第二次世界大戦・日本の戦艦と空母一覧|大和・武蔵から信濃まで

第二次世界大戦の日本の戦艦・空母【完全一覧】――大和から赤城まで“最強”論と実戦のリアルを徹底解説
第二次世界大戦の日本の戦艦と空母一覧アイキャッチ
大和・武蔵から赤城・加賀・信濃まで、旧日本海軍の主力艦艇を俯瞰する記事用ビジュアル。
この記事でわかること

第二次世界大戦の日本の戦艦は、世界最大の46センチ主砲を備えた大和型を頂点に、長門型・金剛型など全12隻が建造された。

そして大日本帝国海軍は、戦艦だけでなく、機動部隊の中核となった空母、夜戦を制した重巡・駆逐艦、そして伊号潜水艦まで、世界有数の大艦隊を擁していた。本記事では、これら日本の戦艦・空母を中心に、旧日本海軍の主要艦艇を一覧と早見表で整理し、各艦の個別解説へ案内する完全ガイドである。数字と一次資料を軸にしつつ、一隻ごとに刻まれた物語の重みも忘れずに辿っていきたい。

なお、艦艇が戦った海戦そのものの流れは、出来事として独立した解説が必要になるため、大日本帝国海軍の海戦を網羅した大日本帝国海軍 全海戦一覧に整理してある。本記事はあくまで「艦そのもの」を主役に据える。

目次

第二次世界大戦・日本海軍の艦艇の全体像と早見表

まず全体像をつかんでおきたい。太平洋戦争開戦時、連合艦隊は戦艦・空母を中心に、世界でもアメリカに次ぐ規模の艦隊を持っていた。艦種ごとの大まかな構成は次のとおりである。

艦種代表的な型・艦おおよその規模役割
戦艦大和型、長門型、金剛型、伊勢型、扶桑型12隻艦隊決戦の主力、大艦巨砲の象徴
正規空母赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴型6隻+改装空母多数機動部隊の中核、航空打撃力
装甲空母大鳳、信濃少数防御重視の新世代空母
重巡洋艦高雄型、妙高型ほか18隻水雷戦隊の旗艦、夜戦の主役
駆逐艦陽炎型、夕雲型、秋月型ほか100隻超酸素魚雷による雷撃、防空
潜水艦伊号、呂号多数通商破壊、偵察、特殊作戦

この一覧を見るだけでも、日本海軍が「戦艦の海軍」から「空母の海軍」へと移り変わっていった過渡期にあったことがわかる。開戦の真珠湾攻撃を成功させたのは戦艦ではなく空母機動部隊であり、その後の主役は急速に航空戦力へと移っていった。

艦隊全体を一つの模型シリーズで俯瞰したいなら、各艦の縮尺をそろえやすいウォーターラインシリーズが入り口になる。象徴である戦艦大和は、ディテールと組みやすさのバランスが取れたタミヤの1/350が定番だ。私自身、初めて本格的に組んだ艦船模型がこの大和で、46センチ三連装砲塔の質量感に手が止まったのをよく覚えている。

戦艦・空母それぞれの詳細は、このあとの章で型ごとに整理し、各艦の個別解説へ送っていく。現代の海上自衛隊がどんな艦艇を運用しているかと見比べたい人は、海上自衛隊の艦艇一覧も合わせて読むと、80年でどれだけ艦の姿が変わったかが立体的に見えてくる。

なぜ「世界最強」と言われたのか──日本海軍の設計思想と強み

真珠湾攻撃で航空戦力を実証した日本海軍機動部隊のイメージ
日本海軍は真珠湾攻撃で空母機動部隊の集中運用を世界に示した。戦艦と空母の強みは、同時に時代の転換点でもあった。
強みと限界

