ほんの数年前まで、防衛産業は「入るところ」ではなく「出ていくところ」だった。
儲からない、仕事が増えない、若手が来ない。コマツが装甲車をやめ、住友重機械が機関銃をやめ、下請けの町工場は跡継ぎがいなくて静かに店を畳んでいった。転職サイトで「防衛」と検索しても、ろくに求人が出てこない時代が長かった。
それが、いまは逆になった。仕事はあるのに人が足りない。大手は防衛専用の採用サイトまで作って経験者を探している。
この記事では、防衛産業に転職したい人に向けて、職種ごとの入口、必要なスキル、この業界ならではの注意点を整理する。私は軍事ブロガーであって転職エージェントではないので、きれいごとは抜きにして、厳しいところは厳しいと書く。
結論|入口は4つある
防衛産業への入り方は、大きく分けて4つだ。
多くの人が思い浮かべるのは1番目だろう。ただ、現実にいちばん門が広いのは2番目である。戦闘機1機に関わる会社は1,000社を超えると言われる。看板の大きな会社の後ろに、その何十倍もの数の会社がある。まずこの構造を頭に入れておいてほしい。全体像は日本の防衛ビジネス超入門で書いた。
なぜいま、人を採っているのか
理由は単純で、仕事が一気に増えたからだ。
2023年度から防衛費が大きく増え、長射程ミサイル、次期戦闘機、新型護衛艦と、大型の案件が同時に動き出した。報道によれば、三菱重工は6,000〜7,000人いる防衛部門の人員を2〜3割増やす方針を示し、IHIも次期戦闘機のエンジン開発に向けて増員と中途採用を打ち出した。三菱重工には防衛・航空機分野のキャリア採用ページがあり、三菱電機は防衛・宇宙システム事業に限った経験者採用の特設サイトまで持っている。
令和9年度の概算要求では、AIと無人機が重視項目の先頭に置かれた。人が要る分野は、機械や電気だけでなく、ソフトウェアの側へ広がっている。
面白い話を1つ。三菱重工が開発をやめた国産旅客機、スペースジェットの技術者の多くは、いま次期戦闘機の開発に移っているという。敗戦直後は逆だった。飛行機を作ることを禁じられた航空技術者たちが、鉄道や自動車に散っていった。海軍で爆撃機の銀河を設計した三木忠直が、のちに新幹線の開発に関わったのは有名な話だ。80年たって、今度は民間機の技術者が防衛へ流れ込んでいる。技術者は、仕事のあるところへ動く。
職種別の入口
機械系|いちばん求人が多い

機械設計、構造解析、生産技術、品質保証、試験・評価。防衛装備は結局のところ「モノ」なので、機械系の求人がもっとも多い。
求められるのは、3D CADでの設計経験、強度や振動の解析、図面を読んで書ける力、量産の立ち上げ経験など。自動車、建設機械、産業機械、プラントからの転職は相性がいい。特に自動車業界の人は、品質管理の考え方と量産の経験がそのまま生きる。
注意点は、防衛装備は作る数が少ないことだ。年に数十万台を作る世界から、年に数機、数両の世界へ移る。コストの詰め方も、不具合への向き合い方も変わる。ここを面白いと思えるかどうかが分かれ目になる。
電気・電子系|レーダーからハーネスまで

回路設計、高周波(RF)、アンテナ、電源、組込みソフト、電装設計。レーダー、通信機、ミサイルの誘導装置といった電機メーカーの領域だけでなく、重工メーカーの機体や艦艇の電装にも仕事がある。
家電、通信機器、車載機器、半導体装置からの転職が多い分野だ。高周波や電磁環境(EMC)を扱える人はどこでも不足している。分野ごとの会社はレーダー・電子戦企業一覧で整理している。
機械系・電気系の仕事の中身をもっと詳しく知りたい人は、防衛産業の技術職の記事を読んでほしい。
ソフトウェア・IT系|これからの主戦場

指揮統制システム、組込みソフト、クラウド基盤、サイバーセキュリティ、AI、データ分析。いまいちばん人が足りず、今後さらに足りなくなる分野である。
