紫電改(しでんかい)とは、大日本帝国海軍が太平洋戦争末期に実戦投入した局地戦闘機である。正式名称は「紫電二一型」、機体略符号はN1K2-J。水上戦闘機「強風」を母体とする紫電(N1K1-J)を全面再設計し、低翼化・主脚短縮で整備性と信頼性を大幅に改善した。20mm機関砲4門と自動空戦フラップを備え、零戦に代わる「末期の切り札」として第343海軍航空隊(343空)などに配備された。
2026年4月8日、鹿児島県阿久根市沖から81年ぶりに実機が引き揚げられ、大きな話題を呼んでいる。
この記事では、紫電改の開発経緯・性能・零戦との比較・343空の松山空戦・展示館情報・おすすめプラモデルまで、ミリタリーファンの筆者がとことん掘り下げる。
→ 阿久根引き揚げの詳細は別記事で速報としてまとめている。
関連記事:【2026年4月速報】紫電改が阿久根沖から81年ぶりに引き揚げ|林喜重大尉機の全貌と今後の展示計画
紫電改の開発経緯|水上戦闘機「強風」から生まれた異色の最強戦闘機

水上機から陸上戦闘機への転身
紫電改の物語は、海から始まる。
太平洋の島々に滑走路を整備する余裕がなかった大日本帝国海軍は、洋上から直接離水して戦える水上戦闘機を求めた。これに応えて川西航空機が開発したのが、N1K1「強風」である。
しかし戦局は変わった。水上機よりも汎用性の高い陸上戦闘機が急務になり、強風を陸上用に発展させたのがN1K1-J「紫電」だ。機体の系譜は、強風→紫電→紫電改。日本海軍の戦闘機といえば零戦のイメージが強いが、紫電系は「水戦派生」という異色の出自を持つ。この出発点が、後の脚まわりや整備性の課題に直結することになる。
関連記事:第二次世界大戦・太平洋戦争で活躍した日本の戦闘機一覧
初代・紫電(N1K1-J)が抱えた課題
水上機ベースを陸上用に落とし込んだ紫電には、生まれながらの弱点があった。
中翼配置と大径プロペラのせいで主脚が長くなり、構造が複雑になった。地上での視界が悪い。脚が弱い。現場のパイロットからも不満の声が上がった。加えて、搭載する中島「誉」エンジンが公称どおりの出力を安定して出せず、期待を下回る場面が目立った。
戦える素性はあるのに、量産にも整備にも優しくない。これが紫電の評価だった。設計由来の難しさと、末期日本の工業力の限界。その両方が重なった機体だったのである。
紫電から紫電改へ——「改」で何が変わったのか
「改」は小改良ではない。ほぼ別の飛行機だ。
最大の変更は主翼の位置だ。中翼から低翼に下げたことで、主脚を短縮・単純化できた。胴体と尾翼も再設計して構造を簡素化した。生産性と整備性が大幅に改善され、「戦える性能は残しつつ、現場で回る機体」に生まれ変わった。
米海軍航空博物館の解説でも、低翼化で脚を短くできた点がはっきり言及されている。
写真で紫電と紫電改を並べると一目瞭然だ。紫電改の脚は「ずんぐり・がっしり」に見える。これは信頼性と整備性を優先した結果で、現場主義への転換が形に表れている。妥協ではない。戦うための選択だった。
空戦フラップとは?紫電改の代名詞となった自動装置
紫電系を語る上で欠かせないのが、自動作動の空戦フラップだ。
通常のフラップは離着陸用に大きく出す装置だが、空戦フラップは旋回時のGに応じて自動でわずかに展開する。これによって失速を避けつつ旋回半径を詰められる。パイロットの操作負担を増やさずに格闘戦での粘りを生む——末期の日本の戦闘機らしい「軽快さの延命策」だった。
米空軍博物館の解説も、紫電改の良好な機動性は自動フラップの恩恵だと明記している。
物量で負けているなら頭を使うしかない。限られたリソースで最大の効果を——この設計思想に、僕は日本の技術者たちの矜持を感じる。
開発タイムライン
1942〜43年——水上戦闘機強風と並行して紫電(N1K1-J)が飛行。誉エンジンの成熟不足と脚まわりの複雑さが課題として残った。
1943〜44年——紫電改(N1K2-J)を低翼・構造簡素化で再設計。量産性・整備性を改善しつつ空戦フラップで格闘力を担保した。
1945年——343空に配備され本土防空の最前線へ。松山空戦などで実戦投入されるが、終戦までに約400機強の生産にとどまった。
紫電改の性能とスペック|20mm×4門・誉エンジン・空戦フラップの実力

