ペネロペと聞いて思い浮かぶのは、たぶん「夫の帰りを20年待ち続けた貞淑な妻」だろう。西洋では何千年も良妻の代名詞で、絵に描かれるときはたいてい機織りの前でうつむいている。
正直に言うと、私は長いことこの人に興味がなかった。『オデュッセイア』は怪物と航海の話で、ペネロペは待っているだけの人。そう思って読み飛ばしていた。考えが変わったのは、彼女の置かれた状況を軍事の目で整理し直したときだ。
夫は生死不明。成人男子の戦力は20年前にまとめて出征し、誰一人帰ってこない。息子は実戦経験のない若者で、義父は田舎に引きこもっている。その王宮に武装した若い貴族が100人以上入り込み、毎日家畜を潰して宴会をしながら「誰かと再婚しろ」と迫ってくる。追い出す兵力はない。断れば何をされるか分からない。受ければ息子の命が危うい。
この詰んだ盤面を、彼女は少なくとも3年以上もたせた。剣も兵もなく、使えたのは時間と言葉と機織り機だけである。これは「待った」のではない。「守った」のだ。この記事ではペネロペを、帰りを待つ妻としてではなく、援軍の見込みが立たない籠城戦の指揮官として読んでいく。
夫の側の話はオデュッセウスの人物像を解説した記事にまとめてあるので、対にして読んでもらえるとうれしい。
ペネロペの基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | ペネロペ(原語に近い形はペネロペイア、英語読みはペネロピ) |
| 父 | イカリオス(スパルタ王テュンダレオスの兄弟) |
| 夫 | オデュッセウス(イタケ王) |
| 子 | テレマコス |
| 親族 | ヘレネ、クリュタイムネストラはいとこに当たる |
| 決まり文句 | 「思慮深いペネロペ」 |
| 主な登場 | 『オデュッセイア』第1・2・4歌、第16〜24歌 |
| 映画版の演者 | アン・ハサウェイ(吹替:坂本真綾) |
ホメロスは主要人物に決まった形容をつける。オデュッセウスは「知略に富む」、アキレウスは「足の速い」。ペネロペにつくのは「思慮深い」で、美しいでも貞淑なでもない。詩人が彼女の何を見ていたかは、この一語にもう出ている。
名前の由来には二説ある。ひとつは鴨の一種を指す古い言葉から来たというもので、幼い頃に海へ投げ込まれ、鴨に助けられたという後代の伝説がこれに結びついている。もうひとつは、機織りの横糸を意味する語に由来するという説。後者なら名前そのものが機織りの計略を予告していることになるが、話がうますぎるので、私は半分だけ信じることにしている。
スパルタの王女は、なぜ小さな島に嫁いだのか

ペネロペの父イカリオスは、スパルタ王テュンダレオスの兄弟である。つまり彼女は、トロイア戦争の原因になったヘレネと、夫アガメムノンを殺すことになるクリュタイムネストラのいとこだ。一族の女性三人が、連れ去られる妻、夫を殺す妻、夫を待つ妻と、きれいに別々の道をたどる。このあたりの人間関係はトロイア戦争の登場人物一覧で整理した。
結婚のいきさつには二つの伝承がある。ひとつは、ヘレネの求婚者が殺到して収拾がつかなくなったとき、オデュッセウスがテュンダレオスに「全員に誓いを立てさせろ」と入れ知恵し、その見返りに姪のペネロペとの縁談を取り持ってもらったという話。もうひとつは、イカリオスが求婚者たちに徒競走をさせ、オデュッセウスが勝ったという話だ。前者なら頭で、後者なら足で勝ち取ったことになる。どちらもあの男らしい。
後の時代の旅行家パウサニアスは、こんな話も書き残している。娘を手放したくないイカリオスは、オデュッセウスにスパルタで暮らすよう頼み、断られると、出発する馬車を追いかけて娘に残ってくれとすがった。オデュッセウスは彼女に、自分で選べと言う。ペネロペは何も答えず、黙ってヴェールを下ろして顔を覆った。それが返事だった。
大国スパルタの王族が、船12隻ぶんの兵しか出せない小島の王に嫁ぐ。この時点で彼女は、自分の意思で動く人として語られている。
求婚者とは何者だったのか
108人の内訳
