海上自衛隊の潜水艦は、世界で最も静かな通常動力潜水艦だと言われる。その1隻に、いったい何社が関わっているのか。
答えは「誰も正確には知らない」だ。たいげい型の建造費はネームシップで約800億円。その中身は、船体を組む造船所から、電池、鋼材、ソナー、潜望鏡、魚雷、航法装置、通信、空調まで、何百社もの製品の集合体であり、防衛省も造船所も部品の全リストを公表していない。
だが主要なところは公開情報でかなり追える。そしてそれを並べてみると、日本の潜水艦というのは「三菱重工と川崎重工が作っている」という一言では到底済まないことが分かる。この記事では、日本の潜水艦に関わる企業を部位ごとに整理し、投資家の目線でそれぞれがどれくらい潜水艦に依存しているかも添えていく。潜水艦そのものの解説はたいげい型とそうりゅう型の記事に譲る。
一覧表|部位別の主要企業
先に全体像を表にしておく。依存度は「その企業の事業全体に占める潜水艦の重み」を私の感覚で3段階にしたもので、会社の公表数値ではない。
以下、部位ごとに中身を見ていく。
建造|三菱重工と川崎重工の交互建造

日本の潜水艦を建造できる造船所は、世界でも珍しいことに2つある。三菱重工業の神戸造船所と、川崎重工業の神戸工場だ。どちらも神戸港の中にあり、防衛省は毎年1隻ずつ、両社に交互に発注する。片方が設計を主導した艦級でも、もう片方が同じ図面で建造する。これを交互建造と呼ぶ。
なぜ1社に絞らないのか。潜水艦の建造技術は特殊で、一度途切れると回復に10年単位の時間がかかる。造船所が1つしかなければ、その1社に何かあった瞬間に日本の潜水艦は作れなくなる。2社体制は効率より継続性を優先した、防衛省の意図的な設計だ。オーストラリアがコリンズ級の後継で苦しんだのも、自国に潜水艦を継続的に建造してきた造船所がなかったからで、日本はその轍を踏まないために毎年1隻のペースを70年近く守ってきた。
三菱重工は帝国海軍の時代から潜水艦を作ってきた造船所で、伊号潜水艦の多くが神戸で生まれた。川崎重工も同じく神戸で戦前から潜水艦を手がけ、戦後最初の国産潜水艦おやしおも川崎が建造した。この2社の関係は競合というより、日本の潜水艦という一つの事業を分担する共同体に近い。
投資家目線で言えば、三菱重工は防衛が売上の2割前後を占める中で潜水艦は艦艇部門の一部、川崎重工も同様で、潜水艦単体で株価が動く規模ではない。ただし川崎重工にとって潜水艦は防衛の中でも利益率と安定性が高い柱で、川崎重工の防衛事業を見るときは真っ先に確認すべき項目になる。三菱重工については別記事で艦艇部門全体を整理している。
動力|川崎重工のディーゼルとGSユアサの電池

たいげい型はディーゼル・エレクトリック方式で、ディーゼルエンジンで発電機を回して電池に充電し、電池の電力で推進電動機を回す。この系統には3つの企業が絡む。
ディーゼルエンジンは川崎重工だ。そうりゅう型までの12V25/25SB型に続き、たいげい型4番艦以降には新型の25/31型が搭載され、発電能力が向上している。潜水艦用ディーゼルは水上艦用と違って、スノーケル航走時の吸気制限や静粛性の要求が厳しく、専用設計になる。川崎重工はそうりゅう型のスターリングAIP機関もスウェーデンのコックムス社からのライセンスで製造していたが、たいげい型ではリチウムイオン電池の採用でAIPそのものが廃止された。
その電池がGSユアサ(6674)だ。そうりゅう型11番艦おうりゅうから世界で初めて潜水艦にリチウムイオン電池が搭載され、たいげい型はこれを前提に設計を最適化した艦級になる。鉛蓄電池より高出力で長時間の水中航走ができ、充電も速い。世界の潜水艦がAIPで潜航時間を稼ごうとする中で、日本はAIPを捨てて電池で勝負する道を選んだ。その判断の根拠がGSユアサの電池技術にある。
GSユアサは京都の電池メーカーで、自動車用鉛電池と産業用電池が主力。潜水艦用電池の売上は開示されておらず、全社から見れば小さいが、防衛省への納入実績と「世界初」の看板は同社の技術力を示す最強の広告になっている。潜水艦電池は数年に1隻分しか出ないので業績への効き方は限定的だが、豪州向けもがみ型のような艦艇輸出が進めば、潜水艦の輸出でも電池が売り物になる可能性はある。
推進電動機については、防衛省向けの艦艇用電動機で実績のある富士電機が潜水艦の主電動機を手がけてきたとされている。ただし公表資料で確認できる範囲は限られるので、ここは業界での一般的な理解として書いておく。
船体|日本製鉄の高張力鋼

