「えっ、まだF-15使ってるの?」
そんな声を聞くことがある。確かにF-15の初飛行は1972年。もう50年以上前の機体だ。F-35というステルス戦闘機が登場した今、「時代遅れじゃないの?」と思う気持ちもわかる。
でも、ちょっと待ってほしい。
その「古い」はずのF-15Jが、今まさに1兆円規模の大改修を受けて、まったく別の戦闘機に生まれ変わろうとしている。最新のAESAレーダー、最先端の電子戦システム、そして射程900km超のスタンドオフミサイル――。改修後の「F-15JSI」は、もはや「昔のF-15」とは似て非なる存在になる。
この記事では、航空自衛隊の主力戦闘機F-15Jの近代化改修について、その全貌を徹底解説する。なぜ今、古い機体を改修するのか。どんな装備が追加されるのか。そしてF-35との連携はどうなるのか。
ミリタリーファンはもちろん、「ニュースでF-15の話を聞いたけどよくわからない」という方にも、できるだけわかりやすくお伝えしていく。日本の空を守る「令和のイーグル」の実力を、じっくりご覧いただきたい。
そもそもF-15Jとは何か――日本の空を40年以上守り続ける「空の番人」

まずは基本から押さえておこう。
F-15Jは、アメリカのマクドネル・ダグラス社(現ボーイング)が開発したF-15イーグルの日本向けライセンス生産モデルだ。1981年から航空自衛隊に配備が始まり、2025年現在も約200機が日本全国の航空基地で防空任務に就いている。
F-15Jの基本スペック
F-15Jの主要諸元を見てみよう。
全長:19.4m 翼幅:13.1m 最大離陸重量:30,845kg 最大速度:マッハ2.5 実用上昇限度:19,000m 戦闘行動半径:約1,900km 乗員:1名(DJ型は2名) エンジン:F100-IHI-100/220E ターボファン×2
これだけの数字を並べても、その凄さは伝わりにくいかもしれない。簡単に言えば、「デカくて速くて遠くまで飛べる」戦闘機だ。
F-15の最大の特徴は、その圧倒的な推力重量比にある。大推力のターボファンエンジンを2基搭載し、軽量なチタン合金と炭素繊維複合材で作られた機体を、まさにロケットのように加速させる。垂直上昇すら可能という運動性能は、半世紀経った今でも世界トップクラスだ。
なぜF-15Jは「純粋な制空戦闘機」なのか
ここで一つ、重要なポイントがある。
航空自衛隊が導入したF-15Jは、米空軍のF-15C/Dをベースにしているが、対地攻撃能力などが省かれた「純粋な制空戦闘機」仕様だった。爆弾を落とす能力がなく、空対空戦闘に特化した機体なのだ。
これは当時の日本の防衛政策が背景にある。「専守防衛」の理念のもと、敵を迎え撃つ「要撃機」としての役割に絞り込まれたわけだ。
しかし、この「対地攻撃能力がない」という特徴が、今回の近代化改修で大きく変わることになる。詳しくは後述するが、改修後のF-15JSIは「スタンドオフミサイル」を搭載し、敵の脅威圏外から対地・対艦攻撃が可能になる。実に40年以上ぶりの「戦闘機としての能力拡張」なのだ。
「イーグルドライバー」という誇り
F-15のパイロットは「イーグルドライバー」と呼ばれる。
これは単なるニックネームではない。F-15を操縦するパイロットたちが、その機体に誇りを持って使う呼称だ。戦闘機パイロットを目指す航空学生にとって、F-15に乗ることは一つの目標であり、「イーグルドライバー」になることは大きな名誉とされている。
なぜか。それはF-15の「実績」にある。
F-15イーグルは、実戦において「被撃墜ゼロ」という驚異的な記録を持っている。1970年代から中東やバルカン半島の紛争で使用され、100機以上の敵機を撃墜しながら、空対空戦闘で撃墜されたことが一度もない。「空の王者」と呼ばれる所以だ。
ただし、少々皮肉なことに、航空自衛隊のF-15Jには「被撃墜記録」がある。1995年の訓練中、味方機が誤射したミサイルによって撃墜されてしまったのだ。パイロットは無事脱出したが、世界で唯一「撃墜されたF-15」という不名誉な記録を持つことになった。もちろん、これは敵機によるものではない。
