「もし今、北朝鮮から弾道ミサイルが発射されたら、日本は本当に守れるのか?」
この問いに、あなたは答えられるだろうか。
テレビから流れてくる「Jアラート」の不気味な警報音。「直ちに屋内に避難してください」というアナウンス。そして数分後、「日本上空を通過しました」という速報――。
私たちは、この光景にいつの間にか慣れてしまった。
だが、待ってほしい。あのミサイルは、なぜ「迎撃されなかった」のか。そもそも日本のミサイル防衛システムは、どのような仕組みで、どこまでの脅威に対応できるのか。
この記事では、日本が誇るミサイル防衛システムの全貌を徹底解説する。イージス艦に搭載されたSM-3、航空自衛隊のPAC-3、そしてこれらを統合するJADGEシステム。さらに、北朝鮮や中国が開発を進める極超音速兵器という「迎撃不可能」と言われた新たな脅威への対応まで、余すところなくお伝えしよう。
ミサイル防衛は、現代日本の安全保障の要である。そして同時に、日本の技術力と決意が試される最前線でもあるのだ。
なぜ日本にミサイル防衛が必要なのか――周辺国の脅威

本題に入る前に、まずは「なぜ日本にミサイル防衛が必要なのか」という根本的な問いを整理しておきたい。
北朝鮮の弾道ミサイル
最も喫緊の脅威は、北朝鮮である。
2024年だけでも、北朝鮮は数十発の弾道ミサイルを発射している。10月31日には、ICBMと見られるミサイルを発射し、約86分間飛翔、最高高度は7,000kmを超えたと推定されている。これは通常軌道で発射されれば、アメリカ本土にも届く射程を意味する。
だが、日本にとってより深刻なのは、中距離弾道ミサイル「ノドン」や短距離弾道ミサイルだ。ノドンの射程は約1,300km。これは日本列島のほぼ全域を射程に収める。北朝鮮から発射されれば、わずか10分程度で日本に到達する計算になる。
さらに恐ろしいのは、北朝鮮が核弾頭の小型化に成功している可能性が高いことだ。防衛省は「北朝鮮は、日本を射程に収める弾道ミサイルについて、核兵器の小型化・弾頭化を既に実現し、日本を攻撃する能力を保有している」との認識を示している。
そして2024年以降、北朝鮮は「極超音速ミサイル」の開発を加速させている。2025年1月には新型極超音速中距離弾道ミサイルの発射実験に「成功」したと発表。金正恩委員長は「いかなる稠密な防御の障壁も効果的に突破できる」と豪語した。
中国の急速なミサイル戦力増強
北朝鮮だけではない。中国もまた、日本にとって看過できないミサイル脅威となっている。
中国は世界最大のミサイル戦力を保有しているとされ、その数は継続的に増加している。特に注目すべきは「DF-21D」や「DF-26」といった対艦弾道ミサイルだ。これらは「空母キラー」とも呼ばれ、移動する艦艇を攻撃する能力を持つとされる。
さらに中国は「DF-17」という極超音速滑空体(HGV)を搭載した弾道ミサイルを既に実戦配備している。射程約2,000km、マッハ5以上の速度で変則的な軌道を描きながら飛翔するこのミサイルは、従来のミサイル防衛システムでは迎撃が極めて困難だとされている。
台湾海峡の緊張が高まる中、日本が「有事」に巻き込まれる可能性は決して低くない。その時、中国のミサイルが在日米軍基地や自衛隊基地を狙う可能性は十分にある。
ロシアの存在
そしてロシアもまた、極東に相当数の弾道ミサイルを配備している。ウクライナ侵攻以降、日露関係は冷え込み、「北方領土」問題を抱える日本にとって、ロシアの軍事力は無視できない存在となっている。
このように、日本は核武装国家である3カ国――北朝鮮、中国、ロシア――に囲まれた、世界でも稀に見る厳しい安全保障環境に置かれている。
だからこそ、ミサイル防衛は日本にとって「あったらいいな」ではなく、「なければならない」システムなのだ。
日本のミサイル防衛――多層防衛という発想

では、日本はどのようにしてミサイルの脅威から国土を守ろうとしているのだろうか。
