〈イランの処刑と人権侵害 連載第3回〉
この記事には、性暴力と拷問に関する詳細な記述が含まれる。読んでいて辛くなるかもしれないが、これは2025年、2026年の今、実際に起きている現実だ。
第1回では死刑の異常な急増を、第2回では「女性・生命・自由」運動への弾圧と2026年大虐殺を解説した。第3回となる今回は、この問題の中で最も衝撃的な部分に踏み込む。イランの刑務所で組織的に行われている性暴力と拷問の実態だ。
「天国に行かせない」ための強姦
イランの神権体制には、ある特殊な「教義の悪用」が存在する。
体制側の特定の解釈によれば、「処女のまま死亡した女性は、生前の罪や政治的立場に関わらず、純潔であるがゆえに直ちに天国(楽園)へ行く」とされている。
自らを神の代理人と見なす体制側は、体制に反逆した若い女性たちが「殉教者」として天国へ迎えられることを神学的に許容できなかった。そこで彼女たちに現世での死以上の「永遠の罰」を与えるという目的で、死刑が確定した処女の少女たちを処刑の前夜に強姦するという非人道的な行為を「正当化」した。
これは噂話でもプロパガンダでもない。国連の報告書、複数の国際人権団体の調査、元刑務所長の証言、そして無数の被害者遺族の証言によって裏付けられた事実だ。
「強制的一時結婚」という名の犯罪
この非道な行為は、表向きの法的な体裁を整えて実行される。
イスラム法上の罪(姦通罪など)を看守側が回避するために、「強制的な一時結婚(シィーゲ)」という名目が使われる。独房に収監された少女に対し、看守や宗教裁判官が一方的に婚姻の手続きをでっち上げ、その夜のうちに「夫の合法的な権利」を名目に強姦を遂げるのだ。
多くの女性政治犯や収容者にとって、死刑そのものによる命の喪失よりも、この処刑前夜に行われる制度化された性的暴行に対する恐怖のほうがはるかに大きいと報告されている。
結納金という名の「死の宣告」

この強姦が個人の犯罪ではなく、国家機関による組織的かつ官僚的なプロセスであることを裏付ける、最も残酷で決定的な証拠がある。
処刑後に遺族に送りつけられる「結納金」だ。
イランの社会慣習において、正当な結婚の際には夫側から妻(またはその家族)へ結納金(マフリーエ)が支払われる。刑務所当局は、処刑と強姦を終えた直後、家族を呼び出し、「あなたの娘が処刑された」という通知とともに、「婚姻証明書」と象徴的な額の結納金を送りつける。わずか数ドル程度の現金やキャンディの箱、儀式用の硬貨とともに。
これは事務手続きの通知なんかじゃない。「あなたの娘は処女のまま死んだのではなく、我々の看守と”結婚”してから死んだため、天国には行けない」というメッセージを遺族に突きつける、極めて悪意に満ちた心理的拷問だ。
人権団体Justice For Iranの調査によれば、処刑場に向かう少女たちが、ボールペンやマジックで自分の衣服や足裏に名前と「強姦された」という事実を書き残して死んでいった事例が多数記録されている。遺体を引き取った家族が、凄惨な性的暴行の痕跡を確認した事例も枚挙にいとまがない。
国連の人権特別報告者レイナルド・ガリンド・ポールも、1980年代後半の公式報告書の中で、刑務所当局が処刑された若い女性の家族に対して婚姻文書を提示している事実について言及し、この「強制結婚という名の処刑前強姦」を国際社会に向けて公式に告発している。
1980年代から「制度化」されていた
この「処刑前の強姦」は、2022年の「女性・生命・自由」運動で突如として始まったものではない。1979年のイスラム革命直後からイランの刑務所システムに深く組み込まれ、体系化されていた。
1981年から1982年にかけての大量処刑や、1988年の政治犯数千人規模の大虐殺の際にも、この手法が広範かつシステマティックに用いられた。
当時の最高指導者ルーホッラー・ホメイニは、反体制派の若い少女たちへの強姦を許可(あるいは義務化)するファトワ(宗教的布告)を出したと広く証言されている。革命防衛隊はこの布告を宗教的義務として実行した。
この極端な方針に対し、当時ホメイニの後継者に指名されていた高位聖職者モンタゼリ師が「若い少女への凌辱と非人道的な尋問」として激しく抗議する書簡を送った。結果として彼は後継者の地位を剥奪され、長年にわたり自宅軟禁下に置かれた。正義を訴えた者が罰せられる――体制の本質がここに凝縮されている。