紫電改の主要スペック一覧
| 項目 | 数値・内容 |
|---|---|
| 型式 | N1K2-J(紫電二一型)/N1K2-Ja(戦闘爆撃型) |
| 全長 | 約9.34m |
| 全幅 | 約11.99m |
| エンジン | 中島「誉」NK9H(Homare 21)離昇1,990馬力 |
| 最高速度 | 約594〜595km/h(約369mph) |
| 武装 | 20mm機関砲(九九式二号)×4門(主翼内) |
| 爆装(Ja型) | 250kg級爆弾×4搭載可能 |
| 特徴装備 | 自動作動の空戦フラップ |
| 生産数 | 約400機強(終戦まで) |
出典は米国立空軍博物館およびスミソニアン航空宇宙博物館の実機解説。スミソニアンではロール率「82度/秒(約386km/h時)」という運動性のデータも記載されている。
紫電改の強み——火力・機動力・整備性
火力——主翼内20mm×4門は日本海軍戦闘機として最高クラスの武装だ。一撃の弾幕密度が高く、一撃離脱でも格闘戦の継続でも「攻撃の出口」が太い。これは紫電改の最大の美点である。
機動力——自動空戦フラップがパイロットの操作負担を増やさずに失速域を押し返す。低〜中高度の格闘で「最後のひと粘り」が効く。
整備性——紫電の中翼・長脚から低翼・短脚への再設計で、整備と信頼性が大幅に改善された。現場で回る戦闘機という「改」の最大の意義がここにある。
紫電改の弱み——高高度性能・生産数・稼働率
高高度性能——2,000馬力級でも、約21,000フィート超での出力低下やエンジン信頼性悪化が指摘されている。B-29迎撃の主役にはなり切れなかった。
生産数——1945年初頭から実戦投入されたが、終戦までに400機強にとどまった。工場も空襲被害を受けた。
稼働率——燃料不足、整備要員の質低下、部品供給の断絶。性能は有望でも数で押せない末期日本軍の構造的制約を、そのまま体現した機体でもある。
速度(約595km/h)や火力(20mm×4門)は優秀だが、戦場は「高度」と「稼働率」が物を言う。紫電改の真価は低〜中高度の空戦で際立ち、戦略爆撃の高度帯では息切れした。このギャップが史実の評価を二分させている。
紫電改と零戦の違いを徹底比較|どちらが強かったのか?
比較の前提——そもそも役割が違う
零戦と紫電改を比べる時に忘れてはならないのは、この2機は「同じ土俵」の機体ではないということだ。
零戦(A6M)は艦上戦闘機として1939年に初飛行した。長大な航続距離と軽量設計で前半戦を席巻した。基本思想は「軽さと航続」である。
紫電改(N1K2-J)は1944年に再設計がまとまった陸上戦闘機で、本土防空・邀撃を担う。重武装化と整備性を優先した後発組だ。
つまり零戦は「遠くまで行って長く戦う」機体。紫電改は「近場で待ち構えて確実に落とす」機体。役割が根本的に違う。
紫電改と零戦のスペック比較表
| 比較項目 | 零戦(A6M5中心) | 紫電改(N1K2-J/Ja) |
|---|---|---|
| 任務 | 艦上戦闘機(長航続の制空・護衛) | 陸上戦闘機(本土防空・邀撃) |
| 最高速度 | 約565km/h(設計値)/米側試験で約335mph | 約595km/h(約369mph) |
| 武装 | 20mm×2+7.7mm×2(初期型)後期は改良 | 20mm×4門(主翼内) |
| 航続距離 | 約1,930マイル級(条件あり) | 短〜中距離の決戦型 |
| 防弾 | 初期はなし。後期は防漏タンク・防弾板追加 | 零戦比で重いが堅い |
| 特徴装備 | 軽量・長航続 | 自動空戦フラップ |
速度と火力は紫電改が上
紫電改は約595km/hに20mm×4門。零戦(A6M5)は設計値で約565km/hだが、米海軍の捕獲機試験では約335mph(約539km/h)という結果も残っている。高度・気温・整備状態で数値は上下するが、末期の実戦レンジでは紫電改が速度・火力ともに優勢だった。
航続距離は零戦が圧倒
零戦の強みは約1,930マイル級の長大な「足」だ。護衛や索敵、艦隊航空戦の「面制空」で武器になる。太平洋の広い海で戦うにはこの航続力が絶対条件であり、紫電改にこの役割は務まらない。
防弾と”軽さ”のトレードオフ
