
- MP38からMP40へ進んだ量産設計
- 折りたたみストックと作動機構
- 初期型の落下暴発と安全改良
- シュマイザーという誤称の由来
- MP40/IとMP41の違い
MP40とは、ドイツのエルマ・ヴェルケ社がMP38を量産向けに改良し、1940年に制式化したサブマシンガンである。プレス加工と樹脂部品、折りたたみストックを組み合わせた設計により、第二次世界大戦のドイツ軍を象徴する一丁となった。世界的には『シュマイザー』という通称でも知られるが、ヒューゴ・シュマイザーはMP40本体の開発者ではない。
トンプソン・PPSh-41・ステンとWW2主要国のサブマシンガンを扱ってきたが、今回でいよいよドイツ側の主役が揃う。しかも今回は、単なる兵器解説にとどまらない、二人の技師を巻き込んだ特許戦争という人間ドラマが待っている。
MP40の基本情報
- 9×19mmパラベラム弾、32発箱型弾倉
- シンプルブローバック、オープンボルト
- フルオートのみ、発射速度は約500発/分
- 金属製折りたたみストック
- 生産数は100万丁超とされる
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称 | Maschinenpistole 40 |
| 開発 | ハインリヒ・フォルマー(エルマ・ヴェルケ社) |
| 前身 | MP36(試作)→MP38(1938年採用) |
| 制式採用 | 1940年 |
| 口径 | 9mm(9×19mmパラベラム弾) |
| 装弾数 | 32発(箱型弾倉) |
| 作動方式 | シンプルブローバック、オープンボルト |
| 生産数(推定) | 約100万丁 |
| 主な運用 | 下士官、空挺部隊、戦車・車両乗員向け携行火器 |
開発の背景——2つの異なる系譜

MP40の物語を理解するには、2つの系譜を分けて見る必要がある。一つはヒューゴ・シュマイザーがベルグマン社で設計し、1918年に実戦配備されたMP18の系譜だ。肩付けして扱う実用的なサブマシンガンとして先駆的で、シュマイザーはのちにハーネル社でMP28を手掛けた。もう一つが、ハインリヒ・フォルマーのEMP系を背景にエルマ・ヴェルケ社がまとめたMP36試作、MP38、MP40の系譜である。MP40本体をシュマイザーが設計したわけではないが、当時のドイツ短機関銃技術は弾倉など周辺特許も含めて完全に孤立していたわけではない。
ドイツ再軍備後、国防軍は下士官、空挺部隊、戦車・車両乗員などが携行しやすい短機関銃を求めた。エルマ社はフォルマーのEMP系で蓄積した技術を背景に、木製銃床を金属製折りたたみストックへ置き換えたMP36試作を経てMP38を完成させ、1938年に採用へつなげた。スペイン内戦の経験が直接の開発命令になったという説明もあるが、公開史料で細部まで確定しにくいため、再軍備と機械化部隊の需要を中心に捉える方が安全だ。
MP38からMP40への進化——量産効率のさらなる追求

- 基本作動方式は維持
- 機械加工部品を減らしてプレス・溶接を拡大
- 複数企業と部品供給網で量産
- 外観が似ていても製造思想が異なる
MP38は先進的だったが、レシーバーなどに機械加工部品を多く使い、急増する需要へ応えるには手間がかかった。MP40では基本的な作動機構を維持しながら、プレス加工部品と溶接構造を増やして量産性を改善した。生産にはエルマ、シュタイヤーなど複数企業と多数の部品供給会社が関わり、1940年以降に大量生産された。細かな切替時期や改良数は資料によって表現が異なるため、MP38から段階的に量産設計へ移行したと見るのが適切だ。
性能・特徴——折りたたみストックという革新

MP40はシンプルブローバック、オープンボルトで作動し、伸縮式のリコイルスプリングガイドは発射速度を扱いやすい水準へ抑える役割も果たした。プレス加工鋼板と樹脂製グリップ・ハンドガードを組み合わせ、木製銃床を廃した構成は当時として先進的だった。金属製折りたたみストックは、空挺部隊や車両乗員にとって携行上の大きな利点となった。銃口には保護ナット付きのねじがあるが、これだけで『標準的にサプレッサー運用を前提とした』と断定するのは避けたい。MP40の本質は、特殊装備よりも携行性と量産性の両立にある。
弱点——落下暴発という積年の課題

