静かなる革命が、日本の防衛を根底から変えようとしている。
「専守防衛」「盾に徹する」――戦後80年、日本の防衛は常にそうした言葉で語られてきた。しかし今、その常識を覆す兵器が、ついに実戦配備の時を迎えている。
12式地対艦誘導弾能力向上型。射程1000km超、ステルス形状、衛星データリンク――名称こそ「能力向上型」という控えめな表現だが、その実態は日本初の本格的な長射程巡航ミサイルである。
2025年度、熊本県の陸上自衛隊健軍駐屯地に、この「国産トマホーク」とも呼ばれる新型ミサイルの配備が始まる。九州から発射すれば、中国沿岸部にまで届く射程を持つこのミサイルは、日本の「反撃能力」の要として位置づけられている。
この記事では、12式地対艦誘導弾の誕生から、その進化の歴史、そして能力向上型が持つ革新的な技術と戦略的意義を徹底解説する。日本の防衛が「盾」から「矛」も持つ国へと変貌を遂げようとしている今、この国産ミサイルの全貌を知ることは、現代日本の安全保障を理解する上で欠かせない。
ミリタリーファンの方も、日本の防衛政策に興味がある方も、ぜひ最後までお付き合いいただきたい。ここには、技術者たちの執念と、変わりゆく日本の姿がある。
国産対艦ミサイルの系譜──すべてはここから始まった

80式空対艦誘導弾:国産ミサイルの原点
日本の国産対艦ミサイルの歴史は、1980年に始まる。
航空自衛隊向けに開発された「80式空対艦誘導弾(ASM-1)」。これが、現在の12式地対艦誘導弾へと続くファミリーの原点である。
四方を海に囲まれた日本にとって、対艦ミサイルは国防の要である。上陸侵攻を企てる敵艦艇を、洋上で撃破できれば、本土への被害を最小限に抑えられる。この当然の理屈を、日本は独自技術で実現しようとしたのだ。
80式空対艦誘導弾の主要諸元:
全長:約4m
直径:35cm
重量:約600kg
射程:約50km
推進方式:固体燃料ロケット
誘導方式:慣性誘導(中間)+アクティブレーダーホーミング(終末)
製造は三菱重工。F-1支援戦闘機、そして後にF-2戦闘機に搭載され、300発以上が生産された。
当時としては十分な性能だったが、射程50kmという数字は、現代の目から見れば心もとない。敵の防空圏内に深く侵入しなければ発射できないからだ。しかし、この80式から始まる国産ミサイルの系譜は、着実に進化を続けていく。
88式地対艦誘導弾(SSM-1):陸自の切り札
80式の技術を基に、陸上自衛隊向けに開発されたのが「88式地対艦誘導弾」である。
1979年から開発が始まり、1988年に制式採用。公募愛称は「シーバスター」だが、隊員間では単に「SSM」と呼ばれている。
88式地対艦誘導弾の主要諸元:
全長:5.1m(ブースター含む)
直径:35cm
重量:660kg
射程:150~200km(推定)
推進方式:固体燃料ロケット(ブースター)+ターボジェット
弾頭:270kg(高性能炸薬)
エンジン:TJM2ターボジェット
80式からの最大の進化は、推進方式がターボジェットエンジンになったことだ。固体燃料ロケットでは射程に限界があるが、ジェットエンジンなら空気を取り込んで燃料を燃焼し続けられる。これにより、射程は一気に3倍以上に延伸された。
発射から着弾まで、88式は以下のように飛翔する:
- 発射機から垂直に近い角度で発射
- 固体燃料ロケットブースターで初期加速
- ブースター切り離し後、ターボジェットエンジン始動
- 慣性航法装置(INS)であらかじめプログラムされた経路を飛翔
- 海上に出ると降下開始、シースキミング(海面すれすれの飛行)
- 終末航程でアクティブレーダーホーミング、目標捕捉・突入
「沿岸部より被害を受けにくい内陸部から発射し、地形に沿って飛び、海上では敵のレーダー探知をくぐり抜ける」――日本の地形特性を活かした、実に日本らしい設計思想である。
