
九三式酸素魚雷は、純酸素を酸化剤に用いて長射程・高速・目立ちにくい航跡を両立した、日本海軍の61センチ艦載魚雷である。
ただし射程だけの「魔法兵器」ではない。遠距離ほど命中が難しく、約490キロの炸薬と酸素を艦上に抱える危険まで含めて評価すべき兵器である。
- 九三式酸素魚雷は、純酸素を酸化剤に用いて長射程・高速・目立ちにくい航跡を両立した、日本海軍の61センチ艦載魚雷である
- 約40キロの射程と50ノットは別々の速度設定であり、同時に成立する最大値ではない
- 九三式魚雷は、主に日本海軍の巡洋艦と駆逐艦から発射するため開発された直径61センチの水上艦用魚雷である
- 魚雷の機関は、限られた胴体内に燃料と酸化剤を積み、そこで得たエネルギーで推進する
九三式酸素魚雷とは|先に要点
- 九三式魚雷は、主に日本海軍の巡洋艦と駆逐艦から発射するため開発された直径61センチの水上艦用魚雷である
- 「酸素魚雷」と呼ばれるのは、機関で燃料を燃やす酸化剤として圧縮空気ではなく高濃度の酸素を用いたからだ
- メートル法へ直せば、長さ約9メートル、重量約2.7〜2.95トン、炸薬約490キロである
- 第一に、速度を落とせば40キロ前後まで届く長い射程
九三式魚雷は、主に日本海軍の巡洋艦と駆逐艦から発射するため開発された直径61センチの水上艦用魚雷である。「酸素魚雷」と呼ばれるのは、機関で燃料を燃やす酸化剤として圧縮空気ではなく高濃度の酸素を用いたからだ。米海軍の1945年版兵器識別資料『Japanese Underwater Ordnance』は、回収した九三式一型改二を全長29フィート6インチ、直径24インチ、重量6,000〜6,500ポンド、炸薬1,080ポンドと記録している。メートル法へ直せば、長さ約9メートル、重量約2.7〜2.95トン、炸薬約490キロである。
強みは三つある。第一に、速度を落とせば40キロ前後まで届く長い射程。第二に、高速設定でも当時の一般的な艦載魚雷より長く走れる余裕。第三に、窒素を大量に含む圧縮空気式より気泡の航跡が少なく、夜間に発見されにくい点である。米海軍歴史遺産司令部(NHHC)は九三式を扱う戦史解説で、35ノットなら最大22海里、50ノットなら12海里、実際には6〜11海里程度で使うことが多かったと整理する。
弱点も三つある。目標の未来位置を読む無誘導兵器なので、長い最大射程と命中可能距離は同じではない。酸素は高性能を支える一方、取扱いと艦上被弾時の危険を増した。そして魚雷単体が優秀でも、索敵、測距、射角計算、発射時機、隊形が崩れれば当たらない。
私は九三式の本質を、単なる「長い槍」ではなく、見えにくい遠方へ大きな破壊力を預ける代わりに、命中までの不確実さと自艦の危険も長く引き受けた兵器だと考える。
> SWELL装飾指示:結論ボックス 「長射程・高速・薄い航跡」と「遠距離命中の難しさ・艦上誘爆リスク」を左右二列で対比する。
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酸素魚雷はなぜ長射程なのか|圧縮空気式との違い
- 魚雷の機関は、限られた胴体内に燃料と酸化剤を積み、そこで得たエネルギーで推進する
- 普通の空気に含まれる酸素は約2割で、残りの大部分は燃焼に直接寄与しない窒素である
- 圧縮空気式では、その窒素まで高圧容器に入れて運ばなければならない
- 九三式は酸化剤を高濃度酸素へ置き換えた
魚雷の機関は、限られた胴体内に燃料と酸化剤を積み、そこで得たエネルギーで推進する。普通の空気に含まれる酸素は約2割で、残りの大部分は燃焼に直接寄与しない窒素である。圧縮空気式では、その窒素まで高圧容器に入れて運ばなければならない。
九三式は酸化剤を高濃度酸素へ置き換えた。同じ容積で燃焼に使える酸素を増やせるため、より多くの燃料を燃やし、速度または航続距離へ振り分けられる。排気に含まれる窒素が少ないので、水面へ残る気泡も減る。『Japanese Underwater Ordnance』は、圧縮空気の代わりに酸素を使うことで気泡をほぼ除き、わずかに見える航跡だけを残し、高速・長射程を得たと説明している。
ここで「無航跡」と言い切るのは正確でない。米資料も“practically all gas bubbles”を除く、あるいは“slightly visible wake”と表現しており、完全に見えないとはしていない。発射艦の運動、波、月明かり、見張員の位置によって発見条件は変わるからだ。
