2025年11月、トランプ政権がウクライナに突きつけた「28項目和平案」が世界を震撼させた。
「ウクライナに平和を」という美しい言葉の裏に隠されていたのは、ビジネスマン大統領の真骨頂とも言える”投資回収”の論理だった。凍結されたロシア資産1000億ドルをウクライナ復興に投資し、その利益の50%を米国が受け取る——この条項を知ったとき、僕は思わず「なるほど、これがアメリカン・ファーストか」と唸ってしまった。
今回は、このトランプ和平案の「お金の話」を徹底解説する。日本の防衛費増額にも影響しかねないこの問題、ミリタリーファンとして知っておいて損はないはずだ。
トランプ和平案「28項目」の衝撃——ロシア語の直訳のようだと言われた内容

ウクライナと同盟国を「不意打ち」した和平案
2025年11月20日、トランプ政権はウクライナに対し、ロシアとの戦争終結に向けた28項目の和平案を突きつけた。
問題は、この和平案がウクライナや欧州の同盟国には事前に一切知らされていなかったことだ。米国とロシアの特使が水面下で数週間にわたって交渉し、当事者であるウクライナを完全に蚊帳の外に置いて作成されたものだった。
ポーランドのトゥスク首相が「この計画の作者が誰で、どこで作られたのかを確かめるのが良いだろう」と皮肉混じりにSNSに投稿したのも無理はない。
和平案の主要な内容
報道で明らかになった28項目の主なポイントは以下の通りだ。
- 東部ドンバス地域の事実上のロシアへの割譲
- ウクライナがNATO加盟を断念し、憲法に「非加盟」規定を明記
- ウクライナ軍の規模縮小
- 対ロシア制裁の段階的解除
- 米国がウクライナに安全保障の保証を提供(ただし条件付き)
- 復興費用の負担をEUに課す
一部の専門家は「文書の表現がロシア語の直訳のようだ」と指摘し、本当に米国の提案なのかという疑惑まで持ち上がった。
実際、ルビオ米国務長官でさえ当初、上院議員に対して「これはロシア側の提案であり、われわれの和平案ではない」と説明していたという。
「復興利益の50%を米国が受け取る」——ビジネスマン大統領の真骨頂

凍結資産1000億ドルの使い道
この和平案で最も衝撃的なのは、経済条項だ。
欧米諸国がロシアのウクライナ侵攻後に凍結した約3000億ドルものロシア中央銀行資産。この資産を原資にウクライナ復興に投資し、そこから生まれる利益の50%を米国が受け取るという仕組みが盛り込まれていた。
さらに、2025年2月には別の形でも「投資回収」の動きが表面化する。トランプ大統領はウクライナに対し、軍事支援の見返りとして5000億ドル分のレアアース(希土類)を要求した。ベッセント財務長官がウクライナを訪問した際に提示した協定案では、新設する共同投資ファンドを通じて、ウクライナの天然資源の50%の権益を米国に与えることが柱となっていた。
「公平ではないから」という論理
トランプ大統領は2025年2月の演説で、こう語っている。
「米国が負担した分の見返りとして、何かを与えてほしい。レアアースや石油など手に入るものは何でも要求している。公平ではないからだ」
外交問題評議会(CFR)によれば、ロシアのウクライナ侵攻開始(2022年2月)から2024年9月までの米国の軍事支援は約700億ドル(約10兆円)に達する。バイデン前政権下で議会が承認した支援総額は1750億ドルだ。
トランプの論理はシンプルだ。「米国は莫大な金を出した。だから見返りを要求する権利がある」というわけだ。
ウクライナの資源は「宝の山」——トランプが本当に狙っているもの

12兆ドルの埋蔵資源
なぜトランプはウクライナの資源にこれほど執着するのか。
ウクライナの重要資源埋蔵量は12兆ドル相当と推定されている。天然資源すべてを含めると26兆ドルとの見方もある。航空宇宙産業や国防産業で使用されるチタン、EVバッテリーに不可欠なリチウム、さらにはイットリウム、ランタン、セリウム、ネオジムなどのレアアースが豊富に眠っている。
特に重要なのは、これらの資源が現在、中国に大きく依存している点だ。中国は世界のレアアース採掘能力の70%、加工能力の90%を支配している。ウクライナの資源を確保すれば、米国は中国依存から脱却できる——トランプ政権にとって、これは対中戦略の一環でもある。
ゼレンスキー大統領自身、「ウクライナには米国が産業用に使うチタンの40年分を賄える埋蔵量がある」と語っている。
ただし資源の多くは戦場の近くにある
問題は、ウクライナの鉱物資源の約70%がロシアの実効支配地域やその周辺に集中していることだ。主要なリチウム埋蔵地のひとつは戦線からわずか16キロメートルの位置にある。
つまり、米国がウクライナの資源権益を確保したとしても、戦争が終わらなければ開発はできない。そして戦争を終わらせるためには、ロシアに一定の譲歩をしなければならない。
トランプの和平案が「ロシア寄り」と批判される理由のひとつがここにある。
日本への影響——「アメリカン・ファースト」外交の波紋