88式は北海道の北千歳・美唄・上富良野駐屯地に配備され、第1~第3地対艦ミサイル連隊が運用。長年にわたり、北方からの脅威に備えてきた。
※日本が保有するミサイルの全体像については、姉妹記事「日本が保有するミサイル全種類を完全解説」もぜひご覧いただきたい。
ファミリーの拡大:海自・空自への展開
88式地対艦誘導弾の技術は、海上自衛隊と航空自衛隊にも展開された。
90式艦対艦誘導弾(SSM-1B):海上自衛隊の護衛艦向け。88式を艦載化したもので、米国製ハープーン対艦ミサイルと発射装置が共通化されている。
91式空対艦誘導弾(ASM-1C):海上自衛隊のP-3C・P-1哨戒機向け。88式から派生した空対艦ミサイルで、ハープーンとの混載も可能。
93式空対艦誘導弾(ASM-2):航空自衛隊のF-2戦闘機向け。80式の後継で、射程延長・誘導精度向上が図られた。
こうして国産対艦ミサイルのファミリーは、陸海空三自衛隊に広がっていった。しかし、射程は依然として200km程度。敵の攻撃圏外から安全に発射するには、まだ足りない。
次のステップが、12式地対艦誘導弾である。
12式地対艦誘導弾──新時代の幕開け

2012年、新型ミサイル誕生
88式地対艦誘導弾の後継として、2001年から試作が始まり、2012年に制式採用されたのが「12式地対艦誘導弾」である。
当初は「88式地対艦誘導弾システム(改)」や「SSM-1(改)」と呼ばれていた。つまり、88式の改良型という位置づけで開発がスタートしたのだ。しかし、その進化は単なる「改良」の域を超えていた。
12式地対艦誘導弾の主要諸元:
射程:約200km
推進方式:固体燃料ロケット(ブースター)+ターボジェット
誘導方式:慣性誘導+GPS誘導(中間)、アクティブレーダーホーミング(終末)
発射方式:垂直発射方式
何が変わったのか?
88式から12式への進化は、以下の点に集約される:
- GPS誘導の追加
従来の慣性誘導だけでは、長距離を飛ぶうちに誤差が蓄積する。12式では中間誘導にGPSを追加し、飛行中の位置補正が可能になった。目標が大きく移動しても、GPSによる補正で対応できる。
- 目標情報更新能力の向上
発射後でも、新しい目標情報を受信して誘導を修正できる。これにより、移動する艦艇への対処能力が大幅に向上した。
- 垂直発射方式の採用
88式は斜め発射だったが、12式は垂直発射方式を採用。これにより、即応性が向上し、陣地選定の自由度も高まった。発射機を敵に向ける必要がないため、複雑な地形でも運用しやすい。
- 地形追随能力の向上
より高度な飛行制御により、複雑な地形に沿って低空飛行する能力が強化された。敵レーダーに捕捉されにくくなり、生存性が向上。
- システム全体の生存性向上
射撃統制装置、発射機、誘導弾すべてにおいて、敵の攻撃から生き残るための改良が施された。
発射システムの構成
12式地対艦誘導弾システム(1個地対艦ミサイル中隊)は、以下で構成される:
射撃統制装置(3 1/2tトラックに積載):1基
発射機(重装輪車をベース):4~6両
誘導弾装填機:複数両
誘導弾:多数
発射機は重装輪回収車(8輪駆動)の後部を改造したもので、6連装のキャニスター(発射筒)を搭載。88式の発射機とは外観が大きく異なり、キャニスターが四角形になっている。
南西諸島への配備
12式地対艦誘導弾の配備は、従来の北海道重視から、南西シフトへと転換した。
配備先:
九州・熊本の健軍駐屯地(西部方面特科隊・第5地対艦ミサイル連隊)
鹿児島県奄美大島の奄美駐屯地・瀬戸内分屯地
沖縄県宮古島の宮古島駐屯地
沖縄本島の勝連分屯地
石垣島(駐屯地新設予定)
なぜ南西諸島なのか?答えは明白だ。中国の海洋進出である。