元エヴィン刑務所長ホセイン・モルタザヴィ自身も近年、この1980年代に行われていた「天国へ行かせないための処女の強制結婚と強姦」が事実であったことを公に認めている。
現在も続く性暴力の構造
1980年代に確立された性暴力のプロトコルは、決して過去の悲劇として終わったわけではない。「女性・生命・自由」運動や2025年〜2026年のデモで逮捕された数万人の若者に対しても、引き継がれている。
国家の「道具」としての強姦
エヴィン刑務所やカフリザク収容所、さらには各地の非公式な秘密拘置所において、性暴力は看守個人の犯罪ではなく、国家の「道具」としてシステマティックに使用されている。
その目的は、拘束された市民の精神を根本から破壊すること。屈辱感を与え、将来の反体制活動への参加意欲を削ぎ落とし、他の市民を威嚇し、さらには監視カメラの前で虚偽の自白を強制することだ。
「女性・生命・自由」運動に関連して逮捕された数万人の抗議者たち(その多くが10代から20代の若い女性や学生)は、逮捕直後から法的支援や家族との連絡から完全に遮断されたまま、凄惨な拷問に晒されている。
複数の報告によれば、現在刑務所に収監されている若い女性たちが看守から反復的に強姦され、妊娠を避けるために面会に来た家族にこっそりと中絶薬の差し入れを懇願しているという証言が多数寄せられている。避妊措置が一切ない状態での看守らによる集団強姦が、日常的な尋問の一部として組み込まれている。
男性・少年への性暴力
被害者は女性だけではない。
デモに参加して逮捕された若い男性の活動家や、未成年の少年に対しても、同様に深刻な強姦や性的虐待が計画的に行われている。
2009年の大統領選挙後の抗議デモ(グリーン・ムーブメント)の際にも、カフリザク収容所で若い男性に対する広範な強姦が報告され社会に衝撃を与えたが、現在の運動でもこの手法は踏襲されている。
ある少年の証言では、収容施設において40人の他の少年たちの前で見せしめとして強姦された。さらにこの少年が別の尋問官にその事実を告発したところ、保護されるどころか、告発したことへの「罰」としてその尋問官からも再び強姦されたと記録されている。
イランのような保守的で家父長制の価値観が強い社会において、男性や少年への性暴力は、女性の場合とはまた異なる極度のスティグマと精神的苦痛を伴う。被害者は家族や友人にその事実を告白することが極めて困難であり、表面化している証言は氷山の一角に過ぎないと推測される。
身体と精神の破壊
これらの性拷問の結果、多くの収容者が生命に関わる深刻な身体的損傷を負っている。
過酷な強姦により内臓破裂、激しい出血、重篤な感染症を引き起こし、緊急手術を余儀なくされた女性の事例が多数報告されている。2003年にエヴィン刑務所で死亡したカナダ系イラン人の写真家ザフラ・カゼミも、残酷な強姦と広範な身体的損傷が死因であった。殴打や拷問により失明、難聴、身体の麻痺といった不可逆的な障害を一生抱えることになった若者も数え切れない。
肉体的な苦痛が癒えたとしても、釈放された若者たちの多くは重度のPTSDや極度のうつ病に苦しむ。社会復帰できずに自宅に引きこもり、最悪の場合、耐え難いトラウマから逃れるために自ら命を絶つケースも後を絶たない。
これは、体制がたとえ死刑を執行せずとも、刑務所内の拷問を通じて「生き延びた者」にも社会的な死を与え、反体制の芽を完全に摘み取ることに成功していることを意味する。
これが「21世紀の国家」の所業だということ
正直に言おう。この記事を書いていて、何度も手が止まった。
処刑された少女が自分の服に名前を書き残して死んでいった話。遺族に送りつけられる「結納金」。40人の前で見せしめにされた少年。これは映画のシナリオじゃない。国連の調査報告や元刑務所長の証言で裏付けられた、現実に起きていることだ。
独ソ戦や通州事件の記事を書いた時にも感じたことだが、国家権力が暴走した時、その暴力は底なしになる。80年前の教訓が、今もイランの刑務所で繰り返されている。
次回の最終回・第4回では、国連が「人道に対する罪」と認定した法的評価、国際社会の対応と限界、そして日本にいる私たちにできることについて解説する。

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