零戦の本質は「軽く、遠くへ」。その代償として初期は防弾・防漏タンクを持たなかった。後期はこれらを追加したが重量増で運動性が低下し、設計思想の限界が露わになった。
紫電改は零戦比で「重いが堅い・強い」方向だ。重武装と空戦フラップで格闘粘りと打撃力を両立させた「末期仕様」である。
結論——「最強」ではなく「使い分け」で考える
制空の「面」を張るなら零戦。長航続で出られる・張り付ける。
遭遇戦で「勝ちを取りにいく」なら紫電改。高速域の追随と20mm×4門の決定力で一撃離脱や乱戦の決着力が高い。
現代的に言えば、零戦は「航続と展開力のプラットフォーム」、紫電改は「末期の制空火力パッケージ」。どちらが「最強」かではなく、どちらもその時代の日本が出せる最良の答えだった。
343空と松山空戦|紫電改の実戦記録を検証する
第343海軍航空隊(343空)とは
指揮官は源田実。各戦線から腕利きを集めて編成された精鋭部隊で、本土上空の制空回復を狙った。主装備として紫電改を受領し、偵察機C6N「彩雲」も配備された。1945年3月から作戦行動を開始。拠点は松山、鹿屋、国分(現・霧島市)、大村などを順次使用した。
関連記事:偵察機彩雲(C6N)とは?——”我ニ追イツク敵機ナシ”の真相
1945年3月19日「松山空戦」——何が起きたのか
3月18日、343空の彩雲が南下する米機動部隊(TF58)を発見。翌日の迎撃が不可避になった。
3月19日早朝、米海軍は呉・神戸・大阪方面へ大規模空襲を開始。F6FやF4Uなど計300機規模が各地の飛行場上空に展開し、これを迎え撃ったのが松山基幹の343空だった。
交戦の結果、日本側は「撃墜52機(前後)」と高い戦果を申告した。一方、米側の整理では当日の空戦損失は14機(戦闘機)が概数として挙がっている。343空側の損失は15機+偵察機「彩雲」1機等とされる。
戦果の数字をどう読むか——過大申告と実相
申告値と実損の乖離は、当時の交戦記録では常に発生する。重複申告、確認不能、帰還後廃棄(損傷大の機体を着艦後に海没処分等)が絡んでいる。「日本側の過大」だけでなく「米側の控えめ寄り集計」も同時に存在する。両側面で読むのがフェアだ。
紫電改の強みが出た場面、苦しかった場面
紫電改が効いた場面——20mm×4門の火力と空戦フラップの粘りで、低〜中高度の乱戦に強かった。米側もVBF-17が約25分の格闘で6名のパイロット損失を出している。「噛み合えば痛打し得る相手」だった。
紫電改が苦しかった場面——B-29帯の高高度では上昇力とエンジン信頼性が壁になった。邀撃に上がる時間と戻す燃料の現実が継戦能力を削った。
343空の評価——「勝てる戦い方」と「続ける手段」
短期的には手痛い損害を与えた。しかし工場空襲・燃料・整備の三重苦で343空の稼働と補充は細る一方だった。4月以降の菊水作戦でも制空を押し返すほどの規模には届かず、損失が嵩んだ。
「勝てる戦い方」は見えた。しかし「続ける手段」が欠けていた。これが結論だ。
関連記事:沖縄戦をわかりやすく解説|日本軍最後の大規模地上戦の全貌
【2026年4月速報】阿久根沖の紫電改が81年ぶりに引き揚げ
2026年4月8日、鹿児島県阿久根市沖合約200メートル、水深約4メートルの海底から、紫電改の機体が引き揚げられた。81年ぶりの帰還である。
搭乗していたのは林喜重大尉(戦死後に少佐)。1945年4月21日、出水基地からB-29編隊を迎え撃つために出撃し、1機を撃墜した後、阿久根市折口の海岸付近に不時着。林大尉はそこで戦死した。
引き揚げられた機体には両翼が残り、紫電改の特徴である2連装の20mm機関砲、エンジン、プロペラの羽根も確認された。NPO法人「北薩の戦争遺産を後世に遺す会」がクラウドファンディングで約240万円を集め、財務省の承認を得て実現した。
機体は出水市の米ノ津港に移送され、水槽で1年以上かけて塩分を抜いた後、展示を目指す。
この引き揚げの経緯と林喜重大尉の物語については、速報記事で詳しくまとめている。
関連記事:【2026年4月速報】紫電改が阿久根沖から81年ぶりに引き揚げ|林喜重大尉機の全貌と今後の展示計画
紫電改の実機はどこで見られる?展示館・保存機ガイド【2026年最新】