また、純酸素に近い酸化剤は、油脂や汚染物と接触した際の発火危険が大きい。日本海軍は始動時の危険を抑える仕組みと専門の魚雷員を必要とした。本稿は歴史上の原理を概説するだけで、製造法、充填法、整備・発射手順には踏み込まない。性能の理由と安全上の代償を同時に理解することが目的である。

開発と秘匿|「ロングランス」は戦時中の日本名ではない
- 「九三式」という制式名は皇紀2593年、すなわち1933年に由来する
- 秘匿は兵器名称だけでなく、艦内の人員区分にも及んだ
- NHHCによれば、魚雷員は高度に訓練された精鋭で、酸素を収める区画を別名で扱い、一般乗員が実態を知らない場合もあった
- 秘密保持は敵の対策を遅らせたが、同時に自軍内で知識を広く共有しにくくする側面を持つ
「九三式」という制式名は皇紀2593年、すなわち1933年に由来する。NHHCのタサファロンガ海戦解説は、一型が1928年に水上艦用として設計され、当初は実験的だったこと、純酸素点火とジャイロの改善を重ねて実用化したことを、戦後の米海軍技術調査報告に基づいて記している。
秘匿は兵器名称だけでなく、艦内の人員区分にも及んだ。NHHCによれば、魚雷員は高度に訓練された精鋭で、酸素を収める区画を別名で扱い、一般乗員が実態を知らない場合もあった。秘密保持は敵の対策を遅らせたが、同時に自軍内で知識を広く共有しにくくする側面を持つ。
英語圏で定着した「Long Lance(ロングランス)」は戦後の呼称である。戦時中の日本海軍が公式愛称として用いたわけではない。検索上便利な名称ではあるものの、当時の文書を読む際には「九三式魚雷」「酸素魚雷」と区別したい。
米海軍は1940年、日本の情報提供者から酸素魚雷の能力を知らされた。ところがNHHCによると、海軍情報部から報告を受けた兵器局は、既知の魚雷を大幅に上回る性能と純酸素利用を危険で非現実的だとみなし、情報を退けた。兵器が秘密だっただけでなく、得た情報を既成概念で処理できなかったのである。
私見では、この逸話で最も重要なのは「日本の技術がすごかった」で話を閉じないことだ。情報は届いていた。失敗したのは、未知の性能を検証対象ではなく“不可能”へ分類した判断である。九三式は技術史であると同時に、組織が不都合な情報をどう扱うかという教訓でもある。
九三式魚雷の射程・速度・炸薬量|数値を条件付きで読む
- 九三式の性能表は型式、改正、速度設定によって値が異なる
- まず、1945年に米海軍が実物を回収して記した一型改二の現物値と、NHHCが戦後調査に基づいて示す運用値を分ける
- 約40.7kmに相当 高速側 約12海里/50kt NHHC
- 約22.2kmに相当 典型的な使用距離 約6〜11海里 NHHCの戦史整理
九三式の性能表は型式、改正、速度設定によって値が異なる。まず、1945年に米海軍が実物を回収して記した一型改二の現物値と、NHHCが戦後調査に基づいて示す運用値を分ける。
| 項目 | 九三式一型系の値 | 読み方 |
|---|---|---|
| 直径 | 61cm(24インチ) | 巡洋艦・駆逐艦用の大型艦載魚雷 |
| 全長 | 約9.0m | 回収一型改二は29ft 6in |
| 重量 | 約2.7〜2.95t | 米1945年識別資料の6,000〜6,500lb |
| 炸薬量 | 約490kg | 同資料の1,080lb、九七式爆薬 |
| 最大射程側 | 約22海里/35kt | NHHC。約40.7kmに相当 |
| 高速側 | 約12海里/50kt | NHHC。約22.2kmに相当 |
| 典型的な使用距離 | 約6〜11海里 | NHHCの戦史整理。最大射程とは別 |
速度を上げれば単位時間あたりの燃料と酸素消費が増え、射程は短くなる。したがって「40キロ走り、しかも50ノット」という一つの状態ではない。長距離設定と高速設定を混ぜた説明は、魚雷を実際以上の万能兵器に見せる。