その答えが「多層防衛」という概念である。
弾道ミサイルの飛翔段階
まず、弾道ミサイルがどのように飛んでくるのかを理解しよう。弾道ミサイルの飛翔は、大きく3つの段階に分けられる。
第1段階:ブースト・フェーズ(上昇段階) 発射直後、ロケットエンジンで加速しながら上昇する段階。この時点ではミサイルの速度は比較的遅く、赤外線を放射しているため発見しやすい。しかし、この段階で迎撃するには敵国の領土近くに迎撃手段を配置する必要があり、現実的には困難。
第2段階:ミッドコース・フェーズ(中間段階) ロケットエンジンの燃焼が終了し、大気圏外を慣性で飛翔する段階。この段階が最も長く、迎撃のチャンスも多い。ただし大気圏外であるため、空気抵抗を利用した迎撃ができず、高度な技術が必要。
第3段階:ターミナル・フェーズ(終末段階) 大気圏に再突入し、目標に向かって落下する段階。速度は秒速数kmに達し、迎撃のための時間的余裕は極めて少ない。
日本の二段構え防衛
日本のミサイル防衛システムは、この飛翔段階のうち「ミッドコース・フェーズ」と「ターミナル・フェーズ」の2段階で迎撃を試みる「多層防衛」を採用している。
上層防衛(ミッドコース段階での迎撃) 海上自衛隊のイージス艦に搭載されたSM-3(スタンダードミサイル3)が担当。大気圏外を飛翔する弾道ミサイルを宇宙空間で迎撃する。
下層防衛(ターミナル段階での迎撃) 航空自衛隊のPAC-3(パトリオット・ミサイル)が担当。SM-3で撃ち漏らした場合の「最後の砦」として、高度数十kmで迎撃する。
この二段構えにより、1回の迎撃で失敗しても、次の段階でリカバリーできる体制を構築している。いわば「保険の保険」をかけているのだ。
そして、これらの迎撃システムを統合的に管制するのが、JADGE(Japan Aerospace Defense Ground Environment:自動警戒管制システム)である。
※日本のミサイル防衛システムの根幹を担うイージス艦について詳しく知りたい方は、姉妹記事「海上自衛隊のイージス艦完全ガイド」もぜひご覧いただきたい。こんごう型からまや型まで、全8隻の性能と役割を徹底解説している。
イージス艦とSM-3――宇宙空間で弾道ミサイルを撃ち落とす

日本のミサイル防衛の第一の矢は、海上自衛隊のイージス艦である。
イージスシステムとは
「イージス」とは、ギリシャ神話に登場する女神アテナの盾の名前だ。その名の通り、イージスシステムは艦隊を守る「盾」として開発された防空システムである。
イージスシステムの心臓部は、AN/SPY-1レーダー(最新型はSPY-7やSPY-6)だ。このフェーズドアレイレーダーは、同時に数百の目標を追尾し、その中から脅威を識別、優先順位を付けて迎撃する能力を持つ。
従来のレーダーが機械的にアンテナを回転させて目標を探知するのに対し、フェーズドアレイレーダーは電子的にビームを走査する。これにより、全方位を同時に監視し、複数の目標に対して同時に対処することが可能になった。
SM-3ミサイルの能力
イージス艦に搭載される弾道ミサイル迎撃用のミサイルが、SM-3(Standard Missile-3)である。
SM-3は、大気圏外を飛翔する弾道ミサイルを「直撃」して破壊する。爆発物で吹き飛ばすのではなく、高速で衝突することで運動エネルギーにより破壊する「キネティック弾頭」を採用している。これは「ピストルの弾をピストルで撃ち落とす」ようなものだと例えられる。
現在、日本が運用しているSM-3には主に2つのバージョンがある。
SM-3ブロックIA:初期型。迎撃可能高度は約500km程度とされる。
SM-3ブロックIIA:日米共同開発の最新型。防護範囲と迎撃可能高度が大幅に拡大し、ロフテッド軌道(通常より高い軌道)で発射された弾道ミサイルにも対処可能。2017年度から取得を開始している。
