ウクライナの戦場からのニュース、台湾海峡の緊張、北朝鮮のミサイル、そして日本の防衛費の増額。軍事や安全保障の話題を目にしない日はほとんどなくなった。それなのに、いざ「ちゃんと知りたい」と思って書店に行くと、何から読めばいいのかがわからない。
書店で軍事の本を探すと、すぐに気づくことがある。同じ軍事の本が、2つの棚に分かれて置かれているのだ。一つは趣味の棚で、戦車や戦闘機の図鑑、兵器の仕組みの本、戦史のムックが並ぶ。もう一つは政治や国際情勢の棚で、安全保障、外交、地政学の新書が並ぶ。兵器が好きな人は趣味の棚しか見ないし、ニュースが気になる人は政治の棚しか見ない。けれど、本当に軍事がわかるようになるのは、この2つの棚を行き来したときだと私は思っている。
この記事では、軍事を学ぶ入口を「兵器」「戦略」「組織」の3つ、それに今のニュースを読むための「安全保障」を加えた4つに分け、それぞれの入口から最初に読みたい本を選んだ。さらに、そのどれよりも先に読んでほしい、無料で読める入門書も紹介する。
- 軍事の入口は「兵器(仕組み)」「戦略(考え方)」「組織(動かし方)」「安全保障(今のニュース)」の4つ。自分が今いちばん気になっている入口から入ればいい
- 読む順番は「具体から抽象へ」。ニュースや兵器から入り、組織を知り、最後に戦略に進むと挫折しにくい。いきなり『孫子』から入らない
- 最初の1冊の前に、防衛省の「はじめての防衛白書」を読む。無料で、日本の防衛の全体像がつかめる
- 現代の戦争は数年で姿を変える。ドローンや現代戦の本は、2022年以降に出たものを選ぶ
- 著者の立場(研究者・元自衛官・元外交官・ジャーナリスト)を見る。同じテーマでも、立場で見え方が違う
結論:4つの入口と、最初の1冊
軍事の本選びで迷う人の多くは、「軍事」というひとまとまりのものを学ぼうとしている。けれど実際には、軍事には性格の違う4つの入口がある。
| 入口 | 知りたいこと | 最初の1冊 | 次の1冊 |
|---|---|---|---|
| 安全保障 | 今のニュースの背景がわからない | 鶴岡路人『はじめての戦争と平和』 | 小野圭司『サクッとわかる ビジネス教養 防衛学』 |
| 兵器 | 兵器がどういう仕組みで動いているのか | バリー・パーカー『戦争の物理学』 | 『ドローン戦入門』 |
| 戦略 | 国や軍はどう考えて戦うのか | 奥山真司『新しい戦争の時代の戦略的思考』 | 『孫子』 |
| 組織 | 軍隊や自衛隊はどう動いているのか | 田村尚也『イラストでまなぶ!用兵思想入門 現代編』 | 辻田真佐憲『防衛省の研究』 |
どの入口から入ってもかまわない。大事なのは、今の自分がいちばん気になっていることから入ることだ。兵器が好きなら兵器から、ニュースが気になるなら安全保障から。興味のないところから入ると、どんな名著でも途中で手が止まる。
ただし、1つだけ勧めたい順番がある。それは「具体から抽象へ」だ。ニュースや兵器のような目に見える話から入り、それを動かす組織を知り、最後に「どう考えて戦うか」という戦略に進む。逆に、いきなり『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』のような戦略の古典から入ると、言葉が抽象的すぎて、たいてい挫折する。古典は、具体的な戦争や兵器の話をいくつか知ってから読むと、驚くほど腑に落ちる。

0冊目:無料で読める最強の入門書「はじめての防衛白書」
本を買う前に、まず読んでほしいものがある。防衛省が毎年出している『防衛白書』と、それをもとに小中高生向けにわかりやすくまとめた「はじめての防衛白書」だ。2024年版は「まるわかり!日本の防衛 ~はじめての防衛白書2024~」というタイトルで、防衛省のサイトでPDFとHTMLの両方が公開されている。新しい年の版が出ていれば、そちらを読めばいい。
子ども向けと聞いて侮ってはいけない。日本の周りの安全保障環境、自衛隊の任務と装備、防衛費、日米同盟といった、日本の防衛の全体像が、図とやさしい言葉でまとまっている。大人が最初に読む1冊としても、これ以上の入口はなかなかない。物足りなくなったら、本編の『防衛白書』に進めばいい。本編も防衛省のサイトで読める。
