腔発(こうはつ)とは?戦車・艦砲・銃砲事故の原因と歴史を徹底解説|山本五十六の指を奪った悲劇から2026年日出生台事故まで

腔発(こうはつ)とは、砲弾が砲身の内部で爆発する事故のことである。砲口から飛び出す前に砲身内で起爆するため、密閉された空間で本来の破壊力が搭乗員や砲手に直接及ぶ、軍関係者が最も恐れる事故の一つとして知られている。

2026年4月21日に大分県の日出生台演習場で10式戦車の120mm砲が砲塔内で破裂し3名の隊員が殉職した事故を契機に、「腔発」という普段は耳慣れない専門用語が一気にインターネット上の検索対象となった。本記事ではこの用語の意味、原因類型、そして日露戦争から現代までの主要事例を、入門者にも理解できる形で体系的に解説する。

なお現代自衛隊の戦車・砲弾事故の歴史網羅は自衛隊 戦車事故・砲弾事故の歴史、2026年の日出生台事故の詳細分析は日出生台で10式戦車が爆発|腔発事故の原因4つを徹底分析で個別に扱っている。本記事はそれらの前提となる概念解説として位置づけられる。

目次

腔発(こうはつ)とは何か:正確な定義

腔発(こうはつ)とは、砲弾(榴弾もしくは榴散弾)が砲身内で爆発する事故を指す専門用語である。大日本帝国海軍と海上自衛隊ではこの現象を「膅発(とうはつ)」、あるいは「膅中爆発(とうちゅうばくはつ)」「膅内爆発(とうないばくはつ)」と呼んできた。当用漢字で代用した表記が「筒内爆発」である。

広義には、弾頭内の火薬(炸薬)ではなく発射用の火薬(装薬)に起因する事故も含まれる。俗に「暴発」と言うことも多いが、これは正確には発砲動作自体は正常に行われたものも含む、使用者の意図を外れた撃発事故全般の総称である。また「早発」は砲弾が意図したよりも早く爆発することで、砲弾が砲口を出た後の事故も含む。これらは厳密には区別されるべき用語である。

腔発・暴発・早発の違い

3つの用語の関係を整理すると、以下のとおりである。

用語意味発生場所
腔発(こうはつ)砲弾が砲身の内部で爆発する砲身内(密閉空間)
暴発使用者の意図を外れた撃発全般場所は問わない
早発砲弾が想定より早く爆発する砲口の内外を問わない

2026年4月の日出生台事故で報道各社が「戦車が暴発」と表現した背景には、119番通報者の言葉がそのまま使われた事情がある。しかし専門的には、砲塔内で120mm砲弾が砲身内破裂した今回の事故は、明確に「腔発」と呼ぶのが正確である。

陸海軍・海上自衛隊の用語系統でも表記が分かれる。旧日本海軍と海上自衛隊は「膅発」を使う一方、陸軍・陸上自衛隊は「腔発」を使う。読みはどちらも「こうはつ/とうはつ」だが、同じ現象を指す。この違いを知っているかどうかだけでも、軍事記事を読む際の解像度が変わる。

なぜ腔発はそれほど恐れられるのか

腔発は、軍関係者をはじめとした銃砲ユーザーにとって最も恐れられている事故の一つである。その理由を理解するには、砲弾が本来どのように機能するかを押さえる必要がある。

砲弾は本来、砲身内で装薬(発射薬)の燃焼ガスによって秒速数百〜1700メートル程度まで加速され、砲口を抜けて目標付近で炸裂する。砲身は「加速装置」として設計されており、砲塔や搭乗員区画との間には装甲や隔壁で明確な分離がされている。

ところが腔発が発生すると、この設計前提が根底から崩れる。砲弾が砲身の中で爆発するということは、密閉された鋼鉄の筒の内側で本来なら外部で発揮されるべき破壊力が全方向に解放されるということだ。砲身そのものが膨張・破裂し、砲塔内部・砲手席・装填手席に向けて金属破片と衝撃波が直撃する。

具体的な被害の規模を、火器のサイズ別に整理すると以下のようになる。

拳銃サイズの腔発: 使用者は手に重大な損傷を負い、指の切断や腱の断裂に至ることが多い。拳銃であれば命を落とすことは稀だが、射手の戦闘能力は即座に失われる。

機関銃サイズの腔発: 程度が軽くても砲身は膨張して使用不能となり、激しい時には砲身が破裂し、砲員が死傷することもある。銃眼から上半身を出している射手の顔面・上半身への被害が特に深刻になる。