求婚者の数は、第16歌でテレマコスが父に報告している。ドゥリキオン島から52人、サメ島から24人、ザキュントス島から20人、地元イタケから12人。合わせて108人で、これに従者や給仕がつく。近隣の島々の有力な家の若者が、ほぼ総出で押しかけている格好だ。
| 人物 | 立場 | 特徴 |
|---|---|---|
| アンティノオス | 求婚者の筆頭格 | もっとも傲慢で暴力的。テレマコス暗殺を主導する |
| エウリュマコス | もう一人の指導者 | 口がうまく、表では穏やか、裏で悪事を進める |
| アンピノモス | ドゥリキオン出身 | 分別があり、暗殺に反対する。ペネロペも彼の話しぶりは好んだ |
| クテシッポス | サメ出身 | 変装したオデュッセウスに牛の足を投げつける |
| メラントとメランティオス | 侍女と山羊飼い | 求婚者側に寝返った使用人のきょうだい |
彼らは単に美しい未亡人が欲しいわけではない。ペネロペと結婚することは、オデュッセウスの家産と、おそらくは王位への足がかりを手に入れることを意味した。だから誰も引かない。
なぜ居座れたのか
古代ギリシャには、客人は手厚くもてなすべしという強い慣習があった。客を粗末に扱うのはゼウスへの冒涜とされる。求婚者たちはこの慣習を逆手に取った。自分たちは求婚に来た客であり、返事をもらうまでは帰らない。その間の飲み食いは当然、主人の家の負担だ、という理屈である。
毎日、牛や羊や豚が潰され、酒蔵が空になっていく。投資をやっている身からすると、この状況はじわじわ効く。収入を生む当主が不在のまま、資産だけが毎日取り崩されていくのだ。求婚者は剣を抜かなくても、居座るだけでこの家を潰せる。ペネロペが戦っていた相手は、暴力である以前に時間だった。
なぜ追い出せなかったのか
ここが肝心なところだ。イタケには戦える男がいなかった。
20年前、オデュッセウスは島の兵を船に乗せてトロイアへ向かい、そのまま誰も帰ってきていない。働き盛りの世代が丸ごと消えた島である。第2歌でテレマコスが民会を招集したとき、長老の一人が「オデュッセウスが発ってから、集会が開かれるのはこれが初めてだ」と言う。20年間、島の政治は止まっていたわけだ。
姑のアンティクレイアは息子を待ちわびて亡くなり、舅のラエルテスは失意のうちに田舎の農園へ引っ込んだ。実家のスパルタは海の向こう。息子のテレマコスは、父が出征したとき赤ん坊だったから、ようやく大人になりかけたところで、兵を率いた経験はない。
しかも求婚者たちは、成長してきたテレマコスを邪魔に思いはじめ、彼が父の消息を求めて旅に出た帰りを船で待ち伏せして殺そうとする。ペネロペが下手に動けば、真っ先に危なくなるのは息子だった。
兵力なし、同盟なし、補給は敵に食われる一方。この条件で城を明け渡さずにいるには、決戦を避けて時間を稼ぐしかない。彼女がやったのは、まさにそれだった。
息子テレマコスとのすれ違い
味方のはずの息子との関係も、決して楽ではなかった。第1歌、広間で吟遊詩人がトロイアからの帰還の歌をうたうのを聞いて、ペネロペはつらいからやめてくれと頼む。するとテレマコスは母をさえぎり、部屋へ戻って機織りでもしていてほしい、話をするのは男の仕事で、この家の主は自分だと言い放つ。ペネロペは驚きつつ、黙って二階へ上がる。
父を知らずに育った若者が、初めて家長らしく振る舞おうとして母にきつく当たる。読んでいて少し胸が痛い場面だ。その後テレマコスは、母に何も告げずに父の消息を求めて船出してしまう。ペネロペがそれを知るのは数日後、しかも求婚者たちが息子の帰りを待ち伏せて殺す気だという知らせと同時だった。夫に続いて息子まで海に奪われるかもしれないと知った彼女は、敷居に崩れ落ちて泣く。
守るべき相手が、自分の知らないところで危険に飛び込んでいく。籠城の指揮官にとってこれほど胃の痛いことはない。それでも息子が無事に戻ると、彼女は以前より言葉を選んで彼に接するようになる。映画版でトム・ホランドが演じるテレマコスを観るときは、この母子の距離感にも注目してほしい。
ペネロペの三つの防衛策

第一の策:機織りで3年を稼ぐ