民間のITと違うのは、閉じたネットワークで動かすこと、止まることが許されないこと、機密の扱いが厳しいことだ。最新のサービスを自由に使える環境ではない。その代わり、自分の書いたコードが国の守りに直結する。詳しくはITエンジニアと防衛産業の記事にまとめた。新興企業に興味がある人は防衛スタートアップ一覧もどうぞ。
事務系(文系)|実は重要で、意外と穴場
防衛産業は理系だけの世界ではない。文系の仕事は多く、しかも専門性が高い。
- 調達・購買:数百社のサプライヤーから部品を集める
- 契約・原価管理:防衛省との契約実務。原価計算にもとづく独特のルールがある
- 事業管理:何年にもわたる案件の予算・日程・リスクを管理する
- 輸出管理・法務:装備品の輸出入には厳しい規制がかかる
- 海外営業・渉外:装備移転の拡大で急に需要が増えた
- 経理、人事、総務
このうち契約・原価管理と輸出管理は、経験者がとにかく少ない。メーカーで原価計算をやってきた人、商社やメーカーで安全保障貿易管理をやってきた人は、防衛の経験がなくても歓迎される可能性が高い。装備移転の制度が大きく変わったことで、海外との契約や交渉ができる人の価値も上がっている。背景は防衛装備移転三原則の記事を参照してほしい。輸入装備を扱う商社という道もあり、これは防衛関連商社一覧で紹介している。
製造・技能職|溶接、機械加工、組立、検査
設計だけが仕事ではない。潜水艦の船殻を溶接する人、エンジン部品を削る人、機体を組み立てる人、完成品を検査する人がいなければ、装備は1つもできあがらない。熟練工の高齢化が進んでいて、どの工場も若い人を欲しがっている。
溶接や機械加工の資格と経験がある人は、大手の工場でもサプライヤーでも口がある。勤務地は工場のある街に限られるが、腕一本で食っていける世界だ。
未経験から入るには
ここは正直に書く。
製造業の経験がまったくない人が、いきなり大手の設計職に中途で入るのは、かなり厳しい。キャリア採用は即戦力を採るためのものだからだ。
それでも道はある。
- 製造・技能職や検査の仕事で入り、現場から積み上げる
- サプライヤーや協力会社に入り、防衛の仕事の経験を作ってから大手へ移る
- 事務系の職種で、前職の経験(経理、購買、法務、営業、英語)を武器に入る
- 第二新卒として、ポテンシャル採用の枠を狙う
- 元自衛官として、装備を使ってきた経験を売る
5番目について補足すると、メーカーにとって「実際に使っていた人」の声は貴重で、技術営業、教育訓練、整備支援、試験評価などで元自衛官が活躍している。退職後の進路全般は元自衛官の転職の記事に書いた。
職種を問わず求められるもの
| スキル・資質 | なぜ必要か |
|---|---|
| 英語の読み書き | 仕様書、規格、海外企業とのやり取り。F-35は米国、次期戦闘機は英伊、護衛艦は豪州が相手 |
| 文書を正確に書く力 | 防衛の仕事は文書で動く。仕様書、報告書、議事録の精度が問われる |
| 規格とルールを守る姿勢 | 独自の規格や品質管理の制度がある。自己流は通用しない |
| 口の堅さ | 仕事の話を外でしない。家族にも、SNSにも |
| 長い時間軸に耐える気質 | 開発に10年、運用に30年。すぐに成果が見える仕事ではない |
英語は、入ってから苦労したという話を本当によく聞く。会話の流暢さより、技術文書を正確に読めて、メールで用件を伝えられることが先だ。転職活動と並行して始めておくといい。
防衛ならではの関門|機密と適性評価
この業界に特有の話もしておく。
防衛の仕事では、国の秘密に触れることがある。特定秘密保護法にもとづく特定秘密や、防衛省との契約で指定される秘密などだ。こうした情報を扱う人は、事前に「適性評価」を受ける。民間企業の社員も対象になる。