注意しておきたいのは、防衛白書は政府の公式な見解だということだ。日本政府が自国の防衛をどう説明しているかを知るには最良の資料だが、それがすべての見方ではない。この記事で紹介する研究者やジャーナリストの本と読み比べることで、政府の説明と、それ以外の見方の違いが見えてくる。政府の防衛政策の柱になっている安保3文書については安保3文書の改定と防衛株の解説でも書いた。
本を選ぶ前に知っておきたい3つのこと
刊行年を見る:現代の戦争は数年で姿を変える
軍事の本は、刊行年がとても大事だ。とくに現代の戦争や兵器を扱った本は、数年で中身が古くなる。わかりやすい例がドローンで、2022年に始まったロシアのウクライナ侵攻のあと、小型のドローンが戦場の主役の一つになり、それまでの軍事の常識が大きく書き換えられた。2021年以前に書かれた現代戦の本には、この変化がまだ入っていない。
一方で、戦略の古典や、兵器の物理的な仕組みのように、時代が変わっても色あせない分野もある。現代の戦争やドローンの本は新しいものを、戦略や仕組みの本は定評のあるものを、と使い分けるといい。
著者の立場を見る:同じテーマでも見え方が違う
軍事や安全保障の本は、書き手の立場によって、同じテーマでも見え方がかなり違う。
| 書き手 | 強み | 気をつけたいこと |
|---|---|---|
| 研究者 | 史料やデータに基づき、論点を整理してくれる | 文章が硬めのことがある |
| 元自衛官・元軍人 | 現場の感覚と、組織の内側の話 | 自分のいた組織の見方に寄ることがある |
| 元外交官・元官僚 | 政策がどう決まるかの実感 | 政府の立場に近いことがある |
| ジャーナリスト・作家 | 取材の厚みと読みやすさ | 書き手の解釈や問題意識が強く出ることがある |
安全保障は、どうあるべきかについて今も意見が分かれるテーマだ。だからこそ、1人の書き手の結論をそのまま自分の結論にしないほうがいい。立場の違う書き手の本を2冊以上読むと、どこまでが事実で、どこからが意見なのかの境目が見えてくる。
趣味の棚と政治の棚を行き来する
冒頭に書いたとおり、軍事の本は書店の2つの棚に分かれている。兵器が好きな人は、政治の棚の安全保障の新書を1冊。ニュースが気になる人は、趣味の棚の兵器の本を1冊。この「反対側の棚の1冊」が、軍事の理解をいちばん大きく広げてくれる。兵器を知ると安全保障のニュースが具体的に見え、安全保障を知ると兵器がなぜその形をしているのかがわかるからだ。軍事力をどういう物差しで比べるかの考え方は、世界の軍事力を「仕組み」で読み解くでまとめている。
目的別・軍事の入門書おすすめ16選
ここからは、4つの入口ごとに選んだ16冊を紹介する。各冊に、どんな本か、どんな人に向いているかを添えた。
安全保障の入口:今のニュースを読むための4冊
1. 鶴岡路人『はじめての戦争と平和』(ちくまプリマー新書)|「話し合えば戦争は防げる」は本当か
慶應義塾大学で欧州の安全保障を研究する鶴岡路人さんが、若い読者に向けて書いた安全保障の入門書だ。2024年11月に出て、2025年にはサントリー学芸賞を受けている。
この本は、「話し合いで戦争は防げる」「軍隊をなくせば平和になる」といった、よく聞く考え方が、現実の国際関係にそのまま当てはまるのかを、一つずつ問い直していく。答えを押しつけるのではなく、国際関係をどう読み解けばいいかの道具を手渡してくれるのがいい。ちくまプリマー新書は中高生も読める文章で書かれているので、大人が読むと驚くほど速く読める。ニュースの背景がわからない、という人の最初の1冊にいちばん勧めたい。
2. 小野圭司『サクッとわかる ビジネス教養 防衛学』(新星出版社)|図解で防衛の全体像を
防衛省の防衛研究所で研究をしてきた小野圭司さんが書いた、図解中心の入門書だ。2024年5月に出ている。防衛の基礎となる考え方から、日本、アメリカ、中国、ロシア、韓国、北朝鮮の防衛戦略と体制、経済やエネルギー、宗教や民族といった対立の原因、ウクライナ侵攻やガザの情勢、台湾有事の背景まで、見開きの図解で一気に見渡せる。