型式別の詳細は、1946年4月の米海軍技術調査団報告O-01-1原本スキャンの冒頭要約表で確認できる。一型改一は49ktで20,000m、40ktで32,000m、36ktで40,000m、炸薬490kg。後期の三型は49ktで15,000m、40ktで25,000m、36ktで30,000m、炸薬780kgである。三型は弾頭を約290kg増す代わりに、各速度設定の射程を短くした。1945年の回収一型改二現物資料、1946年の戦後調査表、NHHCの丸めた戦史値は対象改正と表記が少し異なるため、一つの絶対値に混ぜない。
威力は炸薬重量だけで決まらない。命中位置、信管作動、船体構造、水中爆発による浸水、応急処置で結果は変わる。それでも一型系約490kgという炸薬量は、巡洋艦や駆逐艦へ致命的な浸水・構造損傷を与え得る大きさだった。
> SWELL装飾指示:性能表 「最大射程側」「高速側」「典型使用距離」の行を色分けし、速度と射程を同時最大値として読まない注記を表直下へ置く。

最大射程40キロでも遠距離で当てにくい理由
- 九三式は発射後に自ら敵艦を探す誘導魚雷ではない
- 発射時点で得た敵の方位、速力、針路から未来位置を計算し、設定した方向へ走る
- 魚雷が目標へ届くまでに敵が変針・変速すれば、予測線から外れる
- 仮に35ノットで22海里を走るなら、到達まで30分を超える
九三式は発射後に自ら敵艦を探す誘導魚雷ではない。発射時点で得た敵の方位、速力、針路から未来位置を計算し、設定した方向へ走る。魚雷が目標へ届くまでに敵が変針・変速すれば、予測線から外れる。
仮に35ノットで22海里を走るなら、到達まで30分を超える。実戦でそこまで遠くから単艦を精密に狙うことは現実的でない。だから複数本を扇状に放ち、敵の隊列や行動海面へ確率を置く発想になる。しかし本数を増やしても、観測誤差、海流、ジャイロ誤差、目標の回避、味方との識別問題は消えない。
夜戦では敵が発射を見つけにくい一方、発射側も敵の位置・針路を正確に取り続けにくい。長射程は「離れた点へ到達できる能力」であって、「離れた一隻へ命中を保証する能力」ではない。
これは九三式を低く見る話ではない。むしろ最大射程と有効な交戦距離を分けることで、兵器の本当の強みが見える。敵が安全と思った外側から先に海面へ魚雷を置き、戦列の自由を奪い、接近戦では高速と薄い航跡で反応時間を削る。この組み合わせこそ危険だった。
私は「射程40キロ」を単独で最強の証拠にする評価には賛成しない。魚雷の射程は地図上の円だが、命中は時間の中を曲がる敵艦との交点である。数字の長さより、その交点を作る索敵と発射判断を見るべきだ。

実戦で何を沈めたのか|命中例と犠牲を分けずに見る
- 九三式は初期から中期の夜戦で大きな損害を与えた
- NHHCは、ジャワ海で重巡洋艦那智・羽黒から放たれた魚雷がオランダ軽巡洋艦デ・ロイテルとジャワを沈め、続くスンダ海峡でヒューストンとパースも日本巡洋艦の魚雷により失われたと整理する
- サボ島沖では米重巡洋艦クインシー、ヴィンセンス、アストリア、タサファロンガではノーザンプトン、クラ湾では軽巡洋艦ヘレナなどが犠牲となった
- 駆逐艦ラムソンの米海軍公式艦歴も、タサファロンガで日本駆逐艦の九三式反撃がノーザンプトンを沈め、ミネアポリス、ニューオーリンズ、ペンサコラを大破させたと記す
九三式は初期から中期の夜戦で大きな損害を与えた。NHHCは、ジャワ海で重巡洋艦那智・羽黒から放たれた魚雷がオランダ軽巡洋艦デ・ロイテルとジャワを沈め、続くスンダ海峡でヒューストンとパースも日本巡洋艦の魚雷により失われたと整理する。サボ島沖では米重巡洋艦クインシー、ヴィンセンス、アストリア、タサファロンガではノーザンプトン、クラ湾では軽巡洋艦ヘレナなどが犠牲となった。
駆逐艦ラムソンの米海軍公式艦歴も、タサファロンガで日本駆逐艦の九三式反撃がノーザンプトンを沈め、ミネアポリス、ニューオーリンズ、ペンサコラを大破させたと記す。砲戦で先手を取った米艦隊が、退避する日本駆逐艦の雷撃で逆に重大な損害を受けた例である。
NHHCの集計では、九三式は米海軍の巡洋艦7隻、駆逐艦9隻、放棄された空母ホーネットを含む連合国艦艇の沈没に関与し、米水兵だけでも3,100人を超える死者を出したとされる。ただし沈没原因は砲撃、火災、後続攻撃、処分雷撃が重なる場合があり、すべてを九三式単独の“スコア”へ単純化してはいけない。
ここで艦名を戦果一覧の数字だけにしてはならない。沈没艦には機関室、砲塔、医務室、見張所で働く一人ひとりがいた。日本側の水雷戦隊にも沈没・炎上した艦と帰らなかった乗員がいる。本稿は兵器の能力を検証するが、勝敗を娯楽的な撃沈数へ還元せず、双方の戦没者と遺族へ敬意を払う。