日本の戦艦と空母を語るとき、「最強と言われた」という枕詞がよく付く。これは単なる誇張ではなく、いくつかの明確な技術的根拠があった。

第一に、夜戦と雷撃に特化した設計思想である。日本海軍は、数で勝るアメリカ艦隊を艦隊決戦で削るために、夜間の接近雷撃を磨き上げた。その切り札が、航跡が見えにくく射程の長い九三式酸素魚雷だった。この魚雷を中心とした水雷戦のドクトリンは独自の進化を遂げており、その思想的背景は日本海軍の雷撃ドクトリンの進化に詳しい。

第二に、空母機動部隊という運用思想である。複数の正規空母を一つの部隊としてまとめて運用し、集中した航空打撃力を叩き込む。真珠湾でこの手法を世界で初めて大規模に実証したのは日本海軍であり、その航空戦力の全体像は大日本帝国の航空戦力で陸海軍をまたいで整理している。

第三に、大艦巨砲技術の到達点としての大和型である。46センチ砲は当時の戦艦主砲として世界最大であり、その砲弾一発は1.5トンに迫った。

ただし、ここに日本海軍の悲劇も潜んでいた。世界最高水準の砲を完成させた時点で、すでに海戦の主役は砲から航空機へ移りつつあった。皮肉にも、日本海軍自身が真珠湾とマレー沖でそれを証明してしまったのである。その「強みと時代錯誤が同居していた」構造を頭に置きながら、各艦を見ていくと理解が深まる。

戦艦──大和型・長門型・金剛型・扶桑型・伊勢型

第二次世界大戦期の日本戦艦の海戦イメージ
大和型を頂点とする日本戦艦は、艦隊決戦思想の到達点であり、同時に航空主兵時代へ移る過渡期の象徴だった。

日本の戦艦は全12隻。型ごとに性格がはっきり分かれている。まずは一覧で押さえたい。

艦名主砲特徴個別解説
大和型大和・武蔵46cm×9世界最大の戦艦大和/武蔵
長門型長門・陸奥41cm×8長く連合艦隊の象徴長門
伊勢型伊勢・日向36cm×12後に航空戦艦へ改造伊勢・日向
扶桑型扶桑・山城36cm×12独特の高い艦橋扶桑・山城
金剛型金剛・比叡・榛名・霧島36cm×8高速で機動部隊に随伴金剛

大和型は、戦艦大和と戦艦武蔵の2隻が完成した。3番艦の信濃は空母へ設計変更されている。象徴である大和の性能・最期・現在の評価は戦艦大和の完全解説に、シブヤン海に沈んだ2番艦は戦艦武蔵の徹底解説にまとめた。両艦とも、艦と運命をともにした多くの乗員がいたことを忘れてはならない。

長門型は、ワシントン海軍軍縮条約下で「ビッグ7」と呼ばれた世界有数の戦艦で、長く連合艦隊旗艦を務めた。戦後はビキニ環礁の核実験の標的という数奇な最後をたどる。その生涯は戦艦長門の解説で追える。

金剛型は、巡洋戦艦として生まれた高速戦艦で、速力を生かして空母機動部隊に随伴し、最も酷使された戦艦群でもあった。代表として戦艦金剛の解説を用意している。

扶桑型と伊勢型は、いずれも独特の進化をたどった旧式戦艦である。扶桑・山城はスリガオ海峡の夜戦で西村艦隊として突入し、その姿を戦艦扶桑・山城の解説で詳述した。伊勢・日向は後部に飛行甲板を載せた航空戦艦という珍しい姿になっており、戦艦伊勢・日向の解説で見分け方まで整理している。

空母──正規空母から装甲空母・改装空母まで

空母赤城を中心とした日本海軍機動部隊のイメージ
赤城・加賀・蒼龍・飛龍を中心とした機動部隊は、太平洋戦争序盤の日本海軍を象徴する航空打撃力だった。

ここからが、太平洋戦争の実質的な主役である。日本海軍の空母は、開戦時に世界最強クラスの機動部隊を構成していた。

機動部隊の中核を組んだ正規空母を、まず一覧で並べる。

艦名分類主な活躍・最期個別解説
赤城正規空母南雲機動部隊旗艦、ミッドウェーで喪失赤城
加賀正規空母戦艦から改造、ミッドウェーで喪失加賀
蒼龍正規空母高速空母、ミッドウェーで喪失蒼龍
飛龍正規空母最後まで戦い抜いた殊勲艦飛龍
翔鶴正規空母翔鶴型、五航戦の主力翔鶴
瑞鶴正規空母「幸運艦」、最後の機動部隊瑞鶴
大鳳装甲空母装甲甲板を持つ新世代空母大鳳
信濃装甲空母大和型3番艦を改造、史上最大級信濃