「ビジネス教養」というシリーズ名のとおり、軍事に詳しくない社会人が、会議や雑談で国際ニュースについていけるようにすることを目指した本だ。1冊目の『はじめての戦争と平和』で考え方を手に入れたら、この本で各国の具体的な姿を確かめると、知識が地図のように広がる。台湾有事で日本に何が起きるかは台湾有事の解説でも書いた。
3. 小泉悠『ウクライナ戦争』(ちくま新書)|現代の戦争を、一つの戦争で深く知る
ロシアの軍事を研究する小泉悠さんが、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻について、開戦の経緯と戦場の様子を読み解いた本だ。2022年12月に出ている。プーチン政権の狙い、核が使われる可能性、戦争の終わらせ方の見通しまで、軍事研究者の目で整理している。
安全保障の入門書で全体像をつかんだら、一つの戦争を深く知るのがいちばんの近道だと私は思う。抽象的な議論が、具体的な戦場の話で一気に肉づけされる。刊行から時間がたっているので、その後の戦況はニュースや新しい本で補いたいが、この戦争がなぜ始まり、なぜ簡単に終わらないのかを知るには、今も最良の1冊の一つだ。和平をめぐる最近の動きはトランプ政権のウクライナ和平枠組みの解説で整理している。
4. 多田将『核兵器入門』(星海社新書)|物理学者が書いた、核のいちばんやさしい教科書
素粒子物理学者の多田将さんが、核兵器の物理的な仕組みから、開発の歴史、国際政治の中での核の位置づけまでをまとめた入門書だ。2023年3月に出ている。「もし東京に核兵器が落ちたら、どんな被害が出るのか」というシミュレーションも含まれ、最後の章では小泉悠さん、村野将さんと最新の国際情勢を語り合っている。
核の話は、安全保障のニュースで必ず出てくるのに、仕組みから説明してくれる本は意外と少ない。物理学者らしく、仕組みの説明がとても明快で、「抑止」という言葉の意味が、数字と仕組みで理解できる。核を積んだ潜水艦がどういう役割を持っているかはオハイオ級原子力潜水艦の解説で書いた。安全保障と兵器の両方の入口にまたがる1冊だ。
兵器の入口:仕組みから軍事を知る4冊
5. バリー・パーカー『戦争の物理学』|弓矢から水爆まで、兵器はなぜその形なのか
アメリカの物理学者バリー・パーカーが、弓矢から火薬、大砲、銃、飛行機、そして核兵器まで、兵器の進化を物理学の目で読み解いた本だ。原書の副題は「弓矢から原子まで」。
この本のいいところは、兵器を「かっこいいもの」ではなく「物理の問題を解いた答え」として見せてくれることだ。矢や砲弾はどう飛ぶのか、なぜ銃身や砲身にらせんの溝が刻まれているのか、といった問いに、物理の言葉で答えていく。理由がわかると、兵器の見え方がまるで変わる。物理の本だが、兵器の歴史の本として読んでも面白いので、理系の人はもちろん、文系の兵器好きにも勧めたい。
6. 『ドローン戦入門』(イカロス出版)|無人機は現代戦をどう変えたのか
物理学者の多田将さんや作家の数多久遠さんら7人が書いた、ドローン戦の入門書だ。2026年2月に出た、この記事で紹介する中でいちばん新しい本になる。1930年代までさかのぼるドローンの歴史をたどりながら、戦闘機や戦車と比べれば能力の限られた小型のドローンが、なぜ現代の戦場で欠かせない存在になったのかを、技術、運用、生産、対抗手段、人道上の問題まで、いろいろな角度から解説している。
先に書いたとおり、ドローンは2022年以降に軍事の常識を最も大きく変えた分野だ。ここは必ず新しい本で押さえておきたい。安価な自爆ドローンが戦争の経済をどう変えたかはシャヘド型自爆ドローンの解説で書いた。
7. 古谷知之ほか編『ドローンが変える戦争』(勁草書房)|日本にとっての意味まで考える
ドローン戦をもう一歩深く考えたい人には、古谷知之さん、伊藤弘太郎さん、佐藤丙午さんが編んだ『ドローンが変える戦争』がある。2024年2月に出ている。ウクライナ戦争で注目された軍事用ドローンが戦場をどう変えたかを踏まえ、ドローンは本当に戦争の「ゲームチェンジャー」なのかを問う。基本から、各国の開発と運用、将来の可能性、そして日本の課題まで、専門家が検証している。