宮古海峡(沖縄本島と宮古島の間)や吐噶喇海峡は、中国海軍が太平洋へ進出するための重要ルートとなっている。これらの要所に対艦ミサイルを配備することで、抑止力と実効戦力を高める。これが「南西シフト」の狙いだ。
※海上自衛隊の艦艇について詳しく知りたい方は、【2025年最新版】海上自衛隊の艦艇一覧完全解説|護衛艦から潜水艦まで全艦種を徹底解説
能力向上型──射程1000km超の衝撃
「専守防衛」の限界を超えて
時は2018年12月18日。安倍内閣が閣議決定した「防衛計画の大綱」において、ひとつの方針が示された。
「スタンド・オフ・ミサイルの導入」
スタンド・オフとは、敵の攻撃圏外から撃てる長射程ミサイルのこと。つまり、自分は安全な距離に留まりながら、敵を攻撃できる能力である。
従来の12式地対艦誘導弾の射程は約200km。これでは、中国が保有する射程の長い対艦ミサイルや艦艇防空システムに対し、危険な距離まで接近しなければならない。
「もっと遠くから撃てるミサイルが必要だ」
この要求に応えるべく、2020年12月18日の閣議で開発が決定されたのが、「12式地対艦誘導弾能力向上型」である。
別物と言える進化
名称こそ「能力向上型」だが、その実態はほぼ別物である。
外観を見れば一目瞭然だ。従来の12式は葉巻型の胴体に4枚の固定翼という、国産対艦ミサイルの伝統的な形状を踏襲していた。しかし能力向上型は、まるで小型の航空機のような姿をしている。
12式地対艦誘導弾能力向上型の主要諸元(推定):
全長:約9m(ブースター含む)
胴体径:約1m
翼幅:約4m
射程:1000km以上(最終目標1500km)
推進方式:固体燃料ロケット(ブースター)+ターボファンエンジン
巡航速度:亜音速(マッハ0.8~0.9程度)
誘導方式:慣性誘導+GPS誘導+衛星データリンク(中間)、アクティブレーダーホーミング(終末)
何が革新的なのか?
能力向上型が持つ革新技術を、ひとつひとつ見ていこう。
- 大型展開式主翼
射程を伸ばすには、翼を大きくして揚力を増やし、燃費を良くする必要がある。能力向上型は発射後に大型の主翼を展開する方式を採用。これにより、限られた燃料で長距離を飛べるようになった。
- ターボファンエンジン
従来のターボジェットエンジンから、より燃費に優れるターボファンエンジンへ換装。ターボファンは旅客機にも使われる方式で、同じ燃料量でより長く飛べる。
- ステルス形状
弾体全体にエッジ処理が施され、レーダー反射断面積(RCS)を大幅に低減。従来の葉巻型とは全く異なる、角張った形状になっている。亜音速ミサイルだが、ステルス性により敵の迎撃が困難になる。
- 衛星データリンクシステム
これが最も重要な進化かもしれない。能力向上型は、人工衛星経由でリアルタイムに目標情報を更新できる。
射程1000kmを飛ぶには1時間以上かかる。その間に目標が移動すれば、発射時の座標は無意味になる。しかし衛星データリンクがあれば、早期警戒機やイージス艦、哨戒機などから最新の目標位置を受信し、飛行中に軌道を修正できる。
- 限定的な対地攻撃能力
基本的には対艦ミサイルだが、限定的な対地攻撃能力も付与される。これが「反撃能力」の根拠となる。敵のミサイル発射基地を攻撃できる能力を持つことで、日本への攻撃を抑止する。
発射試験の成功
2024年10月から11月にかけて、航空装備研究所新島支所で発射試験が実施された。
発射試験スケジュール:
第1回発射(地発型):2024年10月4日
第2回発射(地発型):2024年10月14日
第3回発射(地発型):2024年10月17日
第4回発射(艦発型):2024年10月28日
第5回発射(艦発型):2024年11月1日