- 初期型は前進位置のボルト固定が弱点
- 後期型は押し込み式コッキングハンドルで固定
- 初期型にも改修が行われた
- MP40/Iは二連弾倉式の希少な試作型
一方、MP38と初期MP40には、ボルトが前進位置にある状態で強い衝撃を受けると後退し、装填・発射へつながる危険があった。応急対策を経て、後期型ではコッキングハンドルを押し込んで前進位置のボルトを固定できる安全改良が採用され、初期型にも改修が行われた。MP40/Iはこの安全改良型の名称ではなく、2本の弾倉を左右へスライドさせる二連弾倉式の試作型である。
"シュマイザー"という誤解——真犯人はマガジンの刻印だった

- シュマイザーはMP40本体の設計者ではない
- MP18系の通称がMP40へ転用された
- 弾倉特許の連想も混同を強めた可能性
- 映画・ゲームが戦後も通称を定着させた
MP40最大の都市伝説が『シュマイザー』という通称だ。National Army Museumも、ヒューゴ・シュマイザーはMP40の開発に関与していないと明記している。誤称の由来は一つに断定できない。Royal Armouriesは、シュマイザーが設計したMP18系短機関銃の通称が、連合軍兵士によってMP40へ誤って転用されたと説明する。加えて、MP38・MP40用弾倉にシュマイザー系特許を連想させる刻印があったことも混同を強めたと考えられている。戦時中の連合軍資料や兵士の俗称、戦後の映画・ゲームが重なり、実際にMP40へ深く関わったフォルマーやエルマ社より、シュマイザーの名が広く残った。
MP41で交差した二つの系譜——特許訴訟説は慎重に見る

| 型式 | 特徴 | 注意点 |
|---|---|---|
| MP38 | 機械加工部品が多い初期制式型 | MP40の直接の前身 |
| MP40 | プレス・溶接を増やした量産型 | 後期に安全改良 |
| MP40/I | 2本の弾倉を横移動させる試作型 | 安全改良型の名称ではない |
| MP41 | MP40系機関部とMP28系木製銃床 | シュマイザー設計の別モデル |
1941年に登場したMP41は、MP40系の機関部へMP28系の木製銃床とセミ・フルオート切替機構を組み合わせたモデルで、ハーネル社とシュマイザーの名が明確に結びつく。主に警察・治安組織や同盟国向けに供給されたとされる。『エルマ社が特許侵害でハーネル社を訴え、生産が止まった』という説は広く紹介される一方、訴訟記録や生産数の根拠を確認しにくく、約26,000丁という数字も資料差がある。MP41は、シュマイザーのMP28系とエルマのMP40系が実際に交差した銃と見るにとどめ、劇的な特許戦争を確定事実として語らない方がよい。
皮肉な結末——本物のシュマイザー作品は別にあった
さらに皮肉なのは、当のシュマイザー自身が第二次世界大戦中に実際に手掛けていた仕事が、まったく別の銃だったという点だ。彼が設計に深く関わったMKb42(H)は、のちに世界初の本格的アサルトライフルと呼ばれるStG44の完全解説記事へと発展していく。世界中で「シュマイザー」と誤って呼ばれ続けたMP40の陰で、シュマイザー本人が本当に生み出した傑作は、まったく別の名前で歴史に刻まれることになったわけだ。戦後、シュマイザーはソ連へ連行され、亡くなる前年まで同国の兵器開発に従事することを余儀なくされている。
実戦・運用