SM-3ブロックIIAは、まさに「日米同盟の結晶」と呼ぶべき存在だ。日本は三菱重工業を中心に、ノーズコーン、第2段ロケットモーター、第3段ロケットモーターの開発を担当。日本の精密加工技術がミサイルの命中精度向上に貢献している。
2024年、SM-3が初めて実戦で使用された
SM-3の実力を示す歴史的な出来事が、2024年4月に起きた。
イランがイスラエルに対して大規模なミサイル攻撃を行った際、地中海に展開していたアメリカ海軍のイージス艦「アーレイ・バーク」と「カーニー」がSM-3を発射し、イランの弾道ミサイルを迎撃することに成功したのだ。
SM-3が実戦で使用されたのは、これが史上初のことである。
この成功は、海上自衛隊にとっても大きな意味を持つ。なぜなら、海自のイージス艦は米海軍と同じシステムを搭載しているからだ。アメリカが実戦で証明した能力は、そのまま海自のミサイル防衛能力の有効性を示すものと言える。
2022年11月には、海自のイージス艦「まや」がSM-3ブロックIIAの発射試験を実施し、標的の迎撃に成功している。実戦を経験していないとはいえ、日本のイージス艦も確かな迎撃能力を有しているのだ。
海上自衛隊のイージス艦体制
現在、海上自衛隊は8隻のイージス艦を保有している。
こんごう型(4隻):こんごう、きりしま、みょうこう、ちょうかい
あたご型(2隻):あたご、あしがら
まや型(2隻):まや、はぐろ
このうち、BMD(弾道ミサイル防衛)対応のイージス艦として、すべての艦がSM-3の運用能力を持っている。8隻すべてがBMD任務に従事できる体制だ。
ただし、実際にBMD任務に常時就いているのはこの一部である。イージス艦は弾道ミサイル防衛だけでなく、艦隊防空、対潜水艦戦など多様な任務を担っており、すべてをBMDに振り向けることはできない。
この課題を解決するために建造されるのが、次章で解説する「イージス・システム搭載艦」だ。
PAC-3――最後の砦、航空自衛隊の高射部隊

イージス艦のSM-3で撃ち漏らした弾道ミサイルを迎撃するのが、航空自衛隊のPAC-3(Patriot Advanced Capability-3)である。
パトリオット・ミサイルの歴史
パトリオット・ミサイルは、もともと航空機を撃墜するための地対空ミサイルとして開発された。1991年の湾岸戦争で、イラクが発射した弾道ミサイル「スカッド」を迎撃したことで一躍有名になった。
当時使用されたPAC-2は、弾道ミサイル迎撃に完全に適したものではなく、迎撃成功率は約40%程度だったとも言われる。その反省を踏まえて開発されたのがPAC-3だ。
PAC-3は、PAC-2とは根本的に異なるミサイルである。PAC-2が爆風・破片で目標を破壊するのに対し、PAC-3は目標に「直撃」して破壊する直撃型(ヒット・トゥ・キル)方式を採用。また、ミサイルの操縦方式も空力舵から側面に取り付けられた小型ロケット(サイドスラスター)による推力偏向方式に変更され、大気の薄い高高度でも機動できるようになった。
PAC-3の性能と配備状況
PAC-3の主要諸元(推定):
全長:約5.2m 重量:約312kg 射程:約20〜30km(対弾道ミサイル) 迎撃高度:約15〜20km 速度:マッハ5以上
PAC-2が1基の発射機に4発を搭載するのに対し、PAC-3は同じサイズの発射機に16発を搭載できる。これは、PAC-3のミサイル本体がより細身に設計されているためだ。発射数が増えることで、迎撃成功の確率を高めることができる。
現在、航空自衛隊は全国28個の高射隊にPAC-3を配備している。2022年度までに全部隊への配備が完了し、2024年3月現在、さらなる能力向上型である「PAC-3 MSE」への改修が進行中だ。
PAC-3 MSE――射程と高度が2倍に
PAC-3 MSE(Missile Segment Enhancement)は、PAC-3の能力向上型である。
主な改良点:
- ロケットモーターの大型化により、射程と迎撃高度が従来の約2倍に