計5回の試験は全て「予定どおり」と発表された。地上発射型だけでなく、艦艇発射型の試験も成功している。2025年10月からは米国で第2次発射試験が予定されており、開発は順調に進捗している。
マルチプラットフォーム化──陸海空から放つ矛

3つの発射タイプ
12式地対艦誘導弾能力向上型の最大の特徴のひとつが、「マルチプラットフォーム化」である。
同じミサイルを、陸・海・空の異なるプラットフォームから発射できる。これにより、敵は日本のどこから攻撃されるか予測できなくなる。
地発型(地上発射型):
- 陸上自衛隊の地対艦ミサイル部隊が運用
- 発射機車両から発射
- 固体燃料ロケットブースター付き
- 2025年度より配備開始
艦発型(艦艇発射型):
- 海上自衛隊の護衛艦(DDG・DD・FFM)に搭載
- VLS(垂直発射システム)または専用発射機から発射
- 固体燃料ロケットブースター付き
- 2026年度より開発完了、2027年度運用開始予定
空発型(航空機発射型):
- 航空自衛隊のF-2戦闘機に搭載
- 翼下パイロンから投下・発射
- ブースター不要(航空機の速度と高度を利用)
- 2027年度より開発完了
- F-2戦闘機2個飛行隊分の搭載能力付与が計画されている
さらなる拡張:潜水艦発射型
驚くべきことに、潜水艦からの発射も検討されている。
2022年12月の防衛力整備計画では、「潜水艦に垂直ミサイル発射システム(VLS)を搭載し、スタンド・オフ・ミサイルを搭載可能とする垂直発射型ミサイル搭載潜水艦」の開発が明記された。
これが実現すれば、日本は世界でも数少ない「巡航ミサイル搭載潜水艦」を保有することになる。敵から見れば、日本周辺海域のどこかに潜む潜水艦から、いつ長射程ミサイルが飛んでくるかわからない。これ以上の抑止力はない。
※日本の潜水艦について詳しくは、日本の潜水艦の歴史を完全解説|帝国海軍の野心から海自の世界最高峰技術まで【2025年版】
飽和攻撃の実現
マルチプラットフォーム化のもうひとつの利点は、「飽和攻撃」が可能になることだ。
陸から、海から、空から、同時に大量のミサイルを撃ち込む。いかに優れた防空システムを持つ敵艦艇でも、同時に多数のミサイルが飛んでくれば、すべてを迎撃することは不可能だ。
1発や2発なら撃ち落とせる。しかし、四方八方から数十発が同時に飛んでくれば?
これが飽和攻撃の考え方であり、12式地対艦誘導弾能力向上型のマルチプラットフォーム化は、この戦術を可能にする。
トマホークとの比較──国産か輸入か

なぜトマホークも導入するのか?
日本政府は12式地対艦誘導弾能力向上型の開発と並行して、米国製のトマホーク巡航ミサイルを約400発購入することを決定している。
「国産ミサイルを開発しているのに、なぜ外国製を買うのか?」
理由は単純だ。時間である。
12式能力向上型の配備が本格化するまでには時間がかかる。しかし、日本を取り巻く安全保障環境は急速に悪化している。中国の軍拡、北朝鮮のミサイル開発、台湾海峡の緊張――。「国産ミサイルができるまで待つ」余裕はない。
トマホークは、1991年の湾岸戦争以来、実戦で数千発が使用された実績がある。信頼性は証明済みだ。これを繋ぎとして導入し、国産の能力向上型が揃うまでの空白を埋める。これが日本政府の判断である。
性能比較
では、12式能力向上型とトマホークを比較してみよう。
12式地対艦誘導弾能力向上型:
射程:1000km以上(最終目標1500km)
主な用途:対艦攻撃(限定的対地攻撃能力あり)
誘導方式:INS+GPS+衛星データリンク+ARH
ステルス性:あり(低RCS形状)
発射母機:地上、艦艇、航空機、(将来)潜水艦
トマホーク(Block V/Va):
射程:1600km以上(実際は2500~3000km級との推定も)
主な用途:対地攻撃(Block Vaは対艦攻撃も可能)