紫電改の現存機は、2026年4月時点で世界に5機。日本に2機(愛媛1機+阿久根引き揚げ機1機)、米国に3機という分布だ。
愛媛県愛南町「紫電改展示館」——日本唯一の完全実機
日本で完全な状態の紫電改を見られるのは、現時点ではここだけだ。
所在地:愛媛県南宇和郡愛南町御荘平城5688(南レク・馬瀬山公園内) 開館:9:00〜17:00 休館:12/29〜1/1 入館料:無料 駐車場:無料(普通車50〜60台)
1978年に久良湾で発見され、翌1979年に引き揚げられた343空ゆかりの機体だ。海底上がりの実機は塗面の荒れや補修跡がそのまま残っている。空戦フラップのヒンジ部や主脚のがっしり感は、写真より現物のほうが断然刺さる。
2026年度の完成を目標に施設の建て替え・機体移設が進行中だ。ふるさと納税型クラウドファンディングも目標達成済み。訪問前は南レク公式サイトで最新情報を確認してほしい。
鹿児島・出水市(阿久根引き揚げ機)——保存処理中、将来の展示に期待
2026年4月8日に引き揚げられた林喜重大尉機は、出水市内の水槽で塩分抜き・保存処理に入る。処理には1年以上かかる見込みで、一般公開の時期は未定だが、NPO法人は将来的なミュージアム設立を目標に掲げている。
搭乗者と出撃経緯が明確に特定された機体であることが最大の特徴だ。今後の展示が実現すれば、日本国内で紫電改の実機を2か所で見られる時代が来る。
海外の保存機(米国3か所)
米・デイトン|National Museum of the U.S. Air Force——N1K2-Ja(戦闘爆撃仕様)。B-29やP-51と並ぶWWIIギャラリーで、相対比較の「目盛り」を作れる。
米・ペンサコラ|National Naval Aviation Museum——フロリダ州の海軍航空博物館。日本機のセクションも充実している。
米・ワシントンD.C.近郊|スミソニアン航空宇宙博物館——日本の戦闘機コレクションの一環として保管されている。
関連記事:戦艦大和完全解説——46cm砲の象徴は、なぜ”最強”になれなかったのか
愛南展示館へのアクセスと周辺情報
公共交通——JR宇和島駅から路線バスで城辺営業所へ(約1時間)、外泊行きに乗り換え約15分、「馬瀬山公園入口」下車徒歩1分。
クルマ——宇和島道路・津島岩松ICから約40〜50分。無料駐車場あり。
見学の所要時間は30〜60分が目安。隣接する宇和海展望タワーは2019年から運行休止中(耐震理由)。建て替え工事の進行により動線変更の可能性があるので、直前に公式サイトを確認してほしい。
周辺のおすすめとしては、高茂岬(愛媛最南端の断崖、夕景が圧巻)や外泊「石垣の里」(石垣が連なる海辺の集落景観)が同町内で組み合わせやすい。
展示館には献花や折り鶴が置かれている。慰霊の場としての静けさを尊重して観覧してほしい。
紫電改が登場する漫画・映画・ドキュメンタリー
漫画「紫電改のタカ」——ちばてつやが描いた戦後の英雄譚
1963年から「週刊少年マガジン」で連載された、ちばてつや作の戦記漫画。零戦から紫電改に乗り換えた若きパイロットを主人公に、戦場の緊張感と仲間との絆が描かれている。1960年代の「戦記もの」としての英雄譚の色が強く、当時の少年たちに紫電改の存在を知らしめた功績は大きい。
漫画「紫電改のマキ」——2010年代のポップ×ミリタリー
野上武志作。ミリタリー描写の細やかさとポップな絵柄が融合した新世代の漫画だ。「紫電改のタカ」が英雄譚なら「紫電改のマキ」は技術と人間ドラマの融合。メカニックの描写が丁寧で、紫電改のディテールを楽しみたい読者には特におすすめである。
映画・ドキュメンタリー
1979年の愛媛・愛南町での引き揚げドキュメンタリーは必見だ。機体が海面に姿を現す瞬間の映像は何度見ても胸を打つ。
2026年4月の阿久根引き揚げについても、KTS鹿児島テレビやMBC南日本放送が現場映像を配信している。Youtubeで「紫電改 引き揚げ 阿久根」と検索すれば最新映像が見られるはずだ。
漫画、映画、ドキュメンタリー、そしてプラモデル——紫電改はメディアを超えて愛され続けている。世代ごとに「紫電改像」が更新され、新しい視点が加わり続ける。歴史とポップカルチャーが重なる場所に本当の意味での「継承」がある。
紫電改のおすすめプラモデル|スケール別キット・塗装・ウェザリングガイド