『ドローン戦入門』が「何が起きているか」を広く見せてくれる本だとすれば、こちらは「それが日本にとって何を意味するか」まで考える本だ。日本の企業がどんな防衛ドローンを作っているかは日本の防衛ドローン企業一覧にまとめている。
8. わかりやすい防衛テクノロジー『軍用レーダー』|「見つける技術」から現代戦を知る
現代の戦争は、撃つ前に「見つける」ことから始まる。その見つける技術の中心がレーダーだ。「わかりやすい防衛テクノロジー」というシリーズの一冊で、この巻はレーダーを扱っている。同じシリーズには、指揮と人工知能を扱った『作戦指揮とAI』もある。
戦闘機の「最新のレーダー」や、イージス艦の「レーダーで何百もの目標を追う」といったニュースは、レーダーの仕組みを少し知っているだけで、ぐっと具体的に読めるようになる。レーダーの種類の違いはAESA・PESA・機械式レーダーの違いで図解した。兵器の中でも「目」や「頭脳」にあたる技術に興味がある人に。
戦略の入口:国や軍はどう考えて戦うのかを知る4冊
9. 奥山真司『新しい戦争の時代の戦略的思考』(飛鳥新社)|国際ニュースを事例に、戦略の考え方を
戦略学や地政学を研究する奥山真司さんが、国際ニュースを事例にして、戦略的な考え方を解説した本だ。2024年2月に出ている。副題は「国際ニュースを事例に読みとく」。
戦略の入門書は、古典の解説から入るものが多いが、この本は今のニュースを入口にしている。だから、戦略という抽象的な考え方を、具体的な出来事に結びつけて理解できる。「具体から抽象へ」という順番をそのまま一冊の中で体験できる本だと私は思う。古典に進む前の橋渡しに。
10. 『孫子』(講談社学術文庫)|2500年読まれ続けてきた、戦略の原点
古代中国の兵法書『孫子』は、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という言葉で知られる、戦略の原点とも言える古典だ。講談社学術文庫版は、原文と現代語訳、解説がそろっていて、はじめて読む人でも内容を追いやすい。
『孫子』のいちばんの特徴は、戦わずに勝つことを最上としている点だ。戦争は国の大事であり、戦う前の準備と情報で勝敗の大半が決まる、という考え方は、2500年たった今の安全保障の議論にもそのまま通じる。ただし、先に書いたとおり、いきなり『孫子』から入ると抽象的すぎて手が止まりやすい。何冊か具体的な本を読んでから開くと、一つひとつの言葉が「ああ、あのことか」と結びつく。
11. 小原雅博『外交とは何か』(中公新書)|戦わずに解決するための戦略
元外交官で国際政治学者の小原雅博さんが、米中の覇権争いや戦争が続く時代に、日本の外交が進むべき道を問い直した本だ。2025年3月に出ている。戦争に頼らずに問題を平和的に解決するための要点を、現実主義と理想主義、地政学や戦略論といった理論と、陸奥宗光から安倍晋三までの日本の外交家の歩みから探っていく。
軍事の本だけを読んでいると、どうしても「どう戦うか」に目が向く。けれど、国の戦略は軍事だけでできているわけではない。軍事と外交は車の両輪で、外交で解決できなかったときに軍事が前に出る。この本は、その「もう一つの車輪」を教えてくれる。『孫子』の「戦わずして勝つ」を、現代の外交の言葉で読み直す1冊と言ってもいい。
12. マーチン・ファン・クレフェルト『補給戦』|「素人は戦略を語り、玄人は兵站を語る」
イスラエルの軍事史家クレフェルトが、17世紀の三十年戦争から第二次世界大戦まで、軍隊がどうやって食料や弾薬を運んできたかを分析した、兵站(ロジスティクス)研究の古典だ。副題は「ヴァレンシュタインからパットンまでのロジスティクスの歴史」。
軍事の世界には「素人は戦略を語り、玄人は兵站を語る」という言葉がある。どんなに優れた作戦も、兵士に食料と弾薬が届かなければ成り立たない。この本を読むと、ナポレオンのロシア遠征や、第二次世界大戦の電撃戦の見え方が一変する。日本軍がなぜ補給で崩れたのかは日本軍の兵站はなぜ崩壊したのかで書いた。戦略の本を何冊か読んで、「でも実際にはどう動かしたのか」が気になり始めた人に。