40年間、日本の空を守ってきた――F-15Jの「今」
では、現在のF-15Jはどんな状況にあるのか。
毎日続くスクランブル発進
航空自衛隊のF-15Jが最も頻繁に行っている任務は、緊急発進――いわゆる「スクランブル」だ。
領空に接近する国籍不明機を確認・警告するため、戦闘機が緊急発進する。2024年度のスクランブル回数は704回。そのうち約66%が中国機、約34%がロシア機に対するものだった。
特に負担が大きいのが、沖縄・那覇基地を拠点とする南西航空方面隊だ。中国機の活発な活動により、同隊だけで年間400回以上のスクランブルをこなしている。東シナ海や台湾周辺での中国軍の動きが活発化する中、F-15Jの出番は増える一方だ。
2024年8月には、長崎県沖で中国軍のY-9情報収集機が初の領空侵犯を行い、F-15Jがスクランブル発進している。同年9月には、北海道礼文島沖でロシア軍のIL-38哨戒機が3度にわたって領空を侵犯。F-15JとF-35Aが緊急発進し、史上初めてフレア(火炎弾)を使用しての警告が行われた。
このように、F-15Jは「平時」においても、日々緊張感のある任務をこなしている。「古い機体」などと言っている場合ではない。日本の空の安全は、今この瞬間も、F-15Jに支えられているのだ。
約200機が全国に配備
2025年3月末時点で、航空自衛隊は200機のF-15J/DJを保有している。当初は213機が製造されたが、事故で13機が失われた。
配備先は全国7個飛行隊と1個教育飛行隊、飛行教導群など。北は北海道の千歳基地から、南は沖縄の那覇基地まで、日本全国をカバーしている。
ちなみに、F-15の総生産数は世界で約1,200機。そのうち日本向けのF-15J/DJは213機で、アメリカに次ぐ保有数を誇る。F-15採用国の中で、日本は「最大のお得意様」なのだ。
なぜ今、近代化改修なのか――変わりゆく脅威環境
ここからが本題だ。なぜ今、古いF-15Jを改修するのか。
中国空軍の急速な近代化
最大の理由は、中国の脅威だ。
中国空軍は過去20年間で急速に近代化を遂げた。第5世代ステルス戦闘機J-20を実戦配備し、その数は2025年時点で200機以上とも言われる。さらに艦上戦闘機J-15、多用途戦闘機J-16など、質・量ともに日本を圧倒する勢いで戦力を拡大している。
航空自衛隊が保有する戦闘機は約320機。そのうちF-35Aは約50機程度にとどまる。残りの約200機がF-15J/DJだ。つまり、F-15Jの能力が向上しなければ、日本の航空戦力の大部分が「時代遅れ」になってしまうリスクがある。
ロシア機の活発な活動
北方からのロシア機の活動も無視できない。
2024年には前述の領空侵犯事件が発生し、日本海やオホーツク海でのロシア軍機の飛行が継続している。Tu-95爆撃機やIL-38哨戒機など、日本列島を一周するような飛行パターンも確認されており、北海道から九州までの広い空域で対応が必要だ。
北朝鮮のミサイル脅威
北朝鮮の弾道ミサイル開発も、間接的にF-15Jの近代化を後押ししている。
もちろん、弾道ミサイルの迎撃は戦闘機の仕事ではない。しかし、北朝鮮の脅威に対応するためには「反撃能力」――つまり、敵のミサイル発射拠点を攻撃する能力が必要とされるようになった。改修後のF-15Jに搭載されるスタンドオフミサイルは、まさにこの「反撃能力」の一翼を担う。
「新しい機体を買えばいいのでは?」という疑問
ここで当然の疑問が浮かぶ。「古い機体を改修するより、新しいF-35をもっと買えばいいのでは?」
確かに、F-35は第5世代のステルス戦闘機であり、F-15Jとは世代が違う。しかし、いくつかの理由から「F-15Jの改修」という選択肢が選ばれた。
まず、コストの問題がある。F-35Aの調達価格は1機約140億円。一方、F-15Jの改修費用は1機約120億円程度とされる(当初計画より大幅に増加しているが)。既存の機体を活用する方が、単純な比較では安上がりに見える。
次に、F-35の調達ペースの問題がある。日本は合計147機のF-35(A型105機、B型42機)を取得する計画だが、その配備が完了するのは2030年代後半。それまでの間、「F-15Jがいなくなる」わけにはいかない。