軍用機の機関砲での腔発: 機体に深刻なダメージを与えてそのまま墜落することもありえる。戦闘機の翼内や胴体内にマウントされた機関砲が腔発すると、燃料タンクや操縦系統への波及被害が避けられない。

艦砲の腔発: 砲盾より内側や砲室内部で発生した場合、砲塔が破損する。砲口に近い場合には付近の兵員を殺傷はするが、砲身を交換すればその後の射撃にほとんど支障はない。

戦車砲の腔発: 砲塔内部の乗員区画と砲身が構造的に近接しているため、腔発のエネルギーがほぼすべて搭乗員に向かう。10式戦車の砲塔内には戦車長・砲手の2名が配置されており、主砲が内部で爆発すれば被害は極めて深刻になる。2026年4月の日出生台事故で砲塔内にいた3名(戦車長・砲手・安全係)全員が殉職し、車体部にいた操縦手が重傷で済んだ被害パターンは、腔発のエネルギーが砲塔方向に集中することの悲しい実証となった。

つまり腔発は、「兵器が自分を殺す」事故である。戦場で敵弾に倒れるのではなく、自軍の装備が設計通りに動かなかったために命を失う――この構造が、砲兵・戦車兵・海軍砲員を長らく恐怖させてきた本質である。

腔発の主な原因:5つの類型

腔発の原因は多岐にわたるが、現代の整理では概ね以下の5類型に集約される。

原因1:砲弾・装薬の製造不良

最も古典的で、なおかつ現代でも発生し得る原因である。

弾丸の炸薬が炸薬室内に均一に詰まっていないと、発射の衝撃で炸薬が弾底に衝突して発火する。また、弾体の回転運動による弾壁と炸薬の摩擦熱によって爆発することもある。こうした高温領域を「ホットスポット」と呼ぶ。その防止法の一つとして弾腔内面に塗装を施す方法があるが、この塗装はムラなく均一でなければ効果がない。

その他、製造段階で問題となる要因は以下の通りである。

炸薬室内に誤って入った砂、鉄くずなどが原因となるケース。材料の不良のため弾壁が弱く、ガス圧力に耐えられず破裂するケース。底螺(ていら、弾丸の底にねじ込んで炸薬室をふさぐ螺片)と弾体との間に隙間があると、ここから火薬ガスが吹き込まれて炸薬に点火して爆発するケース。

日本の防衛産業の品質管理体制、特に砲弾製造を担う企業のトレーサビリティ精度が、この類型の事故を防ぐ最後の砦となる。

原因2:異物混入・砲身の汚損

砲身の内部に異物が混入した状態で射撃すると、砲弾の進行が阻害され腔圧が急激に上昇し、砲身が破裂する。

具体的には、変形した、あるいは直径が大き過ぎる弾丸を発射すると砲身に詰まり、火薬の燃焼圧力に砲身が耐えられなくなって破裂する。また、砲腔面が弾丸銅帯の銅の付着によって弾丸の進行が阻害され、砲弾に加わった衝撃により炸薬が爆発する場合もある。砲身内部に入った土砂により同様の事故が起こることもある。

軟らかい鉛が剥き出しの弾丸と、多量の燃えカスが残る黒色火薬を使用していた昔の火器では、銃砲身自体の強度の低さも相まって、こまめに内部の清掃を行わなければ容易に腔発を起こした。小銃や散弾銃なんかだと、雪が詰まっていただけで銃身破裂することもあるというから、侮れない。

2010年8月20日の東富士演習場・90式戦車砲身破裂事故では、まさにこの異物混入(砲身内に入った土)が主因と発表された。詳細は自衛隊 戦車事故・砲弾事故の歴史で扱っている。

原因3:砲身の過熱・経年劣化(水素ぜい化)

金属は高温になると強度が低下する性質があり、融点の半分程度の温度から大幅な強度低下が起きる。このため砲身が真っ赤になるほどに過熱している状態で発射すると砲身が火薬の圧力に耐えきれなくなって破裂する。

古くから経験則として知られており、大口径砲では30発を連続発射すると尾栓部の温度が100℃を超えるという。運用上で連続射撃を制限したり、砲身に冷却装置を設けたりしてきたのはこのためだ。連続発射のあとで弾丸を装填したまま一定時間放置する場合も危険性が高まるので、砲口を空に向けて事故の被害を小さくする、装薬を減らして射撃するなどの注意が払われてきた。