- 弾頭部の破壊力強化
- より複雑な動きをする小型目標への対処能力向上
これにより、1つの高射隊がカバーできる防護範囲が大幅に拡大する。従来のPAC-3では半径20km程度だった防護範囲が、PAC-3 MSEでは約35kmに広がるとされる。
日本は中期防衛力整備計画に基づき、PAC-3 MSEの導入を進めている。2022年度までに全28個高射隊がPAC-3 MSEに改修された。
PAC-3の運用と機動展開
PAC-3システムは、射撃管制装置、多機能レーダー、情報調整装置、電源車、発射機などで構成される。すべての装備が車両に搭載されており、機動展開が可能だ。
弾道ミサイルの発射が探知されると、必要に応じてPAC-3部隊が移動し、予想される着弾地点の近くに展開して迎撃態勢を取る。2009年の北朝鮮によるミサイル発射の際には、PAC-3部隊が東北地方や首都圏に機動展開した実績がある。
また、2016年以降、北朝鮮のミサイル発射の兆候をつかみにくくなったことから、防衛省は「破壊措置命令」を常時発令する体制に移行。PAC-3部隊は24時間体制で迎撃準備に当たっている。
迎撃成功率は?
気になるのは、PAC-3の迎撃成功率だろう。
米軍の迎撃実験では、ソフトウェアアップデート後の迎撃成功率は100%を達成しているとされる。航空自衛隊も、アメリカのニューメキシコ州マクレガー射場で実弾射撃訓練を実施しており、これまでのところ100%の命中率を維持している。
ただし、これはあくまで「実験」の結果であることを忘れてはならない。実戦では、想定外の要因が無数に存在する。また、敵がおとり(デコイ)を放出したり、複数のミサイルで同時攻撃を仕掛けてきた場合、迎撃はより困難になる。
それでも、世界最高水準の迎撃能力を持つことは間違いない。PAC-3は、日本の「最後の砦」として、確かな抑止力を発揮しているのだ。
JADGE――統合防空ミサイル防衛の頭脳

イージス艦のSM-3とPAC-3、そして全国に配置されたレーダー網。これらを統合的に管制するのが、JADGE(Japan Aerospace Defense Ground Environment:自動警戒管制システム)である。
情報を「つなぐ」ことの重要性
弾道ミサイル防衛において、最も重要なのは「時間」である。
北朝鮮からノドンが発射された場合、日本に到達するまでわずか10分程度。この短い時間の中で、ミサイルを探知し、軌道を計算し、迎撃の判断を下し、迎撃ミサイルを発射しなければならない。
人間が手作業で情報を収集・伝達していては、とても間に合わない。だからこそ、JADGEのような自動化されたシステムが不可欠なのだ。
JADGEの役割
JADGEは、以下のような機能を持つ。
- 情報の収集・集約 全国に配備された警戒管制レーダー(FPS-3改、FPS-5、FPS-7など)、イージス艦のレーダー、そしてアメリカの早期警戒衛星からの情報を収集・集約する。
- 脅威の識別・追尾 収集した情報をもとに、飛来する物体が弾道ミサイルかどうかを識別し、その軌道を追尾・予測する。
- 迎撃手段の割り当て 弾道ミサイルの予測軌道に基づき、どのイージス艦のSM-3で迎撃するか、どのPAC-3部隊を使うかを判断し、指示を出す。
- 戦況の共有 すべての関係部隊に、リアルタイムで戦況を共有する。
日米のデータリンク
JADGEは、アメリカ軍とも情報共有を行っている。具体的には、「リンク16」と呼ばれるデータリンクを通じて、米軍の早期警戒衛星や在日米軍のイージス艦からの情報を受け取ることができる。
日本は自前の早期警戒衛星を持っていない。そのため、弾道ミサイル発射の最初の探知は、アメリカの早期警戒衛星に依存している。この情報がJADGEに伝達されることで、日本のミサイル防衛システムが始動するのだ。
まさに「日米同盟」がなければ成り立たないシステムと言える。