もっとも有名な計略である。ペネロペは求婚者たちにこう告げた。再婚はする、ただし舅ラエルテスのための棺衣を織り上げてからだ、老いた英雄を布もかけずに葬れば、島の女たちに何を言われるか分からない、と。
筋の通った、断りにくい理由だった。求婚者たちは承知する。彼女は昼のあいだ大きな機に向かって織り、夜になると松明の明かりでそれをほどいた。これで3年。4年目に、求婚者と通じていた侍女の密告で露見し、無理やり織り上げさせられる。
この話は作中で三度、語り手を変えて繰り返される。しかも語るのは主に求婚者の側で、騙された恨み言として出てくるのが面白い。アンティノオスは民会でこの件を持ち出し、悪いのは我々ではなくあの女の悪知恵だと言い立てる。敵からこれだけ文句を言われるというのは、遅滞戦術として成功した証拠である。
注目したいのは口実の選び方だ。嫌だとは言わない。応じる姿勢は見せつつ、誰も反対できない敬虔な理由で期限を先送りする。正面から断れば力ずくで来る相手に、断らずに待たせる。夫が木馬でやった欺瞞を、彼女は機織り機でやっていた。
第二の策:敵から贈り物を引き出す
第18歌に、見落とされがちな場面がある。ペネロペは珍しく求婚者たちの前に姿を見せ、こう言う。夫は出征するとき、息子に髭が生えたら再婚してよいと言い残した。その時が来てしまった。それにしても、あなたがたの求婚の仕方はおかしい。まともな求婚者なら、相手の家の財産を食い潰すのではなく、自分から贈り物を持ってくるものだ。
求婚者たちは面目にかけて、競って豪華な衣や首飾りを取り寄せる。広間の隅で乞食に化けて聞いていたオデュッセウスは、妻が連中の心を言葉でたぶらかして贈り物を巻き上げているのを見て、内心喜んだ、とホメロスは書いている。
食い潰された家産を、食い潰している当人たちから回収する。ここでのペネロペは完全に攻めに出ている。夫の帰還を知らないはずの時点でこれをやっているのだから、たいした度胸だ。
第三の策:弓の競技で決着の場をつくる
最後の一手が弓の競技である。ペネロペは蔵から夫の大弓を出してきて宣言する。この弓に弦を張り、並べた12本の斧の穴を射通した者に嫁ぐ、と。
この弓は並の力では弦を張ることすらできない。求婚者たちは次々に挑んで失敗し、弓を火であぶって脂を塗ってもまだ張れない。そこへ乞食が、自分にも試させてくれと言い出す。
結果はよく知られているので繰り返さないが、競技の段取りを見ると気づくことがある。この競技は、求婚者全員を武器のない状態で一つの広間に集め、そこへ強力な飛び道具を一張りだけ持ち込む仕掛けになっている。広間の壁にかかっていた槍や盾は、前の晩にオデュッセウスとテレマコスが片づけてしまっていた。そして競技をやると決め、日取りを翌日と定めたのはペネロペである。
偶然にしては出来すぎている、と考える研究者は少なくない。
彼女は乞食の正体に気づいていたのか

『オデュッセイア』最大の読みどころの一つが、第19歌の夜の対話だ。ペネロペは乞食に化けた夫と、炉端で二人きりで長く話し込む。
彼女は乞食に、夫を見たというなら着ていたものを言ってみろと問う。乞食は、紫の外套と、猟犬が小鹿を押さえつける意匠の金のブローチを正確に描写する。それは出征の日に彼女自身が夫に持たせたものだった。ペネロペは泣く。
続いて彼女は夢の話をする。飼っている20羽の鵞鳥を、山から来た鷲がすべて殺してしまった。鷲は人の声で、自分はお前の夫で、鵞鳥は求婚者だと告げた。この夢をどう解くか、と乞食に尋ねるのだ。夢の中ですでに答えが出ているのに、わざわざ聞く。そして、夢には偽りを運ぶ象牙の門と真実を運ぶ角の門があり、自分の夢は象牙の方だろうと首を振ったあと、唐突に切り出す。明日、弓の競技をやる、と。
素直に読めば、ペネロペは何も知らず、絶望のあまり再婚を決めたことになる。原文はそう読めるように書かれている。ただ、20年こらえた人が、夫は近くまで来ているという証言を聞いた当夜に降伏を決めるのは不自然だ、という指摘は昔からある。気づいていたが口にはしなかった、あるいは確信まではなくとも何かを感じて賭けに出た、という読み方が20世紀半ばから有力になった。
