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第二次世界大戦の空母ランキングTOP15|搭載機・戦果で比較

第二次世界大戦の空母を、単純な大きさや搭載機数だけで順位づけると、本当に強かった艦を見誤る。空母は索敵し、攻撃隊を発艦させ、帰投機を収容し、損傷を直し、翌朝もう一度飛行機を上げて初めて戦力になる。
本記事では、1939年から1945年に実戦参加した主要空母を対象に、搭載機数、攻撃隊が残した戦果、参加した作戦の重要度、損傷後の復帰力、後世への影響を比較した。結論からいえば、1位は米海軍のエンタープライズである。2位以下には、翔鶴・瑞鶴やイラストリアスなど、数字だけでは測れない艦が並ぶ。
空母の強さは飛行甲板の長さではなく、夜が明けるたびにもう一度攻撃隊を上げられる国家の筋力で決まる。これが本記事を貫く基準である。
第二次世界大戦の空母ランキング早見表
順位 空母 国 代表的な搭載機数 主な戦果・評価
1 エンタープライズ CV-6 アメリカ 約81〜85機 ミッドウェー、南太平洋、マリアナ、レイテなどを生き抜いた最多勲功艦
2 翔鶴 日本 常用約72機、補用込み84機級 真珠湾からマリアナまで主要空母戦の中心
3 エセックス CV-9 アメリカ 約90機前後 トラック、マリアナ、レイテ、沖縄、日本本土攻撃で13個の従軍星章
4 瑞鶴 日本 常用約72機、補用込み84機級 真珠湾攻撃参加艦で最後まで残った正規空母
5 ヨークタウン CV-5 アメリカ 81〜85機 珊瑚海から短期修理でミッドウェーへ出撃し勝敗を変えた
6 サラトガ CV-3 アメリカ 約80〜90機 長期運用、南太平洋作戦、夜間航空作戦、損傷からの復帰
7 イラストリアス イギリス 当初36機、後に約50機級 タラント空襲でイタリア戦艦部隊を一夜で半減
8 赤城 日本 真珠湾時63機 機動部隊旗艦として真珠湾・インド洋作戦を指揮
9 ヴィクトリアス イギリス 約36〜55機 ビスマルク追撃、北極海、米海軍との共同運用、太平洋戦線
10 ホーネット CV-8 アメリカ 約80機 ドーリットル空襲、ミッドウェー、南太平洋海戦
11 アーク・ロイヤル イギリス 約50〜60機 ビスマルクの舵を破壊し撃沈への道を開いた
12 レキシントン CV-2 アメリカ 81機 珊瑚海海戦で祥鳳撃沈、ポートモレスビー攻略を阻止
13 フォーミダブル イギリス 約36〜54機 マタパン岬、北アフリカ、地中海、太平洋で継続戦闘
14 加賀 日本 真珠湾時72機 大航空隊を運用し真珠湾・南方・インド洋作戦で打撃力を発揮
15 飛龍 日本 約63〜73機 ミッドウェーで唯一反撃しヨークタウンを行動不能にした
搭載機数は時期、作戦、予備機の数、飛行甲板上の露天繋止を含むかで変動する。表の数字は設計上の最大値ではなく、戦時の代表的な運用規模を示した目安である。
ランキングの評価基準

- 搭載機数だけで決めない
- 戦果と作戦継続力を重視
- 損傷後の復帰と補給も評価
順位は、戦果・戦略効果40点、航空隊25点、継戦・生残性20点、設計上の影響15点で総合評価した。撃沈トン数だけで比べない。上陸支援、制空、偵察、船団護衛、基地攻撃も戦果に含めた。
エセックス級のような量産艦でも、原則として個艦の実績を見る。護衛空母と軽空母は任務が異なるため上位になりにくい。未成艦のグラーフ・ツェッペリン、航空隊を実戦運用しないまま沈んだ信濃も対象外とした。