2025年5月16日には、経済安全保障の分野にもこの仕組みを広げる重要経済安保情報保護活用法が施行された。いわゆるセキュリティ・クリアランス制度である。調べられる項目は法律で決まっていて、おおむね次の7つだ。
- 重要なインフラや供給網を害する活動(スパイ行為など)との関係
- 犯罪歴、懲戒歴
- 情報の取扱いに関する違反歴
- 薬物の乱用
- 精神疾患
- 飲酒の節度
- 借金などの経済状況
身構える必要はない。まず、評価は本人の同意がなければ行われない。同意しない理由も問われない。次に、対象になるのは秘密を扱う業務に就く人だけで、防衛産業で働く全員が受けるわけではない。政府の報告によれば、新しい制度で2025年中に行われた適性評価は18件で、民間企業の従業員はゼロだった。制度はまだ動き出したばかりである。
とはいえ、転職を考える側として知っておいたほうがいいことはある。多額の借金、SNSでの軽率な発言、経歴の食い違い。こうしたものは、秘密を扱う部署への配属で不利に働きうる。求人によっては応募の条件が付くこともあるので、募集要項はよく読むこと。後ろめたいことがなければ、何も怖くない制度だ。
軍事が好きなことは、有利になるか
このブログの読者なら気になるところだと思う。私の答えは、「少しだけ有利、やり方を間違えると不利」である。
装備や安全保障に関心があることは、志望動機の裏付けになる。長く勤める理由があると伝わるからだ。面接官も人間なので、自社の製品を好きだと言われて悪い気はしない。
ただし、面接で知識を披露しはじめると、たいてい失敗する。会社が知りたいのは、あなたがどれだけ兵器に詳しいかではなく、何ができる人なのかだ。それに、ネットで仕入れた情報を得意げに語る人は、「この人は口が軽いのではないか」と思われかねない。この業界で口の軽さは致命傷になる。
好きな気持ちは、志望動機の最後に一言添えるくらいでいい。あとは淡々と、自分の技術と経験の話をする。それがいちばん効く。
面接の前に業界の全体像を押さえておきたい人には、この1冊が手頃だ。
会社の探し方
求人サイトで「防衛」と検索するだけでは、ほとんど見つからない。防衛の仕事をしている会社の多くは、求人票にそう書いていないからだ。探し方にはコツがある。
- 大手は公式のキャリア採用ページを直接見る。事業部別に求人が出ている
- 防衛装備庁が公表している契約実績で、どの会社が何を受注しているかを調べる
- 上場企業なら有価証券報告書や決算説明資料で「防衛」「官公庁向け」を検索する
- 住みたい地域の工場から逆引きする。名古屋、岐阜、神戸、明石、長崎、呉、鎌倉、府中など
- 転職エージェントを使うなら、製造業に強い担当者に「防衛・航空宇宙」と指定する
このブログでも分野別に会社を整理している。防衛産業・軍需企業一覧を入口に、ミサイル、潜水艦、ドローン、サイバー、弾薬と、興味のある分野からたどってみてほしい。受注が伸びている会社は防衛企業の受注残ランキングで分かる。仕事が増えている会社は、人も採っている。
給与の水準が気になる人は、防衛産業の年収ランキングで主要企業を比較した。
転職の手順チェックリスト

- [ ] 自分の経験を棚卸しする(何を、どの規模で、どこまで担当したか)
- [ ] 狙う入口を決める(大手/サプライヤー/IT・新興/官)
- [ ] 勤務地の条件を決める(防衛の工場は地方が多い。家族と話しておく)
- [ ] 会社を10社ほどリストにし、公式の採用ページを確認する
- [ ] 職務経歴書を書く(守秘義務に触れない範囲で、数字を入れて具体的に)
- [ ] 志望動機を整理する(なぜ防衛か、なぜその会社か、何ができるか)
- [ ] 英語の勉強を始める
- [ ] SNSの過去の投稿を見直す
- [ ] 応募する。現職は内定が出るまで辞めない
職務経歴書について一言。いまの勤め先の機密を書いてはいけない。前の会社の秘密を平気で書く人を、秘密を扱う会社が採るはずがないからだ。