開戦時の主力は、赤城・加賀・蒼龍・飛龍を中核とする第一航空艦隊だった。旗艦を務めた空母赤城、戦艦から空母へ生まれ変わった空母加賀は、いずれも真珠湾からミッドウェーまでの主役である。高速空母の空母蒼龍と、山口多聞とともに最後まで反撃を続けた空母飛龍も、この機動部隊を語るうえで欠かせない。

機動部隊の中核を、開戦時の塗装で1隻組んでみると、当時の空母の巨大さが体感できる。赤城は1/350の決定版キットがあり、三段甲板から単一甲板へ改装された後の姿を細部まで楽しめる。

翔鶴型の空母翔鶴空母瑞鶴は、開戦にやや遅れて加わった新鋭で、五航戦として珊瑚海・マリアナと終盤の決戦を担った。とくに瑞鶴は数々の海戦をくぐり抜け「幸運艦」と呼ばれた一隻だ。

そして戦争後半に登場したのが、装甲飛行甲板を持つ装甲空母大鳳と、大和型3番艦を改造した史上最大級の空母信濃である。両艦はいずれも、設計思想としては先進的でありながら、就役後まもなく失われた「幻の空母」でもあった。

空母と艦載機を体系的に学びたいなら、世界の空母を横断的に扱った図鑑が一冊あると、日本空母の位置づけが相対化できて理解が早い。

巡洋艦・駆逐艦──水雷戦隊と夜戦の主役

夜戦と水雷戦を支えた高速艦艇のイメージ
重巡洋艦と駆逐艦は、酸素魚雷と夜戦戦術で日本海軍らしさを最も濃く示した艦種だった。

戦艦と空母の陰に隠れがちだが、日本海軍の真の強みは、重巡洋艦と駆逐艦による夜戦能力にあったといってよい。

重巡洋艦は、条約の制限下で重武装・高速をぎりぎりまで追求した艦種である。なかでも高雄型は、塔のようにそびえる艦橋が独特で、第二艦隊旗艦としてソロモンからレイテまで第一線で戦った。その性能と戦歴は高雄型重巡洋艦の解説に整理してある。

駆逐艦は、酸素魚雷を抱えてアメリカ艦隊に肉薄する水雷戦隊の主力だった。ソロモンの夜戦では、駆逐艦だけで米巡洋艦部隊を撃破した戦例さえある。一方、戦争後半には防空の必要から、長10センチ高角砲を備えた秋月型のような防空駆逐艦も登場した。詳しくは秋月型駆逐艦の解説を参照してほしい。「日本 巡洋艦 一覧」として体系的に追う入り口としても、この2つの型を押さえておくと全体像がつかみやすい。

潜水艦──伊号・呂号と水中の脅威

日本海軍は、当時としては世界最大級の潜水艦群も保有していた。航続距離の長い伊号潜水艦は、太平洋を越えてアメリカ西海岸まで到達でき、なかには水上機を搭載して航空偵察を行う「潜水空母」まで存在した。

ただし、日本海軍は潜水艦を主に艦隊決戦の補助として使い、アメリカやドイツのような大規模な通商破壊戦には踏み切らなかった。この運用思想の違いが戦果に大きく影響している。伊400型や伊58など、個々の艦の物語は実に濃い。型ごとの全体像は大日本帝国海軍の潜水艦全型一覧にまとめてあるので、水中戦に関心があるならこちらを起点にしてほしい。