MP40は当初、下士官や空挺部隊、戦車・車両乗員といった、小銃を携行しにくい兵科向けの携行火器として位置づけられていた。一般歩兵全員が装備していたわけではなく、主力小銃は依然としてKar98k狙撃型の完全解説記事で扱ったKar98kだったが、戦後の映画やゲームでの露出の多さから、MP40こそがドイツ兵の標準装備だったというイメージが広く定着してしまっている。実際の生産数では後述のPPSh-41やステンに及ばなかったにもかかわらず、”ナチス・ドイツ軍の象徴”として最も知名度の高いサブマシンガンになっているのは興味深い現象だ。数の多さと知名度は必ずしも比例しないという、これまでの記事でも繰り返し見てきたテーマが、ここでも形を変えて表れている。
同時代・同系統の兵器と比較する
同じ時代、対極の量産哲学で生まれたアメリカのサブマシンガンはトンプソンの完全解説記事、ソ連側はPPSh-41の完全解説記事、そしてMP40を参考にしつつさらに簡略化を進めたイギリス側はステン短機関銃の完全解説記事にまとめている。MP40のプレス加工・折りたたみストックという設計思想は戦後も長く影響力を持ち続け、最終的にこれを置き換えたのが1960年代末に登場したMP5の完全解説記事だ。サブマシンガンというカテゴリ全体の評価はサブマシンガン最強ランキングTOP10、第二次世界大戦全体の銃器地図は第二次世界大戦の銃器ランキングTOP15、機関銃全般との違いは最強マシンガン・機関銃ランキング、銃器全体の分類は銃の種類完全ガイドで押さえておこう。
投資の視点——今回も見送り
MP40を生んだエルマ・ヴェルケ社、そしてシュマイザーが所属したハーネル社は、いずれも戦後の東西分裂やドイツ再編の中で複雑な変遷をたどっており、当時の姿のまま存続している企業ではない。20世紀ドイツの銃器産業がたどった激動の歴史を学びたい人には、こうした入門書も参考になる。
防衛産業への投資という切り口に関心がある人は、歴史的ブランド名ではなく、現在も継続的に開示資料を出す上場企業を軸に考えたい。たとえばドイツのラインメタル(RHM)株の解説記事を参考にしてほしい。
戦史・軍事ノンフィクションをオーディオブックでじっくり聴きたいという人には、こうしたサービスも選択肢になる。
現代でMP40を"体験"する方法
- 国内法令に適合した流通品を選ぶ
- 対象年齢と初速表示を確認
- ケースへ収納して運搬・保管
- ゴーグルとフィールド規則を守る

エアガン・モデルガン市場では、国内外の複数メーカーからMP40を再現した製品が発売されてきた。折りたたみストックの外観を楽しめるモデルもあり、ドイツ軍装備の定番として親しまれている。当ブログのアフィリエイト対象にはまだ登録がないが、購入時は国内法令への適合、対象年齢、初速表示、販売店サポートを確認したい。運搬時はケースへ収納し、エアソフトではゴーグルとフィールド規則を守ろう。
よくある質問
なぜMP40はシュマイザーと呼ばれているのですか?
MP18系短機関銃の通称がMP40へ誤って転用され、弾倉特許の連想も混同を強めたと考えられる。ヒューゴ・シュマイザーはMP40本体の開発者ではない。
ヒューゴ・シュマイザーは本当は何を作ったのですか?
MP18、MP28、MP41に加え、MKb42(H)からStG44へつながる開発へ深く関わった。
MP40/Iは安全装置を改良した型ですか?
違う。MP40/Iは2本の弾倉を左右へスライドさせる二連弾倉式の試作型で、安全改良は通常型MP40のコッキングハンドル変更として行われた。
MP40とPPSh-41・ステンの生産数はどう違いますか?
MP40は100万丁超とされるが、PPSh-41は約500万から600万丁、ステンは約400万丁規模で、MP40を大きく上回る。
MP40はドイツ兵全員が装備していたのですか?
いいえ。主力小銃はKar98kで、MP40は主に下士官、空挺部隊、戦車・車両乗員などへ配備された。
まとめ
参考にした主な資料
設計者、基本構造、安全改良、MP40/Iの区別は、軍事博物館・公的収蔵機関の記録を優先して確認した。
関連記事|第二次世界大戦の短機関銃
MP40は、プレス加工と折りたたみストックという先進的な設計で戦後のサブマシンガン史に影響を残しながら、『シュマイザー』という誤った通称のまま世界的に知られ続ける数奇な運命をたどった銃でもある。ヒューゴ・シュマイザー本人はMP40本体の開発者ではないが、MP18・MP28、MP41、そしてStG44へつながる仕事で短機関銃と自動小銃の歴史に大きな足跡を残した。MP40の名称を巡る混同は、兵器史が設計者一人の物語ではなく、企業、特許、兵士の俗称、戦後の大衆文化が重なって作られることを教えてくれる。
トンプソン・PPSh-41・ステンとの量産哲学の違いは、上記の各解説記事もあわせて読んでほしい。
最後まで読んでくれてありがとう。もしこの記事が役に立ったなら、下のリンクから覗いていってもらえると、次に書く記事の力になる。これでWW2主要4カ国のサブマシンガンが出揃った。
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