15位 飛龍|ミッドウェーで最後まで反撃した空母
飛龍は蒼龍とともに第二航空戦隊を構成し、真珠湾攻撃、ウェーク島攻略支援、蘭印作戦、インド洋作戦に参加した。最大の見せ場はミッドウェー海戦である。赤城、加賀、蒼龍が急降下爆撃を受けて炎上した後も飛龍だけは攻撃能力を保ち、二度の攻撃隊を発進させてヨークタウンへ爆弾と魚雷を命中させた。米空母機の攻撃で沈没したが、壊滅した機動部隊から反撃を成立させた点は重い。[出典9]
私は飛龍を「最強」ではなく「最も鋭い最期を見せた空母」と評価する。戦歴は短く、生還して次の作戦へつなげる継戦能力を示せなかったため15位としたが、攻撃隊の練度と山口多聞少将の即断は上位艦に劣らない。
14位 加賀|最大級の航空隊を抱えた機動部隊の重打撃艦
戦艦から改造された加賀は、真珠湾攻撃時には零戦18機、九七式艦上攻撃機27機、九九式艦上爆撃機27機の計72機を運用した。真珠湾では第一波と第二波の双方に多数機を送り、続くラバウル攻略、ダーウィン空襲、インド洋作戦でも機動部隊の打撃力を支えた。[出典9]
一方で速力は新世代の翔鶴型より低く、巨大な格納庫と航空燃料を抱える構造は被弾時の火災拡大を招きやすかった。ミッドウェーでは複数の爆弾命中から誘爆が続き、艦を失った。搭載機数は一級だが、戦力を長期維持できず14位とした。
13位 フォーミダブル|地中海から太平洋まで戦い続けた装甲空母
フォーミダブルは英イラストリアス級の一艦で、搭載機数を抑える代わりに装甲飛行甲板と防御力を重視した。1941年のマタパン岬沖海戦では艦載雷撃機がイタリア艦隊の行動を妨げ、英戦艦部隊による夜戦勝利を助けた。その後も北アフリカ、シチリア、サレルノ、インド洋、先島諸島で戦った。[出典12]
1945年には特攻機の命中を受けながら航空作戦を再開した。米空母ほど多くの機体は積めないが、被弾しても沈まず、修理して任務へ戻るという英装甲空母の思想を体現している。私は派手な撃沈記録より、このしぶとさを高く買った。
12位 レキシントン CV-2|珊瑚海で日本の南進を止めた巨艦
巡洋戦艦から改造されたレキシントンは、排水量、速力、航空隊規模のすべてで開戦時の有力空母だった。1942年3月にはヨークタウンと共同でラエ・サラモアを空襲し、5月の珊瑚海海戦では航空隊が軽空母祥鳳の撃沈に参加した。日本側のポートモレスビー海上攻略は断念され、空母同士が互いを直接視認せず艦載機だけで戦う時代が明確になった。[出典7]
レキシントンは爆弾と魚雷の損傷そのものには耐えたが、航空燃料の気化ガスが爆発し放棄された。戦歴が開戦後約5か月で終わった点が順位を下げる。それでも珊瑚海の戦略的効果は、単なる一空母の損失では測れない。
11位 アーク・ロイヤル|ビスマルクの運命を決めた英空母
アーク・ロイヤルは大西洋、ノルウェー、地中海で活動し、マルタ支援を繰り返した。1941年5月、同艦から発進したソードフィッシュ雷撃機は悪天候下で戦艦ビスマルクを攻撃し、魚雷命中によって舵を動かなくした。ビスマルクは回避運動を失い、翌日の英戦艦部隊による撃沈へ追い込まれた。[出典11]
搭載機の性能だけを見れば複葉のソードフィッシュは旧式である。しかし、索敵情報、荒天での発艦、低速雷撃、帰投までを成立させた運用力は新鋭機の最高速度より価値がある。アーク・ロイヤルは1941年11月にUボートの雷撃で沈没し、戦争後半の実績を残せなかったため11位とした。
10位 ホーネット CV-8|一年で戦争の空気を変えた空母