主要艦が戦った海戦──真珠湾からレイテ沖まで

夕焼けの空母飛龍シルエットイメージ
各艦の物語は、真珠湾、ミッドウェー、マリアナ、レイテといった海戦の流れと重ねると一気に立体化する。

艦を知ったら、次はその艦が「どこで、どう戦ったか」を辿ると、一隻ごとの解説が一気に立体化する。日本の戦艦と空母が主役となった代表的な海戦を、時系列で並べておく。

開戦の口火を切ったのが、空母機動部隊によるハワイ奇襲、すなわち真珠湾攻撃である。その直後、航空機だけで戦艦を撃沈するという海戦史の転換点となったのがマレー沖海戦だった。大艦巨砲の時代が、ほかならぬ日本海軍の手で終わりを告げた瞬間である。

続く珊瑚海海戦は、史上初めて空母同士が直接戦った海戦であり、翔鶴がここで損傷している。そしてわずか1か月後、赤城・加賀・蒼龍・飛龍の主力4空母を一度に失ったミッドウェー海戦が、戦局の分水嶺となった。この海戦で多くの熟練搭乗員と整備員が失われたことは、その後の日本海軍に長く影を落とした。

終盤には、機動部隊が壊滅したマリアナ沖海戦、そして戦艦武蔵が沈み、連合艦隊が事実上その組織的戦闘力を失った史上最大のレイテ沖海戦が続く。

これらの海戦を出来事として通しで把握したい場合は、本記事の冒頭で紹介した海戦一覧から各海戦へ辿ると、艦と戦いの対応関係がつかめる。艦から入るか、海戦から入るかで、同じ歴史がまったく違う表情を見せるはずだ。

戦艦・空母を作った造船所は、いまも日本の海を守っている──三菱重工・川崎重工と防衛株

ここで少し視点を変えたい。これらの戦艦や空母を実際に建造した造船所は、戦後も姿を変えて生き残り、いまも日本の海を守る艦を造り続けている。歴史好きにとっても、投資という観点からも、これは見逃せない連続性である。

たとえば戦艦武蔵を建造したのは、三菱の長崎造船所だった。そして2026年、その同じ長崎造船所が、戦後初となる大型艦艇の輸出を担うことになった。オーストラリアは日本から購入する新型艦11隻のうち最初の3隻について契約を取り交わし、主契約者の三菱重工業がもがみ型護衛艦の改良型を日本で建造する。日本建造分の1番艦は三菱重工の長崎造船所で建造され、2029年12月の納入を目指している。武蔵を生んだドックの系譜が、80年を経て輸出護衛艦の建造へとつながっているわけだ。

この三菱重工業(証券コード7011)は、いまや日本を代表する防衛関連銘柄でもある。2026年3月期決算は売上収益4兆9,741億円(前期比14.1%増)、事業利益4,322億円と大幅な増収増益を達成し、エナジーや航空・防衛・宇宙セグメントが好調だった。2027年3月期は売上収益5兆4,000億円、事業利益5,400億円を会社側が見込んでいる。もがみ型の輸出に加え、政府が防衛装備の移転要件を緩和し、護衛艦のような「武器」の輸出先開拓を加速する方針を示していることも、中長期の追い風として意識されている。

一方、空母瑞鶴や戦艦榛名を建造したのは川崎の神戸造船所であり、その流れをくむ川崎重工業(証券コード7012)は、現在も海上自衛隊の潜水艦建造を担う中核企業の一つである。2026年3月期は売上収益2兆3,112億円(前期比8.5%増)、当期利益1,081億円(同22.9%増)と3期連続の最高益となり、エネルギーソリューション&マリン部門が業績を牽引した。艦艇・潜水艦を含む事業が、同社の収益の柱になっている。

