的で、期中に上方修正するのが恒例になっている。2026年3月期も第3四半期で上方修正した。
この銘柄を追うなら、見るべき数字は一つに絞れる。第4四半期の受注高だ。防衛省の契約は3月に集中するので、1月から3月の情報システム事業の受注が来期の売上をほぼ決める。2026年3月期は第3四半期までの受注が258億円、通期で332億円だったから、第4四半期だけで74億円を取ったことになる。この3か月の数字が前年を割り込んだら要警戒、上回っていれば来期も安泰、という単純な見方でだいたい合っている。
他の防衛企業の受注残と並べて見たい人は日本の防衛企業・受注残ランキングを見てほしい。三菱重工の受注残は兆円単位だが、売上高に対する受注残の比率で見ると、日本アビオニクスのような中小型の方が「詰まっている」度合いは高い。
投資家目線で見る6946|光と影
先に断っておく。私は日本アビオニクス株の売買を推奨する立場にないし、以下は公開情報に基づく私見で、投資判断は自己責任でお願いしたい。
2026年8月12日時点の株価は5840円。2027年3月期の予想EPSが284円なので、予想PERは20倍強。純資産倍率は5倍を超える。ROEは25%と防衛関連の中では飛び抜けて高い。配当は2027年3月期予想で1株15円と増配傾向だが、利回りとしては0.3%程度で、配当目当ての銘柄ではない。2025年3月期と2026年3月期に各20億円規模の自社株買いを実施しており、株主還元は配当より自社株買いに軸足がある。
光の部分は明快だ。受注残が年商を超え、利益率が2割近く、防衛力整備計画の残り期間は仕事が確保されている。艦艇用表示システムという参入障壁の高いニッチを押さえており、護衛艦が増えれば増えるほど、既存艦を改修すればするほど、この会社の画面が売れる。
影の部分も明確にある。
一つ目はキャッシュフローだ。2026年3月期は営業キャッシュフローが36億円のマイナスになった。利益は出ているのに現金が減っている。理由は売掛金と契約資産が82億円増えたことで、要するに防衛省向けの仕事は納入から入金までの期間が長く、成長すればするほど運転資金を先に吐き出す構造になっている。会社は短期借入金を28億円から95億円へ増やしてこれを賄った。期末の現金はわずか10億円。自己資本比率は51.9%から44.6%へ7ポイント下がった。成長企業にはよくある「勝ちすぎて資金繰りが苦しい」状態だが、金利が上がる局面では支払利息がじわじわ効いてくる。
二つ目は防衛依存度の高さだ。売上の8割が情報システム事業で、その大半が防衛省向け。海外売上比率は12%しかない。防衛予算が削られれば、逃げ場がない。現行の防衛力整備計画は2027年度までで、その次の計画がどうなるかはこの銘柄の生命線になる。
三つ目はファンドの出口だ。JIPが46%を持っている。ファンドはいつか売る。市場での売り出しなら株価の重しになるし、どこかの事業会社への売却なら逆にプレミアムがつく可能性もある。どちらに転ぶか分からないが、この不確実性は株価に織り込まれ続ける。
四つ目は電子機器事業の利益率で、2027年3月期の第1四半期は再び損失を出した。接合機器も赤外線も価格競争が厳しく、防衛の好調に隠れているが、ここが安定して稼げるようにならないと「防衛一本足」の評価から抜け出せない。会社は2026年4月にセンシングソリューション事業部を赤外線センシング事業部に改称し、熱の可視化を監視や計測のソリューションとして売る方向に舵を切っている。データセンターの熱監視やリチウムイオン電池の発火監視は、防衛とは別の国策的な需要でもあり、ここが第二の柱に育つかどうかが中期の評価を分ける。
もう一つ付け加えるなら、受注残296億円が「良い受注」なのかという点も一応疑っておきたい。防衛省向けの請負契約は進捗基準で売上を認識するので、原価が膨らめば利益率は後から下がる。2026年3月期の利益率が18.9%と高いのは、価格適正化が効いた分と、製品構成が有利だった分の両方があるはずで、資材費や人件費の上昇が続く中でこの利益率を維持できる保証はない。工事損失引当金は今のところ小さいが、四半期ごとに確認する価値がある。
防衛関連株全体の見方は防衛関連銘柄の完全投資ガイドに、同じ規模感の銘柄は防衛関連の中小型株10社にまとめている。日本アビオニクスはその中でも「業績の変貌が最も激しく、その分ボラティリティも高い」銘柄として位置づけている。
三菱電機・NEC・東京計器との棲み分け

日本の防衛電子機器を地図にすると、こうなる。
電波を出す側、つまり艦艇や航空機、地上のレーダー本体は三菱電機。通信とネットワーク、C4Iの基盤はNEC。音を聞く側、ソナーはOKI。電波を受けて警告する側、レーダー警戒装置や慣性航法装置は東京計器。そしてこれらのセンサーが集めた情報を処理し、画面にして人間に見せる部分が日本アビオニクスだ。
一つの護衛艦の中に、この5社の製品が全部入っている。どれか一社が欠けても艦は戦えない。防衛産業のサプライチェーンというのはこういうもので、大手の陰に「代替のきかない中堅」が何社も並んでいる。日本アビオニクスはNECの手を離れた今も、NECの通信と三菱電機のレーダーの間に立って、艦の画面を作り続けている。
全体像を俯瞰したい人は日本のレーダー・電子戦企業一覧と日本の防衛産業・軍需企業一覧から入るのが早い。
まとめ
日本アビオニクスは、1964年のバッジシステム以来、日本の防空と艦隊の「頭脳と画面」を60年作り続けてきた会社だ。NECが赤字子会社として1株1100円で手放した6年後に、株価は分割調整後で26倍、営業利益率は19%、受注残は年商超えになった。国策が企業の運命をここまで変える例は、私の知る限り日本の防衛産業でも他にない。
ただし、勝ちすぎて運転資金が苦しく、防衛依存度は8割、ファンドの出口は未定。光と影がはっきり分かれた銘柄で、「防衛株なら何でも上がる」時期は終わりつつある。ここから先は、2027年度以降の防衛力整備計画と、キャッシュフローの改善を見ながら判断するのが妥当だと私は考えている。
ミリタリーファンとしては、次に護衛艦の一般公開に行ったら、CICの写真は撮れなくても艦橋の電子海図やレーダー画面をよく見てほしい。あの画面の裏側に、ヒューズの遺伝子を継いだ横浜の会社がいる。
投資に関する免責事項:本記事は公開情報に基づく個人的な分析であり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。株式投資には元本割れのリスクがある。投資判断は必ず自身の責任で行ってほしい。







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