ホーネットの実戦期間は約一年にすぎない。それでも1942年4月には陸軍のB-25爆撃機16機を載せ、ドーリットル空襲を実現した。軍事的損害は限定的だが、日本本土が攻撃圏外ではないと示した。続くミッドウェー海戦、ガダルカナル支援、南太平洋海戦にも参加した。[出典6]
南太平洋海戦では爆弾、魚雷、体当たり攻撃を受けて行動不能となり、最終的に失われた。同海戦は日本側の戦術的勝利とされる一方、熟練搭乗員の損耗が大きく、その後の空母航空戦力を弱体化させた。私はホーネットの価値を、撃沈数より「東京を初めて空襲した発進基地」と「米海軍最後の喪失正規空母」という二つの転換点に置く。[出典13]
9位 ヴィクトリアス|大西洋から太平洋へ渡った国際派空母
ヴィクトリアスは就役直後の1941年5月にビスマルク追撃へ投入され、艦載雷撃機が魚雷一発を命中させた。以後は北極海船団護衛、地中海作戦、ノルウェー沿岸攻撃に従事し、1943年には米海軍へ貸与され、太平洋でサラトガと共同運用された。英米双方が航空管制と甲板運用を学ぶ機会になった。[出典12]
1944年以降はインド洋と英太平洋艦隊で日本軍基地を攻撃し、沖縄戦では特攻機の命中後も比較的短時間で航空作戦へ復帰した。搭載機数では米空母に及ばないが、一隻で北大西洋、地中海、インド洋、太平洋をつないだ経歴は他に少ない。
8位 赤城|機動部隊という革命の旗艦
赤城は真珠湾攻撃時、零戦18機、艦攻27機、艦爆18機の常用63機を搭載し、南雲機動部隊の旗艦を務めた。真珠湾、ラバウル、ダーウィン、インド洋と連続して長距離攻撃を実施した日本海軍の空母集中運用は、戦艦中心だった海戦の常識を一気に塗り替えた。[出典9]
個艦性能は翔鶴型に及ばない。だが、赤城の価値は六隻の空母航空隊を一つの拳として振るった指揮中枢にある。私は赤城を「最も完成度の高い空母」ではなく、「空母を海軍の主役へ押し上げた旗艦」として8位に置いた。ミッドウェーでの喪失は、集中運用の危険も示した。
関連する背景は真珠湾攻撃で詳しく解説している。
7位 イラストリアス|36機で戦艦部隊を麻痺させた装甲空母
イラストリアスは搭載機数だけなら日米の大型空母に見劣りする。しかし1940年11月、同艦から発進したソードフィッシュ21機はタラント軍港を夜間攻撃し、戦艦コンテ・ディ・カブールを沈座させ、リットリオとカイオ・ドゥイリオを大破させた。英海軍は、この一夜でイタリア戦艦戦力が半減したと評価する。[出典10]
翌年、地中海でドイツ急降下爆撃機の集中攻撃を受けて大破したが、装甲飛行甲板と乗員の応急処置により沈没を免れた。その後は修理を経てインド洋と太平洋へ復帰している。一回の攻撃で敵主力艦隊の配置と行動を変えた効率を考えれば、36機は少ないのではない。使い切った36機である。
6位 サラトガ CV-3|損傷と修理を繰り返した長寿の高速空母
サラトガは巡洋戦艦から改造された米海軍初の高速空母で、開戦前から艦隊航空運用の実験場だった。戦時には潜水艦魚雷で損傷しながら復帰し、ガダルカナル上陸支援、第二次ソロモン海戦、ブーゲンビル・ラバウル攻撃、インド洋での英海軍共同作戦、硫黄島周辺の夜間航空作戦に参加した。[出典5]
ミッドウェーや南太平洋海戦の決戦時に修理や移動で不在だったため、象徴的戦果ではヨークタウンに譲る。それでも大型艦を修理し、航空隊補充や訓練にも使い、1945年まで戦力として残した米海軍の層の厚さを示す艦である。空母を一度の決戦兵器ではなく、何度でも再投入する航空基地として運用した点を評価した。
