幼女戦記の帝国のモデルはドイツ。ここまでは、1話を見ただけで誰でも分かる。
問題はその先だ。第一次世界大戦のころのドイツ帝国なのか、それともナチス・ドイツなのか。ライン戦線の塹壕を見ていると第一次大戦に見えるし、2期の東部戦線の雪と泥を見ていると第二次大戦にしか見えない。見る場面によって、帝国の顔が入れ替わる。
前回の記事『幼女戦記の国とモデル一覧』では、作中の国を現実の地図に重ねて整理した。今回はその中から帝国だけを取り出し、政治の仕組み、軍の仕組み、戦争の状況、兵器の四つを、二つのドイツと並べて比べてみる。
先に答えを言うと、帝国の体制はほぼ第一次大戦のドイツ帝国だ。皇帝がいて、宰相がいて、参謀本部が戦争を動かす。ナチスの党も、総統もいない。ところが、その帝国が戦わされている戦争は、話が進むほど第二次大戦に近づいていく。帝国は「ヒトラーのいないまま第二次大戦の戦場に放り込まれたドイツ帝国」と言うのが、いちばん近いと私は思う。
ネタバレは2期の公式あらすじの範囲までにとどめ、原作の設定に触れるときはそう書いておく。
- 帝国には皇帝(原作ではグレフレム2世)と宰相がいて、ナチスの党や総統にあたる存在はいない。政治の仕組みは帝政ドイツに近い
- 戦争を実際に動かすのは参謀本部の参謀次長たちで、これは第一次大戦のドイツ参謀本部、特に1916年以降の軍主導の体制とよく似ている
- 戦争の始まりと西部の戦いは第一次大戦、南方大陸と東部戦線は第二次大戦の要素が濃い
- 2期は「戦場は1941〜42年の独ソ戦、政治は1917年のドイツ」という二重構造になっている
- 秘密警察、収容所、政治将校といった全体主義の役回りは、帝国ではなく連邦に割り振られている
結論|帝国・帝政ドイツ・ナチスの早見表
まず、項目ごとに三つを並べておく。右端の列は、帝国がどちらに近いかの私の判定だ。

こうして見ると、国の「中身」はほとんど帝政ドイツで、戦争の「舞台」が途中から第二次大戦になっていく、という形がはっきりする。以下、一つずつ見ていく。
二つのドイツをざっくりおさらい
比べる前に、二つのドイツを簡単に整理しておく。
ドイツ帝国は、1871年にプロイセンを中心に生まれた国だ。皇帝はプロイセン国王が兼ね、皇帝が任命する宰相が政府を率いた。男子普通選挙で選ばれる帝国議会もあったが、宰相は議会ではなく皇帝に責任を負う仕組みで、軍の指揮権も議会の手の届かないところにあった。第一次大戦に負けた1918年、革命で皇帝ヴィルヘルム2世が退位し、この帝国は終わる。
ナチス・ドイツは、その後のヴァイマル共和国を経て、1933年にヒトラーが首相になってから始まる体制だ。ナチ党以外の政党は禁止され、ヒトラーは「総統」として国家元首と首相を一人で兼ねた。秘密警察と強制収容所があり、人種の思想にもとづく迫害と大量虐殺が国の方針として行われた。
つまり同じ「ドイツ」でも、皇帝と貴族の将校が支える君主国と、一つの党と一人の独裁者が支配する国では、中身がまるで違う。この違いを物差しにして、帝国を測ってみる。
政治の仕組み|皇帝と宰相がいて、党も総統もいない
原作の設定では、帝国には皇帝グレフレム2世がいる。国家元首で、軍の階級としては大元帥を兼ねる。史実のヴィルヘルム2世も、自らを軍の最高司令官として振る舞った皇帝だった。政府を率いるのは宰相で、原作では「灰色の猊下」と呼ばれる人物がこの座にいる。
一方で、ナチス・ドイツを特徴づけるものは、帝国にはほとんど出てこない。一党独裁の党はない。演説で国民を熱狂させる総統もいない。親衛隊やゲシュタポにあたる組織も、少なくとも2期までのアニメでは目立たない。