そして、F-15の「武器庫」としての価値がある。F-35はステルス性を維持するため、機内のウェポンベイに武装を収納する。そのため、搭載できるミサイルの数が限られる。一方、F-15は機外に大量のミサイルを搭載できる。改修後のF-15JSIは、最大15発もの空対空ミサイルを搭載可能とされる。
つまり、F-35とF-15JSIは「どちらか一方」ではなく、「両方必要」なのだ。この連携については後で詳しく解説する。
F-15Jの近代化改修の歴史――J-MSIPとは何だったのか
F-15Jの近代化改修は、今回が初めてではない。実は1980年代後半から、段階的に能力向上が行われてきた。
Pre-MSIPとJ-MSIP
F-15J/DJには、大きく分けて2つのタイプがある。
1つ目は「Pre-MSIP機」。これは初期に製造された機体で、近代化改修に対応するための配線やシステムが組み込まれていない。主に機番801~898、051~066が該当する。
2つ目は「J-MSIP機」。MSIPとは「Multi-Stage Improvement Program(多段階能力向上計画)」の略で、将来の改修に対応できるよう、あらかじめ機内配線などが整備された機体だ。機番832、899~965、067~098が該当する。
この違いが、今回の近代化改修で大きな意味を持つ。Pre-MSIP機は配線構造の問題から大規模改修が困難であり、最新装備の搭載には大幅な機体の改造が必要になる。そのため、Pre-MSIP機は改修対象から除外され、F-35に置き換えられることが決まっている。
一方、J-MSIP機は今回の能力向上改修の対象となる。ただし、複座型のF-15DJは後席の装備が改修に適さないため、単座型のF-15J 68機のみが改修を受けることになった。
これまでの改修内容
J-MSIP機に対しては、これまでにも様々な改修が施されてきた。
レーダーの換装:AN/APG-63(V)1への更新 データリンク搭載:Link 16の追加 国産ミサイル対応:AAM-4(99式空対空誘導弾)、AAM-5(04式空対空誘導弾)の運用能力付与 電子戦能力向上:各種センサー・対抗装置の強化
これらの改修により、J-MSIP機は「形態I型」「形態II型」などと呼ばれる段階的なバージョンアップを遂げてきた。F-15Jは導入から40年以上、常に進化を続けてきたのだ。
F-15JSI計画の全貌――「日本版スーパーインターセプター」とは

さて、いよいよ今回の近代化改修の核心に入ろう。
JSIとは何か
「JSI」とは「Japan Super Interceptor(日本版スーパーインターセプター)」の略だ。
この名称には少々政治的な配慮がある。実際の改修内容は「スタンドオフミサイルを搭載して敵基地を攻撃できる多用途戦闘機化」なのだが、日本国内の「攻撃的兵器」への反発を避けるため、あえて「迎撃機」を意味する「インターセプター」という言葉が使われている。
しかし実態としては、F-15JSIは米空軍のF-15EX(最新型ストライクイーグル)と同等の能力を持つ多用途戦闘機(マルチロールファイター)になる。40年以上「純粋な制空戦闘機」だったF-15Jが、対地・対艦攻撃能力を獲得するのだ。
改修対象と予算
改修対象:J-MSIP適用済みの単座型F-15J 68機 総事業費:約1兆16億円(当初計画の6,465億円から大幅増) 1機あたり改修費:約147億円(機体改修費のみで約122億円) 完了予定:2030年頃
見ての通り、予算は当初計画から大幅に膨れ上がっている。円安やボーイング社の見積もり失敗、追加仕様変更など様々な要因があるが、「1兆円超え」という数字は批判の対象にもなっている。
この問題については後で詳しく触れるが、まずは「何が改修されるのか」を見ていこう。
F-15JSIに搭載される新装備――「令和のイーグル」の実力
AN/APG-82(V)1 AESAレーダー
改修の目玉の一つが、最新のAESAレーダーへの換装だ。