誘導方式:INS+GPS+TERCOM(地形照合)+DSMAC(画像照合)
ステルス性:あり
発射母機:艦艇、潜水艦
注目すべきは、用途の違いだ。
12式能力向上型は「基本的に対艦攻撃用で、対地攻撃はオマケ」。一方、トマホークは「基本的に対地攻撃用で、Block Vaは対艦攻撃も可能」という位置づけである。
つまり、両者は競合するものではなく、補完し合う関係にある。対艦攻撃は国産の12式能力向上型、本格的な対地攻撃はトマホーク――そういう役割分担だ。
国産の意義
「トマホークを買うなら、国産開発は無駄では?」
そう思う人もいるかもしれない。しかし、国産ミサイルには輸入品にない大きなメリットがある。
- 供給の安定性
外国製ミサイルは、相手国の都合で供給がストップするリスクがある。国産なら、日本の判断だけで生産を続けられる。有事の際、「弾がない」という事態を避けられる。
- 機密情報の保護
輸入ミサイルの詳細な技術情報は、通常、供給国が開示しない。国産なら、あらゆる技術情報を日本が把握できる。敵に弱点を突かれるリスクが減る。
- 技術の維持・発展
国産開発を続けることで、日本の防衛産業の技術力が維持・向上する。これは将来の装備開発にも繋がる。
- 産業基盤の確保
三菱重工をはじめとする防衛企業の技術者・生産設備を維持できる。一度失われた産業基盤は、簡単には復活しない。
日本が世界最高水準の戦車(10式戦車)を作れるのは、戦後一貫して国産開発を続けてきたからだ。ミサイルも同じである。国産開発を止めれば、日本は永遠に外国製に依存することになる。
反撃能力と専守防衛──何が変わるのか
「反撃能力」とは何か
2022年12月、岸田内閣は安全保障関連3文書を閣議決定し、日本が「反撃能力」を保有することを明記した。
反撃能力とは、「ミサイル攻撃を受けた際、敵のミサイル発射基地などを攻撃する能力」である。
従来、日本は「専守防衛」を掲げ、敵の攻撃を「防ぐ」ことに専念してきた。イージス艦のSM-3、ペトリオットのPAC-3など、飛んでくるミサイルを撃ち落とす能力は世界有数だ。
しかし、「撃ち落とす」だけでは限界がある。
中国は約1900発の中距離弾道ミサイルと約300発の巡航ミサイルを保有するとされる。北朝鮮は弾道ミサイルの発射実験を繰り返している。大量のミサイルが同時に飛んでくれば、いかに優れた迎撃システムでも100%は防げない。
「撃たれる前に、撃つ元を叩く」
これが反撃能力の考え方だ。敵のミサイル発射基地を攻撃できる能力を持つことで、そもそも「撃たせない」。抑止力の強化である。
12式能力向上型の役割
12式地対艦誘導弾能力向上型は、この反撃能力の中核を担う。
射程1000km以上のステルス巡航ミサイルは、敵の防空網を突破し、内陸深くの目標を攻撃できる。九州から発射すれば、中国沿岸部の軍事基地に届く。
もちろん、日本が先制攻撃を行うわけではない。あくまで「攻撃を受けた後」の反撃である。しかし、「攻撃すれば反撃される」という認識を相手に持たせることで、攻撃自体を思いとどまらせる。これが抑止の論理だ。
世論の変化
注目すべきは、日本国民の意識の変化だ。
かつて「敵基地攻撃能力」という言葉は、世論の強い反発を招いた。しかし近年、反撃能力保有に賛成する意見は62%に達し、反対の35%を大きく上回っている。北朝鮮のミサイル発射、中国の軍拡、台湾有事の可能性――現実の脅威を前に、国民の意識は変わりつつある。
もちろん、配備には反対の声もある。沖縄では「ミサイルNO」のプラカードを掲げた抗議活動も行われている。玉城知事も反対の意向を示している。安全保障と地域住民の不安、この両立は簡単ではない。
しかし、ひとつ確実に言えることがある。
「攻撃されても反撃できない国」と「攻撃すれば反撃される国」、どちらが攻撃されにくいか?