アニメでは、皇帝や宰相が画面の真ん中に出てくることはあまりない。目立つのは、参謀本部の将軍たちと、帝都の「後方」だ。2期7話のあらすじには、休暇で帝都に戻ったターニャが、後方がなお勝利に執着している実態に衝撃を受ける、とある。前線は限界なのに、銃後の人々や政治家はまだ大きな勝利を信じている。
これは第一次大戦のドイツそのものだ。開戦直後から、ドイツの政府や財界、右派の団体は、勝利したら得るべき領土や賠償を盛んに論じた。1917年には帝国議会の多数派が「領土の併合を求めない講和」を求める平和決議を出すが、軍や右派はこれを相手にせず、「勝利による平和」にこだわり続けた。同じころ、国内は食料不足で、カブで飢えをしのいだ「カブラの冬」と呼ばれる冬も経験している。前線の苦しさと、後方の勝利への期待。このずれは、ナチス期よりも第一次大戦のドイツのほうにずっとよく当てはまる。
軍の仕組み|参謀本部が戦争を回す国
幼女戦記の帝国で、戦争を実際に動かしているのは参謀本部だ。戦務参謀次長のゼートゥーアと、作戦参謀次長のルーデルドルフ。この二人の将軍が、補給と作戦を分担して戦争全体を組み立てる。原作の設定では、その上に元帥の階級を持つ最高司令部長がいるが、物語の中で知恵を絞るのは次長たちのほうだ。

これは、プロイセンからドイツ帝国に受け継がれた参謀本部の姿によく似ている。プロイセンの参謀本部は、鉄道の時刻表まで計算して大軍を動かす頭脳集団として名を上げ、ドイツ帝国でも戦争計画を一手に握った。第一次大戦の後半、1916年からは、参謀総長ヒンデンブルクと参謀次長にあたる第一兵站総監ルーデンドルフの二人が、作戦だけでなく経済や政治まで事実上取り仕切った。歴史家が「沈黙の独裁」と呼ぶほどの軍主導の体制で、1917年には二人の圧力で宰相まで交代している。
ナチス・ドイツの軍は、ここが決定的に違う。ヒトラーは1938年に国防軍の最高指揮権を自分の手に集め、1941年末には陸軍の総司令官まで兼ねた。将軍たちの反対を押し切って作戦に口を出し、退却を許さない死守命令を何度も出した。その結果は「死守命令」という殺人に書いたとおりだ。
幼女戦記の参謀本部は、素人の独裁者に振り回されない。むしろ専門家の将軍たちが、合理的に戦争を考え抜いている。軍の仕組みで言えば、帝国はナチスより、軍人が政治にまで手を伸ばした第一次大戦後半のドイツに近い。
人の育て方にも帝政ドイツの影がある。ターニャは幼年学校、士官学校を経て、優秀な将校が進む軍大学に入る。軍大学は、プロイセンの陸軍大学校がモデルと見ていい。1期4話では、軍大学に通うターニャが、この戦争が世界を巻き込む大戦争になると見通す。その議論のあと、話は新しい部隊の創設へと進んでいく。
ただ、史実のどちらのドイツとも違う点もある。帝国では、魔導師の適性がある者は性別に関係なく徴募され、女性も下士官や士官として前線に立つ。ヴィーシャがその代表だ。第一次大戦のドイツに女性の戦闘員はいなかったし、第二次大戦のドイツも女性は補助要員にとどめた。女性を前線の戦闘に大規模に投入したのは、むしろソ連のほうだった。ここは魔導という設定が生んだ、作品独自の部分だ。
戦争の状況|始まりは第一次大戦、途中から第二次大戦
戦争の流れを史実と並べると、帝国の戦争は前半が第一次大戦、後半が第二次大戦に寄っていく。
| 作中の出来事 | よく似た史実 | 時代 |
|---|---|---|
| 北の小国の越境から戦争が始まり、西の共和国も攻めてくる | 周辺の紛争が同盟の連鎖で二正面戦争になった1914年 | 第一次大戦 |
| ライン戦線の塹壕戦 | 西部戦線の塹壕戦 | 第一次大戦 |