5位 ヨークタウン CV-5|三日間の修理がミッドウェーを変えた
ヨークタウンは1942年5月の珊瑚海海戦で爆弾命中を受け、真珠湾へ帰投した。造船所は短期間で応急修理を施し、同艦は5月30日にミッドウェーへ向けて出港した。ミッドウェーでは航空隊が日本空母蒼龍への攻撃に加わり、自艦も二度の日本軍攻撃を受けながら一時は速力を回復した。[出典3]
最終的に潜水艦伊168の雷撃を受けて沈没したが、もしヨークタウンが出撃できなければ、米側は空母二隻で日本側四隻と戦うことになった。私は本艦の強さを装甲厚ではなく、造船所員と乗員が作った「存在するはずのなかった三隻目」に見る。修理能力そのものが戦力であることを示した空母だ。
関連する背景はミッドウェー海戦で詳しく解説している。
4位 瑞鶴|真珠湾からレイテまで戦った最後の一航戦系空母
瑞鶴は翔鶴型の二番艦で、真珠湾攻撃時には零戦18機、艦爆27機、艦攻27機を搭載した。珊瑚海海戦、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦、マリアナ沖海戦へ参加し、1944年10月のエンガノ岬沖海戦では小沢機動部隊の旗艦として米機動部隊を北へ引きつける囮任務を担った。[出典8]
真珠湾攻撃参加の正規空母六隻で最後まで残ったのが瑞鶴である。ただし1944年には搭載する航空隊の練度と機数が開戦時から大きく低下し、優秀な船体があっても初期の打撃力は再現できなかった。空母は船だけでは完成しないという事実を、瑞鶴の最期ほど明確に示す例は少ない。
関連する背景は空母瑞鶴で詳しく解説している。
3位 エセックス CV-9|量産と補給が生んだ後半戦の主力空母
エセックスは1942年末に就役し、1943年から太平洋戦線へ投入された。マーシャル諸島、トラック島、マリアナ諸島、フィリピン、硫黄島、沖縄、日本本土への攻撃に参加し、第二次世界大戦で13個の従軍星章と大統領部隊感状を受けた。1944年11月には特攻機の命中を受けたが、修理後に戦列へ戻っている。[出典4]
同艦の強さは約90機の航空隊や対空火器だけではない。エセックス級を次々に建造し、損傷艦を修理し、搭乗員と機体を補充し、洋上補給で攻撃を継続した米国の生産力と運用体系が背後にあった。個艦の華々しい空母対空母決戦が少ないため2位にはしなかったが、戦争後半の勝ち方を最もよく表す空母である。
2位 翔鶴|日本海軍で最も完成された実戦空母
翔鶴は34ノット級の速力、補用機を含め84機級の搭載力、長い航続力を備えた日本海軍の新鋭正規空母だった。真珠湾攻撃、ラバウル攻略、インド洋作戦、珊瑚海海戦、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦に参加し、1944年のマリアナ沖海戦で米潜水艦カヴァラの雷撃を受けて沈没した。[出典8]
珊瑚海ではレキシントン攻撃に加わり、南太平洋海戦ではホーネット撃破へ航空隊を送り出した。一方で自艦も爆弾命中を受け、そのたびに修理して復帰している。私は日本空母の1位を翔鶴とする。赤城が空母集中運用の象徴なら、翔鶴は速力、搭載力、生残性、実戦回数のバランスが最も優れた完成形だからである。
ただし翔鶴型にも弱点はあった。日本海軍は熟練搭乗員の損失を大量養成で埋められず、レーダー管制、対空火器、損害制御でも米軍に差をつけられた。優秀な艦を造る能力と、優秀な航空隊を何度も再生する能力は別物だった。