この論点を広く比較するなら、「大日本帝国海軍の主要海戦一覧|真珠湾から坊ノ岬まで、戦果と損害で読む3年8ヶ月」もあわせて確認したい。

九三式でも当たらなかった|42本無命中が示す現実
- 成功例だけを並べると、九三式は放てば当たる兵器に見える
- だが1943年3月のアッツ島沖海戦では違った
- NHHCのUSS Bailey戦史によれば、日本側は九三式42本を発射したが命中はゼロだった
- うち数本は米軽巡洋艦リッチモンドの直下を通ったと見張員が報告している
成功例だけを並べると、九三式は放てば当たる兵器に見える。だが1943年3月のアッツ島沖海戦では違った。NHHCのUSS Bailey戦史によれば、日本側は九三式42本を発射したが命中はゼロだった。うち数本は米軽巡洋艦リッチモンドの直下を通ったと見張員が報告している。
外れた理由を魚雷の性能不足だけに求めることも、米側の幸運だけに求めることもできない。長距離の射撃解、煙幕、回避運動、信管や深度、海況などが重なる。重要なのは、十分な射程があっても命中の連鎖条件が一つ崩れれば戦果にならないことだ。
また、長距離発射は味方が後からその海面へ入る危険も持つ。無誘導魚雷は発射後に呼び戻せない。敵隊列の将来位置を広く覆うほど、海面管理と味方の航路統制が必要になる。
タサファロンガの大戦果とアッツ島沖の無命中を同じ記事で扱う理由はここにある。前者だけなら神話になり、後者だけなら能力を過小評価する。九三式の評価は「当たったときの巨大な効果」と「当てるまでの低い確率」を同時に置いて初めて現実に近づく。
> SWELL装飾指示:比較ボックス タサファロンガの4巡洋艦被害とアッツ島沖の42本無命中を上下に配置し、兵器性能と命中条件を分ける。
最大の弱点は自艦にもあった|酸素・炸薬・誘爆
- 九三式は、敵へ届く前は自艦甲板上の大型爆発物である
- 一型系一発に約490kgの炸薬があり、発射管や次発装填装置に複数本を置けば、被弾時の火災が魚雷へ及ぶ危険は大きい
- 酸素を用いる機関は燃焼を強める要因にもなり得た
- 1942年6月のミッドウェー海戦後、重巡洋艦最上と三隈は衝突して航空攻撃を受けた
九三式は、敵へ届く前は自艦甲板上の大型爆発物である。一型系一発に約490kgの炸薬があり、発射管や次発装填装置に複数本を置けば、被弾時の火災が魚雷へ及ぶ危険は大きい。酸素を用いる機関は燃焼を強める要因にもなり得た。
1942年6月のミッドウェー海戦後、重巡洋艦最上と三隈は衝突して航空攻撃を受けた。NHHCのミッドウェー75周年戦史によれば、最上艦長は空襲前に九三式を海中投棄したが、三隈は残した。米艦載機の爆撃で三隈の火災が魚雷へ達し、誘爆が致命的損害を増した。空母エンタープライズ公式艦歴も、燃え続けた三隈の魚雷が次々に爆発し、船体をさらに破壊したと記録する。
これは九三式だけが危険だったという意味ではない。多くの軍艦が砲弾、爆弾、燃料、魚雷を積み、被弾すれば誘爆した。九三式の場合は一発の炸薬量と酸素系統の組合せ、そして発射管・予備魚雷を甲板近くに持つ配置が、航空攻撃下で重い代償になった。
戦争後半、日本艦が制空権を失うと、魚雷を残して対艦戦に備えるか、投棄して空襲時の生残性を上げるかという選択を迫られた。敵に使うはずの主兵器が、自艦を守るため捨てるべき危険物へ変わる。私はここに九三式の最も皮肉な弱点を見る。
この論点を広く比較するなら、「ミッドウェー海戦とは|1942年6月の経過・損害・「運命の5分間」を検証」もあわせて確認したい。

連合国はなぜ能力を見誤ったのか|情報、先入観、戦場認識
米側は1940年の情報を退けた後も、実戦部隊が九三式の能力を理解するまで時間を要した。遠距離から命中した魚雷を潜水艦発射と誤認する例もあり、目の前の水上艦が射程外から放ったとは考えにくかった。
1943年、ガダルカナル戦域で実物が回収され、ようやく能力が具体的に確認された。米海軍の1945年兵器資料は回収一型改二を図示し、酸素利用、薄い航跡、寸法、炸薬量を記録した。戦後には米海軍技術調査団報告一覧へ「Japanese Torpedoes and Tubes—Ship and Kaiten Torpedoes」などが収録され、日本の設計・試験・運用が体系的に調べられた。