| ダキア大公国の侵攻と敗北 | 1916年のルーマニア参戦と敗北 | 第一次大戦 |
| 回転ドアで共和国軍を包囲 | シュリーフェン・プラン(史実では失敗) | 第一次大戦 |
| フィヨルドでの協商連合との戦い | 1940年のノルウェー侵攻 | 第二次大戦 |
| 自由共和国と南方大陸の戦い、ロメール将軍 | 自由フランス、北アフリカ戦線とロンメル | 第二次大戦 |
| 連邦の参戦と首都モスコーへの襲撃 | 独ソ戦 | 第二次大戦 |
| 早すぎる冬、補給線を襲うゲリラ | 1941年冬のモスクワ前面とパルチザン | 第二次大戦 |
| 連邦の資源地帯を狙う大攻勢 | 1942年、石油を狙ったコーカサスへの攻勢 | 第二次大戦 |
| 合州国からの物資と義勇兵 | 参戦前のアメリカの対英支援と武器貸与 | 両方 |
なぜ西部戦線があれほど動かなかったのかは塹壕戦はなぜ終わらなかったのかに書いた。2期の東部戦線の冬は、史実のモスクワの戦いを思い出しながら見ると、補給の苦しさがよく分かる。資源地帯への大攻勢が史実でどんな結末を迎えたかは、スターリングラードの戦いにつながる話で、作中のアンドロメダ計画との比較はこの特集の別の記事でじっくりやる。
注意したいのは、戦争の始まり方だ。ナチス・ドイツの戦争は、1939年に自分からポーランドへ攻め込んで始まった。幼女戦記の帝国は違う。北の協商連合が先に国境を越え、その隙に西の共和国が攻めてくる。帝国は、少なくとも作中の出発点では「攻め込まれた側」として描かれる。この点も、四方を囲まれて二正面戦争を恐れていた第一次大戦前のドイツの感覚に近い。
兵器と技術|第一次大戦の軍隊に、第二次大戦の名前の兵器
兵器の面でも、二つの時代が混ざっている。

帝国軍の基本は、小銃と機関銃と大砲で戦う第一次大戦型の軍隊だ。そこに魔導師が加わる。魔導師は空を飛び、偵察もすれば、地上の敵を上から叩きもする。第一次大戦の飛行機がやっと偵察と空中戦を覚えた段階だったのに対し、帝国の魔導師は、第二次大戦の急降下爆撃機のような地上支援までこなしてしまう。
わかりやすいのがV-1だ。1期10話でターニャたちは、ロケットに乗って共和国の司令部へ突入する。作中でV-1と呼ばれるこの兵器は、史実のV-1とはまったく別物だ。史実のV-1は、ナチス・ドイツが1944年からロンドンへ撃ち込んだ無人の飛行爆弾だった。作中のV-1は、多数のヒドラジンのブースターを付けた機体に魔導師を乗せ、目的地まで運ぶ特殊兵器とされている。ヒドラジンを含む燃料は、史実ではドイツのロケット戦闘機Me163などに使われた。日本がMe163を手本に作ったロケット戦闘機・秋水の記事を読むと、この燃料がどれほど扱いにくいものだったかが分かる。
名前はナチス期の兵器で、中身は魔導の世界の発明。帝国の技術は、第一次大戦の土台の上に、第二次大戦の名前を少しずつ乗せていく作りになっている。作中の銃の元ネタは、この特集の銃の記事でまとめて扱う。
ナチスらしさはどこにあるのか
ここまで読むと、「じゃあ帝国にナチスの要素はないのか」と思うかもしれない。実は、国土に一つ、ややこしい点がある。
前回の記事で書いたように、漫画版の地図では、帝国はドイツ帝国とオーストリア=ハンガリー帝国の範囲を合わせた国土を持つ。オーストリアを含むドイツ、つまり「大ドイツ」だ。19世紀の帝政ドイツは、この大ドイツを選ばなかった。ところが、1938年にオーストリアを併合して大ドイツを実現したのは、ほかならぬヒトラーだった。ナチス・ドイツはのちに「大ドイツ国」を名乗っている。