旧海軍の艦を建造した重工メーカーが、現代でも防衛産業の中心にいるという構図は、三菱重工の防衛事業や、両社を投資目線で比較した川崎重工と三菱重工の防衛株比較で詳しく扱っている。防衛産業全体の地図を俯瞰したいなら日本の防衛産業一覧、防衛関連銘柄への入り口としては防衛株投資ガイドを起点にするとよい。

歴史のロマンと投資判断は、しっかり切り分けて考える必要がある。防衛関連株は「国策相場」として大きく買われてきた反面、政策や受注の動向に株価が振れやすい。実際、2026年2月には三菱重工の傘下企業が中国の輸出規制リストに加えられたとの報道を受け、株価が下落して上値が重くなる場面もあった。川崎重工についても、2027年3月期の増益幅は小さく、業績見通しの受け止め方で値動きがぶれやすいとされている。本記事は特定銘柄の購入を勧めるものではなく、艦艇の歴史から現代の防衛産業へ関心を広げるための入り口として読んでほしい。証券口座を持っていない人が、まず情報収集の器を用意しておきたい場合は、日本株・米国株・NISAをアプリで扱えるサービスから触れてみるのが手軽だ。

旧海軍の艦が現代の海上自衛隊にどう受け継がれたかという視点では、空母赤城・加賀の系譜を「いずも型の事実上の空母化」と重ねて読むと面白い。世界の空母の現在地は世界最強空母ランキングに、伊号潜水艦から続く水中戦力の現在は世界の潜水艦ランキングに整理してある。

現代で楽しむ──プラモデル・書籍・映画・ゲーム

旧日本海軍艦艇を模型や映像で楽しむための戦艦イメージ
模型・書籍・映画・ゲームは、スペック表だけでは見えない艦の輪郭をもう一度浮かび上がらせてくれる。

重い戦史を辿ったあとだからこそ、艦たちを現代に「もう一度浮かべて」楽しむ方法も紹介しておきたい。模型・書籍・映像・ゲームは、一隻ごとの物語をより深く味わうための、最良の入り口である。

模型では、旧海軍艦を一通り組んだあとに、現代の海上自衛隊艦へ進むと、設計思想の変化が手に取るように分かる。赤城・加賀の系譜にあたる「空母化」の象徴が、ヘリ搭載護衛艦いずもだ。1/700で塗装済みのキットがあり、旧海軍の正規空母模型と並べると、80年の進化が一望できる。

映像では、戦艦大和の坊ノ岬沖海戦を描いた作品が、艦と乗員の物語を体感する定番である。艦のスペックを知ったうえで観ると、なぜ大和が「最強」になりきれなかったのかという問いが、より重く迫ってくる。

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ゲームやキャラクター文化から艦に入った読者も多いだろう。艦これやアズールレーンをきっかけに史実の翔鶴や瑞鶴を調べ始める、という流れはまったく正攻法だ。入り口がどこであっても、最後に一隻ごとの実艦に行き着けば、それは立派な「艦の愛し方」である。現代の防空艦に関心が向いたなら、海自イージス艦の完全ガイドから、まや型・あたご型へと足を伸ばしてみてほしい。

関連記事・個別解説への入り口

本記事はあくまで艦艇の総覧である。ここから先は、関心の向く方向へ深掘りしてほしい。

空に関心があるなら、旧海軍の戦闘機を網羅した第二次世界大戦・日本の戦闘機一覧が、空母艦載機の世界へとつながる。陸の兵器に興味が広がったなら、同じ帝国の第二次世界大戦の日本戦車一覧が姉妹編だ。

戦場という視点では、島々の地上戦と死者数で太平洋戦争を俯瞰した太平洋戦争の激戦地ランキングが、海戦と地上戦の関係を立体化してくれる。そして、これらの艦隊を指揮した人物に関心が向いたなら、山本五十六をはじめとする大日本帝国軍の名将ランキングへ進むとよい。

よくある質問(FAQ)

日本の戦艦は全部で何隻あったのか

第二次世界大戦期の日本海軍が運用した戦艦は、大和型・長門型・伊勢型・扶桑型・金剛型を合わせて全12隻である。大和型3番艦の信濃は建造途中で空母へ設計変更されたため、戦艦としては数えないのが一般的だ。