ここからは僕たちモデラーの時間だ。紫電改の機体構造の「なぜ」を、プラモデルを組み上げながら手で理解する。これが模型趣味の醍醐味である。
スケール別おすすめキット一覧
| スケール | メーカー | 型式 | 特徴 | おすすめ度 |
|---|---|---|---|---|
| 1/48 | ハセガワ | N1K2-J | 定番。343空バリエーション豊富。初心者に最適 | ★★★★★ |
| 1/48 | タミヤ | N1K1-Ja | 中翼の「紫電」が作れる。1994年新金型 | ★★★★☆ |
| 1/72 | ハセガワ/アオシマ | N1K2-J | 手頃で複数並べやすい。343空の情景再現に | ★★★★☆ |
| 1/32 | ハセガワ | N1K2-J | 大スケール。2013年新金型。展示映え抜群 | ★★★★☆ |
「初めての紫電改」なら1/48ハセガワを推す。中翼の紫電も体験したいなら1/48タミヤ。複数並べて343空の情景を再現するなら1/72が手頃だ。
ディテールアップパーツの定番
20mm機関砲——真鍮挽き物(Master Model)に交換すると銃口のシャープさが段違い。1/48用「日本海軍Type 99 20mm Mk.2」が定番。
コクピット——Eduardのエッチング(色付き)で計器盤・ハーネスが一気に密度アップ。ハセガワ1/48対応のセットは説明書PDFも公開されている。
キャノピーマスク——Montex等のマスクシートで複雑なフレームを確実に塗り分けられる。
塗装の基本——IJN末期色の定番配色
上面:D1濃緑色(Deep Green Black) 下面:J3灰緑色(Greenish Ash)
この2色が日本海軍末期の標準的な組合せだ。塗料セットならAKの「WWII IJN Aircraft Colors」が手早い。
防眩部はQ1 Anti-Glare Blue-Black系を薄く。リーディングエッジの黄橙帯はやや退色を意識して彩度を落とすと実機感が出る。
343空マーキングの選び方
A 343-15(301飛行隊・菅野直機)——よく知られるエース機。胴体の斜帯(2本)については色・有無に諸説あり、黄色とする解釈と白帯とする解釈が並存している。「どの説で作るか」を最初に決めてから進めるのが吉だ。
A 343-11(301飛行隊)——双斜帯の作例・デカールが流通。松山・鹿屋期など時期でディテールの解釈が変わる。
ウェザリングのコツ——末期機の”使われ方”を塗る
チッピング——塩マスキングは手軽で効果大。翼根・乗降部・整備ハッチ縁に限定して、面でなく点・線で効かせるとやりすぎ感が出ない。
排気汚れ——流れ方向に薄く重ねる(下面へ引きずる筋)。銃口まわりは黒+茶+灰の微粒で軽く。
下面の油染み——脚庫まわりに半透明の油染み層を点描して、J3灰緑の地色を活かす。
紫電改は「脚・主翼根・武装の3点」を作り込むだけで一気に「らしさ」が出る機体だ。D1×J3のシンプルな二色ながら、退色・汚れの演出幅が広い。末期機モデリングの楽しさを存分に味わってほしい。
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まとめ——紫電改の評価と歴史的意義
紫電改は、零戦の影から生まれた「後継」でも敗戦の象徴でもない。
設計の刷新(中翼→低翼)、自動空戦フラップ、20mm×4門の打撃力という「末期仕様の最適解」を、当時の工業力と補給の制約の中で形にした機体だ。
強みは低〜中高度の空戦力。弱みは高高度性能と稼働数。343空は「勝てる戦い方」を見せたが「続ける手段」が足りなかった。
そして2026年4月、阿久根市沖から81年ぶりに林喜重大尉の機体が地上に還った。世界の現存機は5機に。愛媛・愛南町の完全実機、出水市で保存処理中の阿久根機、米国3か所——紫電改を「見て、触れて、感じる」機会がまた一つ増えた。
僕たちの先祖が最後まで諦めずに空を守ろうとした。その事実を僕は誇りに思うし、同時に悔しさも抱いている。
林喜重大尉。あなたの機体は、81年ぶりに帰ってきた。
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よくある質問(FAQ)