アメリカ海軍では、前もって焼けた砲に装填のまま放置して発火するまでの時間を測定し、「クック・オフ・タイム」として安全確保の目安としていた。これは戦闘中の実戦データとして極めて貴重な経験知である。

さらに、長期使用により砲身は「水素ぜい化」を起こす。火薬が燃焼すると火薬中に含まれている水素原子が遊離して金属組織の間隙に浸透し、金属を脆くする現象だ。このため砲身には一種の寿命が設定されており、一定数使用した砲身を交換することで予防されている。

原因4:信管の誤作動

砲弾の先端・尾端に仕込まれた信管は、本来は目標に到達した瞬間に起爆する設計だが、製造ばらつきや経年劣化により砲身内で誤作動することがある。

現代の信管には時計式などの安全機構が二重、三重に備わっており、安全距離(発射後一定時間または一定距離)を飛ぶまで火薬系列が構成されない設計になっている。しかし実際にはごく稀に起きているから、信管の製造ミスや想定外の事象が発生しているということになる。

日露戦争期の戦艦における腔発事故の多くは、この信管作動系の問題と下瀬火薬の特性が複合して発生したと考えられている。

原因5:装填ミス・装薬量の誤り

薬莢式であっても、大きさが近いが威力の異なる弾薬の取り違えや、規格品ではない不適切な薬量が装填されていることで過大な負荷が加わって腔発が起きることがある。拳銃の世界でも、.38スペシャル弾と.357マグナム弾の取り違えなどが古典的な例として知られている。

大口径砲では特に装薬量の管理が重要になる。射距離に応じて小分けにした薬嚢(やくのう)を使用し、閉鎖器の動作にも手動ないし人の判断による部分が多い大口径砲では、薬嚢の数量や、弾種による砲弾の長さの違いが、それぞれ適切な位置に装填されていないと大事故に直結する。1989年のアメリカ戦艦アイオワの砲塔爆発事故は、この装填ミスが原因とする説が有力である。

現代の戦車砲で多用されるHEAT(対戦車榴弾)は、通常の銃砲弾と異なり砲内に押し込む際に引っかかりやすい形状をしており、弾頭の変形・破損が腔発に繋がるリスクも存在する。10式戦車のような自動装填装置を備えた戦車でも、人力装填でも、このような事態を起こさないための精密性と十分な速さという相克する要件の両立が求められている。

腔発の歴史:日露戦争から現代まで

腔発の歴史は、近代火器の歴史そのものと重なる。ここでは、日本が関わった主要な事例を時系列で概観する。

日露戦争期:戦艦三笠と山本五十六の悲劇

1904年から1905年にかけての日露戦争は、日本海軍にとって大規模な実戦の最初の本格経験であったと同時に、腔発事故の集中発生期でもあった。

1904年(明治37年)5月、旅順港閉塞作戦において戦艦八島の12インチ砲と防護巡洋艦厳島の4.7インチ砲で腔発事故が発生。同年7月の黄海海戦では、連合艦隊旗艦戦艦三笠の12インチ砲で腔発が発生し、分隊長として乗り組んでいた皇族軍人・伏見宮博恭王(海軍少佐)が負傷した。

そして決定的な一戦となった1905年(明治38年)5月の日本海海戦では、戦艦三笠・敷島・朝日の12インチ砲、装甲巡洋艦日進の8インチ砲で立て続けに腔発が発生している。この日進には、当時海軍兵学校を出たばかりの少尉候補生・高野五十六(後の連合艦隊司令長官・山本五十六元帥)が乗艦しており、腔発事故により左手の人差し指と中指を失っている。

連合艦隊司令長官として真珠湾攻撃・ミッドウェー海戦を指揮した山本五十六が、若き日に腔発で負傷していたという事実は、日本近代軍事史の象徴的な一コマである。後に芸者衆からは「80銭の将軍」(指が8本しかないから1本10銭として計算)とあだ名された逸話も残っている。

興味深いのは、これらの腔発事故の一部は当時「敵弾命中による損傷」と報告されていたことである。関係者への責任問題への発展を避けるためだった。しかし、敵弾の命中などの外圧によって砲身切断が起きることはあっても(そのまま無理に射撃しなければ)腔発が起こることは決してない。腔発は砲身内部での早期爆発によってのみ起こる現象である。この「責任隠蔽のため戦闘被害に偽装する」文化は、後の日本軍の事故処理文化にも影を落とすことになる。

