2013年6月、宮城県沖1,200キロ。太平洋横断中のヨットがクジラと衝突して沈み、キャスターの辛坊治郎さんと全盲のセーラー岩本光弘さんが救命いかだで漂流していた。ヘリコプターは届かない距離だ。船なら丸一日かかる。そこへ岩国から4発の飛行艇が飛んできて、うねる海に着水し、2人を拾って飛び去った。海上自衛隊のUS-2だ。
私はこの機体を「世界で一番贅沢な救急車」だと思っている。波高3メートルの外洋に降りられる量産飛行艇は、2026年の地球上にこれしかない。1機の値段は護衛艦のフリゲート並みで、2023年には「次の機体は700億円」と言われて生産が止まりかけた。それでも防衛省は翌年、作り続けることを決めた。
そして2026年4月、この機体はフィリピンのパラワン島沖に着水した。米比合同演習で、南シナ海で負傷者を運ぶ訓練だ。救難機が、いつの間にか南西方面の戦略の駒になっている。この記事では、二式大艇の血を引く世界唯一の飛行艇が何者で、なぜ高くて、なぜ日本が手放せないのかを書く。
一言でいうと、海に降りる救急車

出典:海上自衛隊ホームページ
US-2は海上自衛隊の救難飛行艇で、新明和工業が作り、2007年から岩国の第71航空隊で運用されている。仕事はひとつ、遠くの海で困っている人を拾ってくることだ。船の急病人、沈んだ船の乗員、離島の患者。ヘリの届かない1,000キロ先の海に飛んでいき、着水して、収容して、飛んで帰る。
前身のUS-1から数えて出動は1,000回を超え、救った人は1,000人以上になる。小笠原諸島の急患輸送は年に何十回もあり、硫黄島の基地経由で東京の病院まで運ぶ。日本の離島医療の一部は、この飛行艇が支えている。
| 項目 | US-2 |
|---|---|
| 製造 | 新明和工業(甲南工場) |
| 配備 | 2007年〜、岩国・第71航空隊 |
| 機数 | 8機納入、2026年時点で稼働6機 |
| エンジン | ロールス・ロイス AE2100J×4+境界層制御用エンジン×1 |
| 最大離陸重量 | 約47.7トン |
| 最高速度 | 580km/h以上 |
| 航続距離 | 約4,700km |
| 離着水 | 波高3mまで、離水約280m、着水約330m(重量43t時) |
| 最低速度 | 約90km/h |
| 乗員 | 11名(操縦士2、救難調整官、機上整備員、ダイバー3、救護員2ほか) |
| 収容 | 患者12名または座席20名 |
なぜ波高3メートルの海に降りられるのか

出典:海上自衛隊ホームページ
ここが技術ファンとしての本題だ。
普通の飛行艇は波が1メートルもあれば降りられない。着水の速度が速すぎて、波に叩かれて壊れる。US-2はその着水速度を、旅客機の半分以下の時速90キロまで落とす。落とす方法が境界層制御、BLCだ。4基のエンジンとは別に5基目の小さなエンジンを積み、そこで圧縮した空気を主翼の上面とフラップに吹き付ける。空気が翼から剥がれずに流れ続けるので、ゆっくり飛んでも失速しない。だから短く、遅く、静かに海に触れる。
もうひとつが機首の波消し板だ。着水すると船首のように水を切り、しぶきがエンジンに入るのを防ぐ。飛行艇の敵は水しぶきで、プロペラが水を叩けば一発で壊れる。二式大艇の時代から川西が試行錯誤してきた部分で、US-2の波消し板は先代のUS-1より小さく軽くなっている。
US-1Aからの改造開発と言われるが、新明和によれば実態は新規開発に近い。フライ・バイ・ワイヤで着水時の操縦を補正し、キャビンを与圧して高く速く飛べるようにし、患者を高度の変化から守った。操縦席は画面式になった。「離着水の操縦性」「患者の環境」「洋上救難能力」の三つを同時に上げるのが、この機体の設計目標だった。
ちなみに最低速度が遅すぎるという皮肉な問題もある。民間の型式証明を取ろうとすると、降下率が急すぎて今の旅客機の基準に合わない。基準がSTOL機を想定していないからだ。世界で唯一の性能は、世界で唯一の規格外でもある。
岩国の第71航空隊:11人で1人を助けに行く

写真出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
US-2に乗るのは11人だ。操縦士2人、捜索救難調整官1人、機上整備員2人、海に飛び込むダイバー3人、救護員2人、センサー員1人。機長は操縦士か救難調整官のどちらかが務める。飛行艇を着水させるのは操縦士の仕事だが、どこに降りて誰を拾うかを決めるのは調整官だ。
岩国が本拠地で、厚木にも常時2機が待機している。日本の東側と西側、どちらで海難が起きても飛べるように置いてある。小笠原の急患なら厚木から、南西諸島や東シナ海なら岩国から出る。年に数十回、多い年は100回近く飛ぶ。
正直に書いておくと、事故もある。2015年4月、高知沖の訓練で5号機が離水に失敗して水没し、4人が軽傷を負った。この機体は引き揚げられたが復帰できず、代わりに8号機が作られた。2024年8月には試作1号機が除籍され、生まれた甲南工場で式典が開かれた。今飛んでいるのは6機。この6機で、日本中の海をカバーしている。海自の航空部隊全体の中でこの部隊がどこにいるかは海自の基地一覧で確認できる。
任務の中身:小笠原の急患と、南シナ海の訓練