向いている人、向いていない人
向いているのは、1つのことを長くやれる人、ルールの中で工夫できる人、目立たない仕事に誇りを持てる人だ。自分が関わった装備が世に出ても、「あれは私が作った」とは言えない。それでいい、と思える人である。
向いていないのは、成果をすぐに見たい人、最新の技術やツールを自由に使いたい人、仕事の話を外でしたい人、都心で働き続けたい人。どれも悪いことではなく、単に合わないというだけの話だ。
それから、これは大事なことなので書いておく。自分が作ったものが、人を傷つける道具になりうる。その事実と折り合いをつけられるかどうかは、入る前に一度、自分の胸に聞いておいたほうがいい。私は、抑止力を作ることは戦争を遠ざける仕事だと考えている。だが、それは人に押し付ける考えではない。
よくある質問
未経験でも防衛産業に転職できる?
職種による。製造・技能職、事務系、サプライヤーへの入社、第二新卒枠なら可能性はある。大手の設計職に実務経験なしで中途入社するのは難しい。
文系でも働ける?
働ける。調達、契約・原価管理、事業管理、輸出管理、海外営業、経理など職種は多い。契約実務と輸出管理は経験者が少なく、需要が高い。
セキュリティ・クリアランスがないと応募できない?
応募の段階では必要ない。適性評価は、入社後に秘密を扱う業務に就くことになった人が、本人の同意のうえで受けるものだ。
何歳まで転職できる?
年齢の上限を一律に設けている会社は見当たらない。ただしキャリア採用は即戦力が前提で、年齢が上がるほど専門性や管理の経験が求められる。
年収は上がる?
前職と職種による。大手の平均年収は900万〜1,000万円台だが、これは全社平均であり、提示額は経験と等級で個別に決まる。
防衛の仕事は将来も安定している?
お客が国で、契約が複数年にわたるため、景気の波は受けにくい。一方で、防衛予算は政治で決まる。過去には長い冬の時代があったことも知っておいたほうがいい。
まとめ
防衛産業への入口は、大手のキャリア採用、サプライヤー、IT・新興企業、官の4つ。求人がもっとも多いのは機械系で、これから伸びるのはソフトウェア、穴場は契約や輸出管理などの事務系だ。未経験なら、現場の仕事かサプライヤーから入って経験を作るのが現実的である。
必要なのは、専門の技術に加えて、英語、正確な文書、ルールを守る姿勢、そして口の堅さ。軍事の知識は、面接では胸にしまっておくくらいでちょうどいい。
長く人が出ていくばかりだったこの業界に、ようやく人が戻りはじめた。技術は人に宿る。その1人になりたいという人を、私は心から応援したい。
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出典・参考資料
- 日刊工業新聞(ニュースイッチ):重工3社の防衛事業拡大と人員増強に関する記事(2023年12月〜2024年)
- 日本経済新聞:防衛産業の投資・人員拡大に関する記事(2023年12月、2024年8月)
- 三菱重工業「キャリア採用情報」、三菱電機「防衛・宇宙システム事業 経験者採用特設サイト」
- 内閣府「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」関連資料(適性評価の告知書・同意書様式)
- 内閣府「重要経済安保情報の指定及びその解除、適性評価の実施並びに適合事業者の認定の状況に関する報告」の概要(2026年6月)
- 防衛省「防衛力の変革に向けた予算-令和9年度概算要求の概要-」(2026年8月31日)
※本記事は公開情報にもとづく一般的な解説で、特定の企業への応募や転職を勧めるものではない。募集職種・応募条件・選考内容は各社の最新の募集要項で確認してほしい。







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