見誤りは単なる情報不足ではない。既知の技術水準、敵への偏見、自軍魚雷の基準が「その距離から来るはずがない」という解釈を作った。逆に日本側も、長射程が大きいほど遠距離雷撃へ期待を寄せ、命中率の制約を乗り越えられるわけではなかった。
九三式は双方の認知の鏡である。連合国には敵能力の過小評価、日本側には性能数値の過大な作戦期待を映した。秘密兵器の物語を面白くするのは「誰も知らなかった」という単純化だが、史料が示すのは、知る機会があっても正しく意味づけられない組織の難しさである。
九三式酸素魚雷は「最強」だったのか|強みと弱点の総合評価
技術的には、九三式が第二次世界大戦期を代表する水上艦用魚雷だったことに疑いは少ない。大径の船体、高エネルギーの酸化剤、大きな弾頭、複数の速度設定、薄い航跡を一つにまとめ、敵が安全と考えた距離から攻撃できた。初期夜戦での奇襲効果は実証された。
しかし「最強」を、射程・速度・炸薬量の三項目だけで決めるなら兵器体系を見失う。命中率、信頼性、搭載艦の索敵力、発射管数、乗員訓練、補給、安全性、制空権、敵の対策まで含めれば、九三式は無条件の答えではない。
とりわけ長射程には二つの顔がある。敵の想定外から撃てる一方、走行時間が伸びるほど目標は予測位置から外れる。大弾頭には二つの顔がある。当たれば甚大な損害を与える一方、被弾前には自艦上の危険を増す。薄い航跡にも二つの顔がある。回避を遅らせる一方、発射そのものを完全に隠すわけではない。
私の評価は「卓越した兵器だが、射程を戦果へ変えるシステムは不完全だった」である。九三式は魔法ではないからこそ価値がある。制約の中で大きな技術的飛躍を達成し、その飛躍が戦術と安全へ新しい難題を返したからだ。
この論点を広く比較するなら、「第二次世界大戦 最強兵器ランキングTOP20|戦車・軍艦・航空機・銃、全カテゴリー横断で「歴史を動かした兵器」を徹底比較」もあわせて確認したい。

よくある質問
九三式酸素魚雷の最大射程は何キロか
一型系の低速設定で約<span class="swl-marker mark_green">40キロ</span>とされる。NHHCは35ノットで22海里(約40.7キロ)、50ノットで12海里(約22.2キロ)と整理する。ただし典型的な使用距離は6〜11海里程度で、最大射程は命中保証距離ではない。
九三式魚雷の炸薬量はどれくらいか
米海軍が回収した一型改二は1,080ポンド、約490キロの九七式爆薬を搭載した。後期の三型は米海軍技術調査団報告で780キロと記録されるが、型式を区別して読む必要がある。
酸素魚雷は航跡がまったく見えないのか
まったく見えないわけではない。圧縮空気式より気泡が著しく少なく、「わずかに見える航跡」と米資料は表現する。海況や光、見張り条件によって発見可能性は変わる。
ロングランスは日本海軍の正式愛称か
正式愛称ではない。Long Lanceは戦後に英語圏で広まった呼称で、当時の日本側文書では九三式魚雷、<span class="swl-marker mark_blue">酸素魚雷</span>などと呼ばれた。
九三式魚雷は発射すれば高確率で命中したのか
そうではない。<span class="swl-marker mark_orange">タサファロンガ</span>のような大戦果がある一方、アッツ島沖では42本が無命中だった。無誘導魚雷なので、目標運動の予測、距離、隊形、海況、回避が命中を左右する。
九三式の最大の弱点は何か
遠距離ほど命中が難しいことと、被弾前には約490キロの炸薬と酸素を自艦上に置くことだ。三隈の誘爆は、攻撃力と艦上安全が表裏だったことを示す。 > <strong>SWELL装飾指示:FAQ</strong> 6問をSWELL FAQブロックへ変換し、FAQPage構造化データを有効化する。
まとめ|長い射程より「届いた後」を見る
九三式酸素魚雷は、直径61センチ、全長約9メートル、一型系で炸薬約490キロの大型艦載魚雷である。酸化剤に高濃度酸素を使い、低速側で約40キロ、高速側でも約22キロという射程と、圧縮空気式より薄い気泡航跡を実現した。
その能力はサボ島沖、タサファロンガなどで連合国艦艇へ深刻な損害を与えた。敵が安全と考えた距離から魚雷が到来し、発見が遅れた効果は大きい。一方でアッツ島沖の42本無命中は、長射程だけでは当たらない現実を示す。三隈の誘爆は、大弾頭と酸素を艦上に抱える代償を示した。