写真出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
US-2の仕事で一番多いのは、派手な海難救助ではなく、小笠原の急患輸送だ。父島には空港がない。東京まで1,000キロ、船で24時間。重い病気や事故の患者を東京の病院に運ぶには、二見港の湾内に飛行艇を降ろすしかない。US-2は父島の湾に着水して患者を乗せ、硫黄島か厚木を経由して都内の病院に届ける。小笠原村の広報には「今年の飛行艇による搬送は何件」という数字が毎年載っていて、島の人にとってこの機体は自衛隊の装備というより、島の救急車だ。
初の実任務は2009年3月、南鳥島で転落事故を起こした男性の輸送だった。以来、遠洋のマグロ漁船の急病人、貨物船の負傷者、沈没船の生存者と、ヘリでは届かない場所ばかりを飛んでいる。海自の救難ヘリUH-60Jの行動半径がおよそ600キロなのに対して、US-2は片道2,000キロ以上飛んで着水して戻れる。この差が「飛行艇でなければ助からない人」を作っている。
そして2026年4月27日、US-2はフィリピンのパラワン島沖に着水した。米比合同演習バリカタンの一環で、負傷者を海から収容して運ぶ訓練だ。着水したオイスター湾は、米国の支援で哨戒艇の整備拠点に変わりつつある場所で、南シナ海の最前線と言っていい。救難機が同盟国の演習で最前線に降りたという事実は、この機体の使い道が変わり始めたことを示している。
帝国海軍ファンとして書いておきたい、川西から新明和への80年
ここは私の趣味の話だ。
US-2を作る新明和工業は、戦前の川西航空機の後身だ。川西は九七式大艇と二式大艇を作った会社で、二式大艇は「空の戦艦」と呼ばれ、1942年3月には真珠湾を再空襲するK作戦でハワイまで飛んだ。航続距離7,000キロ、20ミリ機銃5挺。世界最高の飛行艇と評価され、戦後アメリカが持ち帰って徹底的に調べた。同じ川西が紫電改を作ったことも、この会社の技術の幅を示している。
戦後、川西は新明和興業として再出発し、飛行艇の技術を捨てなかった。1967年に対潜飛行艇PS-1を飛ばし、1974年に救難型US-1、そしてUS-1A、US-2へ。二式大艇の初飛行が1941年、US-2の初飛行が2003年。62年間、同じ会社が大型飛行艇を作り続けた。世界中の航空機メーカーが飛行艇を捨てた中で、日本だけがこの技術を持ち越した。私はUS-2を「二式大艇の孫」だと思って見ている。
そして今、大型飛行艇を作っている国は日本のほかにロシアと中国とカナダくらいだ。中国はAG600という大型飛行艇を2020年代に飛ばし、南シナ海の島嶼への輸送に使うと言っている。80年前に川西が到達した場所に、今ようやく中国が来ている。新明和の防衛事業の記事で書いたが、この会社は今もダンプトラックと立体駐車場で稼いだ利益で、飛行艇のラインを維持している。
700億円問題:生産を止めかけ、思い直した理由
2023年11月、ロイターが「US-2は生産終了に直面している」と報じた。新明和が防衛省に示した価格は、2024年度分が300億円、2025年度分が700億円。理由は円安と部材高、そして年に1機しか注文が来ないので工場の固定費が丸ごと1機に乗ること。防衛省は2024年と2025年の調達を一度見送り、事実上の打ち切りが固まったと見られていた。
ところが2024年8月、2025年度の概算要求に建造費が復活した。理由ははっきり公表されていないが、私の見立てはこうだ。防衛産業の基盤を守る政策が動き出し、国内で飛行艇を作れる唯一の会社を失うわけにはいかなくなった。そして南西諸島だ。滑走路が使えなくなった離島、艦艇が近づけない海域、沈んだ船の乗員。有事に海に降りられる固定翼機は、救難機であると同時に輸送機になる。2026年4月のパラワン沖の着水訓練は、防衛省がUS-2をそう見始めた証拠だと思っている。防衛産業の下請けが消えていく構造は防衛産業のサプライチェーンの記事に書いた。
ただし、注文は1機だ。6機体制を7機に戻すだけで、この先も作り続けるという保証はない。年に1機の注文で工場を維持するというのは、企業にとっては赤字覚悟の事業で、新明和が続けている理由は利益ではなく、飛行艇を作れる技術者と設備を手放したら二度と戻らないと知っているからだ。
インドに売れなかった話と、後継は無人機かという話
US-2は日本の防衛装備輸出の最初の看板だった。2014年に日印で輸出交渉が始まり、2016年にはインド国防省が12機の調達を決めたと報じられた。ところが値段で折り合わず、2019年には「契約の可能性は限りなく低い」と報じられ、それきりだ。インドネシアやタイの名前も出たが、どこも買っていない。1機100億円を超える救難機を買える国は、そもそも少ない。インド海軍の記事で書いたように、日本がインドに実際に売れたのは飛行艇ではなくマストだった。
後継はどうなるか。防衛省は2017年に「性能を維持しつつ製造方法を変えて安くする後継機」の検討を始めたと発表している。一方で新明和は、無人の飛行艇XU-Mの構想を公表している。少子化で11人の搭乗員を確保するのが難しくなる中、救難飛行艇の次が無人機になる可能性は高い。ただ、海に降りて人を引き上げる仕事を無人機ができるのか、私はまだ想像できない。ダイバーが飛び込んで、救護員が処置して、患者を担架で運び込む。US-2の価値の半分は、機体ではなく11人の人間にある。
海自の航空機と艦艇の全体を一冊で押さえたい人は、毎年出る増刊号が一番早い。
投資家目線:飛行艇で儲かる会社はない
私は防衛株を持っているので、ここも自分の目線で書く。
新明和工業は東証プライムに上場していて、証券コードは7224。ただしこの会社の本業は特装車、つまりダンプトラックとごみ収集車と、立体駐車場だ。航空機事業は売上の15%ほどで、しかもその中にはボーイング787向けの部品が入る。US-2は航空機事業のさらに一部で、年1機の注文では利益が出ない。生産継続が決まっても、株価が動く材料にはならなかった。
それでも私がこの会社を見ているのは、「日本で飛行艇を作れる最後の会社」だからだ。US-2の後継が有人でも無人でも、作るのはここしかない。エンジンはロールス・ロイスで、ロールス・ロイス株の記事で書いたように同社はUS-2の輸出支援を申し出たこともある。防衛関連銘柄の全体像は防衛関連銘柄の投資ガイドにまとめた。
投資判断は自己責任で。本記事は特定銘柄の売買を勧めるものではなく、私自身の見立ては将来変わる。数字は公表資料と報道をもとにしているが、時点によって変わるので一次資料を確認してほしい。
見に行くなら岩国