「AESA」とは「Active Electronically Scanned Array(アクティブ電子走査アレイ)」の略。従来のレーダーがアンテナを機械的に動かして電波を送受信していたのに対し、AESAレーダーは数百~数千の小さな送受信モジュールを電子的に制御する。
AN/APG-82(V)1は、米空軍のF-15Eストライクイーグルや最新のF-15EXにも搭載されている最先端レーダーだ。その特徴は以下の通り。
探知距離の延長:従来レーダーの約1.5倍以上 多目標同時追跡:複数の空中・地上目標を同時に捕捉・追尾 高解像度マッピング:地上目標の詳細な識別が可能 電子妨害耐性:敵の電子戦に対する高い耐性 信頼性向上:従来のAPG-70レーダーの20倍の信頼性
特に重要なのは、「空対空モード」と「空対地モード」の同時使用が可能になる点だ。これにより、敵の戦闘機と地上目標を同時に監視し、状況に応じて攻撃対象を切り替えることができる。まさに「マルチロール」の名にふさわしい能力だ。
ちなみに、日本はAESAレーダーの分野で世界をリードしてきた歴史がある。世界で初めて量産戦闘機にAESAレーダーを搭載したのは、航空自衛隊のF-2戦闘機に搭載された三菱電機製のJ/APG-1だった。今回はあえてアメリカ製レーダーを採用したわけだが、これには米国との相互運用性(インターオペラビリティ)確保という意図がある。
AN/ALQ-239 DEWS 統合電子戦システム
次に重要なのが、電子戦システムの強化だ。
AN/ALQ-239「DEWS(Digital Electronic Warfare System)」は、BAEシステムズが開発した最新の統合電子戦システム。米空軍のF-15EXにも搭載されている。
このシステムは、敵のレーダーや通信を妨害する「電子妨害(ECM)」と、敵のレーダー波を探知する「電子支援(ESM)」の両方の機能を持つ。具体的には以下のような能力がある。
脅威警報:敵のレーダーロックオンを検知し警報 レーダー妨害:敵の火器管制レーダーを妨害 ミサイル回避支援:対空ミサイルの誘導を妨害 電子情報収集:敵の電子放射を分析・記録
現代の航空戦において、電子戦能力は極めて重要だ。いくら優れたレーダーやミサイルを持っていても、敵に電子的に「目をつぶされて」しまえば意味がない。F-15JSIは、この電子戦能力を大幅に強化することで、「生存性」を高めている。
ADCP IIミッションコンピュータ
ハネウェル社製のADCP II(Advanced Display Core Processor II)は、F-15JSIの「頭脳」となる最新のミッションコンピュータだ。
このコンピュータは、米空軍のF-15EXにも搭載されており、戦闘機史上最速の処理能力を持つとされる。新しいレーダー、電子戦システム、武装など、すべてのシステムを統合的に管理し、パイロットに最適な情報を提供する。
大型ディスプレイの採用も特徴だ。従来のF-15Jのコックピットには複数の小型計器が並んでいたが、F-15JSIでは大型のマルチファンクションディスプレイが採用され、より直感的な操作が可能になる。パイロットのワークロード(作業負荷)を軽減し、状況認識能力を向上させる効果がある。
AGM-158B JASSM-ER スタンドオフミサイル
そして、今回の改修で最も「画期的」な追加装備が、スタンドオフミサイルだ。
AGM-158B JASSM-ER(Joint Air-to-Surface Standoff Missile – Extended Range)は、ロッキード・マーチン社が開発した空対地巡航ミサイル。日本は50発を調達予定とされている。
その特徴は圧倒的な射程距離にある。
射程:約900km以上
重量:約1トン
全長:約4.3m
誘導方式:GPS/INS + 赤外線画像誘導
弾頭:450kg級貫通/破砕弾頭
射程900kmとはどういうことか。例えば、沖縄本島から発射すれば、中国沿岸部まで届く距離だ。つまり、F-15JSIは「敵の防空圏外」から攻撃を行うことができる。これが「スタンドオフ攻撃」の意味であり、パイロットの安全を確保しながら敵の重要拠点を攻撃できる。