潜水艦の耐圧殻は、深く潜れば潜るほど巨大な水圧に耐える鋼材が要る。日本の潜水艦の潜航深度は非公表だが、通常動力型としては世界最高水準と言われており、その根拠になっているのが国産の高張力鋼だ。
はるしお型以降で使われてきたNS110は降伏強度110kgf/mm²級の高張力鋼で、日本製鉄(旧新日本製鉄)が開発した。これは米海軍の原潜に使われるHY-100を上回る強度で、日本の潜水艦が深く潜れる理由の一つになっている。鋼材は切断も溶接も難しく、この鋼を安定して作れるメーカーと、それを溶接して耐圧殻に組める造船所の両方があって初めて潜水艦になる。
日本製鉄にとって潜水艦用鋼材は年商9兆円の中の誤差以下だが、これを作り続けていることの意味は数字では測れない。世界の潜水艦の潜航深度の話は別記事で整理している。
センサー|NEC・OKIのソナー、三菱電機・ニコンの潜望鏡
潜水艦の目と耳は、船体より高価だと言われることがある。
ソナーはたいげい型でZQQ-8に更新された。艦首アレイ、側面の光ファイバーアレイ、曳航アレイを統合したシステムで、光ファイバー技術を使った受波器で探知能力を大幅に向上させた。この潜水艦用ソナーシステムはNECが主契約を担ってきたとされ、水中音響センサーや曳航アレイの要素技術ではOKIが長年の実績を持つ。OKIの防衛事業は「海自の耳」を作る会社として別記事にまとめた通りで、ソノブイから潜水艦のソナーまで水中音響の一貫した技術基盤を持っている。NECは通信とC4Iも含めて艦内の情報系全体に深く入っている。
潜望鏡はもっと面白い。そうりゅう型までは、ニコン(旧日本光学工業)製の13m光学潜望鏡と、三菱電機が英タレス社からライセンス生産した非貫通式潜望鏡1型が1本ずつ載っていた。ニコンはもともと帝国海軍の光学兵器を国産化するために設立された会社で、戦艦大和の測距儀も伊号潜水艦の潜望鏡もニコンだった。その系譜が海自の潜水艦まで続いていたわけだ。
たいげい型では光学式の潜望鏡が廃止され、非貫通式潜望鏡1型改1と三菱電機製の光学センサA型に置き換わった。マストにカメラを載せて艦内の画面で見る方式で、耐圧殻を貫通させる必要がなくなり、艦内配置の自由度が上がった。主契約は三菱電機で、光学系はニコンが供給しているとされる。潜望鏡を覗く艦長の姿は映画の中だけになった。
慣性航法装置とジャイロは東京計器だ。GPSの届かない水中で自艦の位置を割り出す装置で、これがなければ潜水艦はどこにいるか分からなくなる。ジャイロコンパスを100年作り続けてきた会社の技術が、ここに凝縮されている。
兵装|三菱重工の18式魚雷とハープーン
たいげい型は艦首に533mm魚雷発射管を6門備え、18式魚雷とハープーン・ブロック2を運用する。
18式魚雷は89式魚雷の後継として開発名称G-RX6で研究が進められ、2018年に制式化された国産の長魚雷で、製造は三菱重工が担う。囮や妨害に惑わされず、目標の最も効果的な部位を魚雷自身が選んで命中するとされ、深海だけでなく音響環境の複雑な浅海域でも使えるよう設計されている。魚雷は潜水艦の存在意義そのものであり、その国産開発を続けているのは日本の潜水艦の自立性を支える柱だ。
ハープーン・ブロック2は米ボーイング製で、国内企業は関わらない。射程は約250kmで、条件によっては対地攻撃にも使えるとされ、潜水艦発射型のスタンド・オフ兵器の入口になっている。将来的には国産の潜水艦発射型誘導弾の研究も進んでおり、次期潜水艦で垂直発射装置を載せるかどうかが議論されている。実現すれば三菱重工の誘導弾部門とIHIのロケットモーターがここに加わる。
艦内システム|表示・通信・空調