だから、国土の形だけを見れば、帝国はナチス・ドイツが最大に広がったころの姿にも少し似ている。ただ、ナチス・ドイツはハンガリーを併合していないし、帝国のように最初から自分の国として抱えていたわけでもない。国土については「どちらとも言えない」とするのが正直なところだ。
もう一つ大事なのは、ナチスの「悪役」の部分が、作中では別の国に割り振られていることだ。秘密警察、粛清、収容所、党から送り込まれる政治将校。こうした全体主義の要素は、帝国ではなく連邦の側に描かれる。2期の新キャラクター、ミケルが収容所から現役に戻された魔導師で、リリーヤが党から派遣された政治将校なのは象徴的だ。
ただし、これは帝国が「きれいな国」だという意味ではない。1期8話では、住民が立ち上がったアレーヌ市を、帝国軍は住民ごと制圧する。帝国の戦争は、合理的であるぶん非情だ。国家の思想としての迫害は描かれないが、戦争の残酷さは容赦なく描かれている。この区別は、作品を語るときに押さえておきたい。
2期は「戦場は1941年、政治は1917年」
私が2期を見ていていちばん面白いと思ったのが、この二重構造だ。

戦場は、どう見ても1941〜42年の独ソ戦だ。早く来た冬、伸びきった補給線、後方で補給を襲うゲリラ、そして資源地帯を狙う大攻勢。帝国軍の苦しさは、史実のドイツ軍が東部戦線で味わったものとよく重なる。
ところが、政治の場面はまるで1917年のドイツなのだ。2期4話から5話のあらすじでは、中立国イルドアの仲介で講和の機運が高まる一方、帝国は交渉を有利にするために大反攻を仕掛け、和平交渉は先送りになり、さらに大きな攻勢へ進んでいく。
第一次大戦のドイツも、まったく同じ迷い方をした。1916年末、中立国アメリカのウィルソン大統領が交戦国に講和の条件を尋ねたとき、ドイツは講和の道を探る一方で、翌年には無制限潜水艦作戦という大きな賭けに出る。その結果、アメリカの参戦を招いた。1918年春には、アメリカ軍が本格的に到着する前に勝負を決めようと、西部戦線で最後の大攻勢をかけている。講和の可能性がありながら、「もう一度勝ってから」と大勝負を重ねていく姿は、2期の帝国にそっくりだ。
もう一つ、2期のあらすじには「総力戦」という言葉が繰り返し出てくる。そして、その総力戦の中で戦争の出口を探し始めるのがルーデルドルフだ。史実で、この言葉を有名にした本『総力戦』(1935年)を書いたのは、第一次大戦後のルーデンドルフ本人である。名前の似た将軍に、この言葉を背負わせている。史実のルーデンドルフとどこが重なり、どこが違うのかは、将軍のモデルを検証する記事で詳しく書く。
ヒトラーのいないドイツが、第二次大戦の戦場で、第一次大戦の政治を繰り返している。2期の帝国は、そういう国として見るといちばん腑に落ちる。
なぜ帝国から「ヒトラー」を抜いたのか
最後に、これは私の読みだが、帝国にヒトラーがいないことには意味があると思う。
第二次大戦のあと、ドイツの将軍たちの多くは回想録を書いた。代表的なのがマンシュタインの『失われた勝利』だ。そこでは、敗戦の大きな原因はヒトラーの素人じみた介入にあった、という見方が繰り返し語られた。もし専門家の将軍たちに任せていれば、と。ドイツの将軍たちについては第二次世界大戦ドイツ軍名将ランキングでも触れた。この見方は、のちに歴史家から「国防軍の責任から目をそらしている」と強く批判されることになる。
幼女戦記の帝国は、その「もしも」を正面からやっているように見える。独裁者はいない。将軍たちは有能で、合理的に考える。主人公のターニャ自身が、合理主義の塊だ。それでも、帝国は泥沼から抜け出せない。戦場でいくら勝っても、四方を囲まれた地図の形と、勝つたびに敵が増える仕組みは変わらないからだ。