新たな脅威――極超音速兵器への対応

ここまで解説してきた日本のミサイル防衛システムは、主に「弾道ミサイル」を想定したものだ。
しかし近年、従来のミサイル防衛では対処が困難な「極超音速兵器」という新たな脅威が登場している。
極超音速兵器とは
極超音速兵器とは、マッハ5(音速の5倍)以上の速度で飛翔する兵器の総称である。
大きく分けて2種類ある。
- 極超音速滑空体(HGV:Hypersonic Glide Vehicle) 弾道ミサイルで打ち上げられた後、大気圏上層部を滑空しながら目標に向かう。弾道ミサイルと異なり、滑空中に軌道を変更できるため、迎撃が困難。
- 極超音速巡航ミサイル(HCM:Hypersonic Cruise Missile) スクラムジェットエンジンなどで推進し、大気圏内をマッハ5以上で飛行する。
なぜ迎撃が困難なのか
従来の弾道ミサイルは、放物線状の予測可能な軌道を描いて飛翔する。そのため、発射直後に軌道を計算し、落下地点を予測して迎撃することができた。
しかし極超音速滑空体は、滑空中に軌道を変更できる。どこに向かっているのか、最後の瞬間まで分からない。しかも速度はマッハ5以上。従来のミサイル防衛システムでは、追尾・迎撃が極めて困難だ。
北朝鮮は「我々の極超音速ミサイルシステムは、いかなる稠密な防御の障壁も効果的に突破できる」と豪語している。残念ながら、これは誇張ではない。
GPI――日米共同開発の新たな迎撃手段
この脅威に対応するため、日米両国は2024年度から「GPI(Glide Phase Interceptor:滑空段階迎撃用誘導弾)」の共同開発を開始した。
GPIは、極超音速滑空体が複雑な軌道を取る「滑空段階」で迎撃することを目指した新型ミサイルだ。
2024年9月、日米両国は米国ノースロップ・グラマン社の設計コンセプトを採用することで合意。同年11月には、日本が担当する部位の開発について三菱重工業と契約を締結した。
GPIの概要(公表情報に基づく):
- 3段式ミサイル
- イージス艦のMk.41 VLSから発射
- 直撃(ヒット・トゥ・キル)方式で目標を破壊
日本の開発担当部位:
- キルビークル(破壊飛翔体)の操舵装置、ロケットモーター、シーカーウィンドウ
- 第3段の姿勢制御装置
- 第2段ロケットモーター
契約金額は約560億円、納期は令和11年(2029年)3月とされている。
GPIが完成すれば、日本のミサイル防衛能力は新たな次元に到達する。「迎撃不可能」と言われた極超音速兵器に、ついに対抗手段が生まれるのだ。
SM-6の導入
GPIの開発と並行して、日本はSM-6ミサイルの導入も進めている。
SM-6は、もともと対航空機・対巡航ミサイル用に開発されたミサイルだが、弾道ミサイルや極超音速滑空体のターミナル段階(終末段階)での迎撃能力も持つ。
SM-3が大気圏外のミッドコース段階での迎撃を担当するのに対し、SM-6は大気圏内での迎撃を担当する。これにより、イージス艦は上層・下層の両方で迎撃できるようになり、防衛の層がさらに厚くなる。
イージス・システム搭載艦――次世代の日本版イージス
日本のミサイル防衛体制を語る上で、避けて通れないのが「イージス・システム搭載艦」の話だ。
イージス・アショアの頓挫
もともと日本は、陸上配備型のミサイル防衛システム「イージス・アショア」を秋田県と山口県に配備する計画だった。イージス・アショアは、24時間365日、休むことなく弾道ミサイルを監視・迎撃できる「陸上のイージス艦」である。
しかし2020年、計画は突如中止された。
理由は、SM-3ミサイルを発射した際に分離するブースター(推進部)の落下問題だ。住宅地近くに配備されるイージス・アショアから発射されたミサイルのブースターが、安全に海上に落下することを保証できないことが判明したのだ。
ブースターを安全に落下させるためには、ソフトウェアの大幅な改修が必要であり、費用と時間がかかりすぎるとの判断から、計画は白紙に戻された。