組織の入口:軍隊と自衛隊はどう動いているのかを知る4冊
13. 田村尚也『イラストでまなぶ!用兵思想入門 現代編』|軍隊の「動かし方」をイラストで
用兵思想、つまり軍隊をどう動かして戦うかという考え方を、イラストで解説したシリーズの現代編だ。文は田村尚也さん、イラストはヒライユキオさん。第二次世界大戦から現代までの主な用兵思想を取り上げ、ソ連の「作戦術」と縦深戦、アメリカ陸軍のエアランド・バトルや海兵隊の機動戦、2014年のクリミア危機以降のロシアのハイブリッド戦、アメリカ陸軍のマルチドメイン作戦まで、現代の戦争の考え方の変化をたどっている。
「機動戦」「縦深」「マルチドメイン」といった、ニュースや専門書で当たり前のように出てくる言葉が、イラストのおかげで頭に入りやすい。軍隊の大きさの単位や部隊の組み立て方を知りたいなら、同じシリーズの編制編もある。戦略の本と組織の本の、ちょうど間をつなぐ1冊だ。
14. 辻田真佐憲『防衛省の研究』(朝日新書)|歴代の幹部でたどる、戦後の防衛の歩み
近現代史を研究する辻田真佐憲さんが、戦前の日本軍に代わる実力組織となった防衛省・自衛隊の歩みを、歴代の幹部の人生を通してたどった本だ。2021年12月に出ている。朝鮮戦争、冷戦、湾岸戦争を経て組織がどう変わってきたか、災害派遣で国民の信頼がどう高まってきたかを描きながら、「軍隊からの安全」と「軍隊による安全」のあいだでどう釣り合いを取るべきかを問いかけている。
自衛隊のことを知りたいと思っても、装備の本はあっても、組織の歴史の本は意外と少ない。この本は、人物を軸にしているので読みやすく、今の自衛隊がなぜ今の形になっているのかがよくわかる。自衛隊を仕事として考えている人にも、組織の成り立ちを知る1冊として勧めたい。
15. 戸部良一ほか『失敗の本質』(中公文庫)|組織はなぜ失敗を繰り返すのか
日本軍がなぜ太平洋戦争で失敗を重ねたのかを、ノモンハン事件からミッドウェー海戦、ガダルカナル、インパール、レイテ、沖縄までの6つの作戦を通して分析した、組織論の古典だ。1984年に出て以来、ビジネス書としても読み継がれている。著者の何人かは防衛大学校の研究者だった。
これは過去の戦争の本だが、組織の入口に入れたのは、ここで指摘された問題、たとえば目的があいまいなまま作戦が進むことや、失敗から学ぶ仕組みがないことが、今の組織にもそのまま当てはまるからだ。経営学の言葉で書かれていて最初は硬いので、とっつきにくければ解説版の『「超」入門 失敗の本質』から入るといい。太平洋戦争を学ぶ本全般は太平洋戦争の本おすすめ20選にまとめた。
原著と超入門のどちらから読むかは、『失敗の本質』と『「超」入門 失敗の本質』の比較で整理した。
16. 小野圭司『防衛産業の地政学』(かんき出版)|兵器は誰が作り、お金はどう動くのか
2冊目の『防衛学』と同じ小野圭司さんが、防衛産業の今と将来をデータで解説した本だ。2025年2月に出ている。ロシアのウクライナ侵攻で装備や弾薬の供給網の弱さが明らかになったこと、日本の防衛予算が増えていること、無人機やAIの台頭で防衛産業の担い手が重工業からソフトウェアの会社へ広がっていること、活動の場がサイバー空間や宇宙にまで広がっていることを、世界の防衛企業の情報とあわせて整理している。
軍隊を動かすには、兵器を作る産業が要る。この本は、組織の入口を「作る側」から見た1冊だ。防衛関連の株に興味がある人にとっても、業界の地図として役に立つ。日本の防衛企業の全体像は日本の防衛産業・軍需企業一覧に、銘柄の見方は防衛関連銘柄の投資ガイドにまとめている。
防衛関連の銘柄を自分で調べてみたいなら、証券口座があると、企業の情報や株価をすぐに確かめられる。なお、本記事は特定の銘柄の売買を勧めるものではなく、投資の判断はご自身の責任で行ってほしい。
読書ルート:あなたに合う3冊のコース
16冊を全部読む必要はまったくない。読者のタイプごとに、私なりの3冊のコースを組んでみた。どれも「具体から抽象へ」の順番になっている。
| こんな人 | 1冊目 | 2冊目 | 3冊目 |
|---|---|---|---|