大和型と長門型はどう違うのか

大和型は46センチ主砲を備えた世界最大の戦艦で、防御力も突出していた。長門型は41センチ主砲を持ち、大和登場までは日本海軍の象徴的存在だった。主砲口径と建造年代が大きく異なり、長門型はワシントン条約下で「世界のビッグ7」に数えられた一隻である。

翔鶴型と蒼龍型では、どちらが新しいのか

翔鶴型(翔鶴・瑞鶴)のほうが新しい。蒼龍・飛龍は条約の制約を引きずった世代で、翔鶴型はその制約が緩んだ後に設計された、防御力と搭載機数のバランスが優れた新鋭正規空母である。実戦では蒼龍がミッドウェーで、翔鶴型が終盤の決戦で主力を担った。

日本の空母は何隻あったのか

正規空母は赤城・加賀・蒼龍・飛龍・翔鶴・瑞鶴の6隻が中核で、これに装甲空母の大鳳・信濃、さらに商船などから改造された改装空母が加わる。改装空母まで含めると総数はかなり多くなるが、機動部隊の真の主力はこの正規空母群だった。

なぜ「最強」と言われた日本海軍は負けたのか

工業力と資源の差、搭乗員の損耗を補えなかった育成体制、そして暗号解読を含む情報戦での劣勢が重なった。技術的に優れた艦を持っていても、それを補充し続ける国力で大きく劣っていたことが根本にある。個々の海戦の敗因は各海戦記事で詳しく扱っている。

現存する日本の戦艦はあるのか

完全な形で現存する旧海軍の戦艦はない。多くは戦没し、戦後に残った艦も解体された。ただし戦艦陸奥の主砲や艦体の一部などは各地に保存・展示されており、呉などの博物館で実物の部材を見ることができる。

巡洋艦の一覧はどこで見られるのか

本記事の早見表で重巡・駆逐艦の代表的な型を押さえたうえで、高雄型重巡洋艦や秋月型駆逐艦の個別解説に進むのがおすすめだ。「日本 巡洋艦 一覧」として体系的に追うなら、まず艦隊決戦における水雷戦隊の役割から理解すると整理しやすい。

艦これやアズレンから入っても史実は楽しめるのか

まったく問題ない。むしろキャラクターを入り口に実艦の戦歴を調べ始める人は多く、史実理解の良い動機になる。本記事の各艦リンクから個別解説へ進めば、ゲームのモチーフになった艦の本当の物語に行き着ける。

まとめ

第二次世界大戦の日本の戦艦は、大和型を頂点とする全12隻を中心に、空母・巡洋艦・駆逐艦・潜水艦を加えた一大艦隊として、太平洋を舞台に戦った。大艦巨砲の到達点でありながら、その完成と同時に時代が航空戦力へ移っていったという矛盾こそが、帝国海軍の艦艇群を語るうえで最も重要な視点である。

本記事を起点に、気になった艦の個別解説へ、そして艦が戦った海戦へと辿っていけば、旧日本海軍という巨大なテーマの全体像が見えてくるはずだ。長文の戦史を通勤や移動中に「耳で」追いたいなら、戦史・軍事書を音声で聴けるサービスを使うと、艦の物語を立体的に積み上げていける。

最後に、本記事の艦艇データや戦史的事実については、防衛省防衛研究所(NIDS)が公開する戦史研究を一次的な参照先として確認することをすすめたい。各艦の細部については、引き続き個別解説記事で深掘りしていく。

参考資料・画像出典

本記事の戦史・装備に関する記述は、防衛省防衛研究所(NIDS)の戦史研究をはじめとする公的資料・各種戦史を参照して整理している。最新かつ正確な情報は、防衛省防衛研究所など一次資料もあわせて確認してほしい。

本文画像は既存記事で使用していた艦艇・海戦ビジュアルを、今回の構成に合わせて再配置した。

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