出典:海上自衛隊ホームページ
US-2は岩国航空基地にいる。5月の岩国基地フレンドシップデーは日米共同の一般公開で、US-2が地上展示されることが多く、年によっては離着水のデモも見られる。岩国は錦帯橋と米軍基地の街で、基地の滑走路は海に張り出しているので、対岸の公園からUS-2が海上に降りる練習を眺められる日もある。厚木の待機機は基地の外からは見づらいので、飛行艇を見るなら岩国だ。
よくある質問
US-2は何機あるか
8機が納入され、2015年の事故で1機を失い、2024年に試作1号機が除籍されたため、2026年時点で稼働は6機。2025年度予算で1機の追加建造が決まった。
US-2はなぜ波の高い海に降りられるのか
境界層制御で翼に空気を吹き付け、時速90キロという極端に遅い速度で着水できるからだ。機首の波消し板がしぶきを抑え、与圧キャビンとフライ・バイ・ワイヤが乗員と患者を守る。波高3メートルの外洋に降りられる量産飛行艇は他にない。
US-2はいくらするのか
初期の機体は1機100億円台だったが、円安と部材高で2024年度分は300億円、2025年度分は700億円と報じられた。年1機の注文で工場の固定費が1機に集中することが高騰の主因だ。
US-2は輸出されたか
されていない。インドが2016年に12機の調達を決めたと報じられたが、価格で折り合わず頓挫した。
US-2の後継はあるか
2026年時点で正式には決まっていない。防衛省は低コスト化した後継機の検討を、新明和は無人飛行艇XU-Mの構想を公表している。
あわせて読みたい
ここまで読んでくれた人へ。この機体の記事を書いていると、辛坊さんが救助されたときの中継を思い出す。あの飛行艇は今も同じ滑走路から飛んでいる。深夜の作業のお供はいつもこれだ。
出典・参考
- Aviation Wire「海自US-2、試作1号機が除籍式 誕生の地・新明和甲南工場で」(2024年8月8日)
- 日本経済新聞「新明和工業、『US-2』生産を一転継続へ」(2024年8月21日)
- 乗りものニュース「『US-2の製造やめません!』生産停止の危機に瀕した自衛隊の高性能飛行艇」(2024年8月30日)、同「海自『US-2』存続危うし? 日本が誇る飛行艇”値段高すぎ”問題」(2023年11月)
- 笹川平和財団 海洋安全保障情報特報「海上自衛隊の救難飛行艇US-2」
- Wikipedia en「ShinMaywa US-2」(バリカタン2026・2026年4月27日の着水訓練)、Wikipedia ja「US-2(航空機)」
- 海上自衛隊 第71航空隊 公式サイト、新明和工業 航空機事業紹介







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