| 兵器が好きで、もっと深く知りたい | 『戦争の物理学』 | 『核兵器入門』 | 『新しい戦争の時代の戦略的思考』 |
| ニュースの背景を知りたい | 『はじめての戦争と平和』 | 『防衛学』 | 『ウクライナ戦争』 |
| 自衛隊に興味がある・入りたい | はじめての防衛白書(無料) | 『防衛省の研究』 | 『用兵思想入門 現代編』 |
| 防衛関連の株に興味がある | 『防衛学』 | 『防衛産業の地政学』 | 『ドローンが変える戦争』 |
| 仕事の組織論として学びたい | 『失敗の本質』 | 『補給戦』 | 『孫子』 |
兵器好きのコースは、仕組みから入って、核という「使われないための兵器」で安全保障に橋をかけ、最後に戦略へ進む。兵器の見え方が、1冊ごとに一段ずつ広がっていくはずだ。
ニュース派のコースは、考え方の土台、各国の具体的な姿、一つの戦争の深掘り、という順番だ。3冊読み終えるころには、国際面の記事を読む速さがまるで変わっていると思う。
自衛隊に興味がある人のコースは、組織の今、組織の歴史、組織の動かし方、の順番にした。採用試験や仕事の中身は自衛官になるにはを見てほしいが、なぜ自衛隊が今の形をしているのかを知っておくと、面接での話にも厚みが出る。
株に興味がある人のコースは、防衛の全体像、防衛産業の地図、そして今いちばん動いている分野、という順番だ。どの本も銘柄を勧めるものではないが、ニュースに出てくる防衛企業がどの分野で何を作っているのかが見えるようになる。
組織論のコースは、失敗の分析、兵站という「現実の制約」、そして戦わずに勝つという「目的」へとさかのぼる。軍事の本は、意外なほど会社の組織の話として読める。
本で学んだら:軍事ニュースを読む3つのこつ
本で基礎ができたら、次は毎日のニュースだ。軍事や安全保障のニュースを読むとき、私が気をつけている3つのことを書いておく。
1つ目は、数字が何を数えているかを見ることだ。「軍事費が世界○位」と言っても、ドル換算か自国通貨か、物価の違いを入れているかで順位は変わる。「戦闘機○機」と言っても、配備されている数か、保有している数か、発注した数かで意味が違う。軍事費の数字の読み方は世界の軍事費ランキングで、日中の数字の比べ方は日本と中国の軍事力比較で書いた。
2つ目は、誰が発表したかを見ることだ。政府や軍の発表、シンクタンクの分析、報道機関の取材では、同じ出来事でも伝え方が違う。戦争の当事国の発表は、自国に都合のいい数字になりやすい。どこが出した情報なのかを確かめるだけで、ニュースの受け取り方が慎重になる。
3つ目は、地図で確かめることだ。軍事のニュースは、距離と地形を抜きにしては理解できない。ミサイルの射程や、島と島の距離、海峡の幅を地図で一度確かめると、記事に書かれていることの意味が急に具体的になる。
この3つは、どれも入門書で身につけた基礎があってこそ使える。本とニュースを行き来することで、軍事の理解は少しずつ深くなっていく。
忙しい人は「耳で読む」のもあり
新書や入門書は、通勤や家事の時間に音声で聞くという読み方もある。安全保障や国際情勢の本は、話の流れを追うものが多いので、耳で聞くのと相性がいい。Audibleには国際情勢や歴史を扱った本も入っている。ただし、どの本が聞けるかは時期によって変わるので、気になる本があれば書名で検索してから使うといい。
本を選ぶ前に確かめたい5つのこと
この記事で挙げた16冊以外の本を選ぶときも、次の5つを確かめておけば大きく外さない。
- □ 入口:兵器・戦略・組織・安全保障のうち、どの入口の本か
- □ 刊行年:現代の戦争やドローンを扱う本なら、2022年以降に出たものか
- □ 著者の立場:研究者か、元自衛官か、元外交官か、ジャーナリストか
- □ 根拠:巻末に参考文献や出典があるか。数字の出どころが書いてあるか
- □ 反対側の棚:趣味の棚の本ばかり、政治の棚の本ばかりになっていないか
特に3つ目と4つ目は大事だ。安全保障の本の中には、根拠を示さずに強い言葉で結論を断定するものもある。主張の根拠となった史料やデータが示されている本ほど、自分で確かめながら読める。
よくある質問
まず1冊だけ読むなら?