したがって九三式は射程だけの魔法兵器ではない。優秀な魚雷そのもの、敵の想定を外す奇襲、発射解を作る人と組織、そして自艦の危険が一つになった兵器である。性能表の最長距離ではなく、届くまでの不確実さと、届いたとき双方に生じた人命の損失まで見ることが、九三式を神話ではなく歴史として理解する道である。
参考資料・出典
- <a href="https://www.ibiblio.org/hyperwar/NHC/NewPDFs/USN/USN%20Manuals%20and%20Reports/USN.Japanese.Underwater.Ordnance.1945-04-25.pdf">ibiblio.org</a>
- <a href="https://www.history.navy.mil/content/history/nhhc/about-us/leadership/director/directors-corner/h-grams/h-gram-008/h-008-3.html">history.navy.mil</a>
- <a href="https://usnhistory.navylive.dodlive.mil/Recent/Article-View/Article/3228863/daisy-chains-and-torpedoes-at-tassafaronga-30-november-1942/">usnhistory.navylive.dodlive.mil</a>
- <a href="https://www.history.navy.mil/about-us/leadership/director/directors-corner/h-grams/h-gram-016/h-016-1.html">history.navy.mil</a>
- <a href="https://www.history.navy.mil/about-us/leadership/director/directors-corner/h-grams/h-gram-006/h-006-4.html">history.navy.mil</a>
- <a href="https://www.history.navy.mil/research/histories/ship-histories/danfs/l/lamson-iii.html">history.navy.mil</a>
- <a href="https://www.history.navy.mil/research/histories/ship-histories/danfs/e/enterprise-cv-6-vii.html">history.navy.mil</a>
- <a href="https://www.history.navy.mil/research/library/bibliographies-and-research-guides/research-guides/us-naval-technical-mission-to-japan-reports-in-the-navy-department-library.html">history.navy.mil</a>
- <a href="https://www.fischer-tropsch.org/primary_documents/gvt_reports/USNAVY/USNTMJ%20Reports/USNTMJ-200D-0022-0469%20Report%200-01-1.pdf">fischer-tropsch.org</a>
参考資料・主な出典
『Japanese Underwater Ordnance』|資料を確認
九三式を扱う戦史解説|資料を確認
タサファロンガ海戦解説|資料を確認
米海軍技術調査団報告O-01-1原本スキャン|資料を確認
駆逐艦ラムソンの米海軍公式艦歴|資料を確認
USS Bailey戦史|資料を確認
ミッドウェー75周年戦史|資料を確認
空母エンタープライズ公式艦歴|資料を確認
米海軍技術調査団報告一覧|資料を確認
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