さらに、JASSM-ERはステルス形状を採用しており、敵のレーダーに探知されにくい。GPS誘導に加えて赤外線画像誘導を搭載しているため、最終段階では目標を「目視」で確認して命中する。高い精度と生存性を兼ね備えた、まさに「現代の巡航ミサイル」だ。
当初計画では、対艦ミサイル「LRASM(Long Range Anti-Ship Missile)」も搭載予定だったが、予算上の理由から見送られている。これは残念だが、将来的な搭載の可能性は残されている。
搭載弾薬数の増加
F-15JSIでは、搭載できるミサイルの数も増加する。
改修前のF-15Jは、空対空ミサイルを最大8発搭載可能だった。改修後は、最大15発以上の空対空ミサイルを搭載できるようになるとされる。これはF-15の「武器庫」としてのポテンシャルを最大限に引き出すものだ。
空対空ミサイルとしては、国産のAAM-4B(99式空対空誘導弾改)やAAM-5(04式空対空誘導弾)に加え、米国製のAIM-120 AMRAAMの運用も可能になる見込みだ。
日本が保有するミサイルについて詳しく知りたい方は、姉妹記事「日本が保有するミサイル全種類を完全解説」もぜひご覧いただきたい。
F-35との連携――「ハイ・ロー・ミックス」の新たな形

F-15JSIの役割を理解するうえで重要なのが、F-35との連携だ。
ステルス機が道を開き、イーグルが攻撃する
米空軍がF-15EXを導入した理由の一つが、「F-35との連携」だった。日本のF-15JSIも同様のコンセプトで運用される。
どういうことか。
F-35は第5世代ステルス戦闘機であり、敵のレーダーに探知されにくい。しかし、ステルス性を維持するためには、武装を機内のウェポンベイに収納する必要があり、搭載できるミサイルの数が限られる(内部搭載では6発程度)。
一方、F-15JSIはステルス性こそないものの、大量のミサイルを搭載できる。いわば「空飛ぶミサイルトラック」だ。
そこで考えられる戦術が、「F-35が敵の防空網に穴を開け、F-15JSIが大量のミサイルで攻撃する」というものだ。
具体的には、以下のような流れになる。
- F-35が先行し、ステルス性を活かして敵の防空レーダーや対空ミサイルを無力化
- 防空網に「穴」が開いた段階で、F-15JSIが進出
- F-15JSIが大量のJASSM-ERや空対空ミサイルを発射し、敵の航空基地や艦艇を攻撃
- 敵の反撃能力を削いだところで、F-35が制空権を確保
この連携により、ステルス機の「隠密性」と第4世代機の「火力」を組み合わせた効果的な作戦が可能になる。F-15JSIは「古い機体」ではなく、「F-35の相棒」として重要な役割を担うのだ。
航空自衛隊のF-35について詳しく知りたい方は、姉妹記事「航空自衛隊の最新ステルス戦闘機F-35A/B完全解説――透明な死神が日本の空を守る」も参照いただきたい。
データリンクによる情報共有
この連携を支えるのが、高度なデータリンク技術だ。
F-15JSIには最新のデータリンクシステムが搭載され、F-35やAWACS(早期警戒管制機)、地上のレーダーサイトなどとリアルタイムで情報を共有できる。
例えば、F-35が探知した敵機の位置情報を、即座にF-15JSIに送信。F-15JSIはその情報をもとに、自機のレーダーを使わずにミサイルを発射することも可能になる。これにより、F-15JSIは敵に探知されるリスクを減らしながら、効果的な攻撃ができる。
このようなネットワーク中心の戦い方は「NCW(Network Centric Warfare)」と呼ばれ、現代の航空戦の基本となっている。F-15JSIは、このNCWに完全対応した「21世紀の戦闘機」に生まれ変わるのだ。
改修計画の進捗と課題――1兆円超えの是非
ここで、F-15JSI計画の「影」の部分にも触れておこう。
膨れ上がるコスト
前述の通り、F-15JSI計画の総事業費は約1兆16億円に達している。当初計画の6,465億円から約3,500億円以上の超過だ。
1機あたりの改修費用も、当初の約83億円から約122億円に高騰。関連費用を含めると1機147億円という試算もある。これはF-35Aの調達価格(約140億円)を上回る計算だ。