私は後者に一票を入れたい。屋敷は敵だらけで、侍女の中に内通者がいることを彼女は機織りの件で思い知っている。たとえ気づいても、声に出した瞬間にすべてが終わる。だから夢の話という、誰に聞かれても言い逃れのできる形で「鷲は来ているのか」と尋ね、競技という形で武器を渡す算段をつけた。そう読むと、この炉端の会話は、夫婦が互いに正体を明かさないまま行った作戦会議に見えてくる。
もちろん確証はない。ホメロスは答えを書かなかった。書かなかったからこそ、3000年近く読者が議論を続けている。
寝台の試し:最後に試されたのは夫のほうだった

求婚者が倒されたあと、老いた乳母エウリュクレイアが二階へ駆け上がり、ご主人が帰ったと告げる。ペネロペは信じない。広間に降りてきても、血を洗い流して座っている男の向かいに腰を下ろし、黙って見ているだけだ。テレマコスがしびれを切らして、母上の心は石より硬いと責める。
ここで彼女は最後の一手を打つ。乳母に向かって、この方のために寝台を寝室の外に出して整えておあげ、と言うのである。
オデュッセウスが初めて本気で怒る。誰が私の寝台を動かしたのか。あれは動かせるはずがない。中庭に生えていたオリーブの木を生きたまま柱にして、そのまわりに寝室を建て、私がこの手で寝台に仕立てたのだ。それを知っているのは私とお前と、侍女一人だけのはずだ。
膝から力が抜けたのはペネロペのほうだった。彼女は泣いて夫に駆け寄り、怒らないでほしい、誰かが夫を騙って現れるのがずっと怖かったのだと言う。
ギリシャ一の策士、トロイアを木馬で落とした男が、最後の最後に妻の仕掛けた罠にきれいに引っかかった。20年ぶんの変装と嘘を重ねてきた男から、計算のない本音を一言引き出す。この夫婦が似た者同士だということを、これほど鮮やかに見せる場面はない。
この直後にホメロスが置いた比喩が、また憎い。難破して泳ぎ続けた船乗りが、やっと陸に足をつけたときのように嬉しかった、と詩人は歌う。ただしこれは夫ではなく、夫を抱きしめるペネロペの気持ちの描写なのだ。海を漂流していたのはオデュッセウスだったはずなのに、詩人は漂流者の比喩を妻に与えた。20年間、彼女もまた陸の見えない海を泳いでいた、ということだろう。
物語の影:12人の侍女
後味のよくない話も書いておく。求婚者を倒したあと、オデュッセウスは屋敷の侍女50人のうち、求婚者と通じていた12人を選び出させ、広間の遺体を片づけさせたうえで、テレマコスに処刑させる。
機織りの秘密を漏らしたのも、こうした侍女の一人だった。籠城側から見れば内通者の粛清である。けれども彼女たちは奴隷の身分で、屋敷を占拠した男たちを拒める立場にあったのかどうか、詩は何も語らない。ペネロペの知恵と忍耐を称えるこの物語は、同じ屋根の下にいたもっと弱い女たちの犠牲の上に終わる。現代の読者がこの場面で立ち止まるのは、まっとうな感覚だと思う。
もう一人の妻との対比:クリュタイムネストラ
『オデュッセイア』は、ペネロペの隣にいつも一人の女性の影を置いている。いとこのクリュタイムネストラだ。総大将アガメムノンの妻で、夫の留守中に愛人をつくり、凱旋した夫をその日のうちに殺した。
冥界でアガメムノンの亡霊はオデュッセウスに忠告する。妻といえども心を許すな、故郷にはこっそり上陸しろ。もっとも、お前の妻は賢いから大丈夫だろうが、と付け加えるのを忘れない。オデュッセウスが変装して帰ってきたのは、この忠告を守ったからでもある。
最終歌で、殺された求婚者たちの魂が冥界に降りてきて事の次第を語ると、アガメムノンはもう一度口を開く。オデュッセウスは幸せな男だ、ペネロペの名声は決して滅びず、神々が彼女のために歌を作るだろう。それに引きかえ、自分の妻は女という女に汚名を着せた、と。
同じ一族に生まれ、同じ戦争に夫を送り出した二人が、帰還の日に正反対の結末を用意した。ホメロスがこの対比を全編に何度も挟むのは、オデュッセウスの帰還がどれほど際どい賭けだったかを聞き手に忘れさせないためだろう。
その後のペネロペと、貞女像を崩す異伝