原因としては、当時使用されていた下瀬火薬(純粋ピクリン酸を主成分とする日本海軍の秘密兵器)の不安定性が疑われている。ピクリン酸は鉄と接触すると不安定な塩を形成して暴発する危険があり、下瀬雅允技師は砲弾の内側に漆を塗ることでピクリン酸と鉄を分離してこの問題を解決したとされるが、実戦下の連続射撃ではこの分離が維持できなかった可能性がある。

なお、日露戦争前、対露作戦準備の一環として、海軍大臣だった山本権兵衛は腔発事故が多数発生することを見越し、イギリスからの石炭輸入に際して貨物船の船底に12インチ砲の砲身を多数隠し、極秘に輸入していたという。当時の海軍首脳が腔発を既知のリスクとして計算に入れていたことを示すエピソードである。

三笠の姿を今に伝える横須賀・三笠公園の記念艦三笠は、現存する世界最古の鋼鉄戦艦であり、日露戦争当時の主砲の構造を間近で見学できる貴重な史跡である。腔発に関心を持った読者は、ぜひ足を運んでみることをお勧めする。

大正期:戦艦榛名の膅内爆発事故

1920年(大正9年)9月12日、シベリア出兵支援のための戦闘訓練中に、金剛型戦艦3番艦戦艦榛名が北海道後志支庁沖で1番砲塔右砲内の腔発事故を起こした。14インチ(36cm)砲の榴弾が砲身内で破裂し、15名の死傷者と船体全域に渡る損傷を出した。

この事故で榛名は修理のため横須賀に回航されたが、第一次世界大戦のユトランド沖海戦の戦訓として巡洋戦艦の水平防御力の脆弱性が問題視されていたこともあり、修理のついでに水平装甲強化と主砲射程延長の大改装を施されることになった。結果的に榛名は金剛型で最初に近代化改装を受けた艦となる。皮肉なことに、腔発事故が榛名の「運命の転換点」となったわけだ。

戦艦榛名を含む金剛型戦艦の詳細な運用史は、別記事戦艦金剛で解説している。

太平洋戦争期:駆逐艦沖波と紫電改の菅野直大尉

太平洋戦争末期の1944年(昭和19年)11月、駆逐艦沖波が50口径三年式12.7センチ砲のうち2番・3番砲で連続対空射撃の結果、腔発を起こした。連続射撃による砲身過熱という、前述の原因3の典型例である。

そして1945年(昭和20年)8月1日、終戦まで残り2週間という時期に、海軍第343海軍航空隊(源田実司令の「剣部隊」)の戦闘第301飛行隊長・菅野直大尉が搭乗した紫電改が、20ミリ機銃の腔発により未帰還となった。本土防空の最後の切り札として期待された紫電改と、そのエースパイロット菅野直大尉が、敵機ではなく自機の機銃腔発で失われた事実は、腔発というリスクが精鋭部隊であっても逃れられないものであることを示している。

343空の最後の死闘と紫電改の詳細については紫電改とは?性能・零戦との違い・343空の実戦記録で詳しく解説している。

現代自衛隊:東富士1986年と日出生台2026年

戦後、自衛隊の装備でも腔発事故は発生している。

2010年(平成22年)8月20日、陸上自衛隊の90式戦車が東富士演習場畑岡射場で、富士総合火力演習に向けた射撃訓練中に砲身破裂事故を起こした。原因は砲身内部に入った土によるものとされ、破片が広範囲に飛び散った。幸い人的被害はなかった。

そして2026年(令和8年)4月21日、陸上自衛隊の10式戦車が大分県・日出生台演習場で射撃訓練中に120mm砲塔内で腔発を起こし、搭乗していた4名のうち3名が殉職、1名が重傷を負う大惨事となった。日露戦争期以来、約120年にわたって続く腔発事故の系譜の、最も新しい一ページである。

2026年日出生台事故の技術的分析は日出生台で10式戦車が爆発|腔発事故の原因4つを徹底分析、現代自衛隊の戦車・砲弾事故全体の歴史は自衛隊 戦車事故・砲弾事故の歴史で詳述している。

銃の腔発:拳銃・小銃・ハンドロードのリスク

艦砲や戦車砲だけでなく、民間人も触れる機会のある銃においても腔発は起こる。

拳銃の場合、.38スペシャル弾と.357マグナム弾のように大きさが近いが威力の異なる弾薬の取り違えや、規格品ではないハンドロード(自作弾薬)で不適切な薬量が装填されていることで過大な負荷が加わって腔発が起きることがある。アメリカのような銃所持が一般的な社会では、射撃場での腔発による手指切断は珍しくない事故類型として知られている。