作者のカルロ・ゼンは対談の中で「戦争の終わらせ方、とても大事。」と語っている。ヒトラーという分かりやすい原因を抜いたことで、戦争を終わらせることの難しさそのものが、むき出しになっているのだと思う。なぜ帝国は勝っても苦しいのかは、この特集の看板コラムとして別に書く。
幼女戦記をもう一度見る・史実を深く知るなら
2期はABEMAとdアニメストアが最速の配信先で、11月5日からはNetflixでの配信も始まる。配信の状況は時期によって変わるので、見る前に各サービスで確かめてほしい。今回の比較を頭に入れて2期の参謀本部の場面を見直すと、将軍たちの会話の重みが変わって聞こえるはずだ。
原作の設定や戦況の流れをコマで追いたいなら、東條チカによる漫画版がいい。アニメでは一瞬で流れる参謀本部の議論も、じっくり読める。
帝国の参謀本部が何に頭を抱えているのかを史実から知りたいなら、補給の歴史を描いた古典『補給戦』をすすめたい。シュリーフェン・プランの鉄道と補給から、独ソ戦でドイツ軍の補給が伸びきるまでを扱っていて、戦務参謀次長ゼートゥーアの悩みがそのまま史実で読める。
ナチス・ドイツの側の最後の空気を知るなら、映画『ヒトラー 最期の12日間』。幼女戦記の参謀本部と見比べると、独裁者のいる司令部がどれほど違う場所だったかがよく分かる。
よくある質問
幼女戦記の帝国のモデルはナチス・ドイツ?
体制はナチス・ドイツではなく、第一次大戦のころのドイツ帝国に近い。皇帝と宰相がいて、党や総統はいない。ただし、南方大陸や東部戦線など、戦争の舞台には第二次大戦の要素が多い。
幼女戦記の帝国に皇帝はいるの?
原作の設定では、皇帝グレフレム2世がいる。国家元首で、軍の階級としては大元帥を兼ねる。アニメで前面に出てくることは少なく、戦争を動かすのは参謀本部の将軍たちだ。
帝国にヒトラーにあたる人物はいる?
少なくとも2期までのアニメには、ヒトラーにあたる独裁者は出てこない。戦争を指導するのは参謀本部で、秘密警察や収容所といった要素はむしろ連邦の側に描かれている。
参謀本部のモデルは?
プロイセンからドイツ帝国に受け継がれた参謀本部だ。特に、二人の将軍が戦争を事実上取り仕切った第一次大戦後半の体制によく似ている。
作中のV-1は史実のV-1と同じ?
名前は同じだが、中身は別物だ。史実のV-1は無人の飛行爆弾で、作中のV-1はヒドラジンのブースターで魔導師を目的地へ運ぶ特殊兵器とされている。
まとめ|帝国は「二つのドイツ」の重ね合わせ
幼女戦記の帝国のモデルはドイツだ。ただし一つのドイツではない。
皇帝と宰相がいて、参謀本部の将軍たちが戦争を動かす仕組みは、第一次大戦のドイツ帝国に近い。ナチスの党も総統もいない。一方で、南方大陸の戦い、東部戦線の冬、資源地帯への大攻勢、V-1の名前など、戦争の舞台や兵器には第二次大戦の要素が濃い。2期に至っては、戦場は1941年の独ソ戦、政治は1917年のドイツという二重構造になっている。
帝国は、ヒトラーのいないまま第二次大戦を戦わされるドイツ帝国だ。そして、独裁者という分かりやすい原因を抜いてもなお、帝国は戦争の出口を見つけられない。その事実が、この作品のいちばん苦い味になっている。
次は、2期の主役部隊であるサラマンダー戦闘団と、第二〇三航空魔導大隊の違いを、部隊の編成から整理する。
最後まで読んでくれてありがとう。長い記事を書くときのお供は、だいたいこれだ。







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