関連する背景は空母翔鶴で詳しく解説している。
1位 エンタープライズ CV-6|戦果・継戦能力ともに第二次世界大戦最強

エンタープライズはヨークタウン級の一艦で、約81〜85機を運用できた。真珠湾攻撃時は基地へ戻る途中にあり損失を免れ、その後はマーシャル諸島空襲、ドーリットル空襲支援、ミッドウェー海戦、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦、ガダルカナル海戦、マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦、硫黄島・沖縄戦へ参加した。[出典1]
米海軍歴史遺産司令部によれば、エンタープライズは第二次世界大戦で20個の従軍星章を受けた最多勲功艦であり、艦載機と対空砲は敵機911機を撃墜、爆撃隊は艦船71隻を撃沈し、さらに192隻を損傷または破壊したとされる。戦時判定の誤認はあり得るが、参加作戦の広さは突出する。[出典1]
とりわけミッドウェーでは、エンタープライズの急降下爆撃隊が日本空母へ決定的打撃を与えた。艦の行動報告は、攻撃隊が強力な零戦と対空砲火を突破し、複数空母を炎上させた経過を記録している。これは1942年6月8日付の公式戦闘詳報で確認できる。[出典2]
エンタープライズも無傷ではない。南太平洋海戦などで爆弾命中を受け、1945年には特攻機で飛行甲板を大破した。それでも修理し、航空隊を更新し、戦場へ戻った。私は1位について迷わなかった。搭載機数なら上回る艦があり、装甲なら英空母が勝る。それでも開戦から終戦まで、決戦と反攻の両方で結果を出し続けた空母はエンタープライズだけである。
搭載機数だけでは空母の強さを決められない

日米英の空母は設計思想が異なる。日本海軍は航続力の長い攻撃機と高練度搭乗員を集中し、先制攻撃で敵艦隊を潰す設計だった。米海軍は格納庫と飛行甲板を広く使い、レーダー管制、戦闘機の増勢、洋上補給、損傷艦の修理を組み合わせた。英海軍は狭い海域で陸上機の攻撃を受ける前提から、搭載機数を犠牲にして装甲飛行甲板を採用した。
「84機の翔鶴は36機のイラストリアスより常に強い」とは言えない。外洋の大規模攻撃では翔鶴が有利だが、地中海で基地航空隊の爆撃を受けながら船団を守る任務では、イラストリアスの防御思想が生きる。空母の性能は、任務、海域、搭乗員、護衛艦、索敵情報、補給網まで含めて評価すべきである。
日本空母が前半戦で強く、後半戦で失速した理由

開戦時の日本海軍は六隻の正規空母と400機超を集中し、熟練搭乗員をまとめて運用した。この集中運用は真珠湾からインド洋まで連勝を生んだ。しかし珊瑚海、ミッドウェー、南太平洋で空母と熟練搭乗員を失うと、艦を建造しても航空隊の質を戻せなかった。[出典8][出典13]
米海軍は逆に、1943年以降エセックス級、インディペンデンス級、護衛空母を大量投入し、F6Fヘルキャットを中心とする新型機、レーダー誘導、救難、補給、搭乗員交代制度を整えた。個々の搭乗員の腕だけでなく、損失を補いながら作戦規模を拡大する仕組みが勝敗を決めたのである。
空母戦は冷酷である。名艦一隻を造ることはできても、航空隊、整備員、燃料、予備部品、護衛艦、タンカーを同時にそろえなければ海上航空基地は動かない。翔鶴と瑞鶴の優秀さは日本海軍の技術力を示す一方、その力を再生できなかった事実は国家総力戦の限界を示している。
惜しくも圏外となった空母