現代の主要拳銃の比較は世界最強の拳銃ランキングで、主力アサルトライフルの性能は世界最強アサルトライフルランキングでそれぞれ扱っている。

小銃でも、雪や泥が銃口から銃身に入った状態で射撃すると腔発を起こす。戦場で泥濘地帯を前進する兵士が、無意識に銃口を塞いでしまうリスクは常に存在する。このため多くの軍用小銃には銃口キャップや、雪地用の銃口カバーが支給装備として用意されている。

腔発はなぜ近代では減ったのか:予防技術の発展

第二次世界大戦以前と比べて、現代では腔発は滅多に起きない事故となっている。その背景には、複数の予防技術の発展がある。

金属工学の進歩: 砲身材料の高張力鋼・合金鋼の品質向上により、同じ腔圧に対して破裂しにくい砲身が製造できるようになった。水素ぜい化を計算に入れた寿命管理も徹底されている。

炸薬の安定化: ピクリン酸のような不安定な炸薬から、RDX・TNT・HMXなどより安定した高性能炸薬への移行により、砲身内での早期爆発リスクが大幅に低下した。

信管の多重安全機構: 現代の信管には時計式・慣性式・遠心式など複数の安全機構が仕組まれ、安全距離を飛行するまで起爆回路が物理的に構成されない設計となっている。

装填装置の機械化: 大口径砲の自動装填装置が標準化し、ヒューマンエラーの介在余地が減った。10式戦車90式戦車の自動装填装置はこの典型である。

製造品質管理の高度化: ロット管理、X線検査、気密検査など、砲弾・装薬の出荷前検査体制が格段に厳格化された。三菱重工をはじめとする日本の防衛企業もこの品質管理体制の中で砲弾・戦車砲を製造している。

それでもなお腔発がゼロにならないのは、軍用装備が極限の性能を追求するがゆえに、設計マージンを絞り込まざるを得ない構造的制約があるためである。安全マージンを過剰に取れば、兵器としての有効性(射程・貫徹力・命中精度)が損なわれる。このトレードオフの上で、各国軍は「現実的に受容可能な腔発リスク」のラインを設定して運用している。

腔発事故から何を学べるか

腔発の歴史は、単なる「昔話」ではない。2026年の日出生台事故が示したように、現代最新鋭の10式戦車でも腔発は起こり得る。そして起きた時の被害は、日露戦争期と変わらず甚大である。

日本の防衛費GDP比2%化が進む中、装備の調達数が急増している。2025年度予算では10式戦車12両を229億円で調達、2026年度概算要求では8両を160億円で調達としている。生産ペースの加速は、品質管理体制への負荷を必然的に高める。投資家の観点からは、三菱重工株などの防衛関連銘柄が中長期的にどのようなリスク管理を行うかも重要な視点になる。

そして何より、腔発事故の犠牲となった搭乗員・砲員のご冥福を祈るとともに、彼らの犠牲が次の技術的・運用的改善に繋がることを願いたい。日露戦争で左手の指を失った山本五十六は、後に日本海軍航空本部長として航空戦力の近代化を牽引した。彼が腔発で学んだ「兵器は命を奪う道具である」という認識が、太平洋戦争期の航空戦力整備の原点の一つだったと言っても過言ではない。

腔発を深く学ぶための書籍と史跡

腔発というテーマに関心を持った読者には、以下のリソースが参考になる。

書籍としては、学習研究社の『歴史群像太平洋戦史シリーズ21 金剛型戦艦』(pp.125-126「腔発事故」)が、旧日本海軍の腔発事故を網羅的に扱った貴重な文献である。源田実著『海軍航空隊始末記』(文藝春秋)は、343空の菅野直大尉の最期を含む航空隊の戦闘記録として第一級の史料だ。現代の戦車技術全般を理解するには、『軍事研究』『PANZER』などの専門誌のバックナンバーが手堅い。

史跡として最もおすすめできるのは、神奈川県横須賀市の記念艦三笠である。日露戦争当時、複数回の腔発事故を起こしながらも日本海海戦を戦い抜いた連合艦隊旗艦の実物を、今も見学できる。12インチ主砲の砲身の太さ、砲塔の装甲の厚み、搭乗員区画の狭さを実感すると、腔発が発生した時の砲員の絶望が肌で理解できる。