「新品のF-35を買ったほうが安いのでは?」という批判が出るのも無理はない。
コスト増の要因としては、以下のような点が挙げられている。
円安の進行:契約時からの為替変動 ボーイング社の見積もり失敗:当初の見積もりが甘かった 追加仕様変更:計画途中での要求仕様の変更 LRASMの搭載見送り:これで600億円程度の削減はあったが焼け石に水
当初、三菱重工業とボーイング社の改修案が比較検討され、「より安価」としてボーイング案が採用された。しかし結果的に、三菱重工案を上回るコストになってしまったのは皮肉としか言いようがない。
スケジュールの遅延
改修のスケジュールも遅れている。
当初計画では、2020年度から本格的な改修が始まる予定だった。しかし、予算執行の見送りや契約交渉の難航により、実際の改修開始は大幅に遅延。訓練環境が整うのは2028年頃、68機すべての改修が完了するのはさらに先になる見込みだ。
2027年までに小松基地の飛行教導群に8機が配備される計画だが、部隊運用が本格化するのは2030年頃になるとみられる。
それでも改修を進める理由
では、なぜこれほど問題があっても、F-15JSI計画は継続されているのか。
第一に、「今さら引き返せない」という事情がある。すでに多額の予算が投入されており、計画を中止しても使った費用は戻ってこない。いわゆる「サンクコスト」の問題だ。
第二に、F-35の調達ペースでは間に合わないという現実がある。日本が計画しているF-35は147機だが、その全機配備は2030年代後半。それまでの間、F-15Jが「古いまま」では、日本の防空体制に穴が開いてしまう。
第三に、F-15JSI独自の価値がある。前述の通り、F-15JSIは大量のミサイルを搭載でき、F-35とは異なる役割を担える。両機を組み合わせることで、日本の航空戦力はより柔軟で強力になる。
とはいえ、コスト超過やスケジュール遅延は深刻な問題だ。防衛省には、今後の予算管理と進捗管理の徹底が求められる。
中国のJ-20と比べてどうなのか
さて、F-15JSIの能力を考える上で、避けて通れないのが「中国のステルス戦闘機J-20との比較」だ。
J-20の概要
J-20(殲-20)は、中国が開発した第5世代ステルス戦闘機。2017年に実戦配備が開始され、2025年時点で200機以上が運用されているとみられる。
J-20の主な特徴は以下の通り。
ステルス性:レーダー反射面積(RCS)を極限まで低減した機体設計
超音速巡航:アフターバーナーなしでの超音速飛行が可能(とされる)
長射程ミサイル:PL-15などの長射程空対空ミサイルを搭載
大型機体:F-22よりも大きな機体で、燃料・武装の搭載量が多い
F-15JSI vs J-20:どちらが強い?
正直に言えば、「どちらが強いか」を単純に比較することはできない。なぜなら、両機は「設計思想が違う」からだ。
J-20はステルス戦闘機であり、レーダーに探知されにくい。一方、F-15JSIは非ステルス機であり、J-20のような隠密性はない。単純な「1対1の空中戦」を想定すれば、ステルス機であるJ-20が有利だろう。
しかし、現代の航空戦は「1対1のドッグファイト」ではない。AWACSやレーダーサイトとのデータリンク、F-35との連携、地対空ミサイルとの協同など、「システム」として戦うのが現代の航空戦だ。
F-15JSIの強みは、その「火力」と「ネットワーク能力」にある。F-35が探知した敵機の情報を受け取り、大量のミサイルを発射する。あるいは、スタンドオフミサイルで敵の航空基地を攻撃する。こうした「システムの一部」としての役割においては、F-15JSIは十分な存在価値を持つ。
また、J-20も万能ではない。エンジンの信頼性に問題があるとされ、実際の戦闘性能については未知数な部分も多い。中国軍が主張するほどの能力を持っているかどうかは、実戦で証明されていない。
結論として、F-15JSIが「J-20に勝てる」とは言えないが、「日本の防空システムの一部として有効」であることは間違いない。
改修後の運用期間――2040年代まで現役?