『オデュッセイア』は夫婦の再会と、求婚者の遺族との和解で終わる。しかし古代には続きの物語があった。
失われた叙事詩『テレゴニア』のあらすじが伝わっている。オデュッセウスは後年、キルケとの間に生まれた息子テレゴノスに、互いに親子と知らないまま殺されてしまう。テレゴノスは父の遺体とペネロペ、テレマコスを連れてキルケの島へ戻り、キルケは彼らを不死にする。そしてテレゴノスはペネロペと、テレマコスはキルケと結ばれる。現代の感覚では目が回るような結末だが、古代の聞き手にとっては登場人物全員の行き先を片づける大団円だったらしい。
もっと穏やかでない伝承もある。歴史家ヘロドトスは、牧神パーンをペネロペとヘルメスの子とする説に触れており、後の注釈家の中には、彼女が求婚者たちと関係を持ってパーンを産んだと書く者もいる。パウサニアスによれば、アルカディアのマンティネイアには、彼女は求婚者を引き入れたかどで夫に追放され、この地で死んだのだという言い伝えがあり、墓まで示されていた。
完璧な貞女の像ができあがると、それをひっくり返したくなる人が必ず出てくる。古代ギリシャ人もその点は現代人と変わらなかったようだ。ホメロスの描くペネロペとは別人と考えたほうがいいが、彼女が単純な美談の主人公として受け取られてきたわけではないことは知っておいていい。
待つ人の物語として読む
ここから少しだけ、私の個人的な読み方を書く。
ペネロペの苦しさの核心は、夫が死んだのか生きているのか分からないことにある。戦死の知らせが届けば、悲しんで、葬って、次へ進める。生きていると分かれば待てる。どちらでもないまま20年というのが、いちばんきつい。
日本にも同じ時間を生きた人たちがいた。戦後、引揚船が入るたびに舞鶴の桟橋に立ち、帰らない息子を探し続けた母親たちである。その歴史は舞鶴の引揚と「岸壁の母」を扱った記事に書いた。グアムの密林から横井庄一が帰ってきたのは、出征から数えればオデュッセウスの20年より長い歳月のあとだった。帰ってくる者の物語の裏には、必ず待っていた者の物語がある。
いまの話でいえば、長期の航海や海外派遣に出る隊員の家族も、形は違っても留守を預かっている。自衛官の妻のリアルをまとめた記事で書いたような暮らしは、言ってみれば現代のペネロペの仕事だ。大げさに聞こえるかもしれないが、家を回し、子を育て、帰る場所を維持しておくことは、前線と同じだけの仕事だと私は思っている。
『オデュッセイア』が帰還兵の物語として読まれるなら、その半分は留守家族の物語である。ホメロスはそれを分かっていたから、全24歌のうち後半の大部分をイタケの屋敷の中に割いたのだろう。
映画『オデュッセイア』のペネロペ
公開中のノーラン版では、アン・ハサウェイがペネロペを演じている。日本語吹替は坂本真綾。公式サイトの人物紹介は、出征から20年帰らない夫を待ち続ける妻、というものだ。
ハサウェイは公式コメントで、この役が非常に複雑で多面的な女性として描かれていたことに感銘を受けたと語っている。待つだけの人としては描かれていない、という意味に受け取っていいだろう。
求婚者の筆頭アンティノオスはロバート・パティンソン。本人のコメントによれば、自分の望みに忠実でペネロペを深く愛する現実主義者、悪役ではあるが悪人ではない人物だという。原作のアンティノオスは擁護の余地がほとんどない男なので、ここは映画独自の厚みがつけられている。
公式のあらすじには、オデュッセウスが妻から贈られたブローチを握りしめて再び海へ出る、という一節がある。原作の第19歌で、乞食が語り、ペネロペが自分の贈ったものだと認めて泣く、あの金のブローチを踏まえた小道具だと思われる。原作を知っていると、画面に映った瞬間にぐっとくるはずだ。映画と原作の違い全般は18の変更点を整理した記事にまとめている。
ペネロペの物語をもっと味わうには

原典で読むなら、岩波文庫の松平千秋訳『オデュッセイア』の下巻がまるごとイタケ編に当たる。怪物は出てこないが、変装した夫と気づかないふりをしているかもしれない妻の探り合いは、下手なスパイ小説より緊張感がある。第19歌と第23歌だけ先に読むのもいい。