防衛費増額と米国製兵器の購入
ここで僕たち日本人として考えなければならないのは、このトランプの「投資回収」外交が日本にも向けられる可能性だ。
トランプ政権は同盟国に対して「応分の負担」を繰り返し求めてきた。日本の防衛費はGDP比2%を目指して増額が進んでいるが、その多くは米国製兵器の購入に充てられている。
F-35戦闘機、イージス・システム搭載艦、トマホーク巡航ミサイル——これらはすべて米国製だ。日本が「自国防衛を強化する」という名目で購入する兵器の代金は、結局のところ米国の軍需産業に流れていく。
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「安全保障のビジネス化」という問題
トランプのウクライナに対する姿勢を見ていると、安全保障そのものが「ビジネス」として扱われていることがわかる。軍事支援は無償の援助ではなく、将来の利益を見込んだ「投資」なのだ。
ウクライナの場合は資源権益という形で見返りを要求された。では、日本の場合は何を要求されるのか。
すでに在日米軍駐留経費の負担増は議論されている。さらに、日本が保有する米国債や、日本企業の技術力まで「取引材料」にされる日が来ないとは言い切れない。
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ウクライナは和平案を受け入れるのか——クリスマスまでの攻防
ゼレンスキーの苦悩
トランプ政権は当初、2025年11月27日の感謝祭までに和平案への回答を求めた。その後、クリスマスまでの合意を目指すとも報じられている。
ゼレンスキー大統領は「尊厳ある和平」を確立できるかが争点だと語っている。領土を割譲し、NATO加盟を断念するという条件は、ウクライナにとって事実上の降伏に等しい。
しかし、米国の武器支援なしでは戦争継続に大きな支障が生じる。ウクライナは選択を迫られている。
欧州の反発と修正交渉
日本や欧州、カナダの首脳は、この和平案に対して「追加の作業が必要」との認識を示した。28項目の和平案は、ジュネーブでの協議を経て19項目まで絞られたとも言われている。
イギリスのスターマー首相、フランスのマクロン大統領、ドイツのメルツ首相はウクライナ問題について協議を重ねている。トランプ政権との交渉で、どこまでウクライナ寄りに修正できるかが焦点だ。
歴史は繰り返すのか——大国間の取引に翻弄される小国
第二次世界大戦の教訓
歴史を振り返ると、大国間の取引によって小国が運命を翻弄されてきた例は数え切れない。
1938年のミュンヘン会談では、イギリスとフランスがナチス・ドイツに対してチェコスロバキアのズデーテン地方を割譲することに同意した。「平和のため」という名目で行われた譲歩が、かえって第二次世界大戦への道を開いたことは周知の通りだ。
今回のトランプ和平案も、ロシアに対する「宥和」と批判される可能性がある。領土の割譲を認めれば、「侵略は成功する」という誤ったメッセージを世界に送ることになりかねない。
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台湾有事への影響
このウクライナ情勢は、東アジアの安全保障にも直結する。
もし米国がウクライナを「見捨てる」形で戦争を終結させた場合、中国は台湾に対してより強硬な姿勢を取る可能性がある。「米国の安全保障の保証など当てにならない」という認識が広まれば、台湾海峡の緊張は一気に高まるだろう。
日本にとって、これは対岸の火事ではない。
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まとめ——ビジネスとしての外交を直視せよ
トランプのウクライナ和平案は、外交の本質を露骨に示している。
「平和」という美しい言葉の裏には、常に利害関係がある。凍結資産の活用、資源権益の獲得、復興利益の分配——これらはすべて「誰が得をするのか」という問いに帰結する。
トランプ大統領は、この点で一切の隠し立てをしない。「見返りを要求する」と公言してはばからない。ある意味、正直な姿勢とも言える。
だが、その「正直さ」が同盟国にも向けられたとき、日本はどう対応するのか。
僕たちミリタリーファンは、兵器のスペックや戦史だけでなく、こうした地政学的なリアリティにも目を向ける必要がある。戦争と平和は、いつも「お金」と「利権」と共にあるからだ。

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