F-15JSIの改修が完了した機体は、いつまで使われるのか。
機体寿命の延長
F-15の基本寿命は8,000飛行時間とされている。航空自衛隊の年間飛行時間から換算すると、初期生産分の機体は2025年頃に基本寿命を迎える計算だ。
しかし、米空軍のF-15C/Dには8,000時間を超えて10,000時間、さらには18,000時間への延長も検討されている機体がある。F-15の機体構造は非常に頑丈であり、適切な整備を行えば長期間の運用が可能なのだ。
F-15JSIも同様の措置が取られる可能性が高い。改修によって電子機器やエンジンは最新化されるが、機体構造(フレーム)自体は既存のものを使う。この機体寿命が延長されれば、F-15JSIは2040年代まで現役を続ける可能性がある。
次期戦闘機との関係
日本は現在、イギリス・イタリアと共同で次期戦闘機「GCAP(グローバル・コンバット・エア・プログラム)」を開発中だ。この次期戦闘機は2035年頃の初飛行、2040年頃の実戦配備を目指している。
F-15JSIは、この次期戦闘機が配備されるまでの「つなぎ」としても重要だ。F-35、F-15JSI、そして次期戦闘機という3本柱で、日本の航空戦力は2040年代以降も維持されることになる。
改修を担う企業たち
F-15JSI計画には、多くの企業が関わっている。
ボーイング
言わずと知れたF-15の開発元(現在)。今回の改修においても、全体の設計・統合を担当している。米国ミズーリ州セントルイスの工場で改修作業が行われる予定だ。
三菱重工業
F-15Jのライセンス生産を行った三菱重工は、今回も改修作業の一部を担当する。ボーイングとの直接商業売却(DCS)契約のもと、日本国内での作業を分担する。
日本の防衛産業についてもっと知りたい方は、「日本の防衛産業・軍事企業一覧【2025年最新】主要メーカーと得意分野・代表装備を完全網羅」もご覧いただきたい。
レイセオン(RTX)
AN/APG-82(V)1レーダーの製造元。AESAレーダー技術では世界をリードする企業だ。
BAEシステムズ
AN/ALQ-239 DEWS電子戦システムの製造元。電子戦技術の分野で豊富な実績を持つ。
ハネウェル
ADCP IIミッションコンピュータの製造元。航空機用電子機器のメジャープレイヤーだ。
ロッキード・マーチン
JASSM-ERスタンドオフミサイルの製造元。精密誘導兵器の分野で世界最大手。
まとめ――「令和のイーグル」が日本の空を守る
ここまで、F-15J近代化改修の全貌を解説してきた。最後に要点をまとめよう。
F-15JSI改修のポイント
改修対象:J-MSIP適用済みの単座型F-15J 68機 総事業費:約1兆16億円(当初計画から大幅増) 完了予定:2030年頃 運用期間:2040年代まで現役の可能性
主な改修内容
AN/APG-82(V)1 AESAレーダー:探知距離延長、多目標同時追跡 AN/ALQ-239 DEWS電子戦システム:生存性向上、電子妨害能力 ADCP IIミッションコンピュータ:処理能力向上、大型ディスプレイ AGM-158B JASSM-ER:射程900km超のスタンドオフミサイル 搭載弾薬数増加:最大15発以上の空対空ミサイル
F-15JSIの意義
F-35との連携:ステルス機と「ミサイルトラック」の組み合わせ
反撃能力の獲得:スタンドオフミサイルによる長射程攻撃
防空体制の維持:次期戦闘機配備までの「つなぎ」
多用途戦闘機化:純粋な制空戦闘機から対地・対艦攻撃能力を獲得
「まだF-15?」への答え
冒頭の疑問に戻ろう。「えっ、まだF-15使ってるの?」
答えはイエスだ。ただし、「昔のF-15」ではない。
最新のAESAレーダー、先進的な電子戦システム、射程900km超の巡航ミサイル――。これらを搭載したF-15JSIは、もはや1970年代に設計された機体とは「別物」だ。
確かに、コスト超過やスケジュール遅延という問題はある。1兆円という巨額の予算に見合う価値があるのか、議論の余地はあるだろう。
しかし、中国やロシアの脅威が増大する中、日本の空を守るためには「今ある戦力」を最大限に活用する必要がある。F-35だけでは数が足りない。F-15Jを「使えるまま」放置するわけにはいかない。
F-15JSI計画は、そうした厳しい現実の中での「最善の選択」だったのかもしれない。少なくとも、68機の「令和のイーグル」が、日本の空を守る戦力として復活することは間違いない。
2030年代、F-35と編隊を組んで飛ぶF-15JSIの姿を想像してみてほしい。ステルス戦闘機と「空飛ぶミサイルトラック」の連携。それは、日本の防空の新しい形だ。
イーグルドライバーたちは、これからも日本の空を守り続ける。
50年前に設計された機体の「魂」を継ぎながら、令和の技術で武装して。
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免責事項 本記事の情報は2025年12月時点の公開情報に基づいています。防衛装備品の詳細な仕様には機密情報が含まれるため、一部は推測に基づいています。最新の情報や詳細については、防衛省の公式発表をご確認ください。

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