答えは自明だろう。
※日本のミサイル防衛システムについては、日本が保有するミサイル全種類を完全解説!極超音速ミサイルから弾道ミサイル防衛まで
配備スケジュール──いつ、どこに配備されるのか
2025年度、配備開始
12式地対艦誘導弾能力向上型の配備スケジュールは、当初計画から大幅に前倒しされている。
当初計画:
地発型:2026年度配備開始
艦発型:2028年度以降配備開始
空発型:2028年度配備開始
前倒し後:
地発型:2025年度配備開始(2025年度末、まず熊本へ)
艦発型:2027年度配備開始
空発型:2027年度配備開始
なぜ前倒しになったのか?安全保障環境の急速な悪化である。中国の軍拡ペースは予想を上回り、「悠長に開発を待っている余裕はない」という判断が働いた。
開発完了を待たず、試作品段階で配備を開始するという異例の措置も取られた。それほど、事態は切迫していると判断されているのだ。
配備先
地発型の最初の配備先は、熊本県の陸上自衛隊健軍駐屯地(西部方面特科隊・第5地対艦ミサイル連隊)である。
「なぜ熊本?」
理由は明確だ。12式地対艦誘導弾は従来から健軍駐屯地に配備されており、同種の装備を運用している部隊であれば、整備設備を含む運用態勢の面で大きな問題は生じない。まずは既存の部隊に配備し、運用ノウハウを蓄積する。
その後、南西諸島方面へと展開していくことになるだろう。奄美大島、宮古島、石垣島――これらの島々に長射程ミサイルが配備されれば、中国海軍の行動は大きく制約される。
艦発型は、海上自衛隊の護衛艦「てるづき」などに搭載される予定だ。イージス艦を含む多くの艦艇が、将来的にこのミサイルを搭載することになる。
空発型は、航空自衛隊のF-2戦闘機に搭載される。F-2は2個飛行隊分(約40機)が能力向上改修を受け、12式能力向上型の搭載能力が付与される。
※イージス艦について詳しくは、日本のイージス艦「こんごう型・あたご型・まや型」を徹底解説|弾道ミサイル防衛の要をわかりやすく
技術的考察──なぜステルスなのか
シースキミングとステルスの両立
対艦ミサイルが敵艦に到達するには、敵の防空システムを突破しなければならない。現代の護衛艦は、レーダーで接近するミサイルを捕捉し、対空ミサイルやCIWS(近接防御火器システム)で迎撃する。
従来の国産対艦ミサイルは、「シースキミング」でレーダー探知を避けてきた。海面すれすれを飛べば、水平線の向こうからは見えない。しかし、距離が近づけば見つかる。見つかれば迎撃される。
12式能力向上型は、シースキミングに加えてステルス形状を採用した。レーダー反射断面積(RCS)を低減することで、たとえレーダー照射を受けても、捕捉されにくくなる。
ステルス技術の要素
能力向上型のステルス化には、以下の技術が投入されている:
- エッジ処理
弾体の各部に角を設け、レーダー波を発信源に反射しにくい形状にしている。従来の葉巻型が丸みを帯びていたのに対し、能力向上型は角張った形状になっているのはこのためだ。
- 電波吸収材
弾体表面に電波吸収材(RAM)を塗布または貼付し、レーダー波を吸収して反射を減らす。
- 空気取入口の処理
ジェットエンジンの空気取入口は、レーダー波を反射しやすい部分だ。能力向上型では、この部分の形状を工夫し、RCSを低減している。
亜音速でも生き残れる
「超音速ミサイルの時代に、なぜ亜音速なの?」
そう疑問に思う人もいるだろう。確かに、ロシアや中国は超音速・極超音速ミサイルを開発している。速度が速ければ、迎撃は困難になる。
しかし、超音速にはデメリットもある:
燃費が悪い(射程が短くなる)
機体の発熱(熱探知されやすい)
機動性の制約(高速では急旋回できない)
12式能力向上型は亜音速だが、ステルス性により「見つからない」ことで生存性を確保する。見つからなければ、速度は問題にならない。そして亜音速なら、1000km以上の長射程を実現できる。
もちろん、日本も極超音速兵器の開発を進めている。「島嶼防衛用高速滑空弾」がそれだ。2030年代には、極超音速で射程2000~3000kmを誇る「ブロック2A/2B」の配備も計画されている。亜音速の12式能力向上型と、極超音速の高速滑空弾。この両輪で、日本のスタンドオフ防衛能力は構築される。
製造企業と国産技術の誇り
三菱重工業:国産ミサイルの中核
12式地対艦誘導弾および能力向上型の主契約者は、三菱重工業である。
三菱重工は、80式空対艦誘導弾以来、40年以上にわたって国産対艦ミサイルを製造してきた。その技術の蓄積は、他の追随を許さない。
同社は戦闘機(F-2、将来はF-3)、戦車(10式戦車)、潜水艦(たいげい型)など、日本の主要防衛装備品のほとんどを手がける防衛産業の巨人だ。12式能力向上型もまた、その技術力の結晶である。