洋上配備への方針転換
イージス・アショアの代替として選ばれたのが、「イージス・システム搭載艦」だ。
陸上がダメなら、海上に配備すればいい。ブースターは海に落ちる。問題は解決する。
2020年12月、政府はイージス・システム搭載艦2隻を建造し、海上自衛隊が運用することを決定した。
イージス・システム搭載艦の性能
イージス・システム搭載艦は、従来のイージス護衛艦とは一線を画す巨大な戦闘艦となる。
主要諸元(計画値):
- 基準排水量:約12,000トン(まや型の約1.4倍)
- 全長:約190m(推定)
- 乗員:約240名
- VLS(垂直発射装置):128セル(まや型の96セルから大幅増)
- 主機関:ロールス・ロイス製MT30ガスタービン
搭載予定のレーダーは、AN/SPY-7(V)1。これは当初イージス・アショアに搭載予定だったレーダーで、従来のSPY-1より大幅に性能が向上している。探知距離と同時追尾能力が飛躍的に向上し、小さな目標や宇宙空間の物体も捕捉できる。
搭載予定ミサイル:
- SM-3ブロックIIA(弾道ミサイル迎撃用)
- SM-6(対航空機・対巡航ミサイル・対HGV用)
- GPI(極超音速兵器迎撃用、開発完了後)
- 12式地対艦誘導弾能力向上型(反撃能力用、2032年以降)
- トマホーク巡航ミサイル(反撃能力用、2032年以降)
建造スケジュール
2024年9月、防衛省は建造スケジュールを発表した。
- 1番艦:三菱重工業で建造、2027年度末就役予定
- 2番艦:ジャパンマリンユナイテッドで建造、2028年度中期就役予定
2024年3月の令和6年度予算には、2隻分で3,731億円の経費が計上されている。
「24時間365日」のミサイル防衛体制へ
イージス・システム搭載艦の最大の意義は、「24時間365日のミサイル防衛体制」を実現できることだ。
現在のイージス護衛艦は、BMD任務だけでなく、艦隊防空、対潜戦など多様な任務を担っている。また、乗員の休養、艦の整備なども必要だ。そのため、常時BMD任務に従事させることは難しい。
しかしイージス・システム搭載艦は、BMD任務に特化した艦として設計されている。居住性が向上しており、長期間の任務に耐えられる。2隻を交代で運用することで、常時1隻をBMD任務に就かせることが可能になる。
これにより、日本は初めて「常時監視・即時対応」のミサイル防衛体制を手に入れることになる。
ミサイル防衛の限界と課題
ここまで日本のミサイル防衛システムの能力を解説してきたが、決して「万能」ではないことも正直に伝えなければならない。
飽和攻撃への脆弱性
最大の課題は、「飽和攻撃」への対処だ。
仮に北朝鮮が10発、20発の弾道ミサイルを同時に発射した場合、日本はすべてを迎撃できるだろうか。答えは「極めて困難」だ。
イージス艦1隻が同時に対処できる弾道ミサイルの数には限りがある。PAC-3も、防護範囲は半径35km程度。大量のミサイルが同時に飛んでくれば、迎撃しきれない。
実際、北朝鮮は2024年5月に18基の移動式発射機から短距離弾道ミサイルを一斉発射する訓練を実施している。これは明らかに「飽和攻撃」を想定した訓練だ。
おとり(デコイ)の問題
弾道ミサイルの弾頭部には、迎撃を欺くための「おとり」を搭載できる。大気圏外では空気抵抗がないため、軽いおとりも本物の弾頭と同じ速度で飛翔する。SM-3は、おとりと本物を識別して、本物だけを狙わなければならない。
最新のセンサー技術でおとりの識別能力は向上しているとされるが、敵も識別を難しくする技術を開発している。いたちごっこが続いているのが現状だ。
地理的な制約
PAC-3の射程は約35km。日本全土をカバーするには、相当数の部隊を全国に配備する必要がある。
現在、航空自衛隊は28個高射隊を保有しているが、それでも日本全土をカバーしているとは言い難い。特に原子力発電所など重要インフラの近くにPAC-3が配備されていないケースもある。
