〈イランの処刑と人権侵害 連載第1回〉
2025年、最初の9ヶ月だけで1,000人以上が処刑された国がある。
1日あたり9人以上。クレーンで首を吊り上げ、大衆の前でゆっくりと窒息死させる公開処刑が、21世紀の今もなお行われている。その国の名は、イラン・イスラム共和国だ。
僕がこのブログでミリタリーや安全保障の話を発信しているのは、「世界で今、何が起きているのか」を日本にいる私たちの目線で伝えたいからだ。イランで起きていることは、単なる「遠い国の出来事」じゃない。日本のエネルギー安全保障にも、国際秩序のあり方にも直結する問題だ。
この連載では全4回にわたって、イランにおける国家暴力の凄惨な実態を、国連の調査報告や国際人権団体のデータに基づいて詳しく解説していく。第1回は、異常なペースで急増する死刑執行と、司法の体裁すら崩壊した「密室裁判」の実態に迫る。
過去30年で最悪――「工業的規模」の処刑とは何か
まず、数字を見てほしい。
アムネスティ・インターナショナルの報告によれば、2024年のイランにおける死刑執行数は前年比で32%も増加した。そして2025年には、最初の9ヶ月間だけで1,000人以上が処刑されている。これは過去30年間で最悪の記録だ。
国連の専門家たち(イランの人権状況に関する国連特別報告者マイ・サトウ氏らを含む)は、この状況を「工業的規模(industrial scale)での処刑」と表現して強く非難している。特定の時期には、1日平均9人以上が絞首刑に処されるという異常事態が続いた。
この急増の背景には何があるのか。国内の深刻な経済危機、そして政治的不満に対する体制側の恐怖だ。国民の怒りが爆発する前に、恐怖政治で蓋をしてしまおうという明確な意図が読み取れる。
処刑の方法も極めて非人道的だ。クレーンを使って受刑者の首を吊り上げ、大衆の面前でゆっくりと窒息死させる公開処刑が今も続けられている。これは単に命を奪うだけの行為じゃない。その残虐な過程を市民に「見せつける」ことで、社会全体に心理的な恐怖を植え付けるための、計算された国家演出だ。
国際法を完全に無視した「死刑の乱用」

国際法(市民的及び政治的権利に関する国際規約等)の下では、死刑は「最も重大な犯罪」――つまり意図的な殺人を伴う犯罪に限定されなければならない。
ところがイランの実態はどうか。
2025年に処刑された1,000人以上のうち、少なくとも499人が薬物関連の犯罪で処刑されている。国際法上の死刑適用基準を明らかに満たしていない。麻薬の運搬に関わっただけで死刑台に送られる――しかもその多くは、経済的に追い詰められて犯罪に手を染めた社会的弱者だ。
さらに問題なのは、「スパイ行為」の定義が異常に拡大されていることだ。2025年には少なくとも10人がスパイ容疑で処刑されたが、イラン政府が導入した新たなスパイ法案では、ジャーナリストとしてのメディア活動や、国外のメディアとの単なる接触すらも「国家に対するスパイ行為」と見なされ、死刑の対象にされ得る法的枠組みが作られている。
「神への敵対(モハーレベ)」や「地上における腐敗」といった、極めて曖昧で神学的な解釈に依存する罪状も日常的に使われている。これらの罪状は、政治犯や平和的なデモ参加者を「合法的に」処刑するための便利な道具として機能しているのが現実だ。
革命裁判所という名の密室

これらの裁判の大部分は「革命裁判所(Revolutionary Courts)」で行われる。
この法廷がどれほど異常かというと、弁護士の立ち会いが認められない。証拠の開示もない。完全な密室裁判だ。
受刑者の多くは、逮捕直後から行われる激しい拷問によって強制された自白だけを「証拠」として有罪判決を受けている。自白するまで殴り続け、その自白をもって死刑を宣告する。これはもはや司法制度の体裁を装った、国家による組織的な殺人と言うしかない。
日本や海外の一部メディアを通じて報道されている通り、10代のレスリング国家代表選手など若きアスリートまでもが、拷問による強制自白の末に「警官殺害」の名目で絞首刑に処されるという痛ましい事態も起きている。若者の未来が無差別に奪われているんだ。
狙われる少数民族と社会的弱者
処刑の波は、イラン社会で周縁化されたグループに対して不均衡に大きな打撃を与えている。
クルド人、アラブ系、バルーチ人といった少数民族が優先的に死刑台に送られている。経済的基盤を持たない弱者も同様だ。
2025年の処刑者のうち少なくとも58人はアフガニスタン国籍の移民・難民だった。母国の紛争を逃れてイランにたどり着いた人々が、今度はイランの死刑台に送られる。この残酷な連鎖に言葉を失う。
女性に対する処刑も増加傾向にある。2024年には少なくとも31人の女性が処刑された。これは過去17年間で最多の記録だ。クルド人の女性政治活動家パフシャン・アジジやヴェリシェ・モラディのように、政治的活動を理由に不公正な裁判で死刑判決を受け、今も劣悪な死刑囚監房で処刑の恐怖に晒されている女性が多数存在する。
米国務省の報告等によれば、これらの判決は女性の社会参加や反体制運動を萎縮させるための明確なジェンダー的抑圧の一環として機能している。
| 指標 | 統計データ | 備考 |
|---|---|---|
| 2024年 死刑執行増加率 | 前年比32%増 | アムネスティ・インターナショナル報告 |
| 2024年 女性の処刑 | 31名 | 過去17年間で最多 |
| 2025年 1〜9月 処刑数 | 1,000名以上 | 過去30年で最悪。1日平均9人以上の時期も |
| 薬物犯罪での処刑 | 499名以上(2025年) | 国際法上の死刑適用基準を満たさず |
| アフガン人の処刑 | 58名以上(2025年) | 難民・移民への不均衡な適用 |
「恐怖で支配する」ということ

国家の本質を見抜く指標は「数字」だけじゃない。その国が自国民に銃を向けるかどうか――これこそが、体制の本質を最も鮮明に映し出す鏡だ。
イランの死刑制度は、犯罪抑止のためのものじゃない。国民全体に恐怖を植え付け、沈黙を強いるための「国家テロル」そのものだ。
次回の第2回では、2022年のマフサ・アミニ事件から始まった「女性・生命・自由」運動に対する無差別攻撃と、2026年にインターネット完全遮断下で行われた全国規模の大虐殺について詳しく解説する。

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