【2025年解説】三菱重工の防衛産業:軍事部門の割合から防衛装備庁連携、輸出まで
川崎重工業:エンジンと新型ミサイル
能力向上型のターボファンエンジンには、川崎重工業の技術が活かされている可能性がある。
川崎重工は、標的機や無人機向けにターボジェットエンジン「KJ100」を開発しており、これをターボファン化した「XKJ300」の自社開発も進めているとされる。能力向上型のエンジンとの関連は明らかではないが、国産ジェットエンジン技術の蓄積が活かされていることは間違いない。
また、川崎重工は「島嶼防衛用新対艦誘導弾」(通称「国産トマホーク」「新SSM」)の開発も担当している。これは12式能力向上型とは別系統のミサイルで、より本格的な対地攻撃能力を持つとされる。2027年度までに約339億円をかけて技術研究が行われている。
【2025年最新】川崎重工の防衛事業を徹底解説:潜水艦からヘリ、航空機まで—自衛隊を支える技術と歴史
日本製鋼所:弾頭技術
弾頭部分の製造には、日本製鋼所の技術が使われている可能性が高い。同社は砲身や弾薬の製造で知られ、戦車砲の製造でも高い技術力を持つ。
三菱電機・NEC:誘導装置
誘導装置やレーダーシーカーには、三菱電機やNECといった電機メーカーの技術が活用されている。日本のエレクトロニクス技術は世界トップクラスであり、その精密さがミサイルの命中精度を支えている。
まとめ──12式地対艦誘導弾の全貌

歴史と進化
1980年:80式空対艦誘導弾(ASM-1)──国産対艦ミサイルの原点
1988年:88式地対艦誘導弾(SSM-1)──陸自初の地対艦ミサイル、射程150~200km
2012年:12式地対艦誘導弾──GPS誘導追加、垂直発射方式採用、射程約200km
2025年~:12式地対艦誘導弾能力向上型──射程1000km超、ステルス化、マルチプラットフォーム
能力向上型の特徴
射程:1000km以上(最終目標1500km)
ステルス性:低RCS形状、エッジ処理
推進方式:ターボファンエンジン
誘導方式:INS+GPS+衛星データリンク+ARH
プラットフォーム:地上・艦艇・航空機・(将来)潜水艦
用途:対艦攻撃(限定的対地攻撃能力あり=反撃能力)
配備計画
地発型:2025年度配備開始(まず熊本・健軍駐屯地)
艦発型:2027年度運用開始
空発型:2027年度配備開始
潜水艦発射型:将来計画
戦略的意義
スタンドオフ防衛能力:敵の攻撃圏外から攻撃可能
反撃能力の中核:敵ミサイル基地攻撃能力による抑止力強化
マルチプラットフォーム化:陸海空からの飽和攻撃を可能に
おわりに──変わりゆく日本の防衛
ここまで、12式地対艦誘導弾の誕生から能力向上型への進化、そしてその戦略的意義を見てきた。
正直に言おう。私は複雑な思いでこの記事を書いている。
「専守防衛」「盾に徹する」――そう言われてきた日本が、ついに「矛」を持つ。それも、1000km先の敵を攻撃できる長射程巡航ミサイルという、強力な矛を。
これは、戦後日本の安全保障政策における大きな転換点だ。賛成する人もいれば、反対する人もいるだろう。どちらの意見にも、一理ある。
しかし、ひとつ確実に言えることがある。
現実の脅威は存在する。中国は急速に軍拡を進め、北朝鮮はミサイル発射を繰り返し、台湾海峡の緊張は高まっている。こうした脅威に対し、「何も準備しない」という選択肢は存在しない。
12式地対艦誘導弾能力向上型は、日本を守るための道具である。敵を攻めるためではなく、敵に「攻撃しても無駄だ」と思わせるための抑止力である。
「強い防衛力があるから、戦争にならない」
これが、現代日本の防衛思想だ。12式能力向上型が実戦で使われる日が来ないことを、私は心から願っている。しかし同時に、いざという時に日本を守れる能力を持つことは、決して恥ずべきことではないと考える。
技術者たちの執念が生んだ国産ミサイル。その進化の歴史は、これからも続いていく。
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自衛隊の新装備や最新動向を知りたい方には、「自衛隊装備年鑑」がおすすめ。12式地対艦誘導弾を含む最新装備が網羅されている。
日本の防衛政策全体を理解したい方には、「防衛白書」もおすすめ。毎年刊行され、スタンドオフ防衛能力を含む最新の防衛政策が解説されている。
ミサイル技術に興味がある方には、「ミサイル事典」など専門書籍も参考になる。
【免責事項】 本記事の情報は2025年12月時点の公開情報を基に執筆しています。防衛装備品の詳細な仕様には機密情報が含まれるため、一部は推定値です。最新の情報については、防衛省の公式発表をご確認ください。

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