模型でアプローチするなら、ハセガワの1/700スケール「戦艦三笠 日本海海戦時」や、タミヤの1/350スケール「日本海軍戦艦金剛」、同じくタミヤの1/35「陸上自衛隊10式戦車」「陸上自衛隊90式戦車」のシリーズが、腔発の舞台となった個別兵器を手元で検討するのに好適である。

関連リンク(Amazon等のアフィリエイトリンクをここに配置) ・『歴史群像太平洋戦史シリーズ21 金剛型戦艦』学習研究社 ・源田実『海軍航空隊始末記』文藝春秋 ・ハセガワ 1/700 戦艦三笠 日本海海戦時 ・タミヤ 1/35 陸上自衛隊10式戦車

まとめ:腔発は過去の事故ではなく、現代の現実である

腔発(こうはつ)とは、砲弾が砲身の内部で爆発する事故のことである。本記事では、その定義、原因5類型、日露戦争から2026年日出生台事故までの主要事例を解説した。

要点を改めて整理しておく。

定義: 砲弾が砲身内で爆発する事故。暴発・早発とは厳密には区別される。陸軍系は「腔発」、海軍・海自系は「膅発」と表記する。

原因5類型: (1)砲弾・装薬の製造不良、(2)異物混入・砲身の汚損、(3)砲身の過熱・水素ぜい化、(4)信管の誤作動、(5)装填ミス・装薬量の誤り。

歴史的事例: 日露戦争期の戦艦三笠・朝日・敷島・日進、大正期の戦艦榛名、太平洋戦争期の駆逐艦沖波・紫電改、現代の90式戦車(2010年)・10式戦車(2026年)。

予防技術: 金属工学の進歩、炸薬の安定化、信管の多重安全機構、装填装置の機械化、製造品質管理の高度化により近代では激減したが、ゼロにはなっていない。

2026年4月21日、大分県・日出生台演習場で10式戦車の腔発事故により殉職された3名の隊員――戦車長・浜辺健太郎2等陸曹、砲手・高山新吾3等陸曹、安全係・金井効三3等陸曹――のご冥福を祈りつつ、腔発という現象への正確な理解が広がることで、再発防止に向けた社会的議論が深まることを願いたい。

関連記事として以下も公開している。

よくある質問(FAQ)

Q1. 腔発(こうはつ)の読み方は?

「こうはつ」と読む。海軍・海上自衛隊系では「膅発(とうはつ)」「膅中爆発(とうちゅうばくはつ)」「膅内爆発(とうないばくはつ)」とも呼ばれる。

Q2. 腔発と暴発はどう違う?

腔発は砲弾が砲身内で爆発する事故を指す特定の用語。暴発は使用者の意図を外れた撃発事故全般の総称で、砲身の外で起きる事故も含む、より広い用語である。

Q3. 山本五十六が左手の指2本を失ったのは本当に腔発が原因?

本当である。1905年5月の日本海海戦において、山本五十六(当時の名前は高野五十六)は少尉候補生として装甲巡洋艦日進に乗艦していた。日進の8インチ砲が腔発を起こし、この事故で左手の人差し指と中指を失った。

Q4. 現代の戦車で腔発は起こり得るのか?

起こり得る。2010年に陸上自衛隊の90式戦車が東富士演習場で砲身破裂事故を、2026年4月には10式戦車が日出生台演習場で腔発事故を起こしている。金属工学や製造品質の向上で発生頻度は激減したが、ゼロにはなっていない。

Q5. 銃の腔発は射撃場でも起こるのか?

起こる。特にハンドロード(自作弾薬)や弾薬の取り違えによる腔発は、アメリカなど民間射撃が一般的な国では珍しくない事故類型として知られている。民間射撃において腔発を防ぐには、規格品の弾薬のみを使用し、銃身の清掃を定期的に行うことが基本である。

Q6. 三笠公園の記念艦三笠では腔発の痕跡を見られるか?

砲身そのものの腔発痕跡は現在の復元展示では見られないが、黄海海戦で主砲に被害を受けた三笠の写真史料が展示されている。日露戦争時の12インチ主砲の太さ・砲塔装甲の厚みを実感できる貴重な展示である。

Q7. 腔発事故が起きた戦車の再使用は可能か?

砲身は全損となるため交換が必要である。砲塔・車体への影響は事故の程度によるが、砲塔内で大規模な爆発が起きた場合は戦闘室全体の再構築が必要になり、事実上の全損扱いとなるケースが多い。

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