大鳳は装甲飛行甲板を採用した日本海軍の新鋭空母で、設計上は上位候補である。しかし実戦参加はマリアナ沖海戦が中心で、雷撃後の航空燃料気化ガス爆発により沈没した。継続的な戦果が少ないため圏外とした。
信濃は大和型戦艦から改造された巨大空母だが、完成度の低い状態で回航中に米潜水艦アーチャーフィッシュの雷撃を受け、艦載航空隊を実戦運用しないまま沈没した。大きさランキングなら上位でも、戦果ランキングには入れられない。
米空母ワスプはマルタへのスピットファイア輸送とガダルカナル支援で重要だったが、太平洋転戦後まもなく潜水艦雷撃で失われた。軽空母や護衛空母にも重要艦は多いが、本記事では主力艦隊同士の航空戦と長期作戦への寄与を重視した。
関連する背景は空母大鳳で詳しく解説している。
関連する背景は第二次世界大戦の日本海軍艦艇一覧で詳しく解説している。
第二次世界大戦で最強の空母はどれか
総合評価ではエンタープライズである。20個の従軍星章、主要海戦への参加数、損傷後の復帰、艦載機戦果のすべてが高水準で、開戦初期の防御戦から終盤の日本本土攻撃まで戦い続けた。
日本海軍で最強の空母は赤城か翔鶴か
象徴性なら赤城、個艦の完成度と実戦バランスなら翔鶴である。赤城は機動部隊旗艦として空母集中運用を完成させたが、翔鶴は速力、搭載力、航続力、損傷からの復帰実績で上回る。
搭載機数が最も多い空母が最強ではないのか
搭載機数は重要だが、それだけでは決まらない。発艦速度、索敵、戦闘機による直衛、整備、損傷復旧、搭乗員の練度、補給がなければ、多数の機体は格納庫の可燃物にもなる。ミッドウェー海戦は、その危険が最悪の形で現れた戦例である。
なぜ信濃やグラーフ・ツェッペリンが入っていないのか
本ランキングは艦載機を実戦運用した空母が対象である。信濃は実戦航空運用前に沈没し、ドイツのグラーフ・ツェッペリンは未完成で終戦を迎えたため、性能上の可能性はあっても比較対象にできない。
第二次世界大戦の空母に関するFAQ
第二次世界大戦で最強の空母はどれか
総合評価ではエンタープライズです。主要海戦への参加、戦果、損傷後の復帰、終戦までの継戦能力がそろっています。
日本海軍で最強の空母は赤城か翔鶴か
象徴性なら赤城、個艦の完成度と実戦バランスなら翔鶴です。
搭載機数が最も多い空母が最強ではないのか
搭載機数だけでは決まりません。索敵、整備、直衛、損傷復旧、搭乗員と補給まで含めて評価する必要があります。
なぜ信濃はランキング外なのか
信濃は艦載航空隊を実戦運用する前に沈没しており、本記事の戦果と継戦能力による比較対象にできないためです。
まとめ|最強空母を決めたのは艦ではなく再出撃能力だった
第二次世界大戦の空母ランキング1位はエンタープライズ、2位は翔鶴、3位はエセックスとした。エンタープライズは主要海戦を生き抜き、翔鶴は日本空母の完成形、エセックスは米海軍後半戦の勝利を象徴した。
赤城やホーネットのように短期間で歴史を動かした艦もあれば、サラトガやヴィクトリアスのように損傷と修理を重ねて複数戦域を渡った艦もある。イラストリアスは少数機でも戦略的戦果を生み、英装甲空母の思想を証明した。
結局、空母の価値は一度に何機積めるかではなく、情報を得て先に攻撃し、帰投機を収容し、損傷を直し、翌日も出撃できるかで決まる。飛行甲板の下で動くのは国家の工業力、教育力、補給力である。私はこの視点こそ、第二次世界大戦の空母を比較するうえで最も重要だと考える。
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