現代の作品では、マーガレット・アトウッドの小説『ペネロピアド』が、冥界のペネロペ自身と処刑された12人の侍女を語り手にして、この物語を裏側から語り直している。この記事で触れた「影」の部分が気になった人には特に勧めたい。
叙事詩はもともと耳で聞くものだった。ギリシャ神話や古典の入門書を音声で流しておくと、長い人名も案外すんなり入ってくる。
映像で古代ギリシャものを見比べるのも楽しい。配信の有無は入れ替わるので、観る前に各サービスで確認してほしい。
舞台のイタケは、現在のギリシャ西岸、イオニア海に浮かぶイタキ島に当たるというのが伝統的な見方だ。隣のケファロニア島こそ本物だという説もあって決着はついていないが、どちらも夏のイオニア海の島で、行って損をする場所ではない。航海全体の比定地はオデュッセウスの航海ルートの記事を見てほしい。
よくある質問
ペネロペは何年待ったのか
トロイア戦争が10年、その後の放浪が10年で、合わせて20年である。求婚者が屋敷に居座ったのは、そのうち最後の3年から4年ほどとされる。
求婚者は何人いたのか
原作の第16歌によれば108人。ドゥリキオン、サメ、ザキュントス、イタケの四つの島から集まった貴族の若者で、これに従者がつく。
ペネロペは夫の変装に気づいていたのか
原作に明確な答えはない。素直に読めば気づいていないが、夢の話を持ち出し、その場で弓の競技を決める流れから、うすうす察していたと読む研究者も多い。
なぜ再婚を断りきれなかったのか
追い出すだけの兵力が島になく、息子の命が狙われていたからだ。加えて、客人を無下に追い返せないという当時の慣習を、求婚者たちが悪用していた。
ペネロペとヘレネはどういう関係か
父親同士が兄弟なので、いとこに当たる。アガメムノンの妻クリュタイムネストラも同じくいとこである。
オデュッセウスの死後はどうなったのか
『オデュッセイア』は再会と求婚者の遺族との和解で終わる。失われた続編『テレゴニア』では、キルケの息子テレゴノスと結ばれ、不死を与えられたと伝わる。
彼女が守ったもの
オデュッセウスは10年かけて怪物だらけの海を渡り、故郷に帰り着いた。けれども、帰り着く「故郷」がそこに残っていたのは、誰かがそれを守っていたからだ。
屋敷が求婚者の誰かのものになっていたら。息子が殺されていたら。寝台が動かされていたら。あの旅は帰還にならず、ただの漂着で終わっていた。ペネロペが機を織ってはほどいて稼いだ3年がなければ、オデュッセウスの10年には行き先がなかったことになる。
前線で名を上げる者がいて、後ろでそれを成り立たせる者がいる。戦史を読んでいると、勝敗を決めているのは案外、後者のほうだと思わされることが多い。私がいまペネロペを『オデュッセイア』のもう一人の主人公だと考えているのは、そういう理由からである。
シリーズの全体はオデュッセイア特集のページから辿れる。神々と怪物の側を整理した神々・怪物一覧も合わせてどうぞ。
あわせて読みたい
出典・参考
- ホメロス『オデュッセイア』上・下(松平千秋訳、岩波文庫)
- アポロドーロス『ギリシア神話』(高津春繁訳、岩波文庫)
- パウサニアス『ギリシア案内記』第3巻・第8巻
- ヘロドトス『歴史』第2巻
- プロクロスによる『テレゴニア』梗概
- マーガレット・アトウッド『ペネロピアド』(鴻巣友季子訳、角川書店)
- 映画『オデュッセイア』日本公式サイト(キャスト・ストーリー、2026年9月閲覧)
原典・公式資料
- HOMER, ODYSSEY BOOK 2 – Theoi Classical Texts Library
- HOMER, ODYSSEY BOOK 23 – Theoi Classical Texts Library
- HOMER, ODYSSEY BOOK 24 – Theoi Classical Texts Library
- 映画『オデュッセイア』公式|9月11日(金)日本公開
長い記事に最後まで付き合ってくれて感謝する。織ってはほどく作業に比べれば、書いては消すブログ書きなど楽なものだ。







コメント