本を買う前に、防衛省のサイトで「はじめての防衛白書」を読むのがいちばんだ。そのうえで1冊買うなら、鶴岡路人『はじめての戦争と平和』を勧める。安全保障の考え方の基本が、短い時間で手に入る。
兵器にしか興味がない。安全保障の本は読まなくていい?
もちろん兵器の本だけでも楽しめる。ただ、1冊だけでも安全保障の本を読むと、その兵器がなぜ作られ、なぜその国が欲しがるのかが見えてきて、兵器の見え方がもっと面白くなる。『核兵器入門』のように、兵器と安全保障の両方にまたがる本から入るのもいい。
クラウゼヴィッツの『戦争論』はいつ読めばいい?
『戦争論』は戦略の古典中の古典だが、分量が多く、文章も難しい。いきなり原典に挑むより、まず『孫子』や戦略の入門書を読み、さらに戦争論を解説した本で要点をつかんでから原典に進むほうが、挫折しにくい。「戦争は政治の延長である」という有名な一節の意味は、具体的な戦争の本をいくつか読んだあとのほうが、ずっと深く理解できる。
図鑑やムックは入門書になる?
兵器の入口なら、十分になる。写真や図が多い図鑑や雑誌の別冊は、兵器の形や大きさを目で覚えるのにいちばん向いている。たとえば海上自衛隊の艦艇なら、雑誌『世界の艦船』の海上自衛隊の増刊号のように、艦艇の写真と要目をまとめた一冊がある。ただ、図鑑は「何があるか」はわかっても、「なぜそうなっているか」までは書かれていないことが多い。図鑑で形を覚えたら、この記事の兵器の入口の本で仕組みを知る、という組み合わせがいい。
英語の資料も読んだほうがいい?
入門の段階では、日本語の本で十分だ。そのうえで一歩進みたくなったら、海外のシンクタンクが出している資料にも目を向けるといい。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は各国の軍事費や武器取引のデータをウェブで公開していて、英国の国際戦略研究所(IISS)は各国の軍事力をまとめた年鑑『ミリタリー・バランス』を毎年出している。ニュースに出てくる数字の多くは、こうした資料が出どころになっている。
中高生にすすめるなら?
鶴岡路人『はじめての戦争と平和』は、中高生も読めるちくまプリマー新書の一冊なので、いちばん勧めやすい。防衛省の「はじめての防衛白書」も、もともと小学校高学年から高校生向けに作られている。
安全保障の本は、立場が偏っていない?
安全保障は、どうあるべきかについて今も意見が分かれるテーマなので、本によって主張の方向は違う。だからこそ、1冊の結論をそのまま受け取らず、立場の違う書き手の本を読み比べることをすすめたい。研究者の本は主張の根拠となる史料やデータを示していることが多いので、気になったところは自分で確かめられる。政府の公式な見解を知るには防衛白書を、それへの評価や異論は研究者やジャーナリストの本で、と分けて読むといい。
まとめ
- 軍事の入口は「兵器」「戦略」「組織」「安全保障」の4つ。今いちばん気になる入口から入る
- 読む順番は「具体から抽象へ」。ニュースや兵器から入り、組織を知り、最後に戦略へ。いきなり『孫子』から入らない
- 0冊目は無料の「はじめての防衛白書」。日本の防衛の全体像を最初につかむ
- 現代の戦争やドローンの本は2022年以降のものを。戦略や仕組みの本は定評のあるものを
- 趣味の棚と政治の棚を行き来する。「反対側の棚の1冊」が、軍事の理解をいちばん広げる
軍事を知ることは、戦争を好きになることではないと私は思っている。なぜ戦争が起き、どうすれば起きにくくなるのかを、感情ではなく仕組みで考えられるようになることだ。この記事が、その最初の1冊にたどり着く手助けになればうれしい。
長い本を読むときのお供に。







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