Q. 紫電改とは何か?
A. 大日本帝国海軍が太平洋戦争末期に投入した局地戦闘機。型式はN1K2-J。水上戦闘機「強風」→紫電を全面再設計し、低翼化と20mm×4門の重武装で本土防空を担った。
Q. 紫電と紫電改の違いは?
A. 紫電(N1K1-J)は中翼・主脚が長く整備性に難があった。紫電改(N1K2-J)は低翼化・脚短縮の「再設計」で信頼性と整備性を大幅に改善した機体である。
Q. 紫電改と零戦はどちらが強い?
A. 役割が違うため単純比較はできない。速度・火力は紫電改が上、航続距離は零戦が圧倒。紫電改は本土防空の「決定力」、零戦は艦隊航空の「展開力」に特化している。
Q. 紫電改の最高速度は?
A. 約594〜595km/h(約369mph)。米国立空軍博物館およびスミソニアンの実機解説に基づく。
Q. 343空とは?
A. 第三四三海軍航空隊。源田実が指揮し、各戦線から腕利きを集めた精鋭部隊。主力装備は紫電改。1945年の松山空戦などで知られる。
Q. B-29迎撃で活躍できなかった理由は?
A. 高高度での上昇力不足とエンジン信頼性の壁、加えて稼働数不足が主因。低〜中高度の空戦では持ち味を発揮した。
Q. 2026年に引き揚げられた紫電改とは?
A. 2026年4月8日、鹿児島県阿久根市沖から81年ぶりに引き揚げられた林喜重大尉機。1945年4月にB-29と交戦後に不時着した機体で、NPO法人がクラウドファンディングで資金を集め、財務省の承認を得て引き揚げた。
Q. 紫電改の実機はどこで見られる?
A. 日本では愛媛県愛南町「紫電改展示館」に完全実機が1機。阿久根引き揚げ機は出水市で保存処理中。海外は米国3か所(デイトン、ペンサコラ、スミソニアン)。
Q. 紫電改は世界に何機残っている?
A. 2026年4月時点で5機。日本2機(愛南+阿久根引き揚げ機)、米国3機。
Q. おすすめのプラモデルは?
A. 初めてなら1/48ハセガワのN1K2-Jが最適。中翼の紫電を作るなら1/48タミヤ。複数並べるなら1/72が手頃。
用語集
紫電(N1K1-J)——水上戦闘機強風を母体にした陸上戦闘機。中翼・主脚長め。
紫電改(N1K2-J/Ja)——低翼化と構造再設計で「現場で回る」機体に仕上げた局地戦闘機。Jaは爆装対応の戦闘爆撃型。
誉エンジン(Homare)——中島製の空冷複列星形18気筒。離昇1,990馬力。出力は強力だが末期は信頼性・品質面の課題が残った。
自動空戦フラップ——旋回Gで自動的にわずかに展開するフラップ。失速余裕を増やし旋回性を底上げする。
局地戦闘機——本土防空や特定地域での邀撃に重心を置いた戦闘機の区分。
343空——第三四三海軍航空隊。源田実率いる精鋭。主力装備は紫電改。
松山空戦——1945年3月19日、伊予灘〜松山上空で発生した大規模空戦。
林喜重大尉——阿久根引き揚げ機の搭乗者。1945年4月21日にB-29と交戦後、不時着して戦死。戦死後に少佐進級。
CAP——Combat Air Patrol。防空のための哨戒飛行。

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