PAC-3は機動展開が可能だが、弾道ミサイルの発射から着弾まで10分程度という時間的制約の中で、発射後に移動して迎撃することは現実的ではない。
コストの問題
ミサイル防衛は、極めて高コストなシステムである。
イージス・システム搭載艦2隻の建造費は、合計で1兆円を超えると見込まれている。SM-3ブロックIIAは1発約40億円、PAC-3 MSEは1発約10億円とも言われる。
一方、北朝鮮の弾道ミサイルは、1発数億円程度で製造できるとされる。攻撃側と防衛側のコスト差は歴然だ。「安いミサイルを大量に撃ち込めば、高価な迎撃システムを圧倒できる」という非対称性は、ミサイル防衛の根本的な課題である。
「統合防空ミサイル防衛」への進化
これらの課題に対応するため、日本のミサイル防衛は「統合防空ミサイル防衛(IAMD:Integrated Air and Missile Defense)」という新たな概念に基づいて進化しつつある。
多層防衛の強化
従来の「上層(SM-3)」「下層(PAC-3)」に加え、新たな迎撃手段が導入される。
- SM-6:イージス艦から発射され、大気圏内での迎撃を担当
- GPI:極超音速兵器の滑空段階での迎撃を担当
- 03式中距離地対空誘導弾(中SAM)能力向上型:弾道ミサイル迎撃能力を付与
これにより、迎撃のチャンスが増え、飽和攻撃への対処能力も向上する。
反撃能力との組み合わせ
2022年12月に閣議決定された「国家安全保障戦略」では、日本が「反撃能力」を保有することが明記された。
反撃能力とは、日本に対するミサイル攻撃を抑止するため、必要最小限の自衛措置として、敵のミサイル発射拠点などを攻撃する能力のことだ。
具体的には、トマホーク巡航ミサイルや12式地対艦誘導弾能力向上型(スタンドオフ・ミサイル)の導入が進められている。
反撃能力は、ミサイル防衛と相互補完的な関係にある。ミサイル防衛で飛んでくるミサイルを迎撃しつつ、反撃能力で敵の発射拠点を叩く。この両輪により、ミサイル攻撃そのものを抑止することを目指している。
※日本が保有するミサイルについて詳しく知りたい方は、姉妹記事「日本が保有するミサイル全種類を完全解説」もぜひご覧いただきたい。
日米同盟とミサイル防衛
日本のミサイル防衛を語る上で、日米同盟の存在は欠かせない。
早期警戒衛星への依存
先述の通り、日本は自前の早期警戒衛星を持っていない。弾道ミサイル発射の最初の探知は、アメリカの早期警戒衛星に依存している。
アメリカの早期警戒衛星は、弾道ミサイルが発射された瞬間、そのロケットエンジンの赤外線を探知する。この情報がアメリカから日本に伝達され、JADGEを通じて各迎撃部隊に配信される。
もしアメリカの早期警戒衛星からの情報がなければ、日本のミサイル防衛の迎撃成功率は大幅に低下するとされている。
日米共同対処
日本のミサイル防衛は、アメリカ軍との共同対処を前提としている。
在日米軍のイージス艦も、日本防衛のためにBMD任務に従事することができる。2009年の北朝鮮ミサイル発射の際には、SM-3を搭載した米海軍イージス艦「シャイロー」も日本近海に展開した。
また、日米両国は弾道ミサイル追尾データの相互共有を行っている。日米のイージス艦が取得した追尾データを共有することで、より精度の高い迎撃が可能になる。
SM-3ブロックIIAの共同開発
SM-3ブロックIIAは、日米共同開発の成果だ。
日本は約10億ドル以上を投じて開発に参加し、ノーズコーン、第2段・第3段ロケットモーターなどを担当した。この共同開発を通じて、日本はミサイル防衛に関する先端技術を獲得するとともに、日米同盟の絆をより強固なものにした。
現在進められているGPIの共同開発も、同様の意義を持つ。日本の担当部位の開発費は約560億円。決して安くはないが、最先端の極超音速兵器迎撃技術を獲得できる機会であり、日米同盟の強化にも寄与する。