潜水艦の発令所に並ぶ画面と、それを動かす情報処理系は、艦艇用表示システムで国内トップの実績を持つ日本アビオニクスが護衛艦と同様に手がけている。通信はNECが中心で、水中から浮上せずに通信する技術は潜水艦運用の永遠の課題だ。
そして地味だが忘れてはいけないのが空調と生命維持だ。数十人が数週間、密閉された鉄の筒の中で暮らす以上、温度、湿度、酸素、二酸化炭素の管理は兵装と同じくらい重要になる。この分野で象徴的なのがダイキン工業で、同社は1941年に帝国海軍の潜水艦冷房用にフロンガスを国産化したのが化学事業と空調事業の起点になった。現在の海自潜水艦の空調をどの会社が担っているかは公表されていないが、日本の潜水艦と空調の縁は80年以上前から続いている。ダイキンの防衛事業は別記事で砲弾の話とあわせて書いた。
救難・支援|三井E&Sと川崎重工の深海救難艇
潜水艦には、沈んだときに乗員を助ける船が必要だ。
海自の潜水艦救難艦ちよだは三井E&S(旧三井造船)が建造し、深海救難艇DSRVは川崎重工が製造している。DSRVは沈没した潜水艦のハッチに直接接合して乗員を移す潜水艇で、これを持っている海軍は世界でも少ない。潜水艦を作る能力と、潜水艦を救う能力はセットで初めて意味を持つ。
三井E&Sは潜水艦本体には関わらないが、護衛艦や救難艦、艦艇用エンジンで防衛と深く結びついている。三井E&Sの防衛事業は別記事にまとめた。
無人潜水艇|次の潜水艦産業
そして2026年時点で最も動きが激しいのが無人潜水艇、UUVだ。
防衛省は長期運用型UUVの研究を三菱重工と進め、川崎重工も自社開発のUUVを海洋調査から防衛用途へ広げようとしている。有人潜水艦が1隻800億円、乗員70人、建造に5年かかる一方で、UUVは無人で安く、数を揃えられる。中国海軍の潜水艦戦力が数で圧倒する中、日本が有人潜水艦の質とUUVの数を組み合わせる方向に進むのはほぼ確実で、その受注を取るのは既存の潜水艦2社なのか、新興のドローン企業なのかが今後の焦点になる。日本の防衛ドローン企業は一覧記事で整理している。
投資家として潜水艦サプライチェーンをどう見るか
先に断っておく。私は各社株の売買を推奨する立場にないし、以下は公開情報に基づく私見であって、投資判断は自己責任でお願いしたい。
ここまで挙げた企業を「潜水艦への依存度」で並べると、はっきり3層に分かれる。
一つ目は潜水艦が事業の重要な柱になっている企業で、川崎重工が筆頭。三菱重工も艦艇部門の中では大きい。ただしどちらも連結売上に対する比率は小さく、潜水艦のニュースで株価が動くのは投資家の期待の話であって業績の話ではない。
二つ目は潜水艦が技術の看板になっている企業で、GSユアサ、OKI、東京計器、日本アビオニクスがここに入る。売上比率は小さいが、「海自の潜水艦に採用されている」という事実がその会社の技術水準を証明し、防衛費の伸びで受注が積み上がっている。この層が防衛関連株として一番素直に動いてきた。
三つ目は潜水艦が売上の誤差にしかならない巨大企業で、日本製鉄、NEC、三菱電機、ニコン、ダイキン。ここを潜水艦の文脈で買うのは筋が悪い。だが逆に、この層が撤退したら日本の潜水艦は作れなくなる。
日本の潜水艦産業の最大のリスクは、2社の造船所ではなく、この三層目の「儲からないのに続けている企業」が静かに手を引くことだと私は思っている。コマツやダイキンの白リン弾のように、売上1%未満の事業は投資家の圧力一つで消える。防衛産業のサプライチェーンの脆さについては別記事にまとめた。
原子力潜水艦の議論が本格化すれば、この地図は大きく書き換わる。原子炉を作れる企業、つまり三菱重工と東芝と日立が新たに主役になり、潜水艦の建造費は3倍になる。日本の原潜保有の記事で論点を整理しているので、こちらも合わせて読んでほしい。
まとめ
日本の潜水艦は、三菱重工と川崎重工が神戸で組み立て、川崎のディーゼルとGSユアサの電池で動き、日本製鉄の鋼で深く潜り、NECとOKIのソナーで聞き、三菱電機とニコンの潜望鏡で見て、東京計器のジャイロで位置を知り、三菱重工の魚雷で撃ち、日本アビオニクスの画面で指揮され、三井E&Sと川崎重工の救難艇に守られている。少なくとも十数社の主要企業と、その下の数百社が、1隻800億円の中に詰まっている。
世界で最も静かな潜水艦は、世界で最も多層的なサプライチェーンの産物だ。その一つ一つの会社が黙って作り続けている限り、日本は自国で潜水艦を作れる数少ない国であり続ける。
漫画『沈黙の艦隊』を読んで潜水艦に興味を持った人は、あの艦を作った「日本の造船所と部品メーカー」がこの記事の面々だと思って読み返してみてほしい。物語がだいぶ違って見えるはずだ。
投資に関する免責事項:本記事は公開情報に基づく個人的な分析であり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。株式投資には元本割れのリスクがある。投資判断は必ず自身の責任で行ってほしい。







コメント