ミサイル防衛の未来
日本のミサイル防衛は、これからどこに向かうのだろうか。
レールガンの開発
防衛装備庁は、電磁加速砲「レールガン」の研究開発を進めている。レールガンは、火薬ではなく電磁力で弾丸を加速する兵器だ。
理論上、レールガンは弾丸をマッハ7程度まで加速できる。これにより、極超音速兵器を迎撃できる可能性がある。また、発射コストがミサイルより大幅に安く、飽和攻撃への対処にも有効だと期待されている。
まだ研究段階だが、将来的にはイージス・システム搭載艦や陸上の防空部隊に配備される可能性がある。
宇宙空間での早期警戒
日本は現在、独自の早期警戒衛星を持っていない。しかし、宇宙基本計画では、弾道ミサイルの発射を探知できる衛星コンステレーション(複数の小型衛星による監視網)の構築が検討されている。
これが実現すれば、アメリカの早期警戒衛星への依存を減らし、より自立したミサイル防衛体制を構築できる。
AIと自動化
ミサイル防衛は、時間との戦いだ。人間の判断が入る余地は限られている。
将来的には、AI(人工知能)を活用した脅威識別、軌道予測、迎撃手段の最適配分などが進むと考えられる。すでにJADGEには高度な自動化機能が組み込まれているが、AIの発展により、さらなる高度化が期待される。
まとめ――日本を守る「見えない盾」
この記事では、日本のミサイル防衛システムについて、その仕組みから課題、そして未来まで解説してきた。
改めてまとめよう。
日本のミサイル防衛体制
上層防衛(ミッドコース段階):
- 海上自衛隊のイージス艦8隻
- SM-3ブロックIA / ブロックIIA
- 大気圏外で弾道ミサイルを迎撃
下層防衛(ターミナル段階):
- 航空自衛隊の高射部隊28個隊
- PAC-3 / PAC-3 MSE
- 高度15〜20kmで弾道ミサイルを迎撃
統合管制:
- JADGE(自動警戒管制システム)
- 全国のレーダー網と迎撃部隊を統合的に管制
今後の強化ポイント
- イージス・システム搭載艦2隻の建造(2027〜2028年度就役予定)
- GPI(極超音速兵器迎撃ミサイル)の日米共同開発
- SM-6の導入
- 反撃能力(トマホーク、12式能力向上型)との統合
ミサイル防衛の意義
ミサイル防衛システムは、「100%の迎撃」を保証するものではない。飽和攻撃や極超音速兵器など、課題は山積している。
それでも、ミサイル防衛には大きな意義がある。
第一に、「抑止力」としての効果。敵国は、ミサイル攻撃を仕掛けても迎撃される可能性があることを認識する。確実に成功するか分からない攻撃を、軽々しく決断することは難しい。
第二に、「被害局限」の効果。仮にすべてを迎撃できなくても、一部を迎撃できれば、被害を軽減できる。特に核弾頭を搭載したミサイルを1発でも撃ち落とせれば、その効果は計り知れない。
第三に、「政治的メッセージ」としての効果。ミサイル防衛に投資することで、日本は「守りを固める」という決意を国際社会に示すことができる。
ミサイル防衛は、日本の平和を守るための「見えない盾」だ。
北朝鮮がまたミサイルを発射したというニュースが流れても、私たちは日常生活を送り続けることができる。それは、目に見えないところで、イージス艦とPAC-3部隊が24時間体制で警戒を続けているからだ。
決して目立たない、しかし確実に日本を守り続けている自衛隊員たちに、心からの敬意を表したい。
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【免責事項】 本記事の情報は2025年12月時点のものです。防衛装備品の詳細な仕様には機密情報が含まれるため、公開情報を基に執筆しています。最新の情報や詳細については、